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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
67/336

第七話「用兵の法」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第七話「用兵の法」


 枝瀬(えだせ)川下流域に広がる平原……

 といってもそう広くは無い。


 そこに盛り上がった瀬田(せた)丘陵があり、その周りはごく浅瀬の枝瀬(えだせ)川に挟まれている。


 「久井瀬(くいぜ)様……迎撃の用意は整っております」


 その瀬田(せた)丘陵に陣取る臨海(りんかい)軍司令部で、各陣容を確認してから帰参した士官が報告する。


 「……ん」


 陣内から眼下に展開する大量の敵兵を眺めていた人物の、美しい双眸がチラリと伝令した男に向いた。


 ――っ!


 途端、思わず言葉を呑み込む士官。


 その人物……


 腰までありそうな輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みに(まと)めて、肩から垂らした十代後半の少女。


 「……」


 白磁のようなきめ細かい白い肌。

 整った輪郭には、それに応じる以上の美しい目鼻(パーツ)が配置されている。


 白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。

 白金(プラチナ)の軽装鎧を身に(まと)った少女は……


 ――紛れもない美少女だった


 「えっと……真琴(まこと)の部下の……木崎(きさき)?……えっと、じゃあ手筈通りに進めて」


 そして、その少女の特筆するべきはその双眸。


 目前に佇むプラチナブロンドの美少女の瞳は、輝く銀河を再現したような白金(プラチナ)の瞳……


 ――それは幾万の星の大河の双瞳(ひとみ)


 「あ!……は、はい……了解しました……が……」


 木崎(きさき)と呼ばれた士官は、少女の希な美貌につい見蕩(みと)れてしまいがちになりながらも、何か言いたそうに口ごもる。


 「…………なに?」


 プラチナブロンドの美少女はそれを察して……だが、しかしそれ程興味無い顔で尋ねた。


 「い、いえ、私のことは木崎(きさき)とだけ呼んで頂ければ……いちいち真琴(まこと)様の……とは、なんというか、長いというか……」


 ドギマギとしながらも訂正を要求する木崎(きさき)


 多分、彼はここに至るまでも、ずっとそう呼ばれていたのだろう。


 確かにそれは呼ぶ方も長くて面倒臭いだろうし、呼ばれる方も中々にストレスだ。


 「なぜ?だって貴方は真琴(まこと)の部下でしょう?ちがうの?」


 純朴な白金(プラチナ)の瞳で見つめてくる少女。


 「いや……まぁ、それはそうですが……」


 白金(プラチナ)の少女、久鷹(くたか)改め”久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)”に今のところ部下はいない。


 彼女は臨海(りんかい)軍では新参で、今はまだ君主である鈴原 最嘉(さいか)の直轄の部下扱いである。


 この戦で軍の指揮官を命じられてはいるが、同じく臨海(りんかい)の指揮官である鈴原 真琴(まこと)宗三(むねみつ) (いち)の残していった隊を一時的に預かっているだけの立場だ。


 「木崎(きさき)真琴(まこと)の部下、温森(ぬくもり)宗三(むねみつ)の部下……」


 雪白(ゆきしろ)はそう言って、鈴原 真琴(まこと)(むね)(みつ) (いち)の隊で副長を努める人物の名を並べる。


 「……それで……わたしは……最嘉(さいか)の部下」


 少しだけ白金(プラチナ)の美しい瞳を伏せて、そう続けた少女の言葉は……

 白金(プラチナ)の美少女の桜色の口元は……少し(ほころ)んでいた。


 「……ぐ……う、うらやましいです……最嘉(さいか)様……」


 木崎(きさき)は心の底からそう唸ると、敬礼をしてから命令通り現場指揮に戻ってゆく。


 先ほどより瀬田(せた)丘陵の頂上にぐるりと陣取る臨海(りんかい)軍三千は各々に弓を構え、足下で自軍を包囲する大軍、枝瀬(えだせ)川の水に身体(からだ)を浸して浮き足立つ赤目(あかめ)援軍、()(およそ)”八千”に狙いを定めていた。


 ――放てっ!


 ――弓を射よっ!


 程なく、東側で木崎(きさき)、西側で温森(ぬくもり)の号令が響いた。


 ヒュンヒュンヒュン!


 シュバッ!バシュ!


