第一話「臨海の三羽烏」(改訂版)
第一話「臨海の三羽烏」
小国群のひとつ臨海領南部の山脈を越えた東側……
そこに大国天都原に敵対する小国群のひとつがあった。
「それで、攻め入った臨海の指揮官は誰か?」
黒ずくめの鎧の上に鎖を編み込んだマントを羽織った男は、雨でも無いのに頭にはマントや鎧と同じ黒い三角の笠をかぶっている。
「はい、”戸羽口”に配置した斥候の情報によると、敵大将は宗三 壱という人物だとか」
黒笠の男は、右手に握った拳大の黒いケースをクルクルと弄って部下の報告を暫く聞いていた。
そして……
「総兵力八百余……大将は臨海領主、鈴原 最嘉が腹心の宗三 壱と言ったか?……下らぬな、下らぬ相手だ」
「東雲様からは臨海は先の戦で天都原領土”日乃”を手に入れ勢いに乗っている、くれぐれも油断無きようと言われておりますが……」
部下の反論を受けて、黒笠男はジロリと笠の影から鋭い目を光らせた。
「鈴原は……あの鈴原 最嘉というペテン師は、なるほど、少しは戦の妙を囓った若造のようだが、俺が相手をするのは誰だ?宗三 壱?ただの腰巾着だろうが……この俺が、”赤目四十八家”でも御三家の東雲 百道様が麾下、その随一の将である”雨の千手”がそんなガキの相手をせねばならぬとはな」
「し、嶌麻では既に富士林家臣の望月様が、鈴原 真琴が率いる臨海軍六百と早々にぶつかったとか……我々も望月様に後れを取るわけにはいきませんぞ」
乗り気で無い上司に男はなおも食い下がる。
「ふん……彼方は彼方で鈴原違いの同等の腰巾着か、”鉄岩の不動丸”もさぞ不満であろうな」
しかし、それでもどうにも乗り気にならない黒笠の男。
「千賀様……いかが致しましょう?予定通り”戸羽口”で迎え撃ちますか?」
部下の再三の催促に、黒笠男、”雨の千手”こと千賀 千手は手持ち無沙汰に弄っていた黒いケースを懐に戻してニヤリと笑う。
「いや、しばし……もう幾許か誘い込め。奴らは我が”赤目四十八家”が治める赤目領土内に攻め込んだのだ、相応の礼を持って迎えてやろう」
そう言って”雨の千手”の異名を持つ忍頭は、ようやく部下の言葉に応えたのであった。
――
―
――至高の黄金と苛烈なる紅蓮が重なる時、地上は焦土と化し
――聖なる明光と清らかなる青が相見える時、その”存在”は生死を超越するに至る
――斯くして、深淵の底に何をも見いだせぬ愚者は須く絶望の虜囚となるであろう
”暁”の古代史文献に記述された、”邪眼魔獣襲来”の章にある一節だ。
「それで?大昔のお伽話を持ち出して何を説明するつもりだ」
俺はそう暗誦すると、目前に座する中年の坊主に問う。
「流石は賢人と名高い鈴原 最嘉様、歴史にも造詣が深いですなぁ」
――歴史?お伽話だろう?
坊主の見え見えの煽てに呆れるが、実際、俺は小一時間ほどこの場所で目前に座る中年坊主とさして望まぬ問答を繰り返していたのだ。
――此所は小国群のひとつ、赤目領土内の端の端……
その”とある”山中に我が臨海軍は陣を設置いていた。
「そう怪訝な顔をなされますな、拙僧は単に我ら仏法僧の本願をお話したまで」
首元に大きな数珠を幾重にも巻いた僧侶姿の中年は、地べたに直に尻を着いて胡座をかき、傍らには通常の倍はあろうかという酒壺を抱えていた。
「本願?仏門の仕事は民衆を救済することでは無いのか?」
「然り!しかし、その為にも災厄の元凶に対する備えは第一の目的となり得るのですよ……ははっ、我らは五百年も昔、そう、この世界が引き裂かれるよりもずっと以前からそれに取り組んできたという訳でありますなぁ」
――世界が引き裂かれるより以前……
――”戦国世界”と”近代国家世界”が切り替わるようになるより前ってことか?
「それでですなぁ……この件に関する関連情報を収集したり、処理したりと……まぁ、そういったことも仏法僧の大事な仕事でありまして……」
「それはご苦労なことだが、臨海に関係あるとは思えないが?」
話が長くなりそうな気配を受け、俺は強引に口を挟んでそれを阻止する。
「いやいや、あくまでも可能性の話としてお聞きしているだけですよ、お気になさらず」
しかし、坊主は全く意に介さないようだ。
「……そうか、なら、俺には期待に添える回答は無いな」
「……ほぅ?」
――っ?
