第三十九話「雪白と新しい名前」前編(改訂版)
第三十九話「雪白と新しい名前」前編
「雪白様のご実家、久鷹家の属する所領は支篤北東部”羽山浦領……直近の主従関係は、羽山浦領主、山名内 数砥殿でがすが……山名内は南阿の古参にして大領主、それが今回あっさりと天都原に寝返ったことに久鷹家当主の久鷹 是清殿は大変プンプンご立腹らしいとかー」
包帯男はそう言いながらも、チラリチラリとあからさまに俺と雪白の反応を覗ってくる。
「それで?」
俺はそんな奇人の態度を受け流して先を問うた。
「ですからぁ、どうやらぁ、そもそもこの寝返りを仕掛けた天都原に対する復讐としてですにゃ、天都原と敵対する宗教国家”七峰”に内通の動きが在るとか、無いとか?」
――”七峰”とだと?……
――しかし、南阿と七峰も長らくの敵対関係だ、それを今更……
「……ですにゃ、だから、久鷹家が山名内を見限って元の南阿では無く七峰に取り入るお土産として、特別格別のご馳走をプレゼントフォーユー!」
俺の表情から考えを読んだ包帯男は説明を更に進める。
「……つまり、近隣に名を轟かす烈将、”純白の連なる刃”を差し出すと密約を……か」
そして負けじと言う訳では無いが、献上されるその”ご馳走”とやらを言い当ててみる。
「ピンポーンピンポーン!!大正解!ボーナスポイント五百万点で臨海王様が一気にトップに躍り出ましたにゃー!!」
出鱈目な台詞とウンウンとオーバーリアクションで頷きながら、はしゃぐ包帯男……幾万 目貫。
「確かな情報か?」
しかし俺は無視をして情報のみを問い糾す。
「ウホッ?」
「……」
終始巫山戯た幾万 目貫に対し、俺の顔は真剣だ。
この情報の真偽如何によっては、この包帯男の生死を判断するくらいに。
「本当で……がすよ、鈴原 最嘉様。貴方が”大切な者”のためならどんな非情にもなれる御方だと重々承知しての情報提供ですよ」
「……」
――急に真面目な口調になりやがって……
とはいえ、俺の冷ややかな視線にビビった訳ではないだろう。
――此奴はそんなタマじゃない
俺は何故か初対面のはずの奇妙な包帯男に対し、感じたことの無いくらいの圧力と、得も言われぬ違和感をヒシヒシと感じていた。
――妙だ、前にどこかで?……いや違うな……この”既視感”さえ成立しない違和感……
目前の人物が俺の中で、頭の片隅で……
情報と記憶が繋がりそうで繋がらない、この感覚……
「情報は保証しますでがすよ、ええ、この?……この?……おお!この首をかけてぇぇ?」
包帯男はペタペタと首や頭を触っては、布の間から露出した両の眼をクリクリと光らせていた。
何の意味があるのか、トコトン趣味の悪い自己主張だ。
「……」
――とはいえ、
――本州中央北部の宗教国家”七峰”と……か
「久鷹 是清は七峰の代表である”神代”に通じたのか?」
俺は理解出来ない自身の中の違和感は取りあえず捨て置き、話を進める。
「いえいえいーえ!そんな傀儡ではなくって、七峰中央を牛耳る壬橋 尚明……俗に言う、ゾクゾクにゅうにゅう?壬橋三人衆の長兄に取り入ったようでがすよほぉ」
ニヤニヤと細めた二つの眼で俺の質問に巫山戯た口調で正確に答える幾万 目貫は妙に愉しげだった。
「ちっ……」
調子が一々狂う相手に、俺はペースを握られがちで面白くない。
「壬橋 尚明……か」
”暁”にある大国の一つである”七峰”は宗教国家だ。
その名の通り七体の神を主神に崇める宗教だが、中心的な役割は”神代”と呼ばれる巫女が代々行うことになっているらしい。
宗教国家ではあるが、元々は他信仰に口出しすることも無く自国防衛以外に武力行使することも無かったが、近年は隣接国に対し積極的に侵略行為を繰り返している。
そして、その元凶とも言われるのが”壬橋三人衆”と呼ばれる一族だった。
――現在の”神代”である……確か”六花 蛍”といったか?
――その少女を傀儡にして国政を欲しいままにする俗な連中だと聞いているが……
壬橋 尚明は三人衆の長兄で、最も七峰で影響力を持ち、他の二人の弟達より一歩抜きん出た存在だという。
――成る程、我が臨海の”七峰”方面責任者、神反 陽之亮からの情報とも合致するな
「確認はすみましたでがしょうか?最嘉様」
――!?
なんてタイミングだ。
まるで俺の頭の中での整理がつくのを待っていたかのような計ったようなタイミング。
「どうですかにゃぁ?」
「……」
俺を眺めながら恐らくは包帯の下でニヤけ面を見せる奇人。
「…………なら、尚更、今日話し合おうと思っていた案件を進めるべきだな」
俺はそんな包帯男を無視して雪白を見た。
「雪白、お前にも思うところはあるだろうが、お前には実家を捨てて貰う」
突然こんな事を言われても戸惑うばかりだろうが、どうも猶予は無さそうだ。
悪いが雪白には無理矢理にでも従って貰うしか無い!
