第四話「二対二」(改訂版)
第四話「二対二」
赤目領土内最西部に位置する要衝……枝瀬城。
枝瀬山の山頂に聳え立つ城は、瀬田丘陵、そしてその下に広がる平野と枝瀬川を眼下に見下ろす中々の堅城であった。
城主は赤目四十八家の一氏である荷内 志朗。
赤目領に隣接する臨海領内から侵攻するにはこの城の攻略は避けられない。
そしてこの先……
戸羽城、鍬音城とういう他の主城を攻略し、更に先に構える領都”小津”を手中に収めるその日まで、”赤目”との戦いは続くだろうことを考えると……
「この枝瀬城は出来れば無傷で手に入れたいと思ったんだが……」
俺は少し困った顔で、一段上がった壇上から今の状況を眺めていた。
――目前には……
二十人ほどの赤目兵達が、枝瀬城主である荷内 志朗を中心にして、主座のある壇上にいる俺と俺の左右でそれを警戒する宗三 壱と鈴原 真琴を纏めて包囲していた。
因みに引き連れてきた百程の臨海兵は事情があって此所にはいない。
「それは都合が良すぎる……臨海王よ、我らとて指をくわえて貴殿ら、侵略者の横暴を見逃す腑抜けではない」
完全に俺を追い詰めたというのに、どこか浮かぬ顔で白髪の男は居並ぶ兵士達に号令の準備をする。
「着くなり主座へと促され、登ってみればこれだ……たく……」
俺はその荷内 志朗の号令に備えつつ、愚痴を漏らす。
「クククッ!馬鹿と何とかは高いところに登りたがると言うことだ……貴様にはお似合いでは無いかよ?噂倒れの無能の策士、鈴原 最嘉よ!」
今俺をこき下ろした声の主は……
枝瀬城主である荷内 志朗の後ろから表れた二人の人影のうち一人だ。
小柄で筋肉質な男と雨でもないのに三角の黒い雨笠をかぶった黒マントの男。
「見た顔だな……」
男達を見た俺の感想に、小柄で筋肉質な男が続けた。
「はっ!先の戦で我らが多少の後れを取ったからと、思い上がってここまでノコノコその間抜け面を晒しに来たのが運の尽きだな!」
――ああ、思いだした、たしか不動丸……なんちゃらの不動丸、真琴が捉えた敵だ
俺がそんな感じで筋肉達磨を観察している横で、鈴原 真琴が腰の短剣に両手を添えて前に出ようとする。
「……真琴」
だが俺はそれを静かに制した。
「最嘉さま……」
真琴は少しだけ不満そうな顔で動作を止める。
――俺に対する侮蔑……真琴は相変わらず俺に対しては執着しすぎる
「荷内 志朗よ、本当にこれで良いのか?これはお前の判断なのか?」
俺は二人の男を無視し、そしてこの枝瀬代表である白髪の男にそう問いかけた。
「…………是非もない」
事情のある顔……
しかし、それでも初老の男は俺から眼だけは逸らさない。
――不本意な選択でも……自分が決した判断には向き合う性格か……
「…………そうか、残念だな」
その時俺は、その初見である男……荷内 志朗の眼を見て、心底そう思っていた。
「荷内殿、いつまで無駄話をしていても仕方がない、この”奇策を用いる稀代の策士”という噂倒れの男の始末を!」
会話に割り込み、せっかちに行動を促したのは筋肉達磨とはまた別の一人、黒笠男。
「奇策?まだ解ってないのか黒笠男。赤目が誇るらしいお前等両名、”雨の千手”と”鉄岩の不動丸”が敗北した理由が?」
俺は一筋肉達磨よりは話が通じそうだと、応そう問いかけてみるが……
