第三話 「最嘉と虜囚生活」 前編(改訂版)
第三話 「最嘉と虜囚生活」 前編
「識らないわ……鈴原 最嘉?」
捕虜の天幕を訪れた敵の女将軍は、開口一番に失礼な事をのたまった。
「…………?」
そして、腰までありそうな輝くプラチナブロンドをひとつの三つ編みにまとめて肩から垂らし、同色の大きめの瞳で俺を見下ろしている。
ーーこれが……”南阿”の……
島国”暁”は四つの大島からなる列島だ。
そのうち中央に存在する最も面積の大きい島”本州”、その中央南部を治める”暁”で最も歴史のある大国”天都原”と、その領土に侵攻した、西に浮かぶ島”支篤”を統一した”南阿”国の戦いが今回の戦であった。
「………………」
俺は両手を背中で拘束されたまま、地面に膝をついた状態でその少女を見上げていた。
白磁のような肌理の細かい白い肌。
白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
整った輪郭にはそれに応じる以上の美しい目鼻が配置されている。
白金の軽装鎧を身に纏った少女は紛れもない美少女だった。
ーー俺って結構、恵まれた容姿の女が周りにいる方だと思うけど……これほどの美少女は……さすがに……
ーーいやっ!?いたっ!!
俺は目の前の美少女を吟味しながら心中で自問自答していた。
ーーなるほど…… 京極 陽子だ!
思い当たる人物が俺の頭に浮かぶ。
俺が治める領国、臨海を含む小国群を纏める大国、天都原。
その王弟令嬢で、天都原の総参謀長閣下であらせられる京極 陽子姫。
ーー雰囲気はずいぶんと違うが……少女にして奇跡的なまでの美貌は同列かもしれない
それに……
特筆するべきはその双眸。
目の前のプラチナブロンドの美少女の瞳は、輝く銀河を再現したような白金の瞳……
それは幾万の星の大河の双瞳。
対して俺の知る 京極 陽子の双瞳は、底の無い常闇に誘う”奈落”の双瞳。
付け加えるなら、黒っぽい衣装を好む陽子に対して、目の前の少女は髪といい瞳といい、肌の色から鎧の色まで……白金……つまり輝く純白だ!
天都原の”無垢なる深淵”と南阿の”純白の連なる刃”……
ーーなんて対照的な二人なんだ!
シャラン!
ーーっ!?
「鈴原……さ……なんとか?」
純白の少女はその整った白金の眉を僅かに顰めて、膝立ちの俺の喉元に白刃を突きつけていた。
「…………ぅ」
煌めく白金の瞳に睨まれる俺……
両手を拘束され、無防備な喉に触れるか触れないかの位置で刃が鈍く光っている。
どうやら俺はあまりにも不躾に彼女を物色してしまっていたらしい。
「……ぅ……く…………し、識らないほどの雑魚にどうして会いに来たんだ?」
俺は自身の中で一度気持ちを切り替え、そのままの状態で視線だけを彼女の銀河に向けて尋ねる。
ちょっとだけ嫌みを加味した自虐的な内容で。
「……ん、と……今回の天都原軍別働隊?小国群連合軍?んと……」
当の美少女はというと、そんな嫌みには興味が無いのか、それとも全く気づかないのか、完全に無視した上で律儀に俺の質問に答えようとしていた。
「……いや、呼び方なんてどっちでもいい」
なんだか拍子抜けした俺。
純白の美少女はコクリと軽く頷くと、愛剣を鞘に収めてから続きを口にする。
「……そのナントカ軍の将軍級、”圧殺王”や”紅夜叉”の武勇は識ってるから」
ーーなるほど、住吉と弥代の”武勇”は識ってるって事か……で、俺の事は識らないと
ーーってか弥代、お前は住吉の異名を恥ずかしいと言ってたが、お前も大概だぞ……
俺はそんな事を考えながら目前の純白少女を睨んだ。
「俺の事は識らないんだろ?じゃあそっちに聞いたらどうだ?」
「……」
「……?」
確かに眩しいほど綺麗な少女ではあるが、どことなく感情の薄い人形のような顔。
そして、その彼女の白金の瞳は、戸惑いがちに俺を見つめていた。
「……鈴原自体は勿論識ってる、臨海の領主だから……でも、武人としては識らない……なのに?……えと……」
ーー武人としては識らない……
ーーほほぅ、なるほど、彼女の言わんとするところは……
つまり”鈴原 最嘉”は武人としてはたいした噂も聞かない雑魚って事だ。
「えと、なのに今回の戦、小国群連合軍を率いているのが”日限の圧殺王”でも無く”宮郷の紅夜叉”でも無い……”臨海”の只の鈴原が率いているのが理解できない」
「……失礼な質問だな」
ーーあと、”只の”は余計だ!
続ける純白少女に、俺は素直な感想を述べた。
とはいっても表面上は特に不快な顔も言い方もしていないつもりだ。
彼女の戸惑いはきっと理解できない事への居心地の悪さだろう。
言い換えれば、大した興味も持たない雑魚の武人であるはずの俺の事が、それゆえに気に掛かる……興味が無い故の興味……いや、ややこしいな。
だが居心地の悪さの直接的な理由は簡単だ。
小国群の各代表同士、同じ立場で、武勇の誉れ高い二人を差し置いて俺のような無名の雑魚が何故?という事だ。
現在の俺が殆ど無名なのは……十五歳の時に戦場の表舞台から名を消したのには理由がある。
というか戦場には常に身を置いていたのだけど……な。
「…………」
目前の純白少女は相変わらず感情の乏しい瞳で俺を見つめているが、一見動じないその銀河の奥に、実は微かな揺らぎがあることを俺は識っていた。
ーー今、気づいたんじゃない……実は識っていたんだ
「……鈴原 さ……なんとか?、なぜ貴方は投降したの?なぜ残りの二人は貴方に従ったの?」
「…………」
ーー若干失礼だが、尤もな質問だ
血気盛んで識られる”圧殺王”こと熊谷 住吉や”紅夜叉”宮郷 弥代が、投降なんていう受け入れがたい方針を受け入れる……
それを無名の俺が指示したとなれば疑問も当然だろう。
「鈴原……さい……き?」
ーー俺の名を”やり直し”みたいに呼ぶなっ!
「鈴原 最嘉だ、”純白の連なる刃”……俺の名前は覚えておいた方が良いぞ」
俺はいい加減覚えて欲しいとばかりに大見得を切ってみる。
「…………」
縛られたままのくせにヤケに余裕で偉そう……そんな俺を目の前にして、彼女の疑問と居心地の悪さは最高潮だろう。
ーーそうだ、この辺が頃合いだ
追い打ちとばかりに、俺はニヤリと決め顔で笑って見せた。
「……そう……なの?」
戸惑いがちに尋ねる純白の美少女。
「ああ、そうだ!お前も戦場に身を置く者なら後々それが役に立つ!」
「じゃあ覚えておく……」
「……」
敵のお嬢様は意外と素直だった。
「お、おぅ、た、頼んだぞ……」
「うん」
そして、そう答えた純白い美少女は、心持ちスッキリした表情だった。
ーーな、中々に可愛い顔をするじゃないか……
美少女の可愛らしい表情でなんだか満たされた俺は、満足して頷い……
「でも貴方は明日処刑だけど」
……頷けるわけがあるかぁぁっっ!!
第三話 「最嘉と虜囚生活」 前編 END