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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
独立編
45/336

第三十二話「最嘉と停戦交渉」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第三十二話「最嘉(さいか)と停戦交渉」


 ――シュルッ


 拘束した純白(しろ)い美少女の両手を背中側に(まと)めて、俺は右手一本でそれを握り直し、空いた左手で剣を吊していた腰の革ベルトを引き抜く。


 グイグイ……ギュッ!


 「あぅ……う」


 ――カチャリ!


 我ながら見事な手並みだ。


 少し間抜けな声を上げ、瞬く間に後ろ手に皮ベルトで縛り上げられる久鷹(くたか) 雪白(ゆきしろ)嬢。


 ――ほんと、我ながら手慣れた荷造り職人に匹敵する素晴らしい手際だったな……


 「……ふぅ」


 全てを終えた俺は軽く息を吐くと、拘束した雪白(ゆきしろ)の前に出る。


 「知ってたか?剣が無いと素人同然なんだぞ、南阿(なんあ)の誇る”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)”は……」


 陽子(はるこ)の側近である爺さんに牽制され、忌忌しげに経緯を見過ごすだけの春親(はるちか)達。


 言葉で答えなくても、奴の顔を見ればそれが計算外の出来事だと言うことがわかる。


 「ちっ……貴様(きさん)……」


 無理も無い。

 俺自身未だに信じられないトコロでもある。


 この戦国で武芸を極めんとする者は、自身の得手を除いてもそれなりに心得ているのが常識だ。


 ”武芸百般”……武器(えもの)を何らかの形で失ったとき、素手での格闘は基本中の基本だ。

 俺や(いち)真琴(まこと)も勿論、そう言った武術を身につけている。


 それが……


 「鮮やかね、でも女性を自分のベルトで縛るなんて……ああ、そういえば、そういう変態的な技は昔から得意だったわね……あなたは」


 「って!おおーーい!!適当なこと言って俺の評価をねじ曲げるなっ!」


 横から茶々を入れて”くすくす”笑う黒髪の美少女は、久しぶりに俺をからかってご満悦のようだ。


 「(ゆき)っ……こん人形風情がっ!」


 「おっと勘違いするなよ春親(はるちか)雪白(ゆきしろ)はお前の命令に忠実だった、決して反抗して剣を抜かなかったんじゃ無い」


 「……なに?」


 縛られた状態で俺の手の中にある雪白(ゆきしろ)を睨んでいた伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)が、忌忌しげにギラつかせた視線を俺に移す。


 「ちょっとな、細工をした……雪白(ゆきしろ)此所(ここ)に帯同させた時点でこうなることは予測出来たから、あらかじめ彼女の剣が抜けないよう、鞘の中に速乾性の特殊な(にかわ)を流し込んでおいたんだよ」


 「……」


 無言で俺を睨んだままの”南阿(なんあ)の英雄”。


 ――そうだ、あの時はまんまと”伊馬狩 春親(おまえ)”にしてやられた。須佐(すさ)海岸の時の二の舞いはご免だからな……


 「ちっ、小賢しいガキじゃ……」


 俺の顔を散々に睨み倒してから吐き捨てる春親(はるちか)


 ――とはいえ、実際はどうもな……雪白(ゆきしろ)の諦めの良さが引っかかる……


 「で、どうする?俺の実力はさっきで良く理解(わか)ったろう?それにこの爺さんはたしか……」


 少々の疑問を残して、それでも俺はここぞとばかりに交渉に踏み切るきっかけと話を進め、老いた騎士の向こうに佇む、暗黒のお姫様に目配せする。


 そして俺の意図を十分に理解しているだろう、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)は頷いた。


 「岩倉(いわくら)……」


 「はっ!」


 暗黒の美姫が一声すると老騎士はビシリと姿勢を正す。


 「我が氏名(うじな)岩倉(イいわくら) 遠海(とうみ)……(はばか)りながら(かつ)ては天都原(あまつはら)”十剣”の一振りを勤めさせて頂いておりました」


 主君である陽子(はるこ)の許可を受け、(わざ)と自身の過去の偉功を際立たせて名乗る老人。


 ――さすが老獪(ろうかい)、道理がよく理解(わか)っているな……


 この状況では如何(いか)に相手を戦意喪失させるかが肝だ。


 戦で大敗し、起死回生の一手も失敗……

 そう印象づけることで、やっとこの後の交渉事がスムーズに運ぶ。


 「ちっ……どう足掻いちゅう、分が悪いちことかよ」


 ――ああそうだ……普通ならな……


 実際率いてきた兵士は三対三、お互いの国の手練れ同士、戦力は五分と仮定するとして。


 残るは”主戦力級”の戦士の比較。


 南阿(なんあ)側はあの禿げ、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)とやら一人、此方(こちら)は俺と天都原(あまつはら)元”十剣”の爺さん……