「ふん、この期に及んで問答頼みか……小者め、あんなものは愚にも付かぬ正面衝突、策も何もない只の力任せの……」
――やっぱ駄目だな……不動丸よりマシなだけだ
――なら、面倒だが説いてやるか、俺は意外と面倒見が良いんだ
なんて感じで、少し時間稼ぎに転じてみる。
「そうだ、正面決戦、正攻法……愚直な正道の戦い方だ、だからこそそれに破れたお前達は思い知る」
「?」
で、俺の物言いに顔を見合わせる両者。
「百戦錬磨、”鉄岩の不動丸”よ!鈴原 真琴を小娘と侮ったろう?……しかし真琴はあの天都原十剣……天下に名を轟かす鬼阿薙から我が九郎江を守り切った俺の自慢の懐刀!」
「ぬっ!」
望月 不動丸なる筋肉達磨の雑な表情筋が強張る。
「歴戦の強者、”雨の千手”よ!宗三 壱を俺の腰巾着と軽んじたろう?……だが、壱の軍への采配は無駄なく要所を見逃さない。指揮官なら誰もが識る基本にして最重要の兵法を当たり前に熟せる事がどれだけ恐ろしいか……正面切っての戦闘で壱は臨海の王虎、比堅 廉高に匹敵する将で、俺なんかよりもずっと手強いぞ!」
「ぐぅぅ!」
三角の黒笠の下で奥歯を噛みしめて唸る、千賀 千手。
共々、直前に敗北を喫しているだけに、ぐうの音も出ない。
「正道あっての邪道なんだよ!精強な軍と優秀な指揮官あってのこそ奇策も適う……それに考えが至らないお前達は負けるべくして負けたんだ!」
黒笠の男はひとしきり奥歯をギリリと鳴らせていたが……
「た、たとえそうでも……それが……それがこの状況にどう影響するのだっ!謁見の間に居るお前達は三人孤立し、此方は二十人以上……袋の鼠とはこのことだろうっ!」
それでも我慢の限界が、壇上で啖呵を切る俺に反論する。
「そ、そうだっ!!御託を並べたところで状況は変わらるかっ!貴様が我が赤目の頭脳、鵜貝 孫六様の策にまんまと乗せられた事には変わりないだろうがっ!!」
筋肉達磨、望月 不動丸もそれに続く。
「…………」
――なるほど……まぁ、そりゃそうだ
現在の状況は、俺達三人が圧倒的多数に囲まれている事に変わりない。
謁見の間に入ってすぐ……
繋がる渡り廊下に火の手があがり落とされた。
ここが枝瀬城の本来の謁見の間かどうかは知らないが……
案内された場所が城の最上階で別塔。
橋状の渡り廊下で繋がれた場所であった時点で警戒はしていたが……
城主の荷内 志朗、諸共に孤立して決戦を挑むとは……な。
意表は突かれた……それは認めざるを得ない。
「……まぁ待て、二人とも」
いきり立つ二人の男を制しながら荷内 志朗は一歩前に出る。
「鈴原 最嘉殿、降伏を受け入れておいてこの所業……卑怯と罵りたくば罵れば良い、甘んじてそれは受け入れよう……しかし」
そして俺と二人の忍頭の会話に割り込んだ初老の男は、重苦しい雰囲気で口を開く。
「荷内 志朗……」
そう、俺がある程度、意表を突かれたのは……
俺は真剣な眼差しで段下から見上げる白髪を後ろで束ねた男を見た。
「……鈴原 最嘉殿……その首もらい受ける!」
この城主の意外な覚悟だ。
――ザザッ!!
荷内 志朗の合図で、俺達が居る壇上に一斉に襲いかかる赤目兵士達!
あの生臭……根来寺 数酒坊の甘言に乗って自軍を裏切り、そしてそれをまた旗色が悪いからという理由で裏切って恥じない唯の節操の無し男という訳では……どうやら無いらしい。
ザシュッ!
ズバァァ!
