第五話「鉄と雨」(改訂版)
第五話「鉄と雨」
シュバッ!
シュバッ!
「っ!」
真琴の短剣を躱し、上下左右に自在に跳びはねる”肉の塊”……
筋肉質な小男の動きは、まるで床や壁に跳ね返る”ゴム毬”が弾けるように素早く、予測不能で……多少気持ちが悪い。
「……」
――速いことは速いがそれより……
的が小さい上に、この特殊な動きこそが、真琴の刃がこの男を捉えきれない最大の理由だろう。
戦闘開始早々に、女の真琴よりさらに小柄な不動丸は筋肉質な身体を縮こまらせて上方に跳んだ。
気持ち悪い事に、自らの筋肉にめり込むように縮ませた四肢により、体高の縦と横がほぼ同じに感じるような、そんな感じに丸まってだ。
――球体?
そう、まるで本当の”玉”のようになった身体で、ピンボールのように壁に床に弾けて真琴を翻弄する。
「っ!」
ブォンッ!
変則的な動きに真琴の短剣はまたもや空を斬る!
「……」
――少々厄介な動きだな……それに
ドカァァァッ!
「っ!?」
咄嗟に飛び退いて躱した真琴の足元が大きく破損する!
真琴の懐に跳び込んだ肉玉は、そのまま右の鉄拳を放って床を砕いたのだ。
――素手での打撃であの威力か……
そこは石畳の床……
不動丸が鉄製の籠手を装着しているとはいえ、驚愕に値する威力だ。
「ふはははぁっ!小娘!戦での借りを今返すぞ!」
そう叫んだ不動丸は、蛙のように膝を曲げて潰れると再び大きく跳躍したのだった。
――
―
シュバッ!
壱の刀の一撃を大きく後ろに飛んで躱した黒笠男は、下がりながら鎖を編み込んだ黒マントから両手を出す!
タッ!
そうはさせじと、そのまま間髪置かず間を詰める壱!
「フフッ」
黒笠男の口が緩む。
バシッ!
バシッ!
「っ!」
ギィィィーーン!
ギィィィーーン!
間を詰めていた壱が刀越しに、大きく後ろに弾かれ後退していた。
「…………」
――あれは……礫……か?
壱の愛刀、”鵜丸”の刀身から二度ほど火花が散り、壱は後方に飛び退いた……
いや弾かれた。
つまり、敵との合間を詰めようとしていた壱は、それを敵の飛び道具によって阻まれたのだ。
「我が名は”雨の千手”……どうだ?腰巾着よ”黒い雨粒”の味は」
黒笠男の両手の中には小さい黒い球がキラリと光る。
ビー玉くらいの鉄球、そういった物質が握られているのだ。
「……」
壱は怯むこと無くもう一度、相手との間合いを詰めようと踏み込む。
シュバッ!
シュバッ!
間髪置かず、再び放たれる二つの弾丸!
シュ!
ザッ!
今度はそれを横に下に……
頭を下げて躱した壱は、踏み込む足を止めること無く相手に迫っていた!
――よしっ!壱の腕ならあの程度の飛び道具……
「ぬぅっ!」
ギィィーーン!
斬りあげた刀の一撃が、黒笠男の鎧代わりの鎖入りマントを弾いて開き……
ヒュォン!
二撃目の刀が、がら空きの胴体へ――
「……ふふ」
――おかしい、これはっ!?
絶体絶命の状況で、壱の刃の前に無防備な胴体をさらした黒笠男の顔は……笑っていた。
「壱っ!」
「っ!」
俺の叫び声と同時に、宗三 壱はトドメとなる二撃めを放つこと無く後方に大きく飛び退いた。
「時雨っ!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!
バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュッ!……
「っ!」
直後、開けたマントの下から無数に打ち出される黒い弾丸の嵐!
