第三十二話「最嘉と停戦交渉」(改訂版)
第三十二話「最嘉と停戦交渉」
――シュルッ
拘束した純白い美少女の両手を背中側に纏めて、俺は右手一本でそれを握り直し、空いた左手で剣を吊していた腰の革ベルトを引き抜く。
グイグイ……ギュッ!
「あぅ……う」
――カチャリ!
我ながら見事な手並みだ。
少し間抜けな声を上げ、瞬く間に後ろ手に皮ベルトで縛り上げられる久鷹 雪白嬢。
――ほんと、我ながら手慣れた荷造り職人に匹敵する素晴らしい手際だったな……
「……ふぅ」
全てを終えた俺は軽く息を吐くと、拘束した雪白の前に出る。
「知ってたか?剣が無いと素人同然なんだぞ、南阿の誇る”純白の連なる刃”は……」
陽子の側近である爺さんに牽制され、忌忌しげに経緯を見過ごすだけの春親達。
言葉で答えなくても、奴の顔を見ればそれが計算外の出来事だと言うことがわかる。
「ちっ……貴様……」
無理も無い。
俺自身未だに信じられないトコロでもある。
この戦国で武芸を極めんとする者は、自身の得手を除いてもそれなりに心得ているのが常識だ。
”武芸百般”……武器を何らかの形で失ったとき、素手での格闘は基本中の基本だ。
俺や壱、真琴も勿論、そう言った武術を身につけている。
それが……
「鮮やかね、でも女性を自分のベルトで縛るなんて……ああ、そういえば、そういう変態的な技は昔から得意だったわね……あなたは」
「って!おおーーい!!適当なこと言って俺の評価をねじ曲げるなっ!」
横から茶々を入れて”くすくす”笑う黒髪の美少女は、久しぶりに俺をからかってご満悦のようだ。
「雪っ……こん人形風情がっ!」
「おっと勘違いするなよ春親。雪白はお前の命令に忠実だった、決して反抗して剣を抜かなかったんじゃ無い」
「……なに?」
縛られた状態で俺の手の中にある雪白を睨んでいた伊馬狩 春親が、忌忌しげにギラつかせた視線を俺に移す。
「ちょっとな、細工をした……雪白を此所に帯同させた時点でこうなることは予測出来たから、あらかじめ彼女の剣が抜けないよう、鞘の中に速乾性の特殊な膠を流し込んでおいたんだよ」
「……」
無言で俺を睨んだままの”南阿の英雄”。
――そうだ、あの時はまんまと”伊馬狩 春親”にしてやられた。須佐海岸の時の二の舞いはご免だからな……
「ちっ、小賢しいガキじゃ……」
俺の顔を散々に睨み倒してから吐き捨てる春親。
――とはいえ、実際はどうもな……雪白の諦めの良さが引っかかる……
「で、どうする?俺の実力はさっきで良く理解ったろう?それにこの爺さんはたしか……」
少々の疑問を残して、それでも俺はここぞとばかりに交渉に踏み切るきっかけと話を進め、老いた騎士の向こうに佇む、暗黒のお姫様に目配せする。
そして俺の意図を十分に理解しているだろう、京極 陽子は頷いた。
「岩倉……」
「はっ!」
暗黒の美姫が一声すると老騎士はビシリと姿勢を正す。
「我が氏名は岩倉 遠海……憚りながら嘗ては天都原”十剣”の一振りを勤めさせて頂いておりました」
主君である陽子の許可を受け、態と自身の過去の偉功を際立たせて名乗る老人。
――さすが老獪、道理がよく理解っているな……
この状況では如何に相手を戦意喪失させるかが肝だ。
戦で大敗し、起死回生の一手も失敗……
そう印象づけることで、やっとこの後の交渉事がスムーズに運ぶ。
「ちっ……どう足掻いちゅう、分が悪いちことかよ」
――ああそうだ……普通ならな……
実際率いてきた兵士は三対三、お互いの国の手練れ同士、戦力は五分と仮定するとして。
残るは”主戦力級”の戦士の比較。
南阿側はあの禿げ、織浦 一刀斎とやら一人、此方は俺と天都原元”十剣”の爺さん……
普通ならこっちの優位は動かない。
だが実は俺の足はもう限界……
