第三十六話「最嘉と魔眼の姫」後編(改訂版)
第三十六話「最嘉と魔眼の姫」後編
「……」
確かに陽子の言う通り……
宝石の類いが装飾されていないシンプルなデザインの指輪だが、それらは色とりどり。
そして、何よりその佇まいが普通では無いのは確かだ。
「それで、指輪には序列があって……」
――京極 陽子の説明はこうだった
五対、十個の指輪には序列がある。
序列一位……黄金
序列二位……黒真珠
序列三位……紅玉
序列四位……白金
序列五位……瑠璃
そして指輪自体は存在しないが、序列外に”虚無”が有るとか無いとか……そういう言い伝えもあるらしい。
「序列二位”黒真珠”……四位”白金”……誰かさん達みたいだな」
黄金は黄昏、黒真珠は深淵、紅玉は深紅、白金は純白、瑠璃は青藍……
指輪は一対ずつ、つまり二個でワンセット。
二位の”黒真珠”と四位の”白金”……黒と白……深淵と純白……それは正に現在目の前に存在する少女達だ。
「さすが最嘉ね、察しが良いわ」
暫し思考し、思い至った俺の顔にめざとく気づいた黒髪の美少女が微笑む。
「なら”十戒指輪”とはつまり”魔眼の姫”達の……魔眼だとでも?」
陽子はコクリと頷く。
「私の識る事を説明しても良いけど……その前に最嘉の考えを聞きたいわ」
「……」
――陽子はいつもそうだ
――こうやって俺を愉しむ
俺は陽子に当てつけるように”はぁ”と大袈裟にため息を吐く。
ちょっとした抵抗だ。
「指輪がそれぞれ”魔眼の姫”の瞳を指すのなら、黄金、黒真珠、紅玉、白金、瑠璃、計五人の姫が存在するということになる」
「……」
静かに俺の説明を聞く陽子。
「……?」
そして意味は解っていないだろうが、とりあえずおとなしく聞いている雪白。
「そして五人で五対の指輪……数で十の瞳プラス序列外の、指輪は存在しないという”虚無”とやらを合わせて合計十二の魔眼……これはつまり」
ここまでの情報で、俺にはある程度の結論が出ていた。
「正解よ!素敵!その通り”魔獣バシルガウの十二の邪眼”の事よ、多分ね」
そして俺の答えを最後まで聞くこと無く、暗黒の美姫は心底嬉しそうに微笑むと、パチンと両手の平を胸の前で軽く打った。
「……多分……ね」
自信を持って正解と言う割には”多分”……
彼女自身がそう言うところを見ると、陽子が文献や調査で得た情報から導き出した結論であり、明確な答えが記されていたという事では無いのだろう。
――まぁな、実際は古の伝説だ。”英雄”か”魔獣”にでも直接会って聞き出さない限りそれは確認の仕様が無い
「……と言うことは、気の遠くなるような大昔に世界を破滅へと導く”十二の邪眼を持つ魔獣”を封じた”十戒指輪”……つまり英雄様は魔獣から十二のうち、奪った十の邪眼を指輪に封印したと?」
「そうよ、災厄の魔獣”バシルガウ”を封印……そしてその指輪を扱える能力を持った人間が”魔眼の姫”という事かしら」
――それが陽子の探し求めている切り札か?
確かにここまでくるとまるっきり作り話と笑う事も……
「……」
――いや、だがそれでも……京極 陽子ほどの人物が”過去の遺物”に頼らないとならないものなのか?
俺にはやはり少しだけ不満があった。
あったが……しかし……
「疑問がある」
「なにかしら?」
陽子がここまで入れ込む事だ。
なら俺ももう少しぐらい付き合っても良いだろう。
「なんで”姫”……女なんだ、男じゃ駄目なのか?」
「……」
「十ってことは残りの一対、”虚無”とやらは魔獣が持ったままなんだろう?なんでだ?」
「……」
「その話の流れだと多分、魔力の根源たる邪眼を全て奪えば魔獣は存在できなくなったはずだ。それを態々残して魔獣を生きたまま放置したってのは、英雄様はどういう了見だったんだ?」
「……」
俺の立て続けの質問に陽子は黙ったままだった。
無理も無い……意地の悪い質問だ。
神話やお伽話に難癖をつけるって、どこの好奇心旺盛な子供だっての……
「最嘉……貴方は英雄の名前識ってる?」
そして陽子は、何故か見当違いの質問を返してくる。
「いや聞いたことが無いな、俺の識る限りでは名前は記述されていなかったと思う、ただ……」
――そうだ……俺の知る限りはどの文献にも不思議と主人公たる者の名が無い……
「ただ?」
――だが……その名無しの主人公の……
「英雄の持つ剣は……」
「ええ、英雄の所持した剣は……」
その時、俺と陽子の視線はごく自然に絡み合っていた。
「聖剣グリュヒサイト!」
「聖剣グリュヒサイト!」
――そう、その物語の主人公の名前は恐らくどの文献にも記されていない
ここまで有名な伝説であるにも拘わらずだ。
しかし……
彼?彼女?の所持した愛剣はあまりにも有名だ。
――銀の焔を統べし聖剣”グリュヒサイト”
この名称を知らぬ者は”暁”にはいないだろう。
「陽、つまりあの伝説は事実の部分もあって”魔眼の姫”は……」
コンコン!