それはまるで散弾銃の弾か流星群のように目前の壱に襲いかかった。
「くっ!」
ゴロゴロと床を転がって躱す壱。
「はっは!臆病が身を助けたなっ腰巾着!」
それを眺め、勝ち誇ったように叫ぶ黒笠男……雨の千手。
「…………」
そして、その男の言葉通り、どうやら……壱は無事だった。
黒笠男が嘲るように、壱は決して臆病というわけでは無い。
慎重で用心深い壱ならでは……
詰めの段階でも気を抜かなかったから、相手の異変にいち早く気づいた壱は距離を取ることが可能になり、辛うじて”黒い散弾”から逃れることが出来たのだ。
――
―
「ガハハッ!小娘ぇ!戦での借りを返すぞぉっ!!」
真琴の方は……
叫んだ不動丸が蛙のように膝を曲げて潰れ、大きく跳躍し襲い掛かる!
「うらぁぁぁぁ!」
バシュゥゥゥ!
そして予測不能な軌跡で跳ねた体躯は、そのまま真琴の頭上から、顔面に太く短い右足で蹴りを放つ!
「っ!」
それを僅かに仰け反って躱す真琴、
そして、そのまま空中の相手に斬りつける!
シュオン!
「ぬぅっ!?」
――これだ!真琴ならではの一寸の見切り!これなら回避できないだろう!
真琴の格闘スタイルは剣術というより殆ど体術だ。
両手の特殊短剣を駆使してはいるが、中身は卓越した素手格闘の様なもの……
対して相手の不動丸もどうやら当て身主体の組み討ち術。
格闘スタイルが近いなら……
”刃物”の有無が、殺傷力と射程が大きくものをいう!
――そして、どんなに素早くても空中で体を逃すことは出来ないっ!
ギィィィーーン!
「っ!?」
――なにっ!?
「ひゃっはぁぁ!」
ドカァァァッ!
空中から残った左足による二撃目の蹴りをくらい、大きく後ろに吹き飛ぶ少女の身体!
シュバッ!シュォン!
真琴は後退した位置で膝をついたままでも、両手の特殊短剣を態と前面で空振りして追撃を企む敵を牽制した。
「……ひゃは!中々に隙が無いなぁっ!小娘ぇ!」
真琴の刃から逃れ数歩飛び退き、着地した筋肉達磨は下卑た表情を浮かべる。
「…………」
――空中での二段蹴り……いや、それよりも奴は確かに真琴の斬撃を腹にくらった……はず?
そう、あの一瞬、確かに不動丸は空中で避けられぬ体勢のまま正面から真琴の刃に斬られたはずだ。
「ぐはっはははっ!」
だが現にヤツはピンピンしている。
その場にて、太い腕を天に掲げた最初と同じ構えを取っている。
斬られて無傷……奴の腹部にはまったくその形跡が無い。
――鎧に覆われていない、剥き出しの腹に刃を喰らって無傷だと?
真琴も咄嗟に両手の特殊短剣でガードしたから、それほどダメージは無いみたいだが。
「くはははっ!俺に刃物は効かぬっ!鍛え尽くされた我が”鋼の肉体”には、どのような刃も通らぬのだぁぁっ!」
真琴と睨み合った状態で自慢げに叫ぶ筋肉達磨。
「ちっ……」
真琴が余裕の筋肉達磨を睨みながら着いていた膝を起こして二本の短剣を再び構え直した。
「……」
――刃の通らぬ”鋼の肉体”……
「ふははっ!驚いて言葉も無いようだな小娘ぇぇ!それこそが俺が”鉄岩”と呼ばれる所以……この”鉄岩の不動丸”に最初から貴様如き小娘が勝てる通りがないわぁぁ!」
「……」
――”鉄岩”……ね
俺は得意満面な筋肉達磨から、両手に特殊短剣を構える腹心の部下に視線を移す。
「下衆の肉団子……」
苛立ちから、少しばかり口の悪い我が側近の少女。
「……」
見る限り真琴はまだまだ大丈夫だろう……
――だが、確かに真琴にはあまり相性の良い相手とは言えないな……
間合いを喰らうあの速度を生かした近接格闘系戦士。
加えて一撃のあの破壊力と、極めつけは刃の無効化。
――ほんの少しばかり厄介か……
俺は主座に坐したまま、部下達による一通りの戦いを分析して、ひとつの結論に達する。
「さて、そろそろ終わりだな、臨海の愚か者どもよ……」
「貴様ら雑魚共を葬った後は……主座で怯える愚王の番だぁ!」
黒笠男、”雨の千手”こと千賀 千手。
筋肉達磨、”鉄岩の不動丸”こと望月 不動丸。
両者はお互いに勝利を確信して、高らかにそう宣言した。
「この下郎がっ!!」
ダッ!
