第二十二話「最嘉と背中の刃」(改訂版)
第二十二話「最嘉と背中の刃」
――須佐海岸近くの民家が何者かに占拠されている……
その報告を聞いたのは、俺が予てからの懸案事項であった、覧津視察で覧津城近郊の須佐海岸に差し掛かったときだった。
「なにも最嘉様がいらっしゃらなくても……」
同行の部下がそう言ってくるが、俺は首を横に振った。
「直ぐそこだろう?なら報告を待つより見に行った方が早い」
「……では、護衛を二十人ほど用意致しますので暫し……」
「いや、賊は三人で、先行して包囲した覧津の兵もいるんだろ?なら護衛は要らない」
俺はそう言うが早いか、馬を飛ばして目的地に向かっていた。
ダダダッダダダッ……
そして俺の横で、ごく自然な事のように隣に馬をつけて走るのは……
「……」
白金の髪を風に煌めかせ、それと同色の瞳が特徴的な美少女。
「雪白、お前も行くのか?」
――コクリ
併走しながらの俺の問いかけに頷く少女。
覧津城視察に向かっていたのは俺と今回補充した臨海兵五百。
それと、現在、隣で馬を駆る南阿の”純白の連なる刃”こと久鷹 雪白だ。
腹心の宗三 壱は週明け早々に臨海領の九郎江に向かわせた。
そして入れ替わりに同じく腹心の鈴原 真琴をこの日乃領都にある堂上城に入らせた。
日乃領をほぼ平定した臨海にとって、やはり日乃領内の最重要拠点である堂上をしっかりと押さえておく必要があるからだ。
無事、堂上城に入った真琴と那知城を出て合流した俺は、予定通りそこを真琴に任せて、俺自身は真琴の率いてきた臨海軍三千のうち五百をもって覧津城に向かう。
で、覧津に入った早々にこの事態という訳だが……
「……」
那知の方が面白そうだと言っていたくせに今度は覧津について来るなんて……
――ほんと行動原理が謎だな
俺は隣で颯爽と風を切る、純白い美少女の端正な横顔を眺めながら考える。
まぁ、覧津での反乱の兆し云々は那知城主、草加 勘重郎の指揮の下で対応が上手く運んでいるようだし……
その勘重郎が言う”なんと言うことの無い件”である、須佐海岸付近での南阿漁船の漂着もこれで片がつけば良いが……
俺はこの時、この剣を、流れ着いた漁船の行方不明になっていた輩が追い詰められて民家を占拠したという小事だと踏んでいた。
この後、これがとんでもない事態を招く事になるのだが……
正直、俺はこの時は、完全に油断をしていたのだった。
――
―
「有馬、どうぜ、鈴原は来そうか?」
小さい漁村の浅茅が宿にて――
水瓶の上にどっかりと腰を下ろした行儀の悪い男が問いかける。
「どうでしょうな……織浦、どうだ見えるか?」
それを受けて、整った髭を蓄えた風格ある壮年の男が、壁際に張り付いた人物にそのまま質問内容を回した。
「……いや、今のところは見えんな」
所々、隙間の空いた民家の板張り壁から、鋭い視線を覗かせながら外を見張るスキンヘッドで無骨そうな男が……そう最終的には答えていた。
「ちっ、面白も無い……」
最初に話題を振った、水瓶の上に行儀悪く片膝を立てた男は、舌打ちを交えた不満を零しながら宙に上げた足の裏同士をパンパンと打ち鳴らす。
「そもそも一国の領主たる者が、このような小事に自ら乗り込むとは思えぬが……」
板張り壁からギョロリと鋭い視線を外に向けたまま、スキンヘッドの男は呟く。
「織浦はこう申しておりますよ、春親様。このような些末事にさも楽しげに首を突っ込んで、頼まれもしないのに騒ぎをどんどん大きくするような酔狂者は春親様ぐらいだと……」
「ふん、織浦はそこまで言っちょらん、じゃがな、有馬……俺は予感がするんぜ……なんかの……面白げな気配のな……」
整った髭を蓄えた風格ある男の言葉に、水瓶の上の男は不機嫌に鼻を鳴らす。
瓶の上に座り、他の二人の男を従えた一風変わった男。
この行儀が成っていない男は、年の頃は二十代後半。
男としては小柄な身体に、足下には臑当てを装着し、上着の左半分から肩をもろ出しにした一風変わった男で、露出した肌は男としては白く繊細に過ぎ、まるで年頃の女性のような白さと滑らかさだった。
華奢ながらに”しなやか”な体つきは、見る者達に決して貧弱な印象は与えず、寧ろ獰猛な野生の山猫を彷彿させる。
そして風変わりなこの男の最たるものは、剥き出しの肩の上に大きく文字が書かれた縦長の軍旗を羽織っているという出で立ち。
――”一領具足”
そう書かれた長物の軍旗は、支篤を統一した南阿国の御印だった。