 普通ならこっちの優位は動かない。


 だが実は俺の足はもう限界……

 こうして立っているのがやっとで、戦うことは無理だろう。


 そして、爺さんも(かつ)ての”十剣”とはいえ、寄る年波には勝てないだろう。

 実際、”一対一(タイマン)”では、あの禿げに押されていたようだった。


 「……」


 正味のところ、このまま継続した場合……

 案外あの禿げ一人にやり込められるかも知れないという事だ。


 ――つまり、それを悟らせない事がこの交渉の肝だということ。


 「……」


 「……」


 駆け引きの緊張した沈黙が支配する空間。


 ――どうだ?伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)……お前の判断はどっちだ……


 重苦しい雰囲気の中、中性的な顔立ちの男は、やがてゆっくりと両手を挙げた。


 「やめじゃ、やめ……はぁ……つまらん結果になったぜよ」


 一気に緊張の糸が切れた顔で万歳する”南阿(なんあ)の英雄”。


 「む……」


 主君のその動作と供に、剣士、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)も兵士達も臨戦態勢を解く。


 「…………」


 ――ふぅ……なんとか……なったか……


 俺は肺の中の空気を一気に吐き出したように肩の力が抜けるが、勿論その態度はおくびにも出さない。


 「ひとつ確認じゃが……鈴原、貴様(きさん)は中立かよ?」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)はすっかり切り替えた顔で俺を見る。


 「……ああ、この戦に関しては、俺も臨海(りんかい)も中立の立場だ」


 「ほほぅ……」


 それを受けて、春親(はるちか)は……


 ”今さっき、あからさまに京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の味方をしておいてどの口が言うか”


 といった顔だが、俺は涼しい顔で受け流す。


 事実、この戦いに関してはどちらにも加担したし、どちらにも敵対した。


 仕事の依頼として代価を手に入れ、尚且(なおか)つ独立したてで危うい立場の臨海(おれたち)に周辺国家の状況が有利に整うよう動いた。


 つまり、臨海(おれたち)はそれなりに苦労はしたが、美味しいところだけ頂いた訳だ。


 「信じられないか?」


 「…………いや、構わん、なら、停戦交渉の仲介人はこの場で貴様(きさん)がやれ」


 春親(はるちか)は意外にも即断し、俺にそう注文をつけてきた。


 「……」


 ――やはりこの男は見かけよりもずっと頭が切れる


 この場でとは如何(いか)にもせっかちに見えるが、これは今も続いているであろう外での戦場における戦況不利を冷静に分析判断させないためだ。


 ヘタにこの場は一旦停戦して、後日会見の場を設けようものなら……

 色々と敗戦側である南阿(なんあ)は、無理難題を押しつけられることになるだろう。


 そして……


 もし、それでも、この場で到底看過できない条件を提示された場合は……


 即座に場を蹴り、無謀であろうとそのまま死に物狂いで戦闘を継続させる覚悟があるとアピールし、勝者に出来うる最大限の譲歩を迫れる点も大きい。


 今更勝敗は変わらないとは言え、”窮鼠猫を噛む”なんてこれ以上の被害と労力は誰も望んでいないからだ。


 一見、力押し一辺倒の戦術、いやもっと大きく戦略といった部分まで……

 実は(から)め手を交えた器用さと(したた)かさを併せ持っているこの男はやはり傑物と言えるだろう。


 ――さすが”南阿(なんあ)の英雄”……その呼び名は伊達じゃ無いか


 「…………」


 妙に感心した俺は、春親(はるちか)の言葉を受けて陽子(はるこ)の方をチラリと見る。


 「くすっ」


 そして、美姫も異存は無いとばかりにニコリと微笑んだ。


 ――うっ……可愛い……じゃなかった……よし、大体予定通りだ


 「では、了承した。臨海(りんかい)の主として天都原(あまつはら)南阿(なんあ)両国に提案する!」


 俺はコホンと咳払いをひとつすると、(かね)てより用意していた文書を懐から二部出した。


 「ふふ、相変わらず用意が良いのね」


 「ちっ……喰わせ(もん)が」


 二人の態度は様々だ。


 それを受け取り、面々は目を通す。


 ――

 ―


 「支篤(しとく)の半分もの版図を差し出せちいうか……」


 不機嫌そうに春親(はるちか)は呟く。


 「……ああそうだ」


 ――俺の用意した停戦交渉文書の内容


 敗戦国となった南阿(なんあ)が勝利者である天都原(あまつはら)に差し出すのは、支篤(しとく)北東部”羽山浦(わさうら)領”並びに北西部”奔中州(ほんなかす)領”の二領だ。


