第三十五話「雪白と帰る家」後編(改訂版)
第三十五話「雪白と帰る家」後編
とはいうものの……流石にこれは対外的には説明が必要だろう。
「……」
人知れず俺は”すぅっ”と静かに肺に空気を流し込む。
「南阿の閃光将軍、久鷹 雪白嬢はこの臨海の領主、鈴原 最嘉に嫁ぐこととなった!理解できるか?」
「はぁ?そんなことは許しちょらん!南阿の主たる、こん俺が認めん事は南阿では罷り通らんっ!」
できるだけ冷静な声色で問いかけたのだが、当然の如く、にべもない返答が返ってきたのだった。
「じゃあ言い直そう、つまり……」
「同じじゃっ!どう詭弁を弄そうと南阿での……」
全く取り付く島もない……
が、だからといって”はいそうですか”と引き下がるわけにはいかない。
――賽はもう投げられてしまったのだ……誰でも無い俺自身によって
「久鷹家の姫たる久鷹 雪白嬢を臨海の支配者たる俺が見初めたのだ、久鷹家の意向も雪白の気持ちも確認済みだ!」
――っ!
その言葉にビクリと反応して俺を見上げる純白い少女。
俺のすぐ傍らで、腕の中と言ってもいいような距離で……
「さ……いか?……」
頼りなく揺れる彼女の白い銀河。
「何を訳のわからんことを貴様はっ!その女の所有者たる俺がそれを許しちょらんと……」
「いやいや、そうでも無いでしょう?鈴原殿は久鷹家と申しましたし……」
「!」
「!?」
予期せぬ方向から介入をしたのは、暗黒の美姫が臣下の老騎士。
その場の全員が言葉を発したその老騎士を見ていた。
「……」
俺を含め、皆の視線を集める品の良い老騎士。
しかし暗黒の美姫に仕える嘗ての歴戦の戦士、元”天都原十剣”たる岩倉 遠海は、皆の期待に応じず言葉を継がなかった。
「……」
ただ静かに……
現在の状況下でも、自らの老体で庇うように守っている後方の美少女に視線を向け佇んでいる。
「…………」
老騎士が仕える主君、大国天都原の王位継承権第六位の紫梗宮、京極 陽子は整った眉の間に影を落とし、不承不承という態度ながらも白い顎を一度、下に動かして頷いた。
「…………では、改めまして」
主君に了承を得た老騎士、岩倉は、そんな主に向けてペコリと畏まった一礼をした後、再び俺たちに向き直ってから先ほどの続きを始める。
「確か天都原の調べでは雪白殿は久鷹家の養女であったはず……そうであるならば、臨海領主の鈴原家と元南阿の久鷹家との間の縁談であって、両家の意向で事は問題なく運ぶのが道理でしょう」
「はぁ?なに言うてるがじゃ、じゃから久鷹は俺が治める南阿の家臣……」
「ですから、元南阿と申しました。久鷹家の属する所領は支篤北東部”羽山浦領の一部……直近の主従関係は羽山浦領主、山名内 数砥殿にあたると聞き及んでおりますが……」
「それがどがいした、山名内は南阿の古参で…………っ!」
そこまで言って、伊馬狩 春親はあからさまにしまった!という顔になった。
――やるな、爺さん……久鷹の家の事といい、中々目の付け所が鋭い!
それとも、その情報収集さえも、元を正せば”対南阿”に控えるための、陽子の指示だったのだろうか?
「ぐぬぅ!」
春親もそこに考えが至ったのだろう、低いうめき声を上げていた。
敗戦国となった南阿が勝利者である天都原に差し出した二領土、支篤北東部”羽山浦領”並びに北西部”奔中州領”。
つまり現時点では、久鷹家が仕える羽山浦領主、山名内家は既に南阿の支配下から離脱しており、もっと言うならば、天都原に庇護を求めているという状況だ。
「ほほ、ようやっと気づきましたかな春親殿……そうです、羽山浦領主、山名内 数砥は今回の戦の最中に南阿から独立し、今は我が天都原に庇護を求めている身、つまり南阿の影響は一切受けないということですなぁ、鈴原殿?」
そう言って笑いながら俺の方を確認する中々古狸な爺さん。
「……ぐっ!」
対して、女人の如き赤い唇を噛み千切らんばかりに噛みしめる南阿の暴君、伊馬狩 春親。
「まぁ、そういうことだ」
――どういうことだよ……
俺は内心で俺自身の言葉にツッコミを入れながらも、春親にハッタリを続ける。
「久鷹には色よい返事を貰っているし、後は後ろ盾になる予定の天都原の……」
――いや、実際は完全なる出任せだ
久鷹家の意向も雪白の気持ちも確認済み?
――ない、ない!
南阿の久鷹家当主なんて会った事どころか、書状を交わしたことも無い。
しかしここで重要なのは、雪白が個人的に武人として南阿や春親に仕えていたのでは無く、あくまで久鷹という家の者として仕えていたという事だ。
久鷹の家が南阿から寝返った現在、南阿の将軍である雪白は宙ぶらりん状態だ。
――家を取るか、国をとるか……
無論、話の流れ次第ではこのまま南阿の将軍として……という事も十分ありうる。
いや、寧ろ南阿としては、武人としての矜恃を植え付けられた彼女にそっちを選ばざるを得ない状況に持ち込む事もできるだろう。
――だからこそ先手を打った!
