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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
独立編
41/336

第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」前編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」前編


 「……」


 華美では無いが造りの良い上品な木製椅子に腰掛け、大テーブルの上に置かれたクリスタル製の盤面を見つめる少女。


 腰まで届く降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な(あで)やかな(あか)い唇が見る者の目を引く。


 ――それは(まこと)に希なる美少女だった


 「……」


 闇黒(あんこく)色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを(まと)った美少女は、依然として沈黙したままで、ロイ・デ・シュヴァリエの盤面を見つめていた。


 ――うぅ……


 ――くぅぅ……


 整った気品のある容姿で、繊細な細工の施された芸術の域まで高められた最上級の遊戯(ゲーム)盤と対峙する深窓の令嬢。


 彼女の後ろには、腰に件を携えた品の良い老人が良く躾けられた執事のように控えていた。


 ――まるで絵画のような”一つの日常風景(ワンシーン)


 そこだけ切り取れば、此所(ここ)が殺伐とした戦艦の一室ということを忘却の彼方へと追いやってしまうほどの洗煉された空間。


 ――う……はぁはぁ……


 ――かっ……は……


 とはいうものの、先ほどから彼方此方(あちこち)で聞こえるうめき声……


 血に(まみ)れ転がり、赤い泡を吹いてぐったりする瀕死の兵士達数名の天都原(あまつはら)軍兵士が流血して倒れている場所は、その美しき暗黒姫の座する場所から数歩程度の距離であるのだが、彼女にとってそれらの事は気に留めるほどのことで無い些末事の様であった。


 「聞きしに勝る女ぜ……京極(きょうごく) 陽子(はるこ)


 血のベッタリと付着()いた、釣り竿(さなが)らの奇妙な長剣を担いだ男が呟いてから、一歩、また一歩と、入り口付近から彼女の居る中央付近へ足を運ぶ。


 ――ザッ、ザッ……


 そして言わずもがなだが、刀身の(あか)は転がっている天都原(あまつはら)兵士達から削ぎ取ったものだ。


 「こん状況で、顔色ひとつ変えんち……どがい女ぜ」


 血の滴る長剣をユラユラと揺らせて、男は次第に近づいて……


 金属製でありながら(しな)る”釣り竿”のような長剣。

 片肌を露出した奇妙な恰好、不敵に笑う中性的な容姿……


 破天荒が代名詞のような男の姓名は――


 西の島”支篤(しとく)”を支配する南阿(なんあ)国の王、伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)


 年の頃は二十代後半。

 少し小柄な体つきに足下には臑当(すねあて)を装着し、上着の左半分から露出させた肌は、男としては白く繊細に過ぎて、まるで年頃の女性のようだ。


 そしてその男の風変わりな風体の最たるものは、むき出しの肩の上に羽織った縦長の軍旗とそこに書かれた文字。


 ――”一領具足(いちりょうぐそく)


 誇らしく誇示された長物の軍旗は、支篤(しとく)を統一した南阿(なんあ)国の御印(みしるし)だった。



 「それ以上は近寄らないでくれるかしら」


 「!?」


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)が何歩か暗黒の美姫に近づいた時、美少女は初めて美しく整った(あか)い唇から言葉を紡いだのだった。


 「……命乞いか?なら聞いてやっても……」


 「生臭いのよ」


 「……」


 優雅で上品な深窓の令嬢が口にした(まこと)に雑な返答に静まりかえる室内。


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)は自身の女性の様な細い眉の間に影を落とした。


 この状況に怯える様子も無いどころか、まるで喧嘩を売るような態度の少女の物言いに春親(はるちか)は少々(いらだ)ち始めていた。


 「”血生臭い”のは当然じゃろう?ここは戦場ぜ……貴様(きさん)はその只中に()るのじ……」


 「”血生臭い”では無くて”生臭い”と言ったのよ、頭だけじゃ無くて耳も不自由なのかしら?」


 ――っ!

 ――!?


 決定打だ。


 この発言には流石にその場の全員が凍りついた。


 春親(はるちか)の連れてきた南阿(なんあ)兵士数人は勿論、表情少なめの見るからに無骨な武人、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)までもが思わず顔を引きつらせる。


 「……ぅ」


 「……」


 斬られて負傷している天都原(あまつはら)兵士達でさえ、空気を読まぬ主の言葉に、痛みに呻いていた声を詰まらせたほどだ。


 「……生臭い……なんち?……まさか俺のことか?」


 ――伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)は気に入らない


 「……」


 ――なにが?


 生臭いと言われたこと?勿論それもあるだろう。


 「それは俺の事かと聞いとるんぜよ……”紫梗宮(しきょうのみや)”いやさ、 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)ぉぉっ!!」


 春親(はるちか)から発せられた怒号は、雷雲の渦巻く轟天の如きだ!


 彼は支篤(しとく)の覇者!支篤(しとく)中の数ある武門が彼の名に恐れ(おのの)(かつ)ての南阿(なんあ)の風雲児!


 小柄で中性的な見た目であっても、その実は……

 しなやかな筋肉を臨戦態勢に緊張させた獰猛なる山林の覇者、野生の山猫そのものなのだ!


 「……」


 場から音は消え、空気の振動は音で無く殺気による刺激に変わる。


 露出した肌の箇所、毛穴という毛穴を極小の針でチクチクと突かれたような嫌な感覚だ。



 「京極(きょうごく) 陽子(はるこ)よぉ、聞いとるんぜ」


 そして、伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)が気に入らない真の理由……


 「……」


 事ここに及んでも、澄まし顔のまま盤面を見つめたままの美少女、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)が……


 本州屈指の大国が王族であろうが、その天都原(あまつはら)の総参謀長だろうが……


 この自分を……南阿(なんあ)の英雄たる伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)を……


 中性的な顔立ちの猛獣は、血の滴る長剣をグイと後ろに引いて構える。


 「……生臭い、具体的には魚臭いわ」


 少女は変わらぬ体勢のまま、相変わらず視線も合わせず可愛らしい唇を動かす。


 ――伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)は気に入らない


 「……」


 ――なにが?


