第六話「援軍」(改訂版)
第六話「援軍」
ワァァァァーーーー!!
ワァァァァーーーー!!
突如、枝瀬城、謁見の間を揺らすような歓声が響いた。
「殿、どうやら到着したようです!」
激闘が繰り広げられる主座の壇上に居る俺達を横目に、檀下で構えていた兵士達の一人が、この城の主である荷内 志朗にそう告げる。
「……うむ」
白髪の髪を後ろで束ねた将、荷内 志朗は頷くと壇上の俺に視線を合わせて来る。
「鈴原 最嘉殿、これにてこの戦は終いだ、無駄な抵抗はいらぬ犠牲を増やすのみ、速やかに降伏されれば臨海の将兵の命は、我が名において鵜貝殿に掛け合うと約束しよう」
「……」
俺は主座に座ったまま、言葉無く相手を見下ろす。
「解らぬか?援軍だ、この枝瀬に赤目の各家から援軍が到着したのだ……つまり」
「つまりなぁ!貴様ら臨海軍は”謁見の間”だけじゃなく、城下でも袋の鼠ってわけだ!ひゃははははっ!」
壇上で宗三 壱と対峙していた筋肉達磨……望月 不動丸が、がさつな大口を空けて高笑いをしながら俺と枝瀬城主、荷内 志朗の会話に割り込んで来た。
「足下の瀬田丘陵に陣を張るお主達、臨海軍を我が赤目四十八家の援軍、合同軍総勢八千が包囲んでおるのだ。臨海王、貴様はまんまと乗せられてノコノコこの城まで出向いたうえに、置いてきた本隊も窮地に陥るような愚策を……」
同じく、壇上で鈴原 真琴と対峙していた黒笠男……千賀 千手は、そこまで語って途中で言葉を切る。
「臨海王?……貴様、何故に笑っている?」
それは俺を見た千賀 千手が違和感を感じたから……
――笑っている?
――ああ、俺もまだまだ甘いな……心中が顔に出るなんて
俺はそう反省していた。
「戸羽口、嶌麻、そして、この枝瀬城への要所で行われた正面決戦……これが””第一の策”」
「っ!?」
依然と黙ったままの俺の代わりに宗三 壱がそう答え、赤目の連中が視線は、そちらに集中する。
「先ず正面決戦で我が臨海軍の実力を測り、容易に倒せぬようなら速やかに降伏し、枝瀬城主の荷内 志朗と連携して我らを招き入れ、我が主君をだまし討ちする……これが”第二の策”」
「ぬぅ!」
続く壱の言葉に、明らかに千手の口元が歪み、不動丸も顰め面を向ける。
「最後に”第三の策”……万が一失敗しても、それはそれで我が軍の目を、密かに動いていた別働隊、東雲、富士林、鵜貝の合同軍から注意を逸らす事が出来る。更に言えば十分に時間も稼げるというわけね」
変わって鈴原 真琴が引き継ぐが、彼女の口から出た別働隊を編成する”東雲、富士林、鵜貝”三氏の単語に、赤目の面々はもう隠しようが無いくらいに顔が強ばっていた。
「戦力的には寧ろ”三氏の合同軍”此方が本隊といえるわね。最初から”本命”は赤目御三家による合同軍で、瀬田丘陵で主不在の孤立した臨海軍を包囲殲滅する手筈と、」
「ふふん!」
余程溜飲が下がったのか、真琴は口元に薄ら笑みを浮かべながら、敵の策を解説していた。
態々と合同軍の陣容、赤目四十八家が誇る御三家、東雲、富士林、鵜貝の名を出して、只のハッタリでは無いと、目を剥いて固まる赤目の者達を見渡しながら……
――そう、俺は……”臨海”は”赤目”の策を端から看破していたのだ!
ダンッ!