「なっ!?」
城主、荷内 志朗と二人の忍頭は後方で、目を見開いてその光景を見ていた。
「ぐわっ!」
「ぎゃっ」
主座前に立つ俺に襲いかかる兵士達を次々斬り捨てる二人の戦士。
少女は両手に持ち手に輪の着いた二本の特殊な形状の短剣……
”前鬼”と”後鬼”を逆手に持って――
シュバッ!
「がはぁ!」
その見た目の可愛らしさとは真逆の容赦無さで斬り捨てる、黒髪ショートカット美少女、鈴原 真琴!
ドスッ!
「うわっ!」
頭の後ろでチョンと縛った髪が揺れ、腰の刀……”鵜丸”を抜いて綺麗な型で白刃を振るい主君を守る、見た目爽やかな好青年、宗三 壱!
二人の奮戦で瞬く間に赤目兵士達は床に折り重なっていった。
「や、止めっ!引くのだ!一度引けっ!!」
荷内 志朗の号令で、壇上に攻め寄せていた兵士達が波が引く様に下がる。
「ぬぅ……これが貴殿の余裕の理由か!?」
これは流石に想定外だったのか、苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る荷内 志朗……
俺は答えず、戦闘前と同じ様子で主座前に立ったまま骸の数を数える。
「ひぃ、ふぅ……大体半分だな、で、どうする?赤目の兵士諸君」
「……」
「……」
壇上、壇下で無言でにらみ合う俺達と枝瀬城軍の両陣営。
「クッ……クククッ!なるほど……指揮だけで無く”個人戦闘”も得手とは良い駒を持っているな、無策無能の臨海王」
そう言って含み笑いを浮かべた黒笠男が一歩前に出た。
「そうだろ、良いだろう?俺の自慢の部下だ」
素直に答える俺。
「ふん、部下に恵まれただけの無能王が……だがそれもこれまでだ」
もうひとりの忍頭、筋肉質な小男が同じように前に出る。
「個人戦闘技能は我ら赤目忍びの専売だ、運が無かったな」
黒笠マントと筋肉達磨……二人の異形男は各々の構えを取る。
「…………壱、真琴、任せるぞ」
それだけ言って、俺はそのまま主座に腰掛ける。
「はっ!最嘉様!」
「はい我が君、”愛する部下”とお言葉を頂いた限りはこの身を挺してっ!」
二人は返事をすると、自らの”武器”を手に異形の忍びに向けて構え直す。
「えと……真琴?”愛する””とは一言も……」
そうだ、確か俺は……
”俺の自慢の懐刀”と言っただけ。
「おぉい、真琴……」
「東雲家臣団”随一の使い手”にして、我が通り名は”雨の千手”……いざ参るっ!」
黒ずくめの鎧の上に鎖を編み込んだマントを羽織った、雨でも無いのに頭には同じ黒い三角の笠を被った男は名乗りを上げた。
「同じく富士林家臣団”最強の戦士”、”鉄岩の不動丸”……ゆくぞぉっ!!」
成人男子としては身長は低い方……しかし大きくはだけた上着からのぞく大胸筋、上腕二頭筋の異常な発達、短く屈強そうな首は、筋肉達磨という表現がぴったりとはまる小男。
”鉄岩の不動丸”は太い両腕を高々と頭上に振り上げた!
「臨海軍……宗三 壱」
壱は静かに愛刀”鵜丸”の抜き身を相手に向ける。
「鈴原 最嘉さまの側近にして忠実な下僕、鈴原 真琴」
そして真琴も両手に持った特殊短剣……
”前鬼””後鬼”を眼前に油断なく構えて戦闘態勢を取っていた。
敵の名乗りに呼応した壱と真琴。
臨海と赤目。
二国が誇る戦士同士の戦闘は始まった!
「いやっ、だから”愛する”とは言って無いし……聞けよ!お前ら俺の話っ!!…………てか、”下僕”って言うなっ真琴!まことさぁーーんっ!!」
ダッ!
ダッ!
ギャリィィーーン!
ガキィィッ!
――戦闘は……始まったのだった
第四話「二対二」END




