第二十三話「最嘉と南阿の風雲児」 後編(再改訂版)
第二十三話「最嘉と南阿の風雲児」後編
”臨海王よ、”男女”は二度と口にするな。命の保証は出来んき”
”なら金輪際、雪白を”人形”と呼ぶな、それが先だ”
ブチ切れた警告にブチ切れた条件を返す鈴原 最嘉……
――大人げない……いや、命知らずだな
春親が南阿の王という立場を良いことに雪白に”ちょっかい”を出したという過去の事実が、これほど頭にくるなんてな……
俺自身、全くの予想外だった。
「……」
「……」
本日何度目になるのか?
俺と春親は睨み合う。
「あぁ、はいはい、わかった、わかった。ほんに大したタマじゃ、臨海王、鈴原 最嘉」
殺気の宿った視線を向けていたかと思うと、一転して投げやりに手を払って面倒臭そうにそう吐き捨てる男。
だが、しかし、その表情は意外にも不機嫌というだけではなさそうだった。
「じゃち、俺らは帰るとするか。有馬、織浦」
そして、これもまた意外なほどアッサリと交渉の終わりを宣言する男。
――ったく、食えない男だ。”南阿王、伊馬狩 春親”
「帰りも漁船か?」
此奴らの交通手段など特に興味も無いが、そう聞く俺。
――そう、今さっき確かに交渉は成った
南阿は曾て自国が誇る虎の子の要塞であった蟹甲楼、現在それを占拠する天都原を攻めて、我が臨海は南方の日乃から天都原の補給経路を断つことでそれを支援する。
その仕事に対して臨海が求める見返りは金品だ。
それなりの額を前払いで請求する。
――その”契約”さえ守られるのなら他の些末ごとは興味が無い
「心配いらん。鈴原よ、南阿は海の国で小舟は慣れちゅうきに」
「そうか」
そう、興味ない。
だから、誰が心配なんぞするかっ!と内心考えながらも……
――しかし、民家は包囲されているはずだが……
――抜け道でもあるのか?
そう言った疑問も感じながら、改めて足下の愛剣を拾い上げる俺。
「あぁ、そうだ。一応、言っとくがな、伊馬狩 春親……」
刀を腰に戻し、俺は続ける。
「俺は”あの状況”でも、どうにか出来るつもりで啖呵を切ったんだよ」
そして、そういう自身の体裁も整えるのを忘れない。
――
二人の部下と供になにやら民家の裏側に去ろうとしていた春親の背中がピタリと止まって……
「ふん、口の減らんガキぜ」
去り際、一度だけ振り向いた女のような容姿の、”南阿の英雄”伊馬狩 春親の表情は……どこか愉しそうでもあったのだった。
――
危なくも騒がしい輩たちが去った後。
「……」
ガランとした民家の中で所在なさげに佇む美少女が独り。
「う……む」
――色々と面倒事を置いて行きやがって……
俺はその美少女と二人きりで居心地の悪い空気の中、暫し佇んでいた。
「……」
春親は恐らく俺の監視のために雪白を置いていったのだろうが……
奴がこうして実践して見せたように、抑も数人程度なら海を越えてこの日乃へ潜入も可能だろう。
だがそれが数十人、いや、白閃隊の様な軍隊なら当然ながら不可能である。
だから南阿は前回の戦で取り残された白閃隊を見捨てたわけで……
「……」
――しかし今回も雪白と白閃隊は敵地に置き去りか?
――この状況で?
臨海と日乃の領主たる俺に間者であった事が発覚した状況で……
「…………」
雪白は言葉も無く下を向いて佇んだままだ。
「……はぁ」
多分……俺は試されているのだろう。
契約を守るか、雪白と白閃隊を処分してそれを反故にするのか……
――伊馬狩 春親めっ!
「ああ……面白くないな」
「っ!?」
俺は声に出していた。
そしてその途端、ガラに無く沈んだ表情で佇んでいた白金姫はビクリと顔を上げる。
「……ちっ」
――他人を試すのは大好きだが、試されるのは面白くない!!
――いや、我が儘と言われようが、そんなものだろう?
「…………」
俺が急に声を出したからだろう、雪白は輝く白金の銀河を少し大きめに見開いて此方を伺っていた。
「……」
「っ!」
そして俺と目が合うと、慌てて視線を逸らす雪白。
「……はぁ」
――そりゃ、居辛いか?
というか、俺と二人の時は結構……
――感情豊かな時があるよなぁ?
それは先ほどの、伊馬狩 春親の前での久鷹 雪白と比べてみれば一目瞭然だった。
――ううん、一目瞭然だが……
それは自意識過剰……なのか?
とはいっても、こういうふうに罪悪感を感じると言うことは決して人形じゃない。
感性が鈍いわけでも、況してや人として感情が欠落していることなんてないはずだ。
短い期間だが彼女を見てきた俺にはそれが断言できる!
