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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
独立編
42/336

第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」 後編


 緩やかにウェーブのかかった緑の黒髪。

 白い陶器の肌にそれとは対照的なうっすらと微笑んだ(あか)い唇……


 「……」


 およそこの世の存在全てを無価値に貶める美貌だ。


 ――底なしに恐ろしく……


 ――それ故に至高の美といえる


 南阿(なんあ)の英雄と呼ばれし男は、その生涯で多くの女を(はべ)らせて来た。


 英雄色を好む……


 その格言に漏れず春親(はるちか)もまた多くの側室を持ち、謀略による政略結婚を始め、占領国の美姫の徴集など、色事に熱心であった。


 そんな彼が、如何(いか)な佳人とはいえ……

 一目で思考を無くさせられる。


 木偶のように立ち尽くす自分自身が信じられない。


 「………………っ!?」


 暫く後、春親(はるちか)は我に返った。


 ――ザッ!


 そして思わず半歩下がる。


 それは数多の修羅場を潜り抜けて来た彼の危険察知能力が、遅ればせながら働いた結果であろう。


 「……クスッ」


 暗黒の美姫はその光景に整った口の端をあげる。


 「木偶のように立ち尽くすだと?……南阿(なんあ)の英雄と呼ばれる俺が?」


 そして春親(はるちか)は一度周りを確認していた。


 「……」


 意味深に微笑む黒髪の美少女とその傍らで控える老人……


 自身の傍に抜刀したまま控えるスキンヘッドの男と、後ろで臨戦態勢を維持したままの三人の南阿(なんあ)軍兵士……


 「いや、今はそれより……そうじゃ、それが真実という確証はないじゃろ、虚仮威し(ブラフ)、演技力頼みの苦し紛れ……京極(きょうごく) 陽子(はるこ)どうじゃ?」


 状況を再確認した春親(はるちか)は無理矢理に心を落ち着け、すっかり仕切り直ししたかのように問い返す。


 「……」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)の言葉は常識的だ。

 それはそうである。


 自国の領土がこの時期(タイミング)に離反……

 しかも支篤(しとく)の半分もの版図が……


 (にわか)には信じがたいことだ。


 天都原(あまつはら)南阿(なんあ)は総力戦を持ってここ、天南(てな)海峡で決戦を行っている最中だ。


 それがいつの間にか此所(ここ)を越えた向こう側、南阿(なんあ)にしてみれば本国の北半分、そこを占める大領主達が一斉に天都原(あまつはら)に寝返るなど……


 「”一領具足(いちりょうぐそく)”……大層な言葉だけれども、南阿(なんあ)の総力たる”最強の槍”は勝ち続けてこその神通力……無様な敗戦を繰り返しては只の虚仮威し、虚しいだけの落書きだわ」


 「!」


 春親(はるちか)の肩に掛けられ、誇らしく誇示された長物の軍旗文字を一瞥して少女は微笑(わら)う。


 「そんなヘマを俺がしたち言うのか?……この俺が!?あり得んき」


 「失敗(へま)?……貴方は前にも同じ轍を踏んだでしょう?」


 「!?」


 暗黒の美姫の言葉に南阿(なんあ)の英雄は黙り込む。


 ”蟹甲楼(かいこうろう)”を失い、天都原(あまつはら)領内に侵入した南阿(なんあ)兵士を大量に失い、今回は蟹甲楼(かいこうろう)攻略はおろか、その手前で自慢の海軍を散々に蹴散らされた。


 ”一領具足(いちりょうぐそく)”の代名詞たる勇猛果敢な地上軍と最強を誇る海軍……

 その(いず)れもが衆目の中で無惨に敗れ去った。


 確かに南阿(なんあ)軍の団結力が地に落ちるのには十分な条件だった。


 元々、伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)という希代の傑物が力でまとめ上げた現在(いま)支篤(しとく)だ。


 彼にその能力無しと判断されれば……いや、他にもっと強力な庇護国が現れれば……

 支篤(しとく)の各国が南阿(なんあ)から離反する事態は十分考えられた。


 「……ぬ……う……」


 そこで春親(はるちか)は初めて思いが至る。


 ――そう、これは……用意周到に仕組まれていたこと……


 南阿(なんあ)の……

 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)の最大の武器は英雄性(カリスマ)


 それを“へし折って”見せることによる支篤(しとく)勢力の懐柔こそが、天都原(あまつはら)の真の狙いだったのだと。


 「く……貴様(きさん)……」


 この戦いの発端であり、彼が味わった最大限の屈辱……


 ”蟹甲楼(かいこうろう)”陥落!