実の無い話を早く切り上げたいばかりの俺の回答に、一瞬だけ緊張感の無かった坊主の戯けた両目がギラリと光った気がした。
「ですかぁ?……ならば天都原の止ん事無きご麗人にでもお聞き…………っ!?」
そして今度は俺の眼が殺気に光る。
「い、いやっ!これは失礼……撤回致しますっ!……どうか今の言葉はお聞き流しください!」
殺気を余すこと無く溢れさせた俺の尋常ならざる視線に、慌てて禿げ頭を下げる中年坊主。
「……」
――此奴……”十戒指輪”のことを知って……いや、”魔眼の姫”の方か?……どっちにしてもどこからその情報を……
「お許しください鈴原様っ!……此度、我らは臨海のご助力に参上致した次第!我が主君、那伽領主の根来寺 顕成も最嘉様とは今後も良い関係をと……」
「……で、俺達、臨海が仏法にとって憎き異教である”七峰”に対抗する助力をすれば……臨海の傘下に入ると……そういう話だったな」
「左様でございますっ!!」
慌てた坊主は胡座をかいたまま、平身低頭、地べたに頭を深々と下げて懇願する。
「……」
――あくまで、宗教国家”七峰”に対抗する手段として臨海を頼ったというつもりか……
「しかし、俺は特定の宗教に肩入れするつもりは無いぞ、布教活動はルールさえ守れば、どの宗教がどうしようとも介入するつもりは無い」
「無論です、信仰の自由は我々も望むところ……ただ、近年の”七峰”による讒言で”旺帝”が我ら……特に我が領土”那伽領”への弾圧を強めており……」
小国群のひとつ、”那伽領”はもともと天都原に属しない中立国、八カ国のひとつだ。
だが、近年の宗教国家”七峰”との宗教戦争で、彼の国が東の大国”旺帝”に働きかけ、旺帝に近い小国群、つまり天都原と敵対する十二カ国を使って弾圧を繰り返していた。
――で、窮する”那伽”は、最近、此処いら一帯で頭角を現してきた我が臨海に目をつけた……と
そうだ、抑もこの坊主はそういう用件で十日ほど前に臨海を訪れたのだった。
「……ああ、だな」
俺は解った解ったと邪魔臭そうに手を振った。
――陽に余計な事をしないのなら別に良い……
「そろそろ本題に入れよ、”赤目”の事は近隣の”那伽”の方が詳しいのだろう?」
本来の方向に話題を戻す俺に、安堵の表情をした坊主は再び緊張感の無い笑みを浮かべて話し出す。
「小国群がひとつ、赤目領土を治める”赤目四十八家”……合議制で政を進める四十八の有力家のうち、特に力を持つ三家があります。で、この三家の中で一番怖い人物はですなぁ……」
俺の目前に胡座をかいて座った恰幅の良い坊主は頭を上げ、さっきまでの殊勝な態度は何処へやら……
禿げた頭をペチペチと叩きながら得意げに講釈をたれ始めた。
「赤目のお家事情は今はいい……それより本当に説得できるのか?」
「ははぁ?鈴原様はお若い故にせっかちですなぁ」
話の腰を折られた坊主は、またもや大きく口を開けて馬鹿笑いする。
「……」
俺は陣中に設置した簡易椅子から立ち上がった。
カチャリ
すぐに傍に控えていた部下が俺の愛刀である”小烏丸”を差し出す。
「おぉぅ?鈴原様、いずこへ?」
「”枝瀬城”へだよ、城主で赤目四十八家の一つ、荷内 志朗を籠絡して我が臨海に寝返らせてみせると大言壮語ほざいたのはお前だろうが?」
どうにも話が長い相手に俺は行動で示す。
「いやはや……確かに……しかし、それには”戸羽口”で東雲家臣、千賀 千手を”嶌麻”で富士林家臣、望月 不動丸を打ち倒した後というのが条件だったはず……」
「……」
俺は目の前の坊主の言を聞きながら陣の外に目をやった。
「鈴原様?」
「そろそろだ……」
「は?」
「だから、そろそろ……その条件は満たされるって言ってるんだ」
「……??」
坊主は不思議そうな顔で俺を見上げていたが……
「り、臨海軍が我が”那伽”の手引きで”赤目領”に入ってまだ四日目ですよぉ……それは如何にもせっかちでしょう?なんといっても相手は”雨の千手”と”鉄岩の不動丸”との異名を持つ赤目きっての……」
冗談だろう?とばかりの顔で坊主がそう応えかけた時。
――ダダッ!