 この二領土は支篤(しとく)でも屈指の大所領で、合わせた広さは南阿(なんあ)全体の半分にもなる。


 「……」


 渋い顔で文書を睨む春親(はるちか)だが、彼はこの案を飲まざるを得ないだろう。


 何故ならこの二領は今回の戦の最中に陽子(はるこ)の計略により既に南阿(なんあ)から独立を宣言し、()つ現在、天都原(あまつはら)に庇護を求めている国だからだ。


 たとえこの戦をこのまま継続させたとしても、どうせ既に離反している状況には変わりがない。


 「……鈴原、貴様(きさん)はそこの紫梗宮(しきょうのみや)と通じておるがじゃないか?」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)が向ける疑惑は尤もだろう。


 「いや、無い無い……それくらい戦の始まる前から有力な策のひとつとして予想できる範囲内だろう?それだけだよ」


 事前に書いたはずの俺の文書に今回の戦で離反した二領が記載されていた。

 その事に疑いの目を向ける春親(はるちか)だが、俺は軽く笑って流す。


 「予想できる?はっ!二度も同じ策に、こん俺が引っかかる愚か者じゃと貴様(きさん)も読んどっちいうか……」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)は悔しそうに自分を(わら)う。


 「愚か者?……いいや、引っかかるだろ?二度目は」


 「?」


 自虐的に呟いた南阿(なんあ)の英雄に対する俺の反応に、当の春親(はるちか)はキョトンとする。


 「いや、意外と引っかかるんだよ二度目は」


 「……」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)はそこまで聞いても要領を得ない顔だ。


 「だから、計略なんていうのは、相手の性格や考え方、特徴……つまり敵の個性を突いたものが多い。で、一度その策に引っ掛かったって事は、その策はその人物には有効ってことだろ?」


 「じゃが、普通は同じ轍を踏むような輩は愚か者と……」


 「質が同じ計略ってだけで隠蔽方法や手の付け所は全然違う。そこを上手くやるのが策士の腕の見せ所だからなぁ……まぁ今回は最初の蟹甲楼(かいこうろう)が全ての布石だったってわけだ」


 そう、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)という希有なる天才軍略家が相手では……

 正直、俺でも当事者なら看破出来たかは疑問だ。


 「こん伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)の最大の武器は英雄性(カリスマ)……それをへし折って見せることによる支篤(しとく)勢力の懐柔こそが天都原(あまつはら)の真の狙い。南阿(なんあ)屈指の要塞、最重要拠点”蟹甲楼(かいこうろう)”を心理的囮に使った奇策……くっ……策略家(バケモノ)共が……」


 春親(はるちか)は中性的な顔を歪め、俺と陽子(はるこ)を交互に睨んでいた。


 「……で、天都原(あまつはら)はこの二領以外の南阿(なんあ)領は侵さない。その証として三年間の不可侵条約を南阿(なんあ)と結ぶ事、勝利者としてのその他の賠償請求権は全て放棄し、合意後は速やかに兵を退く事……」


 俺はそんな春親(はるちか)をしれっと無視して、今度は今も文書を眺める陽子(はるこ)に向き直って文言を確認する。


 「三年は長いわ……」


 陽子(はるこ)は頷きつつも、停戦期間に若干の難色を示す。


 「いや、それ位必要だろう、南阿(なんあ)の立て直しには……」


 俺はそう言って落ち込んでいる春親(はるちか)を再び見た。


 「……」


 そうだ、これはあくまで停戦交渉。

 敗者である南阿(なんあ)にも有利な点を提示しないことには合意は不可能だ。


 「……臨海(りんかい)はどうぜ……」


 「!?」


 俯いた春親(はるちか)の言葉に、俺は少しだけ意表を突かれたが……直ぐに考えを(まと)める。


 「解った、なら追加で我が臨海(りんかい)南阿(なんあ)との不可侵条約を結ぶ……これで良いか?」


 「……」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)はふぅとこれ見よがしに深い溜息をついてから、大きく頷いた。


 「あい解った……じゃがその”証”はどう立てる?後日正式な文書で……」


 「それならここにあるぞ」


 「ここにあるわ」


 俺と陽子(はるこ)、二人の声がシンクロする。


 そして俺の手には、国家元首たる者だけが所持する事が許される国家の”印章”が握られ、陽子(はるこ)の手には天都原(あまつはら)軍の此度(こたび)の軍事統括責任者で王位継承第六位の王族、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の”印章”が握られていた。


 どちらも停戦条約を結ぶ上で申し分ない品だ。


 「…………貴様(きさん)らはつくづく策略家(バケモノ)共じゃ」


 ここまでの先を見越していた俺達を、最早春親(はるちか)は苦笑いしたあきれ顔で眺めていた。


 第三十二話「最嘉(さいか)と停戦交渉」END

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