第二十六話「最嘉と二つの戦場」 後編(改訂版)
第二十六話「最嘉と二つの戦場」 後編
「しょっ将軍!我が艦隊が後方から何者かの攻撃を受けておりますっ!」
南阿軍による”蟹甲楼”総攻撃の口火が切られてから数時間余。
鉄壁の防御を誇る鋼鉄の要塞を攻めあぐねる南阿軍は、苦戦する前線に対し、後方の予備兵力を逐次投入していった。
そして、待機する後方予備艦艇が最初の半数ほどになった時、その異変は起きた。
「なに!後方に回り込まれたのか?第四、第六艦隊は何をしていたのだ!」
「いえ、違います!我が軍の左右を迂回されたわけではありません!後方から突如所属不明の艦隊が現れたのです!」
「……所属不明……だと?」
「所属不明艦艇の数はおよそ三十から四十、我が第九艦隊の最後列部隊が只今交戦中であります!」
そこまで聞いたところで、第九艦隊司令官の男の表情が僅かに綻んだ。
「三十……たったそれっぽっちの艦艇で我が南阿の無敵艦隊に挑むつもりか……ふん、片腹痛いわ!おおよそ天都原の伏兵だろうが、我が第九艦隊で包囲殲滅するぞ!」
「はっ!」
虚を突かれたものの、司令官に焦る様子は無い。
南阿軍は一艦隊でおおよそ五十から百隻の軍艦から構成されていた。
そして南阿は海上戦に絶対の自信を誇る海洋国家。
数の上でも質の上でも圧倒的に優位な南阿軍、第九艦隊司令官は、だからこそ慌てる事無く冷静に対処できたのだ。
ヒュゥゥーーーーーー
「ん?……なんだ、この……」
ーーーーーーーーーーズドォォォォンッ!!
「っ!?」
「なっ!」
その瞬間、報告のあった所属不明艦から撃ち出された”なにか”が……
南阿軍の戦艦の一つに命中し、それは見る間に炎上する!
「なっなんだとっ!?」
第九艦隊司令官はその光景を目の当たりにして絶句した。
南阿の軍艦は、全て”鉄鋼艦”といわれる金属で覆われた装甲戦艦だ。
それは攻撃を受けたときの強度もさることながら、海上で最も警戒すべき”火攻め”を防ぐために有効な構造の戦艦でもあった。
それが……自慢の装甲戦艦が、いとも容易く炎上沈没していく……
「たった……たった一撃で……我が装甲戦艦が……だと……」
驚愕で目を見開いたままの第九艦隊司令官。
「……あれは……もしや……”ミサイル”?……まさかそんなっ!」
「!」
「!」
誰かがボソリと呟いた言葉に静まりかえる艦内。
「ミ、ミサイルだと?……ありえん……この戦国世界ではあり得ん技術だ……」
近代国家世界と戦国世界が入れ替わるこの世界ではあるが、各々の世界に存在せぬ技術は実現不可能というのが常識であった。
そこに暮らす人間の知識は共有しているとはいっても、近代国家世界での科学技術は戦国世界ではどうやっても確立しない。
それがこの世界で暮らす誰もが知る不変の常識だった。
「何故だ……なぜ”あんなモノ”を奴らは持っているのだ……」
第九艦隊は予想も出来ない既知の脅威に一気に浮き足立っていた。
ヒュゥゥーーーーーー
ーーーーーーーーーーズドォォォォンッ!!
「め、命中!沈みますっ!」
「くっ!」
そうこうしている間にも、その隣の鑑が同様に炎上して沈没していく。
「しょ、将軍っ!」
「こ、後退だ……あれでは太刀打ちできぬ……」
「……り、了解致しました」
こうして南阿軍第九艦隊は、自部隊の一部を切り捨てた。
所属不明の艦隊に包囲される味方艦艇を、数に勝る自軍で救援すること無く、我先にとそこから離脱していく。
「どうだ?敵の援軍は」
「はい、敵、第九艦隊の旗艦とその部隊は離脱して行きます、従属する部隊もそれに続く模様!」
「……よし、邪魔が入らぬうちに孤立した部隊を総攻撃、降伏に至らしめる」
そして時に慎重に、時に大胆に、戦況を見て取る宗三 壱の指示で、臨海軍はより積極的に作戦を実践していく。
結果、孤立したとは言え、数の上でまだ勝っている南阿軍であったが、旗艦に見捨てられた部隊は士気も低く、新兵器を恐れる事も相まって続続と降伏していった。
「壱様、この周辺は粗方制圧致しました!」
「うむ……次は第七艦隊だ、”魔法のタネ”が露呈する前に一部隊でも多く潰すぞ、工作部隊の艦に作業を急がせろ!」
「はっ!」
宗三 壱が採った……いや鈴原 最嘉が仕込んだ策はこうであった。
天都原軍と南阿軍の戦が中盤に差し掛かり、混乱が極まった頃、南阿陣営後方の予備兵力が愈々前線に駆り出されて総数が半減したところで、臨海軍は作戦を決行。
残った南阿の予備兵力部隊を一部隊ずつ各個撃破していく作戦だが、一部隊だけでも臨海より数に勝り、海上の戦は南阿に一日の長がある。
これに勝るためには、先ず、臨海が敵の一部に攻撃を仕掛けている間に残った南阿の軍勢に取り囲まれないようにする必要がある。