「うん、わかった」
「いや、感情的な事もあるだろう……が!」
――そうだ!これ以上雪白が下らない陰謀に利用されない為にも、俺の手元に居る内に臨海国の家臣筋と養子縁組を施して、今後の彼女の安全を確保する……
「いや、口で言うほど簡単なことではないだろう……ほんと!猫の子を受け渡すようなやり方で悪いが今は時間が無い、だが、ここは了承してくれ!」
「うん、いいよ」
「…………」
「…………」
――あれ?
――なんか……噛み合ってない!?
「だから、いいよ、さいかの好きにして」
白金のお嬢様はそう言って事も無げに頷いていた。
「えっ!い、良いのか?そんなあっさり!?」
「?」
驚く俺の顔を眺め、ぱちくりと美しい白金の瞳を瞬かせる少女。
「うん、だって久鷹の家って一度しか行ったことないし……”これこれ”?とか年寄りの顔も憶えてないから」
――”これきよ”だっ!是清っ!!
――顔どころか養父の名前も憶えてないぞ!おまえ……
「そ、そうか……」
南阿が誇る”純白の連なる刃”こと閃光将軍、久鷹 雪白の移籍は猫の子を貰うよりずっと簡単だった。
――だが……春親め、雪白をかなりぞんざいな扱いにしていたという証拠だ!
養子縁組も適当、只の便宜上で、雪白を兵器としてしか見ていない。
俺の心中は複雑だ!複雑だが……けど……今だけはそれは好都合でもある。
「お、王様、久鷹……いえ、雪白さんの受け入れ先ですが、な、なにかと情報の固まった臨海の古参よりも、ひ、比較的新しく臣下に入った家の方が後々辻褄も合わせやすいかと……」
花房 清奈の適切な進言に俺は頷く。
確かに、緊急避難的な処置だし、ドサクサに紛れさせた方が手っ取り早いか。
「そうだな……じゃあ、名前の発音も似ているし日乃領、那知の”草加 勘重郎”とか良いか……もって、痛てっ!お、おい……痛たたっ!!」
「お、王様?」
俺の突然の悲鳴に花房 清奈がおっとりした瞳を丸くする。
「……」
何食わぬ顔で坐したまま、テーブル下で俺の臑をゲシゲシと蹴ってくる雪白。
「おっおい!」
「……」
指摘されても、純白い少女の端正な顔は澄ましたままだ。
――ちっ……あの顎髭男は嫌だと……そう言う事か?
「そ、そうだな……痛て!……なら……痛てて!……くそ、解ったって!ならいっそ作るか?」
――!?
半分ヤケになった俺の言葉に、花房 清奈が更に目を丸くする。
「作る?お、王様?」
「いや、家をだよ、新たに家臣を」
俺が臑を撫でながら補足すると、清奈は”マジですか!?”という顔で俺の顔を凝視し、壁際に控えて立つ給仕の女性達は、声こそ出さないもののお互い目を合わせて変な顔をしていた。
「……」
雪白は……コクリコクリと無表情に頷く。
「お、王様……それは、さ、流石に……」
――み、皆まで言うな清奈さん……
色々面倒臭いから新参の家と養子縁組させようと考えたのにこれじゃ本末転倒、余計に仕事が増えたうえに中々に他の家臣達を納得し難いだろう。
久鷹 雪白の為だけに新たな知行を与え、家を興す……破格な待遇は依怙贔屓と不満が出ることは想像に難くない。
「王様……」
――だが!
「まぁ、あれだ……俺は独裁者だから問題ない!」
――っ!!
そして俺の言葉にその場の全員が目を皿のように丸くしていた。
約二名を除いて……
「ふひゃひゃひゃふひゃひゃっひっっひっひぃぃーー!」
そして変な間の出来た空間に、なんとも奇妙な声が響き渡る。
「……」
――こいつ……
つまり例外の二名の内一人……包帯男、幾万 目貫だった。
因みに例外のもう一人は白金のお嬢様である。
「いえ、失礼、臨海王があまりにも愉快で痛快なのでつい、おおっと!誤解なさらずに、これは賛辞ですよ!褒め称えておるのですよ!」
俺を笑うかのような不遜な態度に七山 奈々子が向けた鋭い視線、だが”ミイラ男”はしれっと言い訳する。
「包帯男に褒められてもなぁ……」
微妙な雰囲気をこんな珍妙な男に救われたとは思いたくないが……
まぁ結果オーライだろう。
「いやいや、そう言わず……私に良い案がありますですよ、雪白様の家名候補、とびきりのお名前が……」
そして、そう言って包帯男、幾万 目貫は……
予め周到に用意していたかのような”ある故事”を俺に提示したのだった。
第三十九話「雪白と新しい名前」前編 END