話が核心に迫ろうとしたその時、無粋にもノック音が響いた。
――ちっタイミング悪いな……
元々興味が無いと言っても、ここまで前振りされてお預けは俺だって良い気はしない。
「宮、天都原軍への報告は周知させました、撤収に移行してもよろしいでしょうか?」
ドアの外から聞こえたのは陽子の側近、岩倉 遠海だ。
「……ええ、今いくわ」
陽子はそう応えると、ふわりとゴシック調スカートの裾を翻して、実に未練無くドアへと向かう。
「おい、まだ肝心の話が!」
それを俺は未練がましく引き留めた。
「……」
立ち止まる暗黒の美姫。
だが、俺の言う”話”とは魔獣なんて伝説じゃない。
もっと重要で現実的な”話”だ。
つまり、この戦争での事後処理、天都原と臨海間の今後の話し合いだ。
「…………いいわ、最嘉の好きなように」
「おい!」
微妙な顔で呼び止める俺を優雅な微笑みで受け流すドア前の美少女。
実にアッサリと主導権を俺に譲って美少女はクスリと微笑う。
「臨海の独立を許すわ、今後は格下の属領扱いでは無くて対等の同盟国よ……文句は?」
「………………ない」
そして俺はその白くしなやかな掌の上で見事に踊る事になる。
――お見通しかよ……確かにお互いの状況を考えればそれが理想的だが
陽子となら話が早くて良いが……
良いんだけど……
なんか釈然としない。
現状では、お互いの間に南阿との不可侵条約が結ばれたとは言え、京極 陽子は国内に王位継承権争いの競争相手、藤桐 光友が立ちはだかり、国外では北部に国境を接する宗教国家”七峰”を当面の敵に抱える。
対して俺たち臨海は……まぁ、いろいろだ。
色々ありすぎて……なぁ?
――と、とにかく、お互い今は周辺国に敵を増やすのは得策では無い!
だからこれは互いの利害が一致する対応とえいるが、現実にはそんなに単純な問題でも無い。
特に陽子の方はどうやって国内を説得するのか?
子飼いの小国群が一つに独立され、日乃領土まで奪われたのだから、大国として面目を保つのは難しい。
「……」
「その顔は私の心配をしてくれているのね、ふふ、相変わらず変な所で優し……いえ、甘いのね」
「……」
想い人のあまりにも素直な微笑みに、俺の頬は緩み心は蕩けそうになる。
「さいかっ!」
「あ、ああ……」
雪白に一喝されるまでもない、俺はちゃんと正気だ。
国を背負った大事な話をしているのだからな。
「ふふ、心配しなくても大丈夫よ、日乃領土全てを持って行かれたのは少し計算外、私としたことが最嘉を甘く見積もっていたようだけど、此方は虎の子の”蟹甲楼と南阿の半分を手に入れたのだから補って余りある。お釣りがくるくらいだわ」
そう言って彼女はいつもの余裕の笑みを見せた後、再び背を向けドアノブに手をかける。
なるほど、その成果で他の王族や重鎮を黙らせる訳か……
陽子らしい、最初から計算された策だ。
「……」
――けど……な……
――ふぅ……言わなくちゃ駄目だよなぁ
俺は内心ため息を吐く。
どうせすぐバレるんだ、ここで黙っていたらそれこそ後が怖い。
「陽、あのな……」
去りゆく美姫の背に恐る恐る声をかける俺だ……
「だから大丈夫よ、計算内だか……」
「天都原対南阿戦に顔出す前に、ちょっと護芳領も貰っちゃったんだけど……」
「……」
――あ、珍しい表情
振り向いた暗黒の美姫の表情は中々に希少価値のあるものだった。
「えっと、問題ないよな?陽なら計算内だって……」
「……」
恐る恐るも続けて了承を得る俺に美少女は……
「ふ、ふふ……」
固い微笑と共に、緩やかにウェーブのかかった美しい黒髪をふわりと舞わせて背を向ける少女。
「……」
――なんか心なしか……陽子の華奢な背が小刻みに震えているような……
「い、いや、ちょっとな、南阿からの依頼のついでにだな……」
俺は慌てて弁解を付け足すが……
「そう……護芳領も……貰っちゃったて……へぇ?……あは」
ブツブツと何やら呟く少女はそんなモノは聞いていないようだった。
「計算……けい……さん」
俺からは背中越しでその表情は窺えない。
――なんか不味くない?……いや、しかし……えっと
「あ、あれだよ!……つまりな、"これって獲れそうだなぁ"って思ってな、そしたら”あ、やっぱ獲れんじゃん!”ってな感じでなっ!……はははっ」
取りあえず笑って誤魔化す俺。
「ふふふ…ふふ……」
「ははははっ…………」
「ふふふ……」
「はははは…………計算内……だろ?」
途端に少女の華奢な肩がビクリと反応した。
「計算……外よっ!……この……このっ」
「え……と……陽?」
どうやら俺は……
「く、くわせものっ!!」
――バタンッ!
震える声でそれだけ言い残すと、暗黒の美姫は行儀悪くドアを閉めて去って行ったのだった。
どうやら俺は……少しばかり欲張ってしまったみたいだった。
「……」
俺はそのまま、苦笑いで固まった表情のまま……去った少女を見送る。
「……ちょっとやり過ぎた……のか?」
「さいか」
気まずい空気の中で立ち尽くす俺に、もう一人の美少女、久鷹 雪白の声がかかる。
「……ん?」
「ざんねん……さいかは空気読めない系の”食わせ物”だね」
――うっ!
何故だか嬉しそうに、グサリとくる一言を言ってのける純白い美少女。
「……」
天然ボケ美少女、久鷹 雪白にまでツッコまれる俺って……
「な、涙声だったよな?」
俺は一応確認する。
「うん、なみだ声だったわ」
雪白は楽しげに笑う。
「………」
「………」
――うう……今更……か、考えても仕方が無い……か
「…………帰るか………臨海に」
そして、項垂れながらも、ようやくそんな言葉を口にした俺に……
”臨海”という言葉に……
「うん!」
白金姫の白い銀河がパッと輝いたのだった。
第三十六話「最嘉と魔眼の姫」後編 END




