第十八話「最嘉と三つの懸案」 後編(改訂版)
第十八話「最嘉と三つの懸案」 後編
「覧津に行かれるので?」
思案する俺を見て、勘重郎は顎髭を摩りながらニヤリと笑った。
――食えない男だ。
「反乱の可能性がある以上捨て置けないだろう、そのついでにそれは片付ける」
「ふむ、なるほど……流石、最嘉様は完璧主義者であられる」
「……」
大げさに俺を持ち上げる?顎髭男。
「では、最嘉様の完璧主義に私如きが貢献できるのか解りませぬが、この非才の身からひとつ進言をば……」
草加 勘重郎は訝しげな顔をする俺を気にすること無く、更に言葉を用意する。
――ああ、そうか……なるほどね
計算高い男、草加 勘重郎……ここまでの観察からこの男の考えそうな策は……
「……覧津の不満を他に転嫁するのか?」
もったいぶった顎髭男の進言の前に俺は答えた。
「これは!……ふぅむ、少々驚きました」
勘重郎は今度は本当に驚いたようだが、しかしそれも計算の内と言わんばかりにニヤケ面で顎髭を摩る。
「卑怯だの姑息だのと評する輩が居りますが最嘉様はお若い割にその辺の妙をよくご存じだ」
「……」
――俺だって同じだ……なるべくならそう言うことはしたくない
――でもな、これは戦なんだよっ……
「さしあたり、罪を被って貰うのは立場的にも知名度的にも……亀成 弾正……か」
俺は心情とは別に勘重郎の策に乗る。
「ふむ、ご名答!付け加えるならば、覧津以外の不満も全て被って頂きましょう」
俺の推測に、顎髭男は愉しそうに笑った。
――よく言うな、弾正は、ほんの数日前までは勘重郎の直属の上司だろうに……
「……」
俺は呆れながらも頷く。
確かにこの手の不平不満を手っ取り早く片付けるには、前任者である前日乃領主に責任の一切を被って貰うのが一番手っ取り早い。
前領主が悪逆の限りを尽くしていたから生活が悪かった、経済が治安が悪かった、ひいては世の中が悪かった、だから今度の新しい支配者は悪を葬って自分たちの領国をより良い国にしてくれる。
そう吹聴するのが一番効果的だ。
俺にしても、戦後処理の利用を考えて、亀成 弾正を生かして捉えたという面もあるのだから……
「そう渋い顔をされますな、新たなる主よ……ふむ、こうは考えられますまいか?」
勘重郎は、もうお約束となった顎髭を摩る動作を行いながら此方の正当性を作製する。
「弾正は実際の所、あまり良い領主では無かった。極悪人とまでいくほど胆力はありませなんでしたが、汚職、賄賂、不当搾取、果ては領内の娘などを誘拐紛いに連れ帰り、側女にするなど……まあ、やりたい放題であったのは事実であります」
それは俺も壱から聞いている……事前に調べた情報だ。
「そんな輩を新たな日乃の主たる鈴原 最嘉様が裁き、この地により良い政治をもたらす。結果的この日乃領が住民にとって良き国となるのなら弾正とて最後には役に立ったと、罪滅ぼしの一端も担えて本望でしょう」
嬉嬉として語る顎髭男には、上司であった亀成 弾正に対して色々と思うところがあったのだろう……
「……ほんとによく言うな、俺が弾正と変わらない暗君なら同じように切って捨てるのだろう?」
呆れ気味の俺の言葉に、勘重郎は何とも言えない苦笑いを返す。
「ふむ、それは……現在臣下たる私めには何とも言えませんな……ただ、領民にとって国主は……心がけしだいかと」
ああ……そうだ、ここの価値観だけは、この顎髭男と完全に一致する。
「ああ、心がけよう……」
俺の言葉に頭を下げた草加 勘重郎は、気持ち満足そうに退室していく。
ーー
ー
そして、入れ替わりに宗三 壱が入って来た。
「最嘉様、お呼びと聞きましたが」
兎に角、明日は”近代国家世界”だ。基本的な情報収集は楽になる。
木曜時点の臨海の状況も知ることが出来る……真琴のことも……
「ああ、世界が再びこっちに切り替わる早々に俺は覧津に行く、お前は臨海へ行ってくれ」
そんなことを考えながら、俺はそう言って次週に向け、壱に準備を促すのだった。
ーー
ー日付が変わり世界が変わる金曜日
チュンチュン……
――鳥の……さえずり……
「……」
――ここは私の……部屋?
私は少しぼうっとする頭で、ベッドの上から周りを見回した。
同じ……
先週、臨海高校の屋上で最嘉さまとお話した……
その後世界が戦国世界側に切り替わる前の日曜の夜、決意をして就寝した時と……
同じ場所、同じ風景。
私がそうしている間にも、カーテンの間から朝日が差し込む薄暗い部屋には小鳥のさえずりとカチコチという未だ用を成していない目覚まし時計の一定のリズムが響いていた。
――随分と早く目が覚めたみたい……
「……んっ」
小さく背伸びをしてから。
――いつもはもっと寝起きが良い方なのだけど……
私はいまいちハッキリしない頭を軽く振ってベッドから立ち上がった。
「っ!」
途端に左の肩口に痛みが走る。
――そうだった……斬られたんだ……あの……男に……
当たり前の事を今更思い出す私。
戦国世界と近代国家世界、そこに住む人と、その人の記憶と経験のみが共有される別々の世界。
向こうでの死は此方でも死になる。
向こうでの負傷も、勿論此方に引き継がれる……
「……」
私はパジャマのボタンを二つほど開放して、傷ついた肩口を確認する。
――大した傷じゃ無かった
肩当ての上から掠っただけだったから……
九郎江で手当も済ませたし。
勿論、戦国世界で済ませた手当、包帯などは近代国家世界では無くなってしまっている。
でも治療自体は済んでいるから改めてこっちで簡単な処理をすれば良いし、何より傷が浅かったのもあって、痕は残らなさそうだ……
「……」
痕が残らない……
その事に私は少し安堵していた。
戦場に立つ一人の戦士として、そんな軽微なことを気にするのは滑稽だけど……
それでも私は……
私は、最嘉さまに……傷の残る私を見られたく無い……
――って!
あぁ、何を考えているのかしら!私って……見られる?……っ!!
独りの部屋で独り自分の肩を見ながら赤くなる私……
「……ふぅ」
やはり戦国世界での疲れが出たのかも知れない。
正直少しハードだったから……
カーテンを閉めているから部屋は未だ薄暗がりの中だ。
「……ぁ」
ふと視線を移動すると、薄暗がりの中、机の上でチカチカと点滅するスマートフォンの光が見えた。
――着信?メール?こんな早朝に……
私はそこに移動して、それを手に取った。
「……っ!」
薄暗い部屋の中、浮かび上がるスマートフォンの画面に並ぶ……
幾つもの着信履歴と……未読メールの数々。
幾つも……幾つも……五分おきに……全部で数十件……
「…………」
私は何だか……そう、なんだか可笑しくて口元が緩んでしまっていた。
「ふふ……ストーカーみたいだ…………最嘉さま……」
近代国家世界側に切り替わったばかりの朝。
まだカーテンも開けていない薄暗い自室の中で……
「……ふふ」
それを抱きしめ、へたり込んでしまった私の頬にはポロポロ涙が零れて……
暫くの間は返信も出来ないのだった。
第十八話「最嘉と三つの懸案」 後編 END




