第三十一話「最嘉と立ち位置」後編(改訂版)
第三十一話「最嘉と立ち位置」後編
そして、彼の美少女の特筆するべきはその双眸。
プラチナブロンドの美少女が所持する瞳は、輝く銀河を再現したような白金の瞳……
それは幾万の星の大河の双瞳。
――久鷹 雪白
現在は我が臨海の客将だが、彼女は本来なら南阿の……伊馬狩 春親の支配下である烈将。
「雪っ!貴様、なに突っ立ってるがじゃっ!こん男を斬り伏せんかっ!」
南阿の王、伊馬狩 春親がその少女に命令する!
――そりゃそうだ……あの”無愛想禿げ”が適わなさそうなら、そうくるわな、普通……
勿論、俺もその状況を指をくわえて見過ごしている訳にはいかない。
「雪白っ!この戦闘は無意味だ。南阿と天都原の勝敗は既に決したんだ、これ以上は……」
春親の命令を打ち消すように彼女の説得を試みる。
「…………」
相反する言葉を受けて、当の……純白い美少女は……
「……」
――すっ
静かに腰の剣に手を添えた。
――ちっ!
そうだ、南阿の”純白の連なる刃”こと久鷹 雪白は……
彼女は絶対に主君の命令に逆らわない!
例え倒すべき対象が“鈴原 最嘉”であっても……
ダッ!
俺はダッシュする!
――“鈴原 最嘉”であっても?……はは、なんだそりゃ……
自惚れが過ぎるか?
だが、それでも少しは雪白と心を通じることが出来たと自負していた俺は……
「……」
いいや、”倒すべき相手”がたとえ雪白の愛するような相手であったとしても……
ダダッ!
春親を無視して、入り口付近で剣の柄に手を置き佇む雪白の元へ疾走る俺。
「……多分な」
久鷹 雪白は”命令されれば”斬る事に躊躇は無いだろう!
「ははぁっ!往生際が悪いのぉぉ!鈴原ぁぁ!」
背中越しに春親の高笑いが聞こえる。
「……」
――久鷹 雪白……
南阿の”剣の工房”とやらが出自の、”超”の付く一流の戦士。
白金の姫騎士、最強レベルの剣士、閃光将軍……輝く純白の美少女。
あとは……
――面白みの無い只の”剣の人形”
剣の工房”の商品で中身は何も無い、仕様も無い人形。
これは南阿の王、伊馬狩 春親の言葉だ。
「……」
「……」
急速に距離を縮める俺と彼女の白金の瞳が一瞬だけ絡み合う。
特筆すべき双眸。
目前のプラチナブロンドの美少女の瞳は……
輝く銀河を再現したような白金の瞳は……
幾万の星の大河の如き双瞳は……
「……」
――それが俺には、確かに不安で揺れているように見えた
「ちっ!」
人にはそれぞれ立ち位置がある。
立場じゃなくて立ち位置。
自身がどうあるべきか。
”自身がそうあるべき””そうする事が自分”という、誰もが持つ自己確立……
雪白はまさに、今この瞬間……
初めてとも言える自問自答に、我が身の寄る辺を探しているのでは無いのか?
「……」
頼りなさげに、不安げに揺れる白金の瞳……
「ちっ!ちっ!」
俺は苛立っていた。
誰に?
言わずもがなだろう。
――これが人形の瞳かよっ!!
ダダッ!
「っ!さい……」
間近で見開く白金の双瞳……
久鷹 雪白の居合いは脅威的だ。
何度か目にした俺も、正直どう対処して良いか現状は答えが見つからない程に……
ズキィ!
――くっ!
右膝が熱い……焼け落ちそうだ……
純白い少女の眼前で膝が砕けそうになる。
――が!
勿論、右足の痛み何ぞに構っている暇は無い!
「ゆき……」
俺の勝手な想像かもしれない。
――けど、それが何だって言うんだ!
俺は俺の思うようにやるっ!
俺の周りの者達に対してもそうだったし、これからもそうするつもりだ!
他人の作ったルールや状況なんて糞食らえだっ!
殺すときも殺されるときも……俺は……そう、俺の人生は俺が決めるっ!
――それが俺の在るべき姿だ!