 そこから全てが始まっていたのだと。


 ――迂闊だった?


 いや、そう言うには春親(かれ)は慎重で抜け目は無かったはずだ。


 大胆にして繊細、馬鹿正直にして狡猾……


 それは伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)の真骨頂だった。


 「……」


 そう……だったのだ……

 この京極 陽子(おんな)と関わるまでは……


 ――”伊馬狩 春親(オレ)”は何も変わっとらん!……しかし……相手の策が狡猾すぎる


 「悪魔かよ……貴様(きさん)……」


 自国の日乃(ひの)領を囮にし、自軍内部の分裂をも逆手に取った”蟹甲楼(かいこうろう)”攻略。

 そして、今度はその”蟹甲楼(かいこうろう)”を囮に南阿(なんあ)本国に楔を打ち込んだ調略……


 「ふ、二つ聞かせろ……”蟹甲楼(ここ)”の兵力は張り子じゃな?」


 切れ長の眼光を光らせて、春親(はるちか)は黒髪の美少女に問う。


 「…………現在(いま)は内外に喧伝した兵力の半分も存在していないわ」


 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)は悪びれも無くアッサリと答えた。


 「守勢に徹していたのはこれで得心がいくき……そうしちょったのでは無く、それしか出来んかったということかよ……」


 天都原(あまつはら)軍……いや、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の懐事情もそれほど余裕が在るわけでは無かった。


 いや、というよりも、そもそも天都原(あまつはら)国内に多くの政敵が存在する彼女には、総参謀長という肩書きを利用しても自由が利く兵力は実はそう多くなかった。


 「ふん、あの身勝手な”十剣”ちいい、人材難と兵力不足はどこも同じことか……」


 「……」


 男の掃いて捨てるような呟きを、少女の漆黒の瞳は無言で流す。


 ――ザッ!


 「二つ目……自分達、天都原(あまつはら)軍の独り勝ちだと思うちょるか?」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)は一転、凄むように睨み付けると……

 肩に担いだ”釣り竿”のような凶悪極まる刃を揺らせて一歩前に出る。


 「…………それはどうかしら?」


 「……」


 黒髪の美少女の前に再び白髪の老人が庇うように立ち、腰の剣に手を添える。


 「……なるほど、勝負はまだ着いとらん……その見解は共通ちいう訳か……なら」


 春親(はるちか)はその様子を先程までとは一転、愉しげに眺めながら……

 自身の隣に控えるスキンヘッドの男に目配せをする。


 「……」


 無言で頷いたスキンヘッドで無骨な男、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)は剣を自らの正中線に構え、ズイッと前に出た。


 「なら……予定通り、京極 陽子(きさん)を手込めにして逆転を狙う手もあるき……」


 「…………野蛮で無粋ね」


 黒髪の美少女は美しい眉間に影を落としながらも、比較的落ち着いた様子で立ち上がると……


 「……」


 そこからそっと半歩下がる。


 「……ククッ」


 しかし表面上は平静を装っている少女も、よく見ると堅く握られた両手は緊張気味に震えている様にも見え、それに目聡(めざと)く気づいた春親(はるちか)は口元を歪ませて笑う。


 「戦場では無粋な事の方が当たり前じゃ!」


 「……」


 少女の繊細な白い指で光る複数の……

 色取り取りの原石で彩られた古風な指輪。


 それが確かに小刻みに揺れていた。


 その珍しい指輪を見てか、それとも少女の虚勢を見抜いたからか……

 中性的な顔の男が口元は更にニヤリと不敵に捻じ上がっていた。


 戦略では相手が一枚も二枚も上手だった。

 戦術では一歩及ばず……


 だが、暴力はこの世の全てをねじ伏せる万能の理不尽!


