第八話「終(つい)の天使」後編(改訂版)
第八話「終の天使」後編
「まだだっ!まだ勝負はついておらぬっ!!」
壇下で白髪を束ねた男……
枝瀬城主の荷内 志朗が、遂に降伏を口にしようとした瞬間……
瀕死の不動丸が鍔をばらまいて叫ぶ!
――たく、どこまで往生際が……
俺はこの期に及んで食い下がってくる赤目の忍頭に呆れるが、奴はそんなことはお構いなしに続ける。
「瀬田丘陵での戦はまだこれからだ!貴様の小賢しい策は認めてやるが、数は圧倒的に我が赤目に軍配が上がる!指揮官を潰されれば貴様の軍の優位性も直ぐに……」
「指揮官?」
そして俺はこの筋肉達磨が未だ諦めない根拠である、その”単語”を聞き返す。
「ははっははぁぁっーー!!応ともよっ!我が赤目が誇る暗殺部隊が瀬田丘陵に居座る臨海軍の本営に忍び込み、貴様らの指揮官を縊り殺すっ!!個人技に優れた部下を枝瀬城に同行させたのが仇になったなぁっ!臨海王!!鵜貝様の策はそこまでも見通した策よっ!!」
「…………」
「どうした、言葉も出ぬか?ははっ!!暗殺部隊は手練れ揃いだぞ!俺や千手以上の赤目きっての手練れ……そこなガキや小娘でも相手出来ぬ程のなっ!」
――鵜貝 孫六とは……なるほど、臨海の置かれた状況、戦力、戦法をよく識る人物だ
だが練り込まれた策も、それを実行する”手足”がその意図をよくよく理解していなければ綻びも出るだろう。
「人を知るものは智なり……か」
俺はボソリと呟く。
「なんだ?……なに言ってやがる」
そしてそれを、意味不明だと、不快そうに睨んでくる筋肉達磨。
「だが、自らを知るものは明なりだ」
俺はかまわずそう続けると、ビシリと粋がる筋肉達磨を小烏丸で指し示した。
――“人を知るものは智なり”
他人をよくよく調べ、分析し、策を練る事ができる者は確かに智者だ
――だが……
「さっきからなにを言ってやがる、この臨海の愚王がっ!」
俺を侮蔑する言葉にも構わず、俺はウンウンと頷く。
「策を実際に実行する忍頭らが、その策の真意を理解していないから、その”良策”も完璧たり得ないんだって言ってるんだ」
「なっ!」
不動丸は目を見開いて俺を見る。
敵を知った上で完璧な策を練っても、それを実行する手足がその”策”を理解していなければ、こういった”奇策”に”応変”出来ない。
鵜貝 孫六の様な生まれ付いての謀将であっても……いや、そういう偉才だからこそ、そういった凡人の思考まで考えが及ばない事が多々あるんだ。
――理解出来ない事が理解出来ない……そういう所にこそ付け入る隙がある!
俺はそう思考しながら、その頭の片隅には、現在戦っている相手、赤目きっての策士である鵜貝 孫六では無く、天都原の暗黒姫の顔が浮かんでいた。
「……」
とにかく……完璧な策を用意しても、真なる意味で実行する味方を理解出来ていないと”賢者”とは言えない。
――即ち、“自らを知るものは明なり”だ!