「ゆきしろぉぉ!」
「さい……か……」
そして俺は完全に間合いを詰めきっていた。
俺はあらゆる思考を振り払うように剣を振りかぶった。
「雪ぃぃ!何しとるがじゃっ!……ちっ、織浦ぁぁっ!」
後方で苛立った春親の叫ぶ声が聞こえる。
原因は剣の柄に手を掛けたまま、至近に迫った俺に対し依然として沈黙を続ける純白い少女だ。
雪白の居合いにとって今の俺は絶好の獲物のはずだが……
「……」
一瞬だけ、そう一瞬、ほんの僅かに美しい眉間に影を落とした少女は静かに……
「な!?なにしとるがじゃぁぁっっ!」
剣の柄に添えていた白い指先を解いて……彼女は右手を下ろした。
「っ!!」
そりゃ春親もみっともなく叫ぶだろう。
目前で剣を振り上げる敵に対して暴挙と言える行動だ。
――嘉深……
懐かしくも忘れられない名が……俺の根底に刻まれた名を……俺は心で呟く。
そして――
アングリと口を開ける間抜けな春親達を後目に、俺は……
ヒュオン!
自身の剣を投げ捨てた。
「っ!?」
雪白さん、なに驚くことは無い……最初から俺はそのつもりだ。
それこそ人形のように棒立ちの久鷹 雪白の懐に飛び込んだ俺は、振り上げた剣を振り下ろさずにそのまま手放したのだ。
それから白い銀河を丸く見開いて驚く雪白に、自身の左手を目一杯に伸ばして――
「約束だ!雪白!」
叫ぶ。
「えっ?えっ!?」
無防備な雪白は、当然のように俺に斬られることを想像していたのか……
一転、面白いほど感情豊かにキョドっていた。
グイッ!
必死で伸ばした左手で掴んだ白い彼女の右腕。
「少しだけ乱暴だぞ」
「……ぁ」
――神速とも言える斬撃を繰り出すとは到底想像できない華奢な白い手
俺はそれを強引にたぐり寄せ、勢いのまま少女の背後に回り込んでから、掴んだ彼女の右腕を背中越しに捻り上げる!
「んっ……ぅ」
短く声を漏らした少女の華奢な身体は少し仰け反る。
「もうひとつ!」
すかさず、空いた右手で今度は彼女の左手を同様に背中側に固定した俺は、これで完全に雪白を制圧することに成功していた。
「悪いな雪白……ちょっとだけ我慢してくれ」
白金の姫騎士を、両手を背後にして拘束する俺。
「…………な……んで?」
拍子抜けなほど為すがままにされた少女は、自身の肩越しに背後の俺を見上げ、そうとだけ呟いた。
「……」
「……」
俺と雪白の視線は至近で絡み合う。
「雪白……聞け、俺は……」
ヒュオォォン!
「ちっ!」
俺を見上げる白金の純粋無垢な瞳……だが、それに応える暇も無く新手が迫る!
いつの間にか間を詰めて来ていた、織浦 一刀斎の剣が俺の首に狙いをつけ、迫っていたのだ。
「っ!」
自らの剣を投げ捨てて、両手で雪白を拘束している俺にその剣を躱す術は無い……
――この禿げっ!
ガキィィーーン!
首元で飛び散る火花!
それは二本の剣が造りだした金属の擦れる火花だった。
「あ……えっと……爺さん?」
「礼には及びませんぞ鈴原殿、我が主の命にて助太刀したまで」
いつの間にか俺の前に割って入った一人の老人。
剣を構えた老騎士の言葉に、俺はチラリと部屋の隅に視線を移す。
「陽……」
俺の視線の先には……
緩やかにウェーブがかかって輝く緑の黒髪の美姫。
白く透き通った肌に対照的な艶やかな朱い唇……
その口角を上げて此方を見つめる暗黒の美少女。
――京極 陽子
見慣れたはずの俺でさえ、ほんの僅かの間であったとはいえ彼女の双瞳に改めて心を奪われる。
そう、京極 陽子のまことに希なる美貌の極めつけは、漆黒の双瞳だった。
対峙する物を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差しでありながら、それは一言で言うなら”純粋なる闇”
恐ろしいまでに他人を惹きつける……”奈落”の双瞳だ。
「……」
「そろそろ興が削がれてきたわ……最嘉、この一連の戦をいつも通り私の満足のいくように収めてみなさい」
華奢な少女にしては意外と豊かな膨らみの前で腕を組んだ彼女は、なんとも場違いな微笑みを携え佇んでいた。
第三十一話「最嘉と立ち位置」後編 END