こうして立っているのがやっとで、戦うことは無理だろう。
そして、爺さんも嘗ての”十剣”とはいえ、寄る年波には勝てないだろう。
実際、”一対一”では、あの禿げに押されていたようだった。
「……」
正味のところ、このまま継続した場合……
案外あの禿げ一人にやり込められるかも知れないという事だ。
――つまり、それを悟らせない事がこの交渉の肝だということ。
「……」
「……」
駆け引きの緊張した沈黙が支配する空間。
――どうだ?伊馬狩 春親……お前の判断はどっちだ……
重苦しい雰囲気の中、中性的な顔立ちの男は、やがてゆっくりと両手を挙げた。
「やめじゃ、やめ……はぁ……つまらん結果になったぜよ」
一気に緊張の糸が切れた顔で万歳する”南阿の英雄”。
「む……」
主君のその動作と供に、剣士、織浦 一刀斎も兵士達も臨戦態勢を解く。
「…………」
――ふぅ……なんとか……なったか……
俺は肺の中の空気を一気に吐き出したように肩の力が抜けるが、勿論その態度はおくびにも出さない。
「ひとつ確認じゃが……鈴原、貴様は中立かよ?」
伊馬狩 春親はすっかり切り替えた顔で俺を見る。
「……ああ、この戦に関しては、俺も臨海も中立の立場だ」
「ほほぅ……」
それを受けて、春親は……
”今さっき、あからさまに京極 陽子の味方をしておいてどの口が言うか”
といった顔だが、俺は涼しい顔で受け流す。
事実、この戦いに関してはどちらにも加担したし、どちらにも敵対した。
仕事の依頼として代価を手に入れ、尚且つ独立したてで危うい立場の臨海に周辺国家の状況が有利に整うよう動いた。
つまり、臨海はそれなりに苦労はしたが、美味しいところだけ頂いた訳だ。
「信じられないか?」
「…………いや、構わん、なら、停戦交渉の仲介人はこの場で貴様がやれ」
春親は意外にも即断し、俺にそう注文をつけてきた。
「……」
――やはりこの男は見かけよりもずっと頭が切れる
この場でとは如何にもせっかちに見えるが、これは今も続いているであろう外での戦場における戦況不利を冷静に分析判断させないためだ。
ヘタにこの場は一旦停戦して、後日会見の場を設けようものなら……
色々と敗戦側である南阿は、無理難題を押しつけられることになるだろう。
そして……
もし、それでも、この場で到底看過できない条件を提示された場合は……
即座に場を蹴り、無謀であろうとそのまま死に物狂いで戦闘を継続させる覚悟があるとアピールし、勝者に出来うる最大限の譲歩を迫れる点も大きい。
今更勝敗は変わらないとは言え、”窮鼠猫を噛む”なんてこれ以上の被害と労力は誰も望んでいないからだ。
一見、力押し一辺倒の戦術、いやもっと大きく戦略といった部分まで……
実は搦め手を交えた器用さと強かさを併せ持っているこの男はやはり傑物と言えるだろう。
――さすが”南阿の英雄”……その呼び名は伊達じゃ無いか
「…………」
妙に感心した俺は、春親の言葉を受けて陽子の方をチラリと見る。
「くすっ」
そして、美姫も異存は無いとばかりにニコリと微笑んだ。
――うっ……可愛い……じゃなかった……よし、大体予定通りだ
「では、了承した。臨海の主として天都原、南阿両国に提案する!」
俺はコホンと咳払いをひとつすると、予てより用意していた文書を懐から二部出した。
「ふふ、相変わらず用意が良いのね」
「ちっ……喰わせ者が」
二人の態度は様々だ。
それを受け取り、面々は目を通す。
――
―
「支篤の半分もの版図を差し出せちいうか……」
不機嫌そうに春親は呟く。
「……ああそうだ」
――俺の用意した停戦交渉文書の内容
敗戦国となった南阿が勝利者である天都原に差し出すのは、支篤北東部”羽山浦領”並びに北西部”奔中州領”の二領だ。