俺は目前で依然と俺を睨む不動丸にフッと笑ってみせる。
「俺が鵜貝の妖怪ジジイの配下なら、枝瀬城に誘き寄せる策が看破された時点で撤収するか、この場は捨てて外の兵と合流して決戦の地を再設定する……解るか不動丸?」
「は?……なにを!」
意味が解らないと……”ポカン”とする筋肉達磨。
「お気の毒に……」
未だ”雨の千手”の顔面上に立った少女が可愛らしい眉を寄せる。
「気の毒なことだな」
筋肉達磨の前で愛刀を構えた壱が左右にゆっくりと首を振った。
「なっ!なんだというのだ!いったい……」
「だーかーらぁっ!!予測済みだっての、赤目の暗殺部隊なんてのは!」
「なっ……」
俺は物わかりの悪い筋肉達磨にもういいと、結論を披露する。
「目には目を歯には歯を……”手練れ”には”とびきりの剣士”をってな」
「あ、ありえぬ!赤目きっての手練れ揃い……暗殺集団だぞっ!」
不動丸はそう唾を飛ばしながらも、臨海の自信に溢れた態度に最早落ち着きの欠片も無い。
「そっちが”殺し屋”なら、こっちは……そうだな……死神?……いや」
俺はそう言いかけたが、それだと”彼女”に後で殴られるかも?とか思い直していた。
「そうそう、”純白い”から天使だ!」
「て……てんし?」
これなら殴られることは無いが……
流石に意味不明だと、不動丸は間抜けに口を開ける。
――ぬぅ……”天使”ではドスが利かないか……
「いや、あれだ……但し、死を告げる天使だ!……つまり、終の天使!!」
これならどうだ!とばかりに、何とか思いつきの補足で言いつくろう俺だが……
ここには居ない人物に最大限に気を遣う俺って……
「……」
「……」
「うっ」
そんな俺を、真琴は少し不機嫌そうな瞳を向けて見、壱は気まずそうに目を逸らす。
「つ……”終の天使”……だと!?」
しかし、当の不動丸には効果があったようだ。
天使と死神……
対照的なイメージが、より不気味さを増し、その脅威を絶妙に表現出来ているといえる。
咄嗟に思いついた割には中々ハッタリも効いているし、あの娘を現すには我ながら言い得て妙だと、俺は予想外の満足感を得ていた。
――”終の天使”……”終の天使”……良いじゃ無いか
「どっちにしろ、臨海のお嬢さんに太刀打ちできる手合いは、”暁”中探しても数人といないだろうな」
「あり得ぬっ!貴様得意のハッタリだっ!」
――ほんと……往生際が悪いな
「そんな化物が臨海に居る訳がないっ!!やはりこの戦の勝利は我が赤目に……うおぅ!」
バタバタバタッ!
突如窓から飛び込む黒い影!
往生際悪く叫ぶ男の目前を横切り、それは俺の肩にとまる。
「……タイミング良いな」
俺は計ったような……
あまりにも都合の良いタイミングに、流石に苦笑いしていた。
「な……んだ?……その……鳥……は?」
愕然とする筋肉達磨。
――そりゃそうだろうな……
俺はその望月 不動丸の不安な表情の意味を知っている。
「真琴!」
そして、未だ黒笠男の顔面上に立つ少女に意図を伝える。
――コクリ
頷いた黒髪ショートカットの少女は”トンッ”と顔面から降りると、
失神した黒笠男の黒マントの中をゴソゴソと漁って――
「ありました、我が君!」
ニッコリと微笑んでそう言うと、それを……
”拳大の黒いケース”を窓から外の闇に向け放り投げた!
――シュバッ!
バサッ!バサッ!
そのケースは窓から外の闇中で弾け、中から何か……
小型の鳥らしきものが羽ばたいて、再び闇の中に消えてゆく。
「ぬ!ぬぅぅ……」
その様子を見た不動丸は言葉を詰まらせて俺を睨む。
――そう……不動丸の不安な顔の意味……
それは赤目の忍頭である不動丸ならば、”謎の鳥”の意味を良く識っているから。
「伝書鳩ならぬ伝書梟……なるほど、これなら闇夜でも利用できるわけだ」
赤目の情報伝達手段のひとつである”梟文”……今回は俺もそれを利用した。
視界の確保しにくい夜間や悪天候では、狼煙や笛、太鼓などによる、視覚や聴覚に頼る伝達手段は万能では無い。
ましてや敵にその意図を察知される可能性を考えると、やはり文を使うのが一番だろう。
「梟なら昼夜問わず、また猛禽類である為に鳩のように天敵に襲われる心配も少ない……赤目同様、俺も結構使うんだよなぁ」
とはいうものの、これは全て受け売り……
曾て、ある戦場で、あるジジイに聞いた話だ。
ああ、ほんと……思い出すのも忌忌しいが、質の悪い妖怪ジジイに聞いたなぁ……
「……」
「解るよな?これは戦場からの報告だ、内容は……言わずもがなだろう?」
「…………あ、在り得るかっ!!在り得るはずが無い……我が赤目の最精鋭が……」
そう言いながらも、最早……それを裏付ける自信が根底から揺らぐ筋肉達磨。
「……」
――そうだな、この戦はもう終わりだ……そろそろ締めくくった方が良いだろう
俺は目前で項垂れる筋肉達磨を見て、そう考えていた。
「”南阿”の”純白の連なる刃”……」
「っ!?」
告げた俺の言葉……
その名に不動丸は目を見開いた。
「曾てそう呼ばれていた剣士……現在は臨海の”終の天使”!久井瀬 雪白……それが対赤目を終わらす者の名だ!」
そして血だらけの筋肉達磨、望月 不動丸は……
「ぐぅぅ……これまで……かよ」
ようやく膝を折ったのだった。
第八話「終の天使」後編 END