”愚王”という言葉に、俺に対する侮蔑に……
真琴はキレて、その言葉の元凶である不動丸に突進した。
「ははっ!女子供の短剣が俺に通用するかよっ!叩き潰してから存分に”ひぃひぃ”言わせてやるぜっ、お嬢ちゃんっ!!」
不動丸は挑発的に筋骨隆々の胸部を晒し、図太い両腕を天に構えて迎え撃つ構えだ。
「真琴っ!壱っ!」
俺は主座に座したまま……そう叫ぶ!
「っ!?」
「はっ!」
ほんの一瞬、刹那の時間に、一声で俺の意図を察した二人。
ズザザッ!!
疾走していた真琴は、待ち構える筋肉達磨の直前で横に跳び!
「なっなにっ!?」
呆気にとられた不動丸の眼前には、真琴の身体を目隠しにした壱が現れた。
そして――
「ぬぅっ!」
横に跳んだ真琴は、そのままスピードに乗った身体を反転、完全に虚を突いた形で棒立ちの黒笠男の間合いに入り込んでいた!
ザシュッ!
壱の刀が不動丸を弾き飛ばし――
ズバッ!
ドスッ
真琴の二つの刃が千手の腕に傷を負わせる!
「ぬ、ぬぅぅ!!」
だが、不動丸はやはり無傷だ……
「こ、小癪な真似を……ガキがっ!」
壱の剣撃の衝撃で吹き飛んだものの、斬られたはずの無傷の胸元を払ってゆっくりと立ち上がる。
ザザッッ!
「ふんっ!このような小細工が再び通じると思うなよ、小娘……」
こちらは片腕に血を滲ませた、若干の傷を負いながらも飛び退いて、真琴からなんとか距離を取った千手が再び黒い散弾の構えを取る。
「……」
「……」
「……」
「……」
お互いの相手を入れ替えて対峙する四人。
「……相手を変えたとて、我らの方が戦士として優れていることは身に染みたであろう」
黒笠男、”雨の千手”こと千賀 千手が余裕の言葉を放ち、筋肉達磨、”鉄岩の不動丸”こと望月 不動丸がニヤリと笑う。
「えぇっと、あのな……」
白熱する戦いに、横合いから俺が口を挟んだ。
「なんだ……”愚王”、貴様は後でゆっくりと……」
場違いだとでも言う、苛立った顔で俺をひと睨みする不動丸に、俺は構わず続ける。
「だから、”効率”が悪そうだったんで入れ替えたんだが……」
俺は相変わらず主座に座したまま、その場の者たちに告げる。
「愚かな王でもなぁ……そのくらいは解るぞ、筋肉達磨に黒笠男」
「……」
「……」
何がだ!?と言わんばかりの眼光で俺に視線を移す二人と……
段下で状況を静観する赤目兵士達。
「どっちにしてもお前ら二人は、宗三 壱と鈴原 真琴の敵じゃない」
――っ!!
俺は殺気立つ視線も何処吹く風、あさっての方向を見ながらそう宣言していた。
第五話「鉄と雨」END