この二領土は支篤でも屈指の大所領で、合わせた広さは南阿全体の半分にもなる。
「……」
渋い顔で文書を睨む春親だが、彼はこの案を飲まざるを得ないだろう。
何故ならこの二領は今回の戦の最中に陽子の計略により既に南阿から独立を宣言し、且つ現在、天都原に庇護を求めている国だからだ。
たとえこの戦をこのまま継続させたとしても、どうせ既に離反している状況には変わりがない。
「……鈴原、貴様はそこの紫梗宮と通じておるがじゃないか?」
伊馬狩 春親が向ける疑惑は尤もだろう。
「いや、無い無い……それくらい戦の始まる前から有力な策のひとつとして予想できる範囲内だろう?それだけだよ」
事前に書いたはずの俺の文書に今回の戦で離反した二領が記載されていた。
その事に疑いの目を向ける春親だが、俺は軽く笑って流す。
「予想できる?はっ!二度も同じ策に、こん俺が引っかかる愚か者じゃと貴様も読んどっちいうか……」
伊馬狩 春親は悔しそうに自分を嗤う。
「愚か者?……いいや、引っかかるだろ?二度目は」
「?」
自虐的に呟いた南阿の英雄に対する俺の反応に、当の春親はキョトンとする。
「いや、意外と引っかかるんだよ二度目は」
「……」
伊馬狩 春親はそこまで聞いても要領を得ない顔だ。
「だから、計略なんていうのは、相手の性格や考え方、特徴……つまり敵の個性を突いたものが多い。で、一度その策に引っ掛かったって事は、その策はその人物には有効ってことだろ?」
「じゃが、普通は同じ轍を踏むような輩は愚か者と……」
「質が同じ計略ってだけで隠蔽方法や手の付け所は全然違う。そこを上手くやるのが策士の腕の見せ所だからなぁ……まぁ今回は最初の蟹甲楼が全ての布石だったってわけだ」
そう、京極 陽子という希有なる天才軍略家が相手では……
正直、俺でも当事者なら看破出来たかは疑問だ。
「こん伊馬狩 春親の最大の武器は英雄性……それをへし折って見せることによる支篤勢力の懐柔こそが天都原の真の狙い。南阿屈指の要塞、最重要拠点”蟹甲楼”を心理的囮に使った奇策……くっ……策略家共が……」
春親は中性的な顔を歪め、俺と陽子を交互に睨んでいた。
「……で、天都原はこの二領以外の南阿領は侵さない。その証として三年間の不可侵条約を南阿と結ぶ事、勝利者としてのその他の賠償請求権は全て放棄し、合意後は速やかに兵を退く事……」
俺はそんな春親をしれっと無視して、今度は今も文書を眺める陽子に向き直って文言を確認する。
「三年は長いわ……」
陽子は頷きつつも、停戦期間に若干の難色を示す。
「いや、それ位必要だろう、南阿の立て直しには……」
俺はそう言って落ち込んでいる春親を再び見た。
「……」
そうだ、これはあくまで停戦交渉。
敗者である南阿にも有利な点を提示しないことには合意は不可能だ。
「……臨海はどうぜ……」
「!?」
俯いた春親の言葉に、俺は少しだけ意表を突かれたが……直ぐに考えを纏める。
「解った、なら追加で我が臨海も南阿との不可侵条約を結ぶ……これで良いか?」
「……」
伊馬狩 春親はふぅとこれ見よがしに深い溜息をついてから、大きく頷いた。
「あい解った……じゃがその”証”はどう立てる?後日正式な文書で……」
「それならここにあるぞ」
「ここにあるわ」
俺と陽子、二人の声がシンクロする。
そして俺の手には、国家元首たる者だけが所持する事が許される国家の”印章”が握られ、陽子の手には天都原軍の此度の軍事統括責任者で王位継承第六位の王族、京極 陽子の”印章”が握られていた。
どちらも停戦条約を結ぶ上で申し分ない品だ。
「…………貴様らはつくづく策略家共じゃ」
ここまでの先を見越していた俺達を、最早春親は苦笑いしたあきれ顔で眺めていた。
第三十二話「最嘉と停戦交渉」END




