第三十六話「最嘉と魔眼の姫」前編(改訂版)
第三十六話「最嘉と魔眼の姫」前編
「ただの客将じゃないでしょう?貴方にとって」
「うっ」
陽子の冷ややかな視線に、俺は頭を抱え雪白は耳まで真っ赤になって俯いた。
――と言うわけで、時系列はここに戻ってくる訳だが……
黒髪の美少女、京極 陽子がそう問いかけてくる理由は、ここに至るまでにそういった感じの出来事があったからだった。
「ふぅ、流石に結婚は私にも予想できなかったわ……」
白い額に指を添え、あからさまに且つ、当てつけがましく、頭を抱える仕草をする黒髪の美少女。
「……」
因みに、今ここに居るのは俺と陽子と雪白の三人だけだ。
岩倉の爺さんは、陽子の命令で事の顛末を自軍に周知させに行った。
俺の連れてきた臨海兵も同様だ。
我が陣営で待つ副官、宗三 壱の元へ報告に向かわせた。
南阿の王、伊馬狩 春親とそのお供も自陣営に戻り、撤退作業の真っ最中だろう。
「…………」
俺は返す言葉も無く……
「……まぁいいわ、何時までもこうしていても仕方が無いでしょうし」
黙りを決め込む……というか、どう答えたものか解らない俺に、陽子は見切りをつけて話を進める。
――そうだ、京極 陽子とは、こう言う割り切った思考のできる人物だ
答えを聞いても仕方が無い。
そもそも聞いても意味が無い様な雑事は、未練無く切り捨てられる。
効率の良い取捨選択は、策士として、国政を預かる者として貴重な才能だろう……
――流石、陽子は国事に私怨を持ち込まないサッパリとした女だ!
「最嘉にはこの場で私のことが一番だと宣言してもらえればそれでいいわ」
含みをたっぷりトッピングした暗黒天使の微笑みを俺にプレゼントする超絶美少女。
「…………」
――前言撤回……京極 陽子は未練がましい諦めの悪い女だった
「だから、なんでそうなるっ!……雪白の一件は頭の良いお前なら大体解るだろう?その場しのぎ、偽装結婚だぞ!?」
俺の当然の抗議を受けた暗黒の美姫は、艶めかしい朱い唇の端を意地悪く上げる。
「そうね、だからこそ”一番”をハッキリさせておくべきでしょう?最嘉は私に何度も泣きながら縋って求婚しているのだし、そのままではその娘も勘違いするかもしれないでしょうし」
――な、なんて情報をブッ込んでくるんだ陽子!てか、嘘を巧みに織り交ぜるなっ!
それになんだその上から目線……は、いつも通りだけど、雪白に向けるその挑戦的な眼差しは何なんだよ?
「いや、きゅ、求婚したのは一回だけだし、そもそも泣いても縋ってもいないぞ!」
俺の反論は勿論真実だが、何故かしどろもどろで嘘臭い。
「さ、さいかはわたしの手を何度も握ったし!……その、あの……スカートの中にも……顔を……」
「うぉっ!?」
――なに参戦してんのっ!?この白いお嬢さんは!
頼む……話が余計ややこしくなるから黙っててくれ……
「……」
「……」
黒と白、お互いが所持する至高の双瞳を火花を散らせて衝突させる二人の美姫……
「最嘉っ!」
「さいかぁぁ!!」
そして、その明眸は……
そのまま不満の色に染まり捲って、加害者の様な被害者の顔に向けられる。
「…………勘弁してくれ」
――かたや
漆黒の双瞳、恐ろしいまでひとを惹きつける”奈落”の双瞳。
ゆるやかにウェーブがかかって輝く腰まで届く降ろされた緑の黒髪。
そして白く透き通った肌と対照的な艶やかな朱い唇が、こんな状況でも薄らと余裕の笑みを浮かべる……
闇黒色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを纏った極上の超美少女。
――かたや
輝く銀河を再現したような白金の瞳、それはまるで幾万の星の大河の双瞳。
白磁のようなきめ細かい白い肌と整った輪郭、それに応じる以上の美しい顔立ち。
その白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇は不満げに結ばれた状態だ。
白金の軽装鎧を身に纏いしは、こちらも紛れもない超一線級の美少女だった。
「最嘉っ!」
「さいかぁ!?」
「いや……雪白、お前な、あれは握手だっただろうが?ってか、あの件も事故……いいやそんな事よりお前ら……なに変に対抗意識を燃やしてんだよ」
普通ならこんな美姫二人に見つめられるのは至上の喜びなんだろうが……
今は……正直拷問だ。
「……」
「……ふふ」
困窮する俺の顔を陽子の美しい双瞳が捉え、漆黒の宝石はなにやら怪しく光る。
「っ!?」
――だ、駄目だ……あれは”ガシガシ行くぜ!”の作戦がチョイスされた顔だ!