「まぁいいぜ、鈴原が来ん場合は、外の兵隊相手に一暴れして鬱憤を晴らすだけじゃ」
長めの髪を後ろで括って無造作に垂らし、細く上がった眉と赤みの強い薄い唇。
スッと通った鼻筋の……春親と呼ばれた男は、女の如き容姿で愉しげに笑う。
「春親様、我らは敵国内で手勢はたったの三人なのですよ、いつもの無茶は勘弁願いたい」
瓶の上に座る春親という男の言葉に、整った髭を蓄えた風格ある壮年の男……有馬と呼ばれた男は、そう主君を諫めながらも口元にはどこか余裕が残っている。
「それは”鈴原”しだいじゃろ、のう?織浦」
「……」
冗談めかし、そう言う春親に応えるように、スキンヘッドで無骨な風貌の男、織浦は無言で頷いた後、腰に差した刀の柄に手を添えていた。
――
―
「この民家に立て籠もっているのか?」
現場に到着した俺は、早々に小さい一軒家を遠巻きに取り囲んでいた覧津の兵に尋ねた。
「はい、既に三時間ほどが経ちますが、未だ投降はして来ません」
須佐海岸近くの小さな一軒家、恐らくは漁民の所有物だろうが、そこに賊が……
「……」
遠巻きに包囲網を形成して囲む覧津兵は三十人ほど……
俺は周りの状況を見渡してから再度尋ねた。
「踏み込めないのか?賊は三人だと聞いたが」
「も、申し訳ありません、二度ほど突入を試みたのですが……その……手強い輩が一人……」
咎められると思ったのか、びくびくとしながら答える覧津兵士。
「……」
なるほど、あの中の賊は中々に腕が立つらしい。
三人が三人共そうなのか、それとも今聞いたように一人が特別なのか、どちらにしても……
「只今、覧津城に応援を要請致しておりますので、暫しお待ちを!」
だが、俺は兵士の言葉を最後まで聞かずに民家の方へ踏み出していた。
「す、鈴原様!?鈴原さ……」
慌てる兵士を顧みて、俺は右手を上げて軽く制する。
「ちょっと様子を見に行くだけだ」
「いや、しかしっ!危険です!君主様をそのような危険な所に行かせたとあっては……」
青い顔で俺に縋り懇願する兵士……
「…………雪白、お前も来るか?」
俺は少々面倒だと、態とその名を出す。
「雪白?……ま、まさか、白閃隊の久鷹 雪白……様……ですか?……な、南阿の”純白の連なる刃”と呼ばれる……」
効果は覿面!取り縋っていた兵士の手は容易に離れる。
そして、その兵士は雪白の方を見ると数歩後ろにたじろいで下がっていた。
――無理も無いか……覧津城攻防戦は熾烈を極めたらしいからな……
「現在は味方だ。覧津を守る為に居る。どうだ、護衛としてはこれ以上ないだろう?」
俺は少々兵士に気の毒な事をしたと思ったが、今更なので、そのまま無理矢理納得させて民家に向かう。
一歩、一歩、砂を踏みしめ、目的の民家へ……
「?」
とそこで俺は気づいた。
「おい、雪白……来ないのか?」
「……」
ここまで普通に付き纏って来た白金姫は、何故か”ぼぅっ”と立ったまま。
――おかしいな、いつもなら呼んでも無いのに付き纏う雪白が?
「……あ、うん」
雪白は少し遅れて返事を返すと俺に続く。
ざっざっ……
改めて、二人で目的の民家に向かうが……
――おかしい……どうも……様子が……
若干の違和感を感じながらも、民家の前まで辿り着いた俺は、扉ごしに中へ声をかけ――
「臨海領主の鈴原 最嘉だな?」
――ようとした矢先、古びた板の扉越しに籠もった声が響く。
「……」
俺は無言だった。
嫌な予感がする……いや、コレは既に確信だ。
――っ!?
しかし……俺の”嫌な予感”は遅すぎたようだった……
「……ちっ」
「周りの部下に問題ない旨を伝えた後、余計な事は一切せずに中に入れ」
「……」
板の扉越しから発せられる指示に俺は……従うしか無くなっていた。
「問題ない!中の者達と少し込み入った話がしたいから、お前らは暫くは動くなっ!」
指示通り、俺は大声で命令すると、なにやら訳が解らないと言う顔をする兵士達を遠巻きに置いたまま……
ガラッ……
俺は引き戸を開けて中に入っていったのだった。
―
――暗いな……
明るい外から締め切った室内に入った俺は、薄暗闇に目が慣れるまで少しかかる。
「……」
徐々に馴れる視界……
そして俺は狭い室内の周りを見渡す。
目の前には……
右斜め前に、整った髭を蓄えた風格ある壮年の男。
左斜め後ろに、スキンヘッドで愛想悪そうな男。
そして正面……
一番奥まった所で、土間に置かれた水瓶の上にドッカリと立て膝で腰を降ろす……
行儀の悪い女?