 「うわぁぁっーー!!」


 「ぎゃぁぁっ!!」


 予期せぬ足元からの水……

 一斉に頭上を埋め尽くす弓矢の黒い影……


 下からの、上からの攻撃に、赤目(あかめ)三氏の合同軍は混乱の極みであった。


 「落ち着けっ!落ち着くのだ!水はこれ以上来ぬ!この地の事は誰よりも我ら赤目(あかめ)の民が知り尽くしておろう!」


 立派な太刀を背中に背負った精悍な面魂の武将が、浮き足立つ将兵を統率しながら我先にと丘陵の(ふもと)へ進軍する。


 「おおっ!加藤殿!加藤 正成(まさなり)殿!」


 その奮戦する勇姿に、武将達、兵士達から歓声が上がった。


 「(おう)とも!如何(いか)にも加藤 正成(まさなり)だ!断言する!水はこれ以上来ない、水量の少ない枝瀬(えだせ)川上流の堤を決壊させたとて、川幅の広いこの下流域では膝丈か、せいぜい腰丈が限度ではないか!数で圧倒的に勝る我らの包囲を阻害するものではないっ!」


 周辺の兵達に轟くような声で叫びながら、自らもズブズブと水を押し分けて臨海(りんかい)軍が陣取る丘陵の(いただき)を目指して突き進む勇猛果敢な将軍。


 「おおっ!そうだ!数では圧倒している!」


 「小賢しい臨海(りんかい)軍め、目に物見せてくれようぞっ!」


 周りがパニックになる中、冷静な判断力と行動力で進む自軍の将を目の当たりにして、すっかり気勢を盛り返す赤目(あかめ)軍がそこにあった。


 ――

 ―



 「確かに……水で兵を押し流す程なら兎も角、この程度の水攻めならば眼前の兵力差には焼け石に水、故に赤目(あかめ)もその線は警戒していなかったのであろうが……」


 臨海(りんかい)軍対赤目(あかめ)軍。


 戦況が一望できる枝瀬(えだせ)城の(ふもと)でそれを眺める禿げ頭が、ボサボサ頭の男を供に連れ、佇んでいた。


 「”確かに……”じゃないですよぉ、数酒坊(かずさのぼう)様。なに捕まってるんですか!?(あらかじ)め仕込んでおいた我が信徒達にたまたま牢の番兵がいたから良かったものの……」


 禿げ頭……根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)にボサボサ頭の従者、川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)は呆れる。


 「仕方無いであろう、まさかこうまで我が”那伽(なが)”の工作が先読みされた上に、恐らく血族を人質にとっての脅しであろうが、それにしても、あの律儀者の荷内(にだい) 志朗(しろう)を変節させるなど……鵜貝(うがい) 孫六(まごろく)、なんとも恐ろしい人物ではないか」


 川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)によって牢屋から抜け出したばかりの数酒坊(かずさのぼう)は、如何(いか)にも他人事のように述べる。


 「俺は(りん)(かい)の鈴原 最嘉(さいか)に”上々です”って言ってしまいましたよ……まったく、立つ瀬が無いじゃ無いですか」


 「……」


 川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)の愚痴にも当の数酒坊(かずさのぼう)は興味深そうに眼下で展開する戦を眺めたままだ。


 「数酒坊(かずさのぼう)様?」


 「…………その割には、どうも(りん)(かい)軍は用意周到に見えるが?」


 戦場に視線をやったままの数酒坊(かずさのぼう)川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)は溜息を()いた。


