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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
61/336

第一話「臨海の三羽烏」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第一話「臨海(りんかい)三羽烏(さんばがらす)


 小国群のひとつ臨海(りんかい)領南部の山脈を越えた東側……

 そこに大国天都原(あまつはら)に敵対する小国群のひとつがあった。


 「それで、攻め入った臨海(りんかい)の指揮官は誰か?」


 黒ずくめの鎧の上に鎖を編み込んだマントを羽織った男は、雨でも無いのに頭にはマントや鎧と同じ黒い三角の笠をかぶっている。


 「はい、”戸羽口(とばぐち)”に配置した斥候の情報によると、敵大将は宗三(むねみつ) (いち)という人物だとか」


 黒笠の男は、右手に握った拳大の黒いケースをクルクルと弄って部下の報告を暫く聞いていた。


 そして……


 「総兵力八百余……大将は臨海(りんかい)領主、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)が腹心の宗三(むねみつ) (いち)と言ったか?……下らぬな、下らぬ相手だ」


 「東雲(しののめ)様からは臨海(りんかい)は先の戦で天都原(あまつはら)領土”日乃(ひの)”を手に入れ勢いに乗っている、くれぐれも油断無きようと言われておりますが……」


 部下の反論を受けて、黒笠男はジロリと笠の影から鋭い目を光らせた。


 「鈴原(すずはら)は……あの鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)というペテン師は、なるほど、少しは(いくさ)の妙を(かじ)った若造のようだが、俺が相手をするのは誰だ?宗三(むねみつ) (いち)?ただの腰巾着だろうが……この俺が、”赤目(あかめ)四十八家”でも御三家の東雲(しののめ) 百道(ももち)様が麾下、その随一の将である”(あめ)千手(せんじゅ)”がそんなガキの相手をせねばならぬとはな」


 「し、嶌麻(しまあさ)では既に富士林(ふじばやし)家臣の望月(もちづき)様が、鈴原(すずはら) 真琴(まこと)が率いる臨海(りんかい)軍六百と早々にぶつかったとか……我々も望月(もちづき)様に後れを取るわけにはいきませんぞ」


 乗り気で無い上司に男はなおも食い下がる。


 「ふん……彼方(あちら)彼方(あちら)鈴原(すずはら)違いの同等の腰巾着か、”鉄岩(てつがん)不動丸(ふどうまる)”もさぞ不満であろうな」


 しかし、それでもどうにも乗り気にならない黒笠の男。


 「千賀(せんが)様……いかが致しましょう?予定通り”戸羽口(とばぐち)”で迎え撃ちますか?」


 部下の再三の催促に、黒笠男、”(あめ)千手(せんじゅ)”こと千賀(せんが) 千手(せんじゅ)は手持ち無沙汰に弄っていた黒いケースを懐に戻してニヤリと笑う。


 「いや、しばし……もう幾許(いくばく)か誘い込め。奴らは我が”赤目(あかめ)四十八家”が治める赤目(あかめ)領土内に攻め込んだのだ、相応の礼を持って迎えてやろう」


 そう言って”(あめ)千手(せんじゅ)”の異名を持つ忍頭は、ようやく部下の言葉に応えたのであった。



 ――

 ―


 ――至高の黄金と苛烈なる紅蓮が重なる時、地上は焦土と化し

 ――聖なる明光と清らかなる青が相見える時、その”存在(モノ)”は生死を超越するに至る

 ――斯くして、深淵の底に何をも見いだせぬ愚者は(すべから)く絶望の虜囚となるであろう


 ”(あかつき)”の古代史文献に記述された、”邪眼魔獣(バシルガウ)襲来”の章にある一節だ。


 「それで?大昔のお伽話を持ち出して何を説明するつもりだ」


 俺はそう暗誦(あんしょう)すると、目前に座する中年の坊主に問う。


 「流石は賢人と名高い鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)様、歴史にも造詣が深いですなぁ」


 ――歴史?お伽話だろう?


