第二十五話「最嘉と唯一の感覚」 前編(改訂版)
第二十五話「最嘉と唯一の感覚」 前編
「先ず第一に、この度の日乃領で起こった一連の戦……臨海はどういった理由で行い、今後どう対処するつもりなのか?それを、天都原、総参謀長閣下で在らせられる、紫梗宮 京極 陽子姫殿下から臨海王、鈴原 最嘉へ問わせて頂く」
宮郷 弥代は謁見の間に入るや否や、姿勢を正して彼女のキャラに無い厳粛な使者となった。
「それは、もし天都原に対して謀反の兆し在れば、俺を断罪するのも辞さないということか?」
俺は謁見の間の一段高い玉座にて、その使者に対峙する。
「貴殿を粛清するか否かは私の知るところでは無い、それも全て紫梗宮 京極 陽子姫殿下のお心の中の事ひとつ……さあ、事の如何をお聞かせ願いたい!」
「勝手なことをっ!我が主を卑怯にも暗殺せしめようと企んでおいてその言いぐさ!紫梗宮とはどれほど傲慢で無知蒙昧な人物なのかっ!」
俺の横に控えていた真琴が会話に割り込んだ。
こういう場では比較的理性的に振る舞える彼女には珍しい態度だが、つい先ほどの事を踏まえればそれも納得できる。
「誅せるのならそうしろと命をうけた……わ、でも、死なない様なら申し開きを聞くだけの価値はあるでしょう、とも」
「このっ!」
「真琴っ!」
――!
思わず腰の短剣に手をやる真琴を制する俺。
だが、真琴が激昂するのも無理は無いだろう……相手はそういう言い方だ。
「……」
納得いかないままでも、主たる俺の一言で渋々と引き下がる真琴。
「……ふっ」
対して俺は……”陽子らしい”と笑いが漏れ、何故だか心は懐かしい匂いを感じていた。
「冗談で無くて本気で殺せと命令を受けた……それでもサイカくんは?」
おかしな事だが、暗殺の張本人たる弥代がそれを聞いてくる。
「そういう女だったからなぁ、陽子は」
「……」
俺の応えに呆れたのだろうか?
弥代は妖艶な朱い口元を少し緩めてから、腰に吊した深紅の弓に手を掛ける。
――っ!
今度は真琴だけでは無い、弥代の後ろで警戒していた雪白も腰の剣に手を添える。
「大丈夫だ……この期に及んでそれは無い」
だが俺はそう確信していた。
そして俺の言葉に、真琴と雪白の二人は警戒しつつも動作を一旦止め、弥代はそのままゆっくりと今し方の行為を続ける。
「……」
深紅の弓を左手で握って、自身の前面に水平に掲げ……
チャッ!
右手で抜いた短剣をその弦に当てる。
俺を含めた三人分の視線に注目された”気怠げ女”の所作は意外なほど淀みない。
――プッ!
目一杯まで張り詰められた糸……
そこに切り目をつけられ、ヴァン!ヴァン!と、空気を振動させて各々の方向に弾け飛び、そのままダラリと力なく垂れ下がる紅弓の弦。
「これで信用して貰えるかしら……現在はその気は無いわ」
もう暗殺の意志は無いと、敵中で唯一とも言える武器を捨ててそれを証明する女戦士。
「……」
俺は黙ってその女……見知った偉丈夫……偉丈婦?を見ていた。
「どうかしら……それとも全部脱ぎましょうか?」
応えない俺に、彼女は気怠げな垂れ目を悪戯っぽく細め、妖艶な朱い口端を上げる。
「……」
「……そう?」
それでも変わらず沈黙する俺に、女は呟くと、ゆっくりと黒マントの前をはだけて上着の胸に手を添える……
「……」
俺は黙ったまま不貞不貞しい女を……
「って、そこは否定して下さい、最嘉さまっ!」
結果的に、慌てて真琴が割って入っていた。
「いや……そうだな…………なんとなく?」
「……」
「……」
若干残念そうにそう返事してしまった俺を、しらけた視線で見るショートカットと白金の少女二人。
――うっ……不味った……つい欲望……いや好奇心がな……はは……は
「と、とにかくだ!……臨海は天都原と敵対する意図は無い!」
俺はその場の空気を誤魔化すように、不貞不貞しくも妖艶な使者にそう宣言する。
「では、日乃を返還すると?」
俺の答えを聞いて弥代も使者モードに戻ったようだ。
「いや、そのつもりは無い」
「……日乃を奪い取っておきながら、敵対する意思はないと?」
「俺が奪い取ったのは南阿からだ」
「?」
俺の言い分を理解出来ない使者に続ける。