陽子をよく知る俺には解る……
俺の希望は”呪文つかうなよ”か”命大事にね(主に俺の)”だが……
あの暗黒少女の顔は、それを全く考慮する気が無い顔だ。
そして、予測通り……
暗黒姫はふふっと微笑んでから口撃の狼煙を上げたのだった。
「私は抱きしめられたわ……背骨が折れるほど情熱的に……」
態と作ったウットリ顔で俺を見る性悪美少女。
――うう……てか解ってはいるが……か、可愛い……
「!?」
――じゃなかった!!
「お前からだろ!それは!……そもそも、どちらかと言うと、情熱的というより脅迫的だったしっ!!」
「あら?そうだったかしら?」
俺の抗議も全く意に介する事無く、ウットリとした表情を継続して雪白を見る陽子。
「さ、さいかはわたしのスカートの中に頭を入れて足を触ってきたよっ!」
――は?
「雪白、何言って……」
「何度もな、なんども……それで、それで……”雪白の肌は絹のように美しいな”って、”フッ”って、ものすごく愉しそうに笑ってた!」
「”フッ”って誰だよそれっ!お前の中で俺はどんなキャラだ!?てか、そんな事より!お前ドサクサで捏造すんなよっ!」
「む、むぅ……」
純白いお嬢様は不満な顔を俺に向けるが、それはどう考えても俺の権利だ。
「……」
「……」
再び睨み合う黒と白の美少女……
――滅茶苦茶だ……
――怖い……なんて怖いんだ……本人を前に開き直った情報操作……
「お、おい、お前らいい加減に……そんな捏造上等の情報戦よりこれからのだな……」
「……解ったわ」
「うん、わかった」
――おっ?おおーー!!わ、解ってくれたか、無意味な争いだと!!
その瞬間、俺は心底助かったと思った。
これまでの経緯から鑑みて、どう見ても素直すぎる二人の返答に寸分の疑いも持たずに俺は安堵していた。
「ふぅ……なら早速今後の話を……」
俺はこの話題はもう終わりだと、さりげなく二人の間に入り、話題を本題に戻……
「そうね、最嘉の”破廉恥”は基本装備という事で。その他のところは今回に限り痛み分けでいいわ、どうかしら?」
「わかった……さいかは基本的に”エッチ”だから、そういうことに……」
暗黒の美姫の紅い口元が意地悪く角度をつけ、応じた白金の騎士姫は白い顎先をコクリと縦に動かす。
「い、いやちょっと待てっ!待ってくれ!!その結論には異議がっ!」
「……」
「……」
纏まった?話に今更口を挟む男に、二人の美姫は揃って不満げな顔を向ける。
――理不尽過ぎるだろ……お嬢さん方……
「なによ?最嘉の言う通り、お互いプラスマイナスゼロで過去の事はとりあえずチャラにしたのよ」
「いや!俺が一方的にマイナスだろうがっ!!」
俺は必死に食い下がる!
「さいかは我が儘……」
――っ!