――なら……
「明日は近代国家世界側だな」
「……」
意を決して俺は声をかけてみたが、白金姫は相変わらず俯いたままだった。
――だめか、ならば……
「そういえば雪白、以前にクレープ食べたことないって言っていたな?」
食物で釣ってみる。
「?」
雪白は白金の髪を揺らして顔を向ける。
「クレープだよ、クレープ。甘くてふわふわの女子に超人気!!」
「…………さい……か?」
少しばかり戯けてみせる俺に美少女は恐る恐るだが瞳を交えて言葉を発する。
――よしよし、上出来だ!
「なんだ?行きたくないのか?奢ってやるぞ、雪ちゃん」
さらに誘惑を続ける俺。
「さい……か……わたし……だって……わたしは……」
こっちを見るには見たが……
戸惑い度が限界な雪白。
「……」
俺は真顔になって彼女を見た。
「……さ……さい……」
――俺には自信がある
そう、視線さえ交わせば……
正面から向き合えさえすれば……
俺と雪白はきっと共鳴し合える部分があるはずだ。
根拠がないと言えばそうだが、それでも俺は初対面の時のように……
何故か雪白に対してはそう言った確信があった。
「まぁな、色々あるさ。お互いにな……だが、取りあえず俺は雪白は大切だし、以前に言ったことも全く変わっていない」
「っ!?」
――彼女は思いだしただろうか?
”今後、雪白が困ったときも、たぶんお前に対しても、その”きもちわるい”事をするつもりだぞ?俺は……”
そう宣言した、あの時の俺の言葉を……
「…………」
雪白の美しい双眸は煌めいたまま俺を見詰めていた。
「自分の意思と反するとしても、嫌なことでも……な、取りあえずはお互いの立場でしなきゃいけない事があるだろう?今のところはそれを熟せばいい。で、その後どうすれば良いか考えれば良いんだ、時間はあるしな」
「…………」
俺は続ける。
説得とか懐柔なんて交渉術や話術ではなく。
それは、ただの本心。
計略や奇策、謀略に塗れた鈴原 最嘉が……
いつの間にかそれを必要としなくなってしまった久鷹 雪白という相手への本心。
「あぁ、勘違いするなよ?明日のクレープは俺の意思と反するとか嫌なことじゃないからな」
少し硬い表情であった彼女に俺は冗談めいた言葉を付け足して笑う。
「う……うん……うん、わかってる……よ」
そこで初めて、俺はちゃんとした雪白の声を聞くことが出来た。
「じゃ、行くだろ?」
――心が跳ねる……なんでだ?
俺は俺の識る雪白に戻りつつある、目前の少女に手を差し伸べるが……
「わたしは……でも、やっぱり……さいかに謝罪を……わたしはさいかに……」
「いらないな」
期待していない答えに俺は首を振った。
「で、でも!」
――ほんと困ったちゃんだ
普段は散々に自己中な行動するクセに、こういう時に限って変な真面目さを発揮しやがって!
「じゃあな、その代わりに……そうだな」
俺は譲歩することにする。
雪白が飽くまで贖罪を求めるならば、俺は本来、望まぬ”それ”にも応じよう。
――ただし……
「明日はとびきり可愛い恰好で来てくれ」
「ぇ?」
俺は少しばかり企んだ。
「めちゃ可愛い格好だぞ!お前が持ってる服の中で一番……無いのなら俺が買ってやるぞ!ただしその場合は俺の趣味だ!この鈴原 最嘉の考える彼女にして欲しいデートファッションランキング上位を侮ると後悔するだろうがなぁ!?」
「あ……あぅ……その……さいか?」
――驚いた表情
――うむ、非常に愛らしい
誰にも人形なんて言わせるかよ!
俺はそんな少女を前に満足げに頷いていた。
「そうだなぁ、ヒラヒラのフリフリで、キラキラしたのってのはどうだ?」
「な、なにを……」
照れて白い肌を真っ赤に染める雪白。
――ほら、全然人形なんかじゃないだろ?やっぱ、見る目が無いな春親
「近隣諸国に恐れられる”純白の連なる刃”がそんな恰好って、ある意味で罰ゲームだろ?どうだ?それとも以前の勝負の続きで一枚脱ぐっていう選択肢も……」
気分の良い俺はトコトン調子に乗る。
「というか、俺的には後者の条件がおすすめだ!」
「……うん……さいかがそれで……いい……なら」
少しはにかんで小さく答える少女。
「マジでっ!!じゃ、早速、一枚服を!」
「”可愛い服”の方だよ?」
「…………」
俺は落ち込んだ。
ガックリと肩を落とし、これ以上無いくらいの落胆を背中で語る。
「?」
そんな俺を不思議そうに見上げて来る、輝く銀河を再現したような白金の瞳……
――それは幾万の星の大河の双瞳
目の前のプラチナブロンドの美少女は未だ遠慮がちながらも……
それでも今は俺から視線を逸らすことはなくなっていた。
――そうだな……これでいい、今はこれで上出来だ
「でも……さいか、ほんとに良いの?あの……」
そんな彼女に残った最後の罪悪感の一欠片に俺は笑って右手の小指を差し出す。
「”大切なもの”は守る主義なんだ、俺は」
そんな俺に雪白も微笑んで、そっと小指を差し出したのだった。
第二十三話「最嘉と南阿の風雲児」後編 END