「俺は南阿の白閃隊により奪い取られた日乃を再び奪い取ったにすぎない、俺が正当に手に入れた以上、日乃は俺の所領だ」
一度敵国に奪われ、敵領土になったからには、そこから改めて奪ったのだから正統に臨海の領地。
たとえそれが一日でも二日でも、一度、南阿の領土となり今は臨海の領土となった。
俺の理屈はこうだった。
「現在の臨海軍には、その南阿の侵略者”白閃隊”も組み込まれているようだけど?」
的確にツッコむ気怠げ女。
「説得して引き抜いたんだよ、な?な?」
あくまでしらばっくれる俺。
「…………」
俺の目配せに、弥代の後ろにいる雪白がコクリと頷いていた。
「彼女は……南阿の?」
俺から自身の後ろで警戒する白金の姫騎士に視線を移して女は心当たりを確認する。
「あぁ、白閃隊の”純白の連なる刃”だ」
「……」
弥代は成る程と、雪白を見ながら頷き、一応納得いったという体を見せる。
「あの剣技……確かに噂以上だわ」
実際にあんな剣技を目の当たりにしては、雪白が本物か疑う余地も無いだろう。
「弥代、お前は日乃を取り返してこいと言われたのか?ちがうだろ?……そろそろ本題に入ったらどうだ、紫梗宮はお前に何をしてこいと言ったんだ?」
紫梗宮……京極 陽子のことだ……俺の言い分など承知の上だろう。
――なら、この使者は……弥代の本命は……
「……そうね、最嘉の元カノ……えっと京極 陽子姫殿下は、臨海との今後の連携について話したいと仰せだったわ」
――くっ、この弥代!態と言い間違いやがって……
「元カノっ!……彼女……」
「…………むぅぅ」
”元カノ”のところで、謁見の間の空気が明らかに嫌な意味で張り詰めるのが解った。
しかし、真琴はともかく、雪白にこんなにプレッシャーをかけられるいわれは無いはずだが……
もしかして”敵の大将となに仲良くしてるの!”みたいな感じだろうか?
「わ、解った、で条件は?」
そんなことを感じ、内心焦りながらも俺は交渉を続ける。
「此度の対南阿戦での支援かしら」
「具体的には?」
「南阿の部隊が”蟹甲楼”に総攻撃を仕掛けた際、臨海軍は日乃から敵軍の後方攪乱、出来るのならいくつかの部隊の壊滅を……」
「……」
玉座に座ったままの俺は、少しだけ思案するように右手をそっと顎に沿わせる。
――ふ……む……
―
「……」
我が臨海で俺が最も信頼を寄せる一人、腹心たる鈴原 真琴。
「……」
実際は南阿の白閃隊将軍であり、伊馬狩 春親との先の約定が履行されるのかどうかを見極めるため、臨海に残り俺を監視している久鷹 雪白。
全く違う立場の二人が緊張気味に見守る中、俺は決断を下す。
「了承した!対価は期待して良いんだろうな」
「……」
「……」
その言葉を沈黙で見守る二人。
雪白は瞬間、美しい”白い銀河”を僅かばかり見開いたが、その後直ぐに変わらぬ表情に戻り、何事も無かったかのように佇んでいる。
臣下たる真琴はともかく、実際は南阿軍の雪白が自国を裏切るかの如き約束をする俺を静かに見送ったのは……意外と言えば意外だった。
「……本当に、そう報告して良いのね?……サイカくん……」
臨海陣営の鈴原 真琴。
実際は南阿陣営の久鷹 雪白。
そして天都原陣営の宮郷 弥代。
この面子の中で、話を持ってきた弥代が一番驚いている様子なのがある意味笑える。
「無論……で、対価は?」
俺はそういう感想を抱きつつも内に抑え、交渉の醍醐味……つまり報酬の話題に取りかかる。
「日乃の石高に匹敵する金子もしくは物資……壊滅させた部隊数に応じて更にその兵数と同じだけの銀を……あとは結果如何で特別報酬も……」
――弥代の回答は、予め陽子から用意されていたものだろう
「破格だな……よし、問題ない」
俺は立ち上がって交渉成立と、握手のために右手を……
「……」
差し出そうとしたが、結局そのまま後ろに下げた。
一瞬だけ視界に入った雪白の姿がそうさせたのかもしれない。
――とはいっても雪白はきっとそんなこと、特別意識なんてしていないだろうがなぁ
俺は代わりにその手を上げて弥代にオーケーだと示していた。
第二十五話「最嘉と唯一の感覚」 前編 END