望月 不動丸があからさまに不機嫌に床を蹴る。
「全て解っていて、此方の策に乗ったとでも言うのかよっ!?ふんっ、負け惜しみだっ!現に貴様らは両戦場で窮地に陥っているではないかっ!」
「…………」
俺は”ふぅ”と小さく息を吐くと、主座の背もたれに幾分か体重を移して軽く天井を仰ぎ見た。
「人を知るものは”智”なり、自らを知るものは”明”なり……」
「!?」
ボソリと口にした俺の独り言に敵軍では唯一、白髪の将、荷内 志朗のみが反応していた。
「……鈴原……殿、まさか貴殿は……」
――フッ
俺は改めて主座から壇上、壇下の面々を眺め、そして口の端を上げた。
「正面決戦、騙し討ち……で、最後は別働隊による主戦力潰しの包囲戦。中々に手の込んだ策だよ、ほんと……あの”老人”」
そして、そこで漸く舌戦に参戦する。
「殊更に別の戦場を設定して注意を引き、その間に伏兵を用意するのは策を仕込んだ戦場での基本だが……正攻法で敗北したと見せた後に用意した”騙し討ちの悪巧み”という二段構えの策」
「鈴原どの!知っておるのか!?それが誰であるの……」
「そして、”それ”をも看破できうる相手であった場合でも、それほどの相手ならば今度はその策を逆手に取ろうと注意はその一点に集中すると予測し、正に”それこそ”を本命の策の囮として利用する……」
――はいはい良く識ってるよ、あの妖怪ジジィのことは……な!
俺は荷内 志朗の言葉には答えず、畳みかけるように続けた。
――正面決戦で勝てれば良し!
――それが駄目でも城におびき出す謀略にかかれば良し!
――其所まで、たとえ尽くが敗れ、策を看破できる相手であったとしても……
「それこそが実は、抑も他の戦場から目を逸らさせるための囮」
少し前に、京極 陽子が南阿との戦で用いた策も……
もっと大規模であったが、これと基本は同じだ。
「小童!利いた風な事をっ!現に貴様はそれにまんまと欺かれ……」
千賀 千手は俺の話を遮って叫ぶ。
「さっき、策を用いた戦術の基本だって言っただろ?黒笠男」
「ぬっ!?」
「だ・か、らぁ……最初から臨海軍は対赤目戦に自軍を三隊に分けて対応してたんだって……解るか?三隊を使って赤目軍と同じ事をしたんだよ」
「だ、だからどうした?本隊の臨海王はここにノコノコ誘い出されたのだろうが!それ以外に臨海軍が存在しないことは調査済み……」
――察しが悪いなぁ、千賀 千手……
いや、違うか?
情報収集はお手の物、忍びの集団である赤目は、それに対しては他の勢力に対して絶対の優位性を信じて疑わない。
それ故、得意分野である”情報収集能力”を逆手に利用されたことに気づかない。
「俺は”囮”は三隊と言った」
「?」
情報収集能力がなまじ優れているから、臨海軍の戦力を正確に把握する事ができ、伏兵は無いと断定して予定通り、予てからの作戦に転じた。
「さ、三隊……ま、まさかっ!?」
そこで初めて……枝瀬城主、荷内 志朗が驚きの声を上げる。
――はい、正解
「”三隊”、つまり、宗三 壱、鈴原 真琴……そして”俺”だ」
白髪の将に頷いてから俺は答えた。
「ま、まさか!?」
「なっ!」
そうして、漸く事を飲み込めたのか、壇上の二人の忍頭が同時に間抜けな顔を晒す。
「つ・ま・り・だ!抑もが、俺も”囮”なんだよ!」
――そう、赤目軍の情報は正確だ
ただし……調べた範囲内ではな!