 坊主の見え見えの(おだ)てに呆れるが、実際、俺は小一時間ほどこの場所で目前に座る中年坊主とさして望まぬ問答を繰り返していたのだ。


 ――此所(ここ)は小国群のひとつ、赤目(あかめ)領土内の端の端……


 その”とある”山中に我が臨海(りんかい)軍は陣を設置()いていた。


 「そう怪訝な顔をなされますな、拙僧は単に我ら仏法僧の本願をお話したまで」


 首元に大きな数珠を幾重にも巻いた僧侶姿の中年は、地べたに直に尻を着いて胡座(あぐら)をかき、傍らには通常の倍はあろうかという酒壺を抱えていた。


 「本願?仏門(おまえら)の仕事は民衆を救済することでは無いのか?」


 「然り!しかし、その為にも災厄の元凶に対する備えは第一の目的となり得るのですよ……ははっ、我らは五百年も昔、そう、この世界が引き裂かれるよりもずっと以前からそれに取り組んできたという訳でありますなぁ」


 ――世界が引き裂かれるより以前……


 ――”戦国世界(こっち)”と”近代国家世界(あっち)”が切り替わるようになるより前ってことか?


 「それでですなぁ……この件に関する関連情報を収集したり、処理したりと……まぁ、そういったことも仏法僧の大事な仕事でありまして……」


 「それはご苦労なことだが、臨海(りんかい)に関係あるとは思えないが?」


 話が長くなりそうな気配を受け、俺は強引に口を挟んでそれを阻止する。


 「いやいや、あくまでも可能性の話としてお聞きしているだけですよ、お気になさらず」


 しかし、坊主は全く意に介さないようだ。


 「……そうか、なら、俺には期待に添える回答は無いな」


 「……ほぅ?」


 ――っ?


 実の無い話を早く切り上げたいばかりの俺の回答に、一瞬だけ緊張感の無かった坊主の(おど)けた両目がギラリと光った気がした。


 「ですかぁ?……ならば天都原(あまつはら)止ん事無き(やんごとなき)ご麗人にでもお聞き…………っ!?」


 そして今度は俺の眼が殺気に光る。


 「い、いやっ!これは失礼……撤回致しますっ!……どうか今の言葉はお聞き流しください!」


 殺気を余すこと無く溢れさせた俺の尋常ならざる視線に、慌てて禿げ頭を下げる中年坊主。


 「……」


 ――此奴(こいつ)……”十戒指輪(クロウグ・ラバウグ)”のことを知って……いや、”魔眼の姫”の方か?……どっちにしてもどこからその情報を……


 「お許しください鈴原(すずはら)様っ!……此度(こたび)、我らは臨海(りんかい)のご助力に参上致した次第!我が主君、那伽(なが)領主の根来寺(ねごでら) 顕成(けんじょう)最嘉(さいか)様とは今後も良い関係をと……」


 「……で、俺達、臨海(りんかい)が仏法にとって憎き異教である”七峰(しちほう)”に対抗する助力をすれば……臨海(おれたち)の傘下に入ると……そういう話だったな」


 「左様でございますっ!!」


 慌てた坊主は胡座(あぐら)をかいたまま、平身低頭、地べたに頭を深々と下げて懇願する。


 「……」


 ――あくまで、宗教国家”七峰(しちほう)”に対抗する手段として臨海(りんかい)を頼ったというつもりか……


 「しかし、俺は特定の宗教に肩入れするつもりは無いぞ、布教活動はルールさえ守れば、どの宗教がどうしようとも介入するつもりは無い」


 「無論です、信仰の自由は我々も望むところ……ただ、近年の”七峰(しちほう)”による讒言(ざんげん)で”旺帝(おうてい)”が我ら……特に我が領土”那伽(なが)領”への弾圧を強めており……」


 小国群のひとつ、”那伽(なが)領”はもともと天都原(あまつはら)に属しない中立国、八カ国のひとつだ。


 だが、近年の宗教国家”七峰(しちほう)”との宗教戦争で、()の国が東の大国”旺帝(おうてい)”に働きかけ、旺帝(おうてい)に近い小国群、つまり天都原(あまつはら)と敵対する十二カ国を使って弾圧を繰り返していた。