陣幕のすぐ外側で伝令兵の駆け込む足音が響いた。
「報告致しますっ!ただいま”宗三 壱様から伝令!……戸羽口”で千賀 千手を捕獲、千賀が率いていた東雲軍も降伏とのこと!」
「っ!?」
そして略同時にもうひとり……
「報告っ!!”嶌麻”で鈴原 真琴様率いる別働隊が富士林家臣、望月 不動丸を捕獲!拠点を制圧完了後に予定通り直ちに合流しますと!」
立て続けに入る吉報に俺は満足して頷く。
「……で、今度はお前が働く番だぞ、那伽領主の使者とやら……我が臨海に忠誠を誓い、その麾下に加わる証の為、俺の役に立ちに来たのだろう?」
言葉途中であった坊主は、なんとも言えぬ面で固まったまま……
「はは……ははは……」
やがて笑い声を漏らす。
「はは……ふっ」
そして坊主はあんぐり開けていた口から乾いた笑い声を響かせたかと思うと、打って変わってなんとも鋭い視線を俺に向ける。
「……」
――ほほぅ、この生臭坊主……なかなかの……
「はっはっはっ!いやはや……」
俺が目前の男から異質な価値を読み取った瞬間、その相手はまたもや緊張を緩めて再び大声で笑っていた。
「……」
――あくまでも……”のらりくらり”か、食えない”なまぐさ”だ
「流石は飛ぶ鳥を落とす勢いの臨海軍!そして”三羽烏”の宗三様と真琴様でありますなぁ!……優れた王は矢張、優れた真に良い部下を揃えてらっしゃるという訳ですなぁ!」
「……」
――”臨海の三羽烏”……
俺と壱、真琴を称して、最近、道股でそう呼ばれているらしい。
臨海の若手である俺達を称えた言葉ではあるが、正直なんだかこそばゆい。
”無垢なる深淵”と呼ばれる陽子や”純白の連なる刃”と恐れられる雪白も、最初はこんな感じだったのだろうか?
と……それは置いて、
「お世辞は良い、それより……」
ペシリ!
俺が改めて催促をする前に、大雑把な口元に屈託無い笑みを浮かべた坊主が、見事に禿げあがった頭を叩いて良い音を響かせた。
「そう言う事で在るならば無論ですよ!然らば拙僧が……那伽領主、根来寺 顕成が家臣、この根来寺 数酒坊に万事おまかせあれいっ!!」
大層な返事を放った坊主は、酒壺を脇に抱えて颯爽と立ち上がって、ザシッザシッと陣幕の外へ歩いて行く。
「……」
「最嘉様、よろしいのですか?あの坊主、どこまで信用できるか……」
控える部下の言葉に、俺は去って行く坊主の後ろ姿を見据えたまま頷く。
「無傷で敵城が手に入るならそれに越したことは無い……駄目でも此方に大して被害はないしな……」
――
―
そして、大見得を切って臨海陣幕を出たばかりのその坊主、根来寺 数酒坊の元に歩み寄る影が一つ。
「宜しかったのですか?数酒坊様、臨海王にあのような話を……ご領主、根来寺 顕成様からは、あくまでも”七峰との確執”とだけ話すよう言われていたはずですが?」
質素な袈裟に質素な草履履き、そして使い古したボロボロの刀を腰に差したボサボサ髪の極々有り触れた男が問いかける。
――あの話題、”邪眼魔獣”案件は、外部には御法度だという事を忘れたのかと
そう釘を刺す自分と同じ僧侶姿の男に、数酒坊はニヤリと笑いかけた。
「俺はなぁ……困難なら困難であるほど、その試練は”人の力”で乗り越え無くてはならないと思っている。その辺りが顕成大僧正様との相違だろうが……なぁに構うまいよ、大僧正様と目的は同じ!問題は無いだろう」
事も無げにそう言って笑う中年僧に、問いかけたボサボサ頭の男はあからさまに呆れた顔をする。
「……そこまで?あの鈴原 最嘉という人物を買っているのですか?」
男の言葉に根来寺 数酒坊はキョトンとした顔をした。
「あ?あぁ……なるほど!……ふむふむ、そういう訳であるかぁ……拙僧……俺は……あの男を買っているのか?……ははっ、うむ、納得いったっ!!」
それを聞いた男は、あそこまで踏み込んだ話題をしておいて、それが意識した行動では無かったとでも言うのだろうかと、傍らで心底呆れる。
「うむ、それはさておき行くぞ、川辺 太郎次郎!その俺の買っているという人物の為、お主には存分に働いて貰うぞっ!」
しかし、そんなことには一切構わず、そう言った破戒僧、根来寺 数酒坊は、見事に禿げ上がった頭をペチペチと叩いて、声も高らかに笑っていたのだった。
第一話「臨海の三羽烏」END




