第十八話「最嘉と三つの懸案」 前編(改訂版)
第十八話「最嘉と三つの懸案」 前編
「日乃領内の殆どは鈴原 最嘉様……おっと、南阿の”純白の連なる刃”に降る模様です」
那知にて、城主、草加 勘重郎が現状報告をする。
「そうか……さすが計算高いと言われる男、段取りが良いな」
俺の言葉に、不揃いに生えた顎髭を摩りながら壮年の男はニヤリと笑った。
戦で歯が立たなかった時のために、あらかじめ自身の影響の及ぶ範囲には、新たな支配者に帰順することもある旨を伝えてあったのだろう……強かな男だ。
だが、確かに強かではあるし、信頼という面では気を抜けないが、貴重な人材でもある。
戦は武力一辺倒と言うわけには行かないからだ。
「それで……現在、把握している懸案が三件ばかりあるのですが……」
――なんだかわざとらしい言い方だな……
「今の報告とは別に三件なのか?」
俺は眉を顰めながら聞いた。
「そうですな、取りあえず”あまり芳しくない件”と”かなり不味そうな件”、最後に”なんと言うことの無い件”ですが……ふむ、どれから報告致しましょうか?」
「……」
なるほど、手際よく済ませた仕事で自らの価値をアピールをしつつ、反面、自身の手に余りそうな案件はこういう風に流れで自分の管轄から相手にそれとなく譲渡するわけか……ある意味勉強になるな。
「そうだな……”あまり芳しくない件”というのは?」
俺はそんな事を考え、多少感心しながら問いかけた。
「命じられていた最嘉様の直轄御領地、臨海領の戦況報告ですが……水曜日の時点ではまだ交戦中、天都原の大攻勢は依然継続中で戦況はあまり宜しくないようで」
俺はその情報に顔を曇らせていただろう……
色んな意味で、それはあまり上手とは言えないと、直ぐに自認して表情を整える。
「……」
あの時、臨海高校の屋上で真琴に言ったように、天都原の臨海領侵攻は、ある程度可能性として考えてはいたが……
正直、予想を超える大攻勢だ。
二万以上の大軍で、臨海及び周辺地理に詳しい、同じ小国群連合の”宮郷”も巻き込んだ形で……
俺が言うのもなんだが、対南阿総力戦を控えるこの状況下で、取るに足らない弱小国家の臨海相手にそこまでするとは天都原にとっても上策とは言えない。
やはりこれは紫梗宮、京極 陽子ではなく、藤桐 光友の仕業だろう……
あの考え無しで感情的な……しかしそれを押し通すだけの器量を持った歪な英雄……
「……熊谷は間に合ったのか?」
「こちらが確認した水曜の段階では、未だ臨海には到着できていないと……なんでも、宮郷の軍に阻まれ苦戦を強いられている様子で……」
「……宮郷 弥代か……厄介だな」
俺の頭には、やる気の無い気怠げな女の顔が浮かんでいた。
「その件は解った、それで”かなり不味そうな件”とは?」
話題を次の懸案に移す俺に、勘重郎は驚いた顔で此方を見る。
「宜しいので?」
――勿論、宜しくは無い
しかし既に打てるべき手は全て打ってある。
日乃を何とか現状の兵だけで賄うことにして、熊谷の日限軍を臨海救援に向かわせた。
熊谷 住吉には、臨海の将兵を撤退させるのが最優先で、九郎江城は最悪放棄、場合によっては臨海領そのものを一時的に失っても仕方ないと言い含めてある。
「……」
――あと……もしもの、最後の最後の保険として……
いや、あの策に過度な期待をするのは危ないな。