 ――で、窮する”那伽(なが)”は、最近、此処(ここ)いら一帯で頭角を現してきた我が臨海(りんかい)に目をつけた……と


 そうだ、(そもそ)もこの坊主はそういう用件で十日ほど前に臨海(りんかい)を訪れたのだった。


 「……ああ、だな」


 俺は解った解ったと邪魔(じゃま)(くさ)そうに手を振った。


 ――(はる)に余計な事をしないのなら別に良い……


 「そろそろ本題に入れよ、”赤目(あかめ)”の事は近隣の”那伽(おまえたち)”の方が詳しいのだろう?」


 本来の方向に話題を戻す俺に、安堵の表情をした坊主は再び緊張感の無い笑みを浮かべて話し出す。


 「小国群がひとつ、赤目(あかめ)領土を治める”赤目(あかめ)四十八家”……合議制で(まつりごと)を進める四十八の有力家のうち、特に力を持つ三家があります。で、この三家の中で一番怖い人物はですなぁ……」


 俺の目前に胡座(あぐら)をかいて座った恰幅の良い坊主は頭を上げ、さっきまでの殊勝な態度は何処へやら……


 禿げた頭をペチペチと叩きながら得意げに講釈をたれ始めた。


 「赤目(あかめ)のお家事情は今はいい……それより本当に説得できるのか?」


 「ははぁ?鈴原(すずはら)様はお若い故にせっかちですなぁ」


 話の腰を折られた坊主は、またもや大きく口を開けて馬鹿笑いする。


 「……」


 俺は陣中に設置した簡易椅子から立ち上がった。


 カチャリ


 すぐに(そば)に控えていた部下が俺の愛刀である”小烏丸(こがらすまる)”を差し出す。


 「おぉぅ?鈴原(すずはら)様、いずこへ?」


 「”枝瀬(えだせ)城”へだよ、城主で赤目(あかめ)四十八家の一つ、荷内(にだい) 志朗(しろう)を籠絡して我が臨海(りんかい)に寝返らせてみせると大言壮語ほざいたのはお前だろうが?」


 どうにも話が長い相手に俺は行動で示す。


 「いやはや……確かに……しかし、それには”戸羽口(とばぐち)”で東雲(しののめ)家臣、千賀(せんが) 千手(せんじゅ)を”嶌麻(しまあさ)”で富士林(ふじばやし)家臣、望月(もちづき) 不動丸(ふどうまる)を打ち倒した後というのが条件だったはず……」


 「……」


 俺は目の前の坊主の言を聞きながら陣の外に目をやった。


 「鈴原(すずはら)様?」


 「そろそろだ……」


 「は?」


 「だから、そろそろ……その条件は満たされるって言ってるんだ」


 「……??」


 坊主は不思議そうな顔で俺を見上げていたが……


 「り、臨海(りんかい)軍が我が”那伽(なが)”の手引きで”赤目(あかめ)領”に入ってまだ四日目ですよぉ……それは如何(いか)にもせっかちでしょう?なんといっても相手は”(あめ)千手(せんじゅ)”と”鉄岩(てつがん)不動丸(ふどうまる)”との異名を持つ赤目(あかめ)きっての……」


 冗談だろう?とばかりの顔で坊主がそう応えかけた時。


 ――ダダッ!


 陣幕のすぐ外側で伝令兵の駆け込む足音が響いた。


 「報告致しますっ!ただいま”宗三(むねみつ) (いち)様から伝令!……戸羽口(とばぐち)”で千賀(せんが) 千手(せんじゅ)を捕獲、千賀(せんが)が率いていた東雲(しののめ)軍も降伏とのこと!」


 「っ!?」


 そして(ほぼ)同時にもうひとり……


「報告っ!!”嶌麻(しまあさ)”で鈴原(すずはら) 真琴(まこと)様率いる別働隊が富士林(ふじばやし)家臣、望月(もちづき) 不動丸(ふどうまる)を捕獲!拠点を制圧完了後に予定通り直ちに合流しますと!」


 立て続けに入る吉報に俺は満足して頷く。


 「……で、今度はお前が働く番だぞ、那伽(なが)領主の使者とやら……我が臨海(りんかい)に忠誠を誓い、その麾下に加わる証の為、俺の役に立ちに来たのだろう?」


 言葉途中であった坊主は、なんとも言えぬ(つら)で固まったまま……


 「はは……ははは……」


 やがて笑い声を漏らす。


 「はは……ふっ」


 そして坊主はあんぐり開けていた口から乾いた笑い声を響かせたかと思うと、打って変わってなんとも鋭い視線を俺に向ける。


 「……」


 ――ほほぅ、この生臭坊主……なかなかの……


 「はっはっはっ!いやはや……」


 俺が目前の男から異質な価値を読み取った瞬間、その相手はまたもや緊張を緩めて再び大声で笑っていた。


 「……」


 ――あくまでも……”のらりくらり”か、食えない”なまぐさ”だ


 「流石は飛ぶ鳥を落とす勢いの臨海(りんかい)軍!そして”三羽烏(さんばがらす)”の宗三(むねみつ)様と真琴(まこと)様でありますなぁ!……優れた王は矢張(やはり)、優れた真に良い部下を揃えてらっしゃるという訳ですなぁ!」


