第二十四話「最嘉と紅の射手」(改訂版)
第二十四話「最嘉と紅の射手」
「南阿の軍は続続と小幅轟島周辺の海域に集結しつつある様ですが……ほんとうにあの”蟹甲楼”なんて凶悪な要塞を正面から陥落せるのですか?」
報告を兼ねて俺の部屋を訪れたショートカットの少女は、紅茶にひと口、口をつけてから俺に問いかけてきた。
「そうだな……あれは立地条件といい要塞の構造といい、解りやすいくらいの難攻不落物件だな」
テーブルを挟んで向かい合った俺と真琴は、そんな風に雑談を交わす。
堂上城の俺の部屋、時間は既に夜の十一時をまわっていた。
忙しい仕事の合間の小休止……
とはいっても、俺と真琴ではいつもこんな感じで仕事のような話になってしまうのだが……
「臨海軍も支援攻撃を行う訳ですが、やはり小幅轟島周辺には近寄らない方が無難ですね、あくまで私達が請け負ったのは天都原軍の補給を断つ事ですから」
ニッコリと微笑んで紅茶を飲む少女は、中々にくせ者だ。
さすが俺の腹心、俺の考えは大体把握してくれている。
「ああ、契約条件はそれだけ、それ以上の仕事は受けていない」
「……」
頷く俺をなんだか嬉しそうに見つめる真琴。
「どうかしたか?真琴」
「いえ、なんだか昔のようだと……少し感慨にふけっていました」
昔……
ああそうか、俺達は元々そうだったな。
臨海領の鈴原は、代々傭兵家業で領土の生計を立ててきた。
様々な国から依頼を受け、それを熟して代価としての金品を受け取る……
祖父の代で天都原という大国に組み込まれた後は暫くそう言うことは無くなったが、俺が領主を継ぐ前後は、盟主国の天都原に隠れて”ちょくちょく”小遣い稼ぎに精を出したものだ。
「俺も色々と小賢しいことをしたものだったな……真琴には苦労の賭け通しだ」
真琴はフフッと笑う。
「でも、そのおかげで臨海は実際の領土以上の豊かさを手に入れましたし、だからこそ今日の臨海があります、最嘉さま以外にそれは成せなかったことです」
「……まぁ、今回も上手く立ち回るさ」
「はい……もちろん、最嘉さまを信じています……ですが、南阿の”蟹甲楼”攻略はどうでしょうか?あの国がどうなろうと関係ありませんが、臨海にとばっちりが来るのは頂けませんし、なにせあの要塞は……」
真琴が必要以上に警戒するのも無理は無い。
それほどにあの要塞は不用意に手を出すべき代物ではないからだ。
「そうだな…………けど、陽はやってのけたんだったな……」
――!
無意識に零れてしまった俺の言葉に、真琴の視線が一転して鋭くなる。
「あれは最嘉さま達を囮に……相変わらず卑劣な女です……」
――不味った……
つい無防備に心の内を零してしまったけど……
京極 陽子の事は真琴の前では禁句だ。ましてや親しげに”陽”なんて呼ぶのは以ての外だった。
「お、おう……そうだな……えっと」
俺が言葉に詰まった時だった。
――コンコンッ
「食器をお下げしに参りましたが、宜しかったでしょうか?」
ドアの外から女性の声が聞こえる。
ナイスだ俺!
あらかじめこの時間に片付けに来て貰うよう頼んでおいたのだった。
「ああ、お願いします、七山さん」
ドアが静かに開き、ペコリと頭を下げて若い女性の給仕さんが入ってくる。
彼女の名は、七山 奈々子。
もともと那知城の給仕長だったのだが、中々に優秀なので我々臨海軍本隊に同行して堂上城まで来てもらった。
「……」
「……」
てきぱきと、見る間にテーブル上を片付けていく彼女。
俺と真琴が先ほどまでの話題を忘れ、思わず見入ってしまうほどの手際の良さだ。
「では、私はこれで」
何となく彼女を見ていた俺達にお辞儀をして去って行く七山 奈々子……
「日乃で一番の逸材だな」
俺は真琴に断言する。
「はい……草加 勘重郎よりも断然使えます」
そして、意味は同じだが、失礼な言い方をする真琴であった。
――
―
それから小一時間。
真琴が部屋を出た後も俺は少しだけ、残った雑務を熟していた。
「……もうこんな時間か、さすがにそろそろ寝るか」
伊馬狩 春親のせいで仕事が殺人的に増えた……くそ、ほんと迷惑な奴だったな……
ふと確認した時計の針は、既に日付が変わってから四分の一ほど進んでいた。
「……ふぅ」
着替えて、灯りを消し……ベッドに潜る。
――明日は早朝から出兵する軍の編成を……あふぅ……
――それか……ら……
――
―
――すたっ……
「……」
――チャ!