――その為の心理戦
近代国家世界側で”ミサイル”という近代兵器の概念を識る我々は、この戦国世界でそれが実現不可能だという事を頭では理解してはいても、実際に目の前でその光景らしきモノを見てしまうと途端に人はそれを百パーセント否定できなくなる。
常に命のやり取りをする戦場では特に危険に敏感になっている事もあり、この心理的錯覚は実に有効であった。
現実には、勿論そんな兵器が戦国世界で造れるはずも無い。
実際にはスマートフォン一つを例にとっても無理なのだから……
兎にも角にも臨海軍は、あらかじめ南阿の戦艦に偽装した艦を幾つか用意し、更にその内部に細工を施した。
――そして頃合いを見て派手に沈める……
つまり相手にそれを見せつけて、”これはミサイル攻撃に違いない!”と思い込ませる。
そういう風に敵を怯ませている隙に、救援の来ない、敵中でなく”味方中孤立”という、なんとも奇妙な現象をおこした、切り分けられた敵小部隊を各個撃破していくのだ。
――どんなに相手が大軍でも戦い様はある
――軍百万にして百万精鋭全てが同時に、限りある戦場で、存分に武を振るえる訳では無いのだ
と、鈴原 最嘉は今回の作戦説明時に、腹心、宗三 壱に言った。
「流石だ……最嘉様の言はいつも間違いが無い」
宗光 壱は作戦指示の最中にも改めて主君に敬服する。
後は……見捨てられ、士気の下がりに下がった敵を次々と降伏させて行くだけ。
そして今度は、拿捕した敵艦艇の一部を使って工作部隊に同様の細工をさせる。
……事が露呈するまではこれの繰り返しだった。
――
―
「炎上した味方艦を確保できたのか?」
混乱甚だしい南阿軍の中にあって、只独り落ち着きを保つ男がいた。
その人物は、痩せて見栄えのしない体格で、横に細長い目は開いているかも怪しい。
だが、其処から時折覗く鋭い視線は、ギラついた刃物のように鋭い。
「はい……長谷部様の推測通り、精巧な偽物でした」
事の異変にいち早く気づき、裏付調査を指示していた南阿軍の艦隊指揮官は結果に頷く。
「小賢しい事を……それに敵は”臨海軍”だとは……」
南阿軍、第十二艦隊司令官兼作戦総参謀……長谷部 利一。
南阿軍にあって切れ者で識られる男は、”総大将補佐、有馬 道己”、”剣豪、”織浦 一刀斎”と並んで、伊馬狩 春親の元、南阿の”三英傑”と賞される人物だ。
「直ちに残った温存兵力を纏めて、所属不……臨海軍を叩くぞ!」
南阿軍作戦総参謀、長谷部 利一は苦々しい顔のまま、そう命を下したのであった。
――
―
「それで戦果は?」
俺は天南海峡の海上という、新たなる戦場に到着していた。
そして天都原軍と南阿軍が対戦する戦場から少し離れたこの海上で、先の奇襲戦に参戦した自軍将兵を一通りねぎらった後、この方面の総司令である宗三 壱に尋ねたのだ。
「はい、南阿軍予備兵力のうち、第九、第七艦隊を壊滅、あとは第五艦隊のおよそ半数を……」
――先ず先ずだ。先ず先ずの戦果といえるだろう
「以後、敵第十二艦隊が此方の動きに気づいたような節がありましたので、”戦場”を撤収致しました」
頷く俺に壱は説明を続ける。
「味方の被害は戦艦”七”に工作船”十二”、死亡者百二十二人、負傷者二百二十三人、沈めた敵戦艦数”九十五”、拿捕した戦艦は”五十四”、捕虜にした南阿兵は二千七百六十三人です」
南阿軍の艦隊総数は約千八百隻、総兵力はおよそ八万八千。
――敵兵力のおよそ一割近くに損害を与えたのか……上出来だ
また、敵が此方の策に気づいた気配を察知し、直ぐさま撤退した手腕も流石、宗三 壱と言える。
普通は一方的に勝っている状況、それも大軍相手に……なんて状態だと調子に乗って撤退の判断を誤りがちだが……
常時冷静さを保てる壱だからこそといえる好判断だ。
「ああ、ご苦労だった壱、」
宗三 壱は俺に頭を下げ、一連の奇襲戦報告を終了する。
「最嘉様の方は随分と早々に決着がついたようですが、天都原軍の補給部隊は……」
「ああ、ほぼ全て捕らえた、被害も軽微だ」
”ほぅ”と壱が感心する。
「ついでに言うと”おまけ”の方も問題なくあっさりと手に入ったよ、今は併せて真琴に委ねて俺だけ此方に駆けつけたって訳だ」
「さすが最嘉様です、抜け目がありませんね」
そして、壱は笑みを浮かべる。
「では……天都原補給部隊の物資を無傷で入手しただけでなく、”護芳”の地も……」
確認する壱に俺は頷いた。
「ああ、傘下に降った。以降は略”臨海”のものだ」
壱も満足そうに頷く。
俺はそんな壱に笑い返すと少し冗談めかした口調で言ったのだ。
「まぁな、ちょっとばかり”護芳”の方が大きかったけどなぁ」
と……
第二十六話「最嘉と二つの戦場」 後編 END