口先だけが唯一の武器である奇襲攻撃……
細かい事実関係は後でどうとでもすれば良い。
いや、そもそも口先だけの出任せなのだから、この場を凌げればこの話自体はご破算。 後日、表向きには破談になったとでもすれば良いだろう。
鈴原家と久鷹家の縁談となれば、久鷹は鈴原の親戚筋。
当の雪白は臨海領主である鈴原の家人になる訳で、当然その忠義も鈴原に……
つまり俺に向けられるのが道理だ。
破談になった場合でも、この場さえ凌いで南阿の介入を排除できれば……
後は独立した羽山浦領の家臣、久鷹家の養女のままで手を切った南阿に戻る道は無くなるだろう。
つまり――
この”口先のみ出任せ”の利点は、どう転んでも雪白が南阿に戻ることは無いと言うこと。
そして、出任せだろうと何だろうと、天都原が俺たちに協力する限り南阿にはそれに介入することはおろか、真実を調べることすら意味が無いということであった。
「……」
完璧だ!
完全無欠の悪辣さ……
だが……実際、俺の咄嗟に取った方法の本質は……
騙そうとする南阿だけでなく、共犯者に仕立てあげようとする天都原にも事前交渉も確認も取らぬままの見切り発車……
――まさに超極細の綱渡り状態ともいえる!
そして、この状況下で、当事者達を目の前にして……
いけしゃあしゃあと振る舞う俺という男は本当に図々しく無茶な男だと、俺自身再認識せざるを得ない。
「……」
――とはいえ、この瞬間一番大事なこと……
――そう、それは今戦の明確な勝利者である大国、天都原の協力……だが
伊馬狩 春親に気づかれぬよう、チラリとその”京極 陽子”に視線をやる俺。
実は俺にだって抵抗がないわけではないし、結構ダメージもある……主に精神的方向に。
――何故なら俺にとっての陽子の存在は……
「……」
俺は多分、情けない顔でそっと陽子を盗み見る……
「っ!」
うわっ思いっきり睨まれた!
め、メチャクチャ怒ってるよな……これ……
「……」
クッ!だがしかし、今は陽子に縋るしか無い……
――ないんだよっ!
「…………」
そして男らしく決意を固めた俺は、縋る瞳で、捨てられた子犬のような瞳で、陽子さまに懇願したのだ。
「…………………………ふん」
暗黒の美姫は……ものすごーく不満そうに、これ以上無いくらい不承不承に……頷いた。
「……」
――よし?……良しとしよう!
著しく陽子に対する俺の立場と威厳が損なわれた様な気がしないでも無いが……よく考えたらそんなモノは最初から無かった……
――なんだか理由も無く目が染みるぜ……うわぁぁん!
そうして駆け引きの余裕も何も無く、安堵する俺の表情を凝視していた陽子の可愛らしい唇がそっと動く。
――?
――ば・ぁ・か!
口パクで罵倒される俺。
「…………」
――あんまりだ……
いや、現状は甘んじて受け入れよう。
「ぬぅぅ……」
そして、俺を射殺さんばかりに睨んでくるもう一人の当事者、伊馬狩 春親。
――無理も無い
我ながら仁義も道理も無い、”無理が通れば道理が引っ込む”を地で行く悪辣なやり方だったからな。
これで、南阿の代表たる春親は黙るしか無いが……
残る問題は意外にも――
実は雪白かもしれない。
俺による咄嗟の独断だが、元来頭の回転が速い雪白なら口裏合わせは大丈夫だとは思うが……雪白は結構な石頭だからなぁ……
――”結婚?なに?知らない……臨海に行く謂われもないわ”
とか空気を読まないで言い出しかねない。
「……」
そんな感じで、俺は若干の不安を抱きつつも、チラリと件の純白い少女を見た。
――へっ?
俺と目が合った途端、ビクリと肩を跳ね上げて斜め下にサッと視線を逸らす雪白。
――なんだ?
「えっと……あの……その……さ……いか……」
――どうも様子がおかしいが……まさか状況が解らない訳じゃ無いよな?
「さいか?……ううん?だ、旦那さま?……う……うぅ……」
全く心配なかった。
――というか、これはこれで非常に心配な娘だが……
南阿の秘密兵器、泣く子も黙る”純白の連なる刃”久鷹 雪白は、俺が懸念した彼女の石頭、つまり洗脳という名の”忠誠心とか武士道”というような支配者にとって都合の良い価値観は今回、発動しなかったようだ。
「旦那さま?……あなた?……うぅ……はぅ……」
「……」
――てか、これなんだ?
モジモジと挙動不審の美少女は、俺の顔をチラ見しては視線を外し、そしてまたチラリと見ては別の呼び方を試す……
「……」
――なんか雪白って、端々で意外と純乙女キャラだよなぁ
「落ち着けって、別に今まで通り最嘉でいい」
「!?……えっと、あの……うん……」
「……」
そして、未だテンパったままの少女に俺は呆れつつも、そっと雪白にだけ聞こえるように囁いた。
「今日からお前の帰る家は臨海だ、ご愁傷様だな」
「っ!?」
時折チラチラとこちらを盗み見していた輝く"白い銀河"はそのまま俺の視線に捕まって……
二度ほど大きく揺れて制止した。
「……………………うん」
そして俺に捉えられたまま、星天の輪郭を滲ませて細められる……
「……」
俺を真っ直ぐに見上げ、俺の傍で袖口をギュッと握ったこの白金の姫がどこまで理解しているかは相当に疑問だが……
「……」
「……」
現在はこの雪白の表情を見られた事で良しとしよう。
どうせ、この場で真偽を確かめる術は無いのだから。
ただ……
「……」
後世の吟遊詩人にさえ詠われそうな神代の白金姫が所持する双瞳を眺めて俺は思う。
――俺はもしかしたら”魔眼の姫”とやらに人生を引っかき回される特異体質なのかもしれないな……と。
第三十五話「雪白と帰る家」後編 END