―
「…………格闘訓練は明日にしてくれないか?疲れているんだよ」
布団の中から面倒くさげに俺は言った。
「……」
駄目か?仕方ないな……じゃ
ばふっ!
勢いよく身体に掛けてあったシーツを捲って枕元の相手に被せる!
そして俺は、その間にベッドから飛び降りて後方に数歩……
バシュッ!
「っ!」
刹那、頬を通り抜ける一筋のなにか!?
――あつい……な
直後、熱を帯びた俺の頬には、一筋の鮮血が滴っていた。
「投擲武器……ナイフか?……いや、これは」
「……」
数メートル離れた場所で黒マントを頭から深く被った人物は、すぅっと弓を構える。
「……」
――見覚え在るような、紅い弓……
俺は素手の拳を堅く握って身体を低く構え、向けられた闇に鈍く光る矢尻を睨んでいた。
凄腕だ……これは死んでいたな……
「……」
すぅーー
息を思い切り吸い込む。
「助けてぇーー雪ちぁぁーーんっ!!」
「っ!」
恥も外聞も無い、いきなり叫んで助けを呼ぶ男を前に、黒マントの刺客は一瞬たじろいだが直ぐに紅の凶器を引き絞っていた。
ぎぎぃぃ!
引き絞られる弦、撓る紅の弓……
――シュバッ!
そして矢は放たれる!
この間合い!そもそも、今更助けなど間に合うはずが無いのだ……
キィン!
「っ!」
しかし、刺客の予想に反して真っ二つになって転がる矢。
――ヒュオォン!
「っ!」
間を置かず距離を詰め、射手をなぎ払う白刃の軌跡!
バッ!バッ!
――シュタ!
刺客は、薄暗い部屋で黒マントの裾を靡かせながら後方宙返りを二度ほど。
距離を取って再び対峙して……
シュバッ!
シュバッ!
ほぼ同時に放たれたかと錯覚するほどの矢の連射を披露する!
キィ!――キィィン!
しかしそれは相手の方が一枚上手であった。
ほぼ同時に放たれた矢は、対象の首と太ももを精密に捉えていた。
凄腕の射手が二人いるとしか思えないほどの連射で、上下に撃ち分けて敵の回避を不可能にする絶技!
だがそれを、”ほぼ”どころか一振りとしか思えない軌跡で斬り落とす、神がかり的な剣技……
「……」
「……」
そうして、弓士と剣士は再び対峙した。
――ほんと、凄腕の刺客だ……これは死んでいたなぁ
先程の攻防を目の当たりにして俺はつくづく思う。
――あらかじめ用意万端、備えていなかったらな
俺は対峙する二人の剣士の方、敵を前に俺に背中を向けてかばうように剣を構えた少女に声をかけた。
「雪白、助かったよ……けど、もういいぞ、奴もこれ以上は無意味だと理解しているだろうし」
そうして雪白越しに、未だ紅い弓を構えたままの黒マントに右手を挙げた。
「久しぶりだなぁ弥代、暗殺者ごっこはもういいだろ?」
「……」
黒マントは未だ弓を構えたままだ。
「さいか……」
緊張感が収まらない中、確認するように雪白が目配せをしてくる。
「大丈夫だ……」
俺はそうとだけ応えると、雪白の前に出た。
「さいっ!」
「!?」
驚く剣士と弓士……
「未だ”荊軻”気取りか?……弥代、だったらこっちもお前に要求するのは二つだ……降伏か死か」
「…………ふぅ」
黒マントは少し間を置いてから小さく息を吐き出した。
「……」
そして構えた弓を下ろし、顔を覆っていたマントのフードを取る。
「死というのは勘弁願えるかしら、サイカくん……降伏もしないけど」
気怠そうに髪をかき上げ、緊張感無く勝手なことをほざく見知った女。
「敵国の君主暗殺未遂は斬首の上、さらし首か磔の刑と相場は決まっているが?」
俺は凄んでその台詞を言ってはいない。
しかし、それがまるっきり冗談というわけでは無い事は、戦国に生きる戦士、宮郷領主代理たる宮郷 弥代ならば理解しているだろう。
「……」
「……そうか」
その後はまた、黙ったままの弥代。
俺は軽く後ろの雪白に目配せした。
――コクリ
頷いた白金の姫騎士は、抜き身のままの剣を構えて一歩前に……
「紫梗宮 京極 陽子……彼女から最嘉への使者として来たわ」
唐突に弥代が発したその言葉に俺は……
「……」
無言を返す。
「……さいか?」
だが、雪白はその名を聞いて行動を躊躇したようだ。
剣を構え佇んだまま、不安そうに俺の方を伺っている。
「…………はぁ」
俺は肺の中の空気を、先ほどまでの緊張感とその名に対する鬱積した想いと一緒に一気にはき出した。
「わかった……話は聞こう……」
――紫梗宮 京極 陽子……
大国天都原の王弟、京極 隆章の第三子であり、若干十七歳にして天都原国軍総司令部参謀長を勤める才女で、大国天都原にあって王位継承第六位の王族だ。
そしてその才女は、ちょっとした俺の昔馴染みでも……ある。
――
―
夜中、謁見の間へと移動するガウン姿の俺と、軽装鎧姿の雪白、そして黒いマント姿の弥代……
「そうそう、恋人からの話にはちゃんと耳を傾けるのが良い男の条件よ」
「……ぅ!」
黙ってついてくれば良いものを、余計な一言を零す毎日気怠げ女”。
「……」
「……」
――って!?しかもそこから後は黙るんかいっ!