 この司令室に踏み込めた事で伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)はその”万能”を手に入れたのだった。


 「戦場とはの……こういうもんじゃ、お嬢様よ!」


 春親(はるちか)の口元は益々歪み、既に準備万端……

 戦闘モード全開だった。


 「……」


 「……」


 「織浦(おりうら)ぁぁ!」


 「承知!」


 次の瞬間!


 春親(はるちか)のかけ声で黒髪の少女を庇う老騎士に一気に斬りかかるスキンヘッドの男!


 ギィィン!


 それを古風な片手剣で受け流しつつ、主君である暗黒の美姫を背中に護ろうと体勢を整える老騎士。


 「はっ!ぬっ!」


 ギィィン!


 ビュォ!


 ガシィィ!


 次々と繰り出される織浦(おりうら)の鋭い一撃は、受け手に廻る”老騎士”岩倉(いわくら)の剣を削ってゆく。


 「くっ!」


 「はっ!」


 織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)の強烈な一撃を受ける度、岩倉(いわくら)の膝はガクガクと震え……

 その都度、防御の反応が遅れゆく。


 ギィィン!


 「み、宮っ!お逃げ下さい!もう数撃ももちませぬ……」


 「っ!?」


 勿論、陽子(はるこ)もそれまで指をくわえて見ていたわけでは無い。


 老人の背後から脱出の機会を窺ってはいたが……


 織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)の神がかり的な剣撃と、その男の後方から目を光らせる春親(はるちか)の例の長剣……


 射程が恐ろしく長いあの”釣り竿”のせいでその隙が全く無いのだ。


 「……」


 それでも”ジリ貧”である事を理解している彼女は、一か八か華奢な身体(からだ)を一気に横に踊らせて背後のドアの方へ……


 シュバァァァ


 「っ!?」


 カコーーン!


 そこに必死に手を伸ばした少女の目前で……

 甲高い金属音を響かせてドアノブが床に転げ落ちていた。


 「逃げられるち思うとるんか……」


 ニヤリと口角を上げた春親(はるちか)が鞭のように撓る長剣を振り回して彼女の行く手を遮っていた。


 「……」


 陽子(はるこ)の伸ばした白い指先は直前で目的を失い、少しだけ虚しく宙を彷徨った後に再びギュッと握られる。


 「……」


 そして陽子(はるこ)は、なにかに想いを込めるように……

 右手と左手を彩る複数の指輪を胸元に合わせ、祈るように瞳を閉じる。


 「……なんち?そん変わった指輪が切り札にでもなるんかよ?……どげな色男の贈り物か知らんが俺の元で飼ってやるち、もっとマシなのを送っちゃる」


 ――!


 その言葉に暗黒の美姫は奈落の瞳を再び開く。


 「…………哀れだわ、支篤(しとく)の田舎者には指輪(これ)の価値は理解できないようね」


 いつも通りの毒舌……

 しかし今回の陽子(はるこ)の言葉には、珍しく、僅かではあるが明らかな怒気が籠もっていた。


 「そうかい……それはすまんのぉ」


 陽子(はるこ)の見下した言葉も気にも留めず、春親(はるちか)は剣を担いだまま無遠慮に近づく。


 「貴様(きさん)が、もうちぃとでも部下と敵に恵まれておればのう……相手が悪かったのぉ、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)ぉ……実際の戦は女子供の盤面遊戯(おあそび)のようにはいかんのじゃ」


 「っ!」


 陽子(はるこ)の眼前に手を伸ばす伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)……


 ギィィィーーン!


 だが、春親(はるちか)の担いだ長剣が背後から強引に弾かれ、体を入れ替えるように春親(はるちか)陽子(はるこ)の間に割り込む人影がひとつ!


 「き、貴様(きさん)っ!?」


 春親(はるちか)はその人物を睨んで叫ぶ!


 「陽子(はるこ)陽子(はるこ)って気安く呼んでんじゃねえよ、春親(はるちか)ぁぁ!」


 ギィィィーーーーン!


 間髪入れぬ二撃目に春親(はるちか)が大きく横に飛んだ。


 「……き……貴様(きさん)……臨海(りんかい)の……」


 そこには……


 既に抜刀して立つ、鈴原 最嘉(さいか)……


 つまり俺の姿があったのだった。


 第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」 後編 END

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