いや、小柄だが……男だ。
「よう来たぜよ、臨海の詐欺師」
そう言ってニヤリと意地悪そうに上げた口は赤味のある薄い唇だった。
「……南阿の……誰だ?」
俺の質問に、女顔の男は再びゆっくりと笑った。
「なかなか従順じゃったの、臨海領主よ、ええ心懸けじゃ」
「……よく言う……なっ!」
俺はそう応えると同時に……
ババッ!
勢いよく振り返ると背中に当てられていた”刃物”を払いのけ――
ビュオン!
「ちっ!」
――られなかった……
実はこの民家の前に立った時から、ずっと俺の背中に当てられていた短刀は……
包囲する兵士達から死角になる様に宛がわれていた刃は……
俺の手刀をヒラリと躱し、そのまま振り向いた俺の喉元に突きつけられたのだ。
「くっ!」
鋭い切っ先が鈍く光りながら俺の咽へ向けられ、俺の顎は圧迫で上方へ向く。
「…………」
そして……
そして……その刃の持ち主は黙ってまま……
初めて会った時の鉄面皮で……俺に対峙するのは……
――久鷹 雪白
「ははぁっ!無駄じゃ無駄!その人形に刃を突きつけられ、どうにかなる訳ないじゃろ」
ケラケラと笑いながら、女のような男は水瓶の横に立てかけてあった、長い竿の様な物を掴む。
――シュォォン!
まんま、釣りのようなストロークで、しかしオーバースローでは無くサイドスローでその長物を振り回す男女!
「くっ!」
そして長物は首筋に向けられていた雪白の短剣に置き替わる形で俺の喉元に突きつけられた。
「……」
短剣をそっと仕舞い、半歩下がる少女。
俺の首筋には男女の鋭い切っ先が光っている。
――長いな……奴からは二メートル近く離れているはず……そこから届く……刃?
釣り竿のような長物は、どうやら刀であった。
竿のように長く、竿のように撓る刃……
「雪っ!」
俺の首筋に新たに刃をあてがった男女は、俺の傍にいる雪白を一喝する!
「……」
ガチャリ!
俺の腰の剣が地面に落ちた。
無言で、無表情で……俺の腰の剣を外した雪白は、再び元居た位置に控える。
「ふん!」
その様子を確認し、鼻を鳴らす釣り師さながらなポーズの男女。
「さあて、話し合おうぜ!臨海領主……大事な話じゃ」
正面の男女から長物の刃を突きつけられ、左右にも帯剣した男が二人……
そして背後には、久鷹 雪白……南阿の”純白の連なる刃”だ。
割と解りやすい”絶体絶命”状態と言える。
「話し合いは吝かじゃ無いが……先ずは名乗れ、さもないと……」
「……さもないと?」
情けない格好ながらそう言う俺に、笑みを浮かべたまま俺を値踏みする男女。
「さもないと、お前を”釣り師”と呼ぶぞ」
「っ!!……くっ……くっ、くはははっ……ひゃははははぁ!」
「……」
瓶の上で片手に釣り竿擬きの長刀を握り、腹を抱える男女。
「ひゃ、はは……なんだそりゃ?臨海領主、貴様えらい余裕じゃのぉ、たいしたタマぜ!」
――面倒くさい状況になってしまった……
俺は自身の軽率な行動にそう後悔しながらも、諦めて先を促すしかない。
――そして俺の要望に応えないコイツは俺の好きに呼ぶ……
「じゃあ話を続けろよ、南阿の釣吉三……」
「春親じゃ!」
――っ!?
「支篤を平らげた南阿の伊馬狩 春親!……支篤の蓋とでも名乗れば識っておるかよ?」
――伊馬狩 春親……だと?
――その名は無論識っている……しかしそれは……
支篤の小領主”南阿”から支篤を十年で統一した南阿……いや、支篤の英雄。
南阿の君主、伊馬狩 春親。
その中性的な容姿から、若い頃は姫武者と揶揄されてきたが、斯くしてその本質は一言で言うなら……繊細にして大胆不敵!
変わり者のうつけ者だと誹られても偉業を成した正真正銘、南阿の風雲児だ。
「ようやく俺が誰か理解したようじゃの……臨海の詐欺師」
「支篤の風雲児が俺に何の用だ?」
――南阿の主が日乃領の只中に?
俺は疑心暗鬼のままだが、話は続けられる。
「げにまこと、おかしな事を聞くのう?臨海領主。戦国の世で”王が王に会う理由”は二つじゃろう?」
――変わり者の男女……
自称、伊馬狩 春親は……相変わらず、あからさまに俺を試すように眺めながら話す。
「従うか、従わせるか……か」
答えた俺の言葉に伊馬狩 春親は満足そうに笑った。
「流石話が早いの、春親じゃ、以後見知り置けいっ!」
第二十二話「最嘉と背中の刃」END