俺は最後尾から注がれる純白い美少女の微妙な視線に晒されて歩く。
「…………」
――まあな……雪白とは言い訳するような間柄で無し、ここで何かコメントするのもおかしい……よな?
「サイカくんの方から声をかけて、それで付き合っちゃおうか?って感じで、結構ラブラブだったって……」
「ってぇ!なに在ること無いことベラベラ喋ってんだぁっ!ゴルラァァ!!」
本当に余計な一言を零す毎日気怠げ女”。
「在ること……あること……」
雪白が後ろで念仏のように呟いていた。
「うっ……いや、在ること無いこと……デスヨ……」
俺は何故か弱々しく訂正する。
「……でも、あるんだね」
純白い美少女はいつも通りの無表情で、いつも通りで無い殺気を放ちつつ俺を見ていた。
――うう……なんだって言うんだ……いったい!?……この状況は
「や、弥代、お前は天都原の使者かもしれんが、今のところ話の内容次第では、捕虜的な立場にもなり得るんだぞ……だから少しは私語を控え……」
「…………」
「……う」
――って、やっぱり、そこからは黙るんかいっ!
くそっ!俺の周りの女は、見てくれだけで中身がおかしな奴らばかりなのか?
「……」
涼しい顔で、無言で歩く宮郷 弥代……
――いいだろう!ならこっちも粛粛と事務的に、あくまで冷徹に処理するまでだ!
覚悟しろよ弥代、徹底的に絞り上げてやる!
その後、しばらく歩いて謁見の間の前まで到達すると、そこには黒髪ショートカットの少女が待っていた。
「あっ、最嘉さま、既に報告は受けています。謁見の間の用意も出来ておりますので」
そう言って俺を迎えた少女の身なりは、既に一度就寝していたとは思えない、きちんと正した身なりだった。
相変わらず性格が出ているな真琴は……
ガウン姿とスリッパ履きで城内をペタペタ歩き回る男とは大違いだ。
「……では、こちらへ」
俺の後ろで雪白に監視されるように歩いてきた弥代をひと睨みした真琴は入室を促す。
――よーし!見てろよ弥代め、存分に話をしてやろうじゃ無いか!
「じゃあ入れよ」
気合い十分の俺は、後ろの毎日気怠げ女を睨んで促す。
「サイカくん、いくら久しぶりの恋人からの伝言だからって、そんなにせっかちにならずに落ち着いた方が良いとおもうわ」
「っ!」
「こい……びと……」
白金姫の厳しい瞳が俺に向き、ショートカット少女の大きめな瞳が不機嫌に細められる。
「だぁーかぁーらぁー!なんでいらんことを言うっ!この女はぁっ!」
俺は思わず叫んでいた。
――いや……叫ぶだろ……もう……うわぁぁーんっ!!
「……最嘉さま」
真琴の鋭い視線の先は……今は俺だ。
「在ること……あること……」
雪白がボソボソと呟く。
――か、勘弁してくれ……弥代……俺が悪かった
俺はもうただ……降参だという顔で弥代を見ていたのだった。
「サイカくんの方から声をかけて、それで付き合っちゃおうか?って感じで、結構ラブラブだったって……」
「ってぇぇっ!そこは喋るんかいっ!ってかループしてるぞっ!意味不明にっ!!」
――宮郷 弥代は容赦が無かった
「最嘉さま……とりあえず謁見の間へ、それから……」
真琴が俺を見る。
雪白も……
「存分に話をしましょうっ!!」
真琴と雪白の顔は必要以上に気合いが入っていた!
何故か俺の方へ向けて……
「……」
そして当の弥代は……
もう関係ないという顔で、髪を指でクルクルと……
「最嘉さま!」
涙目でぼぅっと立ち尽くす俺を促す真琴。
「……そうだな……存分に……」
そして俺は項垂れて部屋に入ったのだった。
第二十四話「最嘉と紅の射手」END