「どの口が言うかっ!これか?この口かっ!」
俺は陽子は怖いので、とりあえず無害な雪白の柔らかいほっぺを抓りあげる。
「うーー!!いひゃい!いひゃいよ、ふぁいはぁーー!!」
「痛いか!痛いだろう?それが俺の心の痛みだぁぁ!俺の心だぁぁっ!!」
「うぅーー!!ご、ごめんなひゃい……ふぁいふぁーゆるひて……」
「…………随分と安い心ね」
――
―
そんなこんなで……
どうしようも無く無駄な時間が流れた後で……
「……まぁいいわ、最嘉は私の所有物、それは変わらないのだから」
京極 陽子の中では、結局その考えに落ち着いたようだった。
「……」
――俺はよくない……色々と……
「ふふっ」
不満げな俺の視線に気づき、悪戯っぽく微笑む黒髪の美少女。
――スッ
「!?」
「ぁ……」
突然、陽子が俺のそばに歩み寄ったかと思うと、そっと俺の首に両腕を回す。
俺は硬直してそれを為す術無く受け、雪白は小さく声を上げただけだ。
「……」
またしても一端の武術を修めている俺が……
いや、今回はあの雪白までもが……
またもや素人の陽子の動きに禄に反応できなかったのだ。
「……ねぇ」
囁かれる美少女の声。
――甘い……胸が締め付けられるくらい切なく甘い香りだ……
そして陽子は……更に俺の耳元にそっと紅い唇を寄せた。
「最嘉の右足は、現在もあの時の……に、喰われ続けているのでしょう?」
「っ!?」
囁かれたその言葉に……
一瞬、俺の心臓は跳ねる。
「ふふ、私もそう……あの時から呪われたまま。最嘉、私たちはそういう関係でもあるの……お互いがお互いの所有物。生も死も、愛憎も、この身に受けた呪いさえも分かち合う存在……私はそれに満足してる」
物騒な単語が並ぶ台詞だが、それでも美しい双瞳を間近で潤ませる暗黒の少女の白い頬は、じわりと朱に染まっていた。
「……は、陽?」
俺の口から改めて、彼女の名が零れかけた時……
――スッ
「おっ?」
再び京極 陽子は……
抱きついてきた時と同じように突然、しかし驚くほど自然に距離を取っていた。
「……」
「つまり、そういう事よ最嘉。私たちが最初に出会った時と同じ、私があの時に口にした言葉はずっと変わっていないのよ」
「……」
この自信の前にはいつも黙るしか無い俺だ。
だが、今回は……
俺は……沈黙を破るように……
「さいかーーっ!!」
今度は雪白が俺と陽子の間に割り込んで来た。
「ひどいよ、新妻の前でもう浮気なんて!……さいかはひどい旦那さまだよっ!馬鹿旦那だよっ!」
雰囲気も何もぶち壊しな純白の少女……久鷹 雪白嬢。
――見た目は陽子に劣らない超美少女なのになぁ……
「雪白おまえな……馬鹿旦那って、若旦那みたいに言うなよ、それに新妻って……おまえ話聞いてたのか?あれは……」
「それにしても、熟々、最嘉は”魔眼の姫”が好きなのね」
「う!」
俺の発した反論は、またもや他女に遮られていた。
どうやらこの三人の中で鈴原 最嘉の発言権は最下層らしい。
「最嘉?聞いているのかしら?」
で、もちろん声の主は京極 陽子嬢だ。
「聞いてる……ええと……魔眼の?……雪白がか?」
俺は一瞬だけ答えに戸惑った……
いや、正確には戸惑ったフリをしただけだ。
何故なら俺も、実はその可能性というか殆ど確信していたからだ。
――そうか、やはり……そうだったのか
「”まがん”?……さいか?」
よって、この場でポカンと間抜け面を晒すのは白金の美少女だけ。
俺はそんな雪白を置き去りにしたままで、雪白の白い銀河を近くから見据えていた。
「うぁ……あの……さい……か?」
何か勘違いしているのか、白金の瞳を不自然に泳がせる美少女。
「……」
そんな可愛い仕草にも、今の俺は動じること無くあることを思考する。
結構な確率でそうだと推測はしていたが……
なにしろ”暁中”どころか、歴史上でも数人しか存在を確認されていないという”魔眼の姫”だ。
世間では既に眉唾物扱いだし、幾ら何でも俺の周りに二人目なんて……という思いもあった。
だが、どうやら陽子はすぐに気づいたようである。
”魔眼の姫”同士には、そういう感覚もあるのだろうか?
「そうね、最嘉にひとつ話しておきたいことがあるの」
「?」
そして、そう切り出す陽子からなにかしらの違和感を感じる……
これは……
――シュォォ……
「……」
陽子の両手の指に装着された”九個”の指輪から、なにやら怪しいオーラが溢れている?
――いやいや、しっかりしろ俺!きっと気のせいだ
「”十戒指輪”は五対、十個の指輪からなっているけど、その指輪一対一対には意味があるのよ」
雪白の双瞳から続いて、今度は陽子の指輪を凝視していた俺に向け、彼女は白い両手をそっと眼前に差し出す。
「”十戒指輪”の意味?」
「ええ、この指輪は宝石で飾られてはいないけど、指輪そのものがそれぞれの物質で構成されているわ」
「それぞれの物質……?」
俺は陽子の両指に収まった九個の指輪に対して、改めて目を細めた。
第三十六話「最嘉と魔眼の姫」前編 END