 それは……終ぞ、この少女は春親(はるちか)を”一顧だにしない”という事だ!


 「はっはぁぁ!よう言うたきっ!」


 ビュォォーー!!


 全然笑っていない眼光で、大きく笑い声をあげた中性的な男は……

 釣り竿のような長さの得物を下げた後方から振り回して鋭い切っ先を遙か前方に投げるっ!!


 「……」


 この期に及んでも、テーブル上の盤面から視線を動かさない暗黒の美姫。


 そこに、およそ剣とは思えぬシルエットで大きく(しな)りながら、目標(ターゲット)の少女が白い首筋に吸い寄せられる血染めの刃!


 ガキィィン!


 「っ!?」


 少女のか細き白い首が……

 確かに弾け飛んだかと錯覚した瞬間だった……


 が、弾かれたのは”釣り竿”のような伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)の奇妙な長剣の方だった。


 「肝を冷やしますぞ……宮……あまり相手を軽んじるような言動は控えなされと常々からあれほど……」


 テーブル上の”盤面遊戯ロイ・デ・シュヴァリエ”を見つめたままの少女、その後ろに控えていた老人が、いつの間にか古風な片刃の剣を抜刀し、冷や汗をダラダラと流しながらそれを構えていた。


 「……」


 そして側近の老人の言葉も何処吹く風、寸分変わらぬ状態のまま澄まし顔で座る黒髪の美少女。


 「ちっ!……織浦(おりうら)


 伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)はその老人を改めて一瞥し、意外なほどアッサリと一歩下がった。


 「……」


 シャラン!


 変わって春親(はるちか)の指名で、背後に控えていたスキンヘッドの男、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)が抜刀しながら無言で主君の前に出る。


 「!……これは……これは」


 新たに自身の前に立ったスキンヘッドの人物を眺めた後、老人は再度、額の汗を拭う。


 「……」


 「……」


 お互いの実力を一目見て察したのだろう、老人とスキンヘッドの男が否が応でも緊迫する空気の中で正面から対峙する。


 ――

 ―


 「…………岩倉(いわくら)、遊んでいないで例の報告を……途中だったでしょう?」


 しかし、元はと言えば自身に責任のある状況であるにも拘わらず、場の空気を一切読まない態度で黒髪の美少女の言葉が割って入る。


 「っ!?」


 そして驚くことに老人は何とも無防備に、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)の殺気の眼前で剣を鞘に収めてしまった。


 「そうでしたな……ご報告が尻切れになり申し訳ありません、宮」


 そして、切っ先を向けられている事にはまるで興味が無いという様に、背後に座する黒髪美少女の方へ、(かかと)で横回転に九十度キュッと振り向いて廻り、折り目がついたような所作で今度は縦に九十度、白髪頭を下げた。


 「……」


 呆気にとられるスキンヘッドの男、織浦(おりうら) 一刀斎(いっとうさい)とその後ろの伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)南阿(なんあ)兵士達。


 当の黒髪の美少女は、その後は沈黙してロイ・デ・シュヴァリエの盤面を見つめたままである。


 「えーこほんっ、では、報告を継続させて頂きます」


 今にも命がしれない状況の中、伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)たち南阿(なんあ)兵を無視して普段通りに報告作業を続ける姿は、見る者には奇妙を通り越して(むし)ろ全く自然。


 最早それが本来の王宮風景と言わんばかりの堂々さだ。


 「数刻前に入りました報によりますと、支篤(しとく)北東部”羽山浦(わさうら)領”並びに北西部”奔中州(ほんなかす)領”二領が独立を宣言し、且つ我が天都原(あまつはら)に庇護を求めてきているそうです」


 ――!?

 ――っ!


 そして、老人の口からさらりと、とんでもない事実がこれ見よがしに告げられる。


 「なっ……なんち……?」


 「そう……大体予想通りね」


 絶句する伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)に対し、呟いた少女の器量の良い輪郭が角度を変え、ウェーブのかかった黒髪がサラサラと流れる。


 「随分と驚いている様子だけれど、伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)……あなたの国の現在の状況よ」


 泡を食った表情になった春親(はるちか)に向け、黒髪の美少女は初めて美しく整った顔と真面(まとも)な言葉を向けたのだった。


 「ーーーーーーーっ!」


 その時初めて伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)に向けられた暗黒の美姫の所持する漆黒の瞳。


 「な……なん……ち……」


 ――対峙する物を尽く虜にするのでは無いかと思わせる美しい眼差し……

 ――それは、恐ろしいまでに他人(ひと)を惹きつける……”奈落”の双瞳(ひとみ)だった


 ゾクリッ!


 そして伊馬狩(いまそかり) 春親(はるちか)は知った。


 ここに来て、初めて真面(まとも)に見た少女が……


 彼の波乱に満ちた半生の中でも、他のどのような存在とも比肩しうることさえ出来ない美貌が……


 恐ろしくも至福の奈落へと(いざな)うような暗黒の双瞳(ひとみ)に……


 ――ああ、これが無垢なる深淵……抗う気力さえ闇に溶けてしまう純粋なる闇……


 そうして、南阿(なんあ)の英雄が総身は明らかに震えたのだった。


 第三十話「無垢なる深淵と計算違い?」 前編 END

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