 「なんか、予測してたみたいですね、色々情報を集めてましたし……城に向かう時にも、”虎穴”へ向かうとか?言ってましたよ」


 「…………」


 ボサボサ頭の従者が答えに禿げ頭の主は、その眉を僅かばかり反応させてニヤリと笑う。


 「……でも、戦況はあまり芳しく無いんですよね?」


 主の表情を見て、川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)は恐る恐る聞く。


 「言ったであろう……水で兵を押し流す程なら兎も角、この程度の水攻めならば眼前の兵力差には焼け石に水と……だが……」


 「なっ!?……この状況はっ!?」


 答えた禿げ頭の隣に立つ、ボサボサ頭が眼下の戦場に起こった異変に気づき、慌てた声を上げていた。


 「…………」


 そして禿げ頭の男……

 首元に大きな数珠を幾重にも巻いた坊主は、目を懲らし、その様子を覗っていた。


 ――予期せぬ水攻めにより戦場は混乱、しかし、それでは補いきれない兵力差に再び形勢は逆転、一気に赤目(あかめ)側に軍配が上がるかと思われたが……


 「明らかに赤目(あかめ)軍の足が遅い……いや、遅すぎる」


 数酒坊(かずさのぼう)は思わず呟く。


 それは……その状況は……


 水位がそれほど障害にならないと気づき、冷静さを取り戻したはずの(あか)()の大軍勢が何故か未だに動きの鈍いままで……


 戦で優位な高所に陣取った臨海(りんかい)軍が、その相手に一方的に矢を射かける格好であった。


 「あれは……どういうことでしょう?数酒坊(かずさのぼう)様」


 問いかける太郎次郎(たろうじろう)数酒坊(かずさのぼう)は眉間に皺を寄せた”凝らした目”で返す。


 「あれは……足元が?……おおっ!!」


 戦場を見据えたままの数酒坊(かずさのぼう)の驚嘆に、太郎次郎(たろうじろう)も同じように目を懲らした。


 「……」


 確かに……


 瀬田(せた)丘陵頂上付近に陣取る臨海(りんかい)軍本営に押し寄せるはずの赤目(あかめ)軍の足は覚束(おぼつか)ない。


 まるで何者か……

 そう、まるで”(かっ)()”に足でも取られているかのように……


 「水の抵抗というのはあるのでしょうが……それにしても?」


 そうだ、その進軍の遅さは明らかにそんな程度では無い。


 赤目(あかめ)軍はまるで要領を得ない動きで遅遅として前に進まず……

 中にはひっくり返って水浸しになる者まで数多くいるような状況だ。


 「川底に……何か仕込んでいるのだろうな、恐らく」


 それしか考えられないと、

 (あご)に手を当てて思案顔で呟いた根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)はフッと笑った。


 ザッ!


 「数酒坊(かずさのぼう)様!?何処(どこ)へ!?」


 そして、その場から背を向け……

 城内の方へ戻ろうとする数酒坊(かずさのぼう)に慌てて声を掛け、追随する従者。


 「やはりな……あの鈴原 最嘉(さいか)とは、とんだ”食わせ者”……いや……ははっ失敬!”切れ者”のようだ……はははっ!」


 破戒坊は屈託無く大口を開け笑い、禿げ頭をペチペチと叩く。


 「ついてこい川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)最嘉(さいか)様のお役に立てるよう、我らも働くとしよう!」


 「働く?……城内に潜ませた我が信徒に決起させるのですか?ですが……それは数が少なすぎて……」


 追い縋りながら応えるボサボサ頭に禿げ頭の主人はカカカッ!と笑う。


 「いいや、(りん)(かい)勝利後、この(えだ)()で戦後処理が楽になるように、骨を折っておくのだ!大いに働けよ太郎次郎(たろうじろう)!今度こそ、あの御仁に恩を高値で売りつけるのだっ!」


 根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)は豪快に笑ったまま、従者の川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)を引き連れて城内に消えるのだった。


 ――

 ―


 「な、なんだこれはっ!どうなっている!?」


 「うわっ!」


 バッシャァァン!


 ドスゥゥ!


 「ぎゃっ!」


 水に足を取られて転ぶ者、

 まごまごとしている間に射倒される者……


 戦場は赤目(あかめ)の将軍、加藤 正成(まさなり)が持ち直させる前よりも輪をかけて混乱状態であった。


 「ぬぅぅー!何故に川底がここまでも不安定なのだ!」


 加藤 正成(まさなり)が周りも顧みず、情けなく叫ぶがそれも無理も無い。


 川底には多種多様の石、石、石……


 川底に石があるのは当たり前だが、ここにはあまりに不揃いな石が大量に点在する。


 川底の石など、通常は川の流れにより摩耗され、基本的に粒が揃うような物だが……


 此所(ここ)では明らかにゴツゴツとして不揃いすぎる石たちが散乱して敷き詰められ、あろうことか所々には足底のサイズ程の穴まで多数存在する始末……



 「これは……明らかに人為的だな……」


 ――自軍の惨状を眺める黒い影達


 敵の弓矢の射程範囲外で控える複数の影の一つが呟いた。


 「(およ)そ用兵の法は、高陵(こうりょう)には向かうこと(なか)れ、背丘(はいきゅう)には逆うること(なか)れ、絶地(ぜっち)には留まること(なか)れ……なるほど、臨海(りんかい)王、鈴原 最嘉(さいか)の知略は噂倒れでは無いということか」


 別の影が呟いた。


 「で、どうする?……兵がこの状況では、我らのみで行うことになるが?」


 さらに別の影が問いかける。


 「なに、問題あるまい……鵜貝(うがい)様の策にこれほど対応できる敵には久方ぶりであるが、それでも最後に勝つのは我ら赤目(あかめ)だ」


 そして、また別の影が”どうという事も無い”という(てい)で答える。


 「フフ……数では圧倒、しかし敵の小細工により苦戦。この手の戦は相手の指揮官を潰せば一気に形勢が一変する」


 「(しか)り、赤目(あかめ)の真骨頂は、情報、謀略……そして暗殺」


 「ククク、如何(いか)にもであるな」


 次々と言葉を発する影達。


 「では各々方、参ろうぞ……この戦の指揮官を狩りに……あの丘陵の(いただき)へと」


 影達は最後にそう言い残し、一つの影のみを残してその場から消えた。


 「…………」


 そして、そこに残された影が一つ。


 「鈴原 最嘉(さいか)、我が主の策を尽く()る男…………果たしてこれが奴の策の全てなのか……」


 黒い影……


 ”軒猿(のきざる)”と呼ばれる赤目(あかめ)御三家、鵜貝(うがい) 孫六(まごろく)に仕える忍びは……


 相変わらずの冷徹な表情で山頂の枝瀬(えだせ)城を見つめていた。


 第七話「用兵の法」END

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