「お、囮だと?君主である貴様が?……馬鹿な!一体何のための囮だというのだ……ははっ、臨海軍の総兵力は把握してある、伏兵も無い。それに本隊はあの通り!」
黒笠男は謁見の間の窓から、眼下に広がる平野で展開されつつある包囲戦の様子を指さした。
枝瀬城は枝瀬山の山頂に聳え立ち、瀬田丘陵、そしてその下に広がる平野と枝瀬川を眼下に見下ろす中々の堅城だ。
黒笠男が指さした先……
窓から見えるのは――
瀬田丘陵に陣取る我が臨海軍”三千”を取り囲みつつある赤目援軍、大凡”八千”。
赤目軍が丘陵を包囲するように川沿いに綺麗に陣形を組んでいく様は、中々に圧巻だ。
「おぉ!中々見物だな、流石は”暁”きっての忍軍団……軍の陣形も無駄なく統制がとれていて素晴らしい!」
俺はその”窮地”を目を細めて愉しむ。
「あ、あまりの危機に頭がおかしくなったのかよ?……ふん!直ぐに貴様らの軍は……」
「ああ、直ぐに赤目の軍は無力化される」
筋肉達磨の言葉を上書きして、俺は……
――今度は完全に微笑っていた
「な、なんだと!?」
「言ったろ?綺麗に陣取っていると……お前ら一体”何処”に陣を敷いているか解ってるのか?」
「……なにを訳の解らぬことを……」
筋肉達磨も黒笠男も……赤目の奴等は揃いもそろって鈍い奴等ばかりだ。
――ゴゴゴゴゴッ!!
「なっ!なんだ!」
「うっわぁぁ!」
その時、俺がそう口にしたのとほぼ同時に……
謁見の間、いや、枝瀬城全体が大きく揺れる。
ドドドドドドッーーー
地響きと共に城が小刻みに震え、城下から多数の悲鳴が響いてきた。
「なっ何をしたっ!臨海王ぅ!!」
――何を?
忍頭達はことここに至っても……そんな事も理解できないのか
「た、大変です!!じ、城下に……瀬田丘陵を取り囲んでいた我が赤目陣営に大量の水が!水がぁぁーー!!」
窓から我先にと顔を乗り出した兵士達が、蒼白な顔で城主、荷内 志朗に口々に告げる。
「み……ず……だと!?」
荷内 志朗は呆然と壇上の俺を見る。
「我が主君さえも囮であったと、説明を聞いていなかったのか?……つまり囮とは、枝瀬山、上流で密かに進めていた”堤決壊の”工作から注意を逸らすため」
宗三 壱が抜き身の愛刀……”鵜丸”を構え直して言葉を放つ!
「つ、堤だと?……そんなモノを、い、いつの間に……」
最早、驚愕に類する声しか出ない壇上の忍頭二人。
「あえて”虎穴”に入ったのも全て我が君の、”至高の賢王”にして最高に”素敵無敵”な最嘉さまの思惑通り!注意をこの枝瀬城に引きつけるための策よ!うふふっ……理解しましたかこの馬鹿共、ええ、この愚忍共っ!」
――ぐに?……愚忍か?
真琴は本当に愉しそうにそう言って……
俺が馬鹿にされたのを色々と根に持って、ここぞとばかりか……
――真琴……今のお前、良い笑顔過ぎるぞ
鈴原 真琴は大きめの瞳をキラキラとさせ、両手の特殊短剣、”前鬼””後鬼”を構えた。
「な、なんということだ……これは……まさか……”水攻”……」
壇下で兵を率いたまま固まっていた荷内 志朗は愕然と立ち尽くす。
「さあ!枝瀬城主、荷内 志朗よ!伏兵とは?援軍とは?……答え合わせだ!」
――シャラン!
俺は主座からゆっくりと立ち上がり、自身の愛刀、”小烏丸”を抜き放った。
切っ先は勿論、壇下の荷内 志朗の方向だ。
「こんな……こんな馬鹿げた策など聞いたことが無い……」
俺は荷内 志朗の答えとも言えぬ答えに、ニヤリと口の端をあげて回答する。
「援軍ってのは、”兵士”とは限らないんだよ!」
第六話「援軍」END