 「……」


 ――”臨海(りんかい)三羽烏(さんばがらす)”……


 俺と(いち)真琴(まこと)を称して、最近、道股(ちまた)でそう呼ばれているらしい。


 臨海(りんかい)の若手である俺達を称えた言葉ではあるが、正直なんだかこそばゆい。


 ”無垢なる深淵(ダーク・ビューティー)”と呼ばれる陽子(はるこ)や”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)”と恐れられる雪白(ゆきしろ)も、最初はこんな感じだったのだろうか?


 と……それは置いて、

 「お世辞は良い、それより……」


 ペシリ!


 俺が改めて催促をする前に、大雑把な口元に屈託無い笑みを浮かべた坊主が、見事に禿げあがった頭を叩いて良い音を響かせた。


 「そう言う事で在るならば無論ですよ!(しか)らば拙僧が……那伽(なが)領主、根来寺(ねごでら) 顕成(けんじょう)が家臣、この根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)に万事おまかせあれいっ!!」


 大層な返事を放った坊主は、酒壺を脇に抱えて颯爽と立ち上がって、ザシッザシッと陣幕の外へ歩いて行く。


 「……」


 「最嘉(さいか)様、よろしいのですか?あの坊主、どこまで信用できるか……」


 控える部下の言葉に、俺は去って行く坊主の後ろ姿を見据えたまま頷く。


 「無傷で敵城が手に入るならそれに越したことは無い……駄目でも此方(こちら)に大して被害(デメリット)はないしな……」


 ――

 ―



 そして、大見得を切って臨海(りんかい)陣幕を出たばかりのその坊主、根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)の元に歩み寄る影が一つ。


 「宜しかったのですか?数酒坊(かずさのぼう)様、臨海(りんかい)王にあのような話を……ご領主、根来寺(ねごでら) 顕成(けんじょう)様からは、あくまでも”七峰(しちほう)との確執”とだけ話すよう言われていたはずですが?」


 質素な袈裟に質素な草履履き、そして使い古したボロボロの刀を腰に差したボサボサ髪の極々有り触れた男が問いかける。


 ――あの話題、”邪眼魔獣(バシルガウ)”案件は、外部には御法度だという事を忘れたのかと


 そう釘を刺す自分と同じ僧侶姿の男に、数酒坊(かずさのぼう)はニヤリと笑いかけた。


 「俺はなぁ……困難なら困難であるほど、その試練は”人の力”で乗り越え無くてはならないと思っている。その辺りが顕成(けんじょう)大僧正様との相違だろうが……なぁに構うまいよ、大僧正様と目的は同じ!問題は無いだろう」


 事も無げにそう言って笑う中年僧に、問いかけたボサボサ頭の男はあからさまに呆れた顔をする。


 「……そこまで?あの鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)という人物を買っているのですか?」


 男の言葉に根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)はキョトンとした顔をした。


 「あ?あぁ……なるほど!……ふむふむ、そういう訳であるかぁ……拙僧……俺は……あの男を買っているのか?……ははっ、うむ、納得いったっ!!」


 それを聞いた男は、あそこまで踏み込んだ話題をしておいて、それが意識した行動では無かったとでも言うのだろうかと、傍らで心底呆れる。


 「うむ、それはさておき行くぞ、川辺(かわなべ) 太郎次郎(たろうじろう)!その俺の買っているという人物の為、お主には存分に働いて貰うぞっ!」


 しかし、そんなことには一切構わず、そう言った破戒僧、根来寺(ねごでら) 数酒坊(かずさのぼう)は、見事に禿げ上がった頭をペチペチと叩いて、声も高らかに笑っていたのだった。


 第一話「臨海(りんかい)三羽烏(さんばがらす)」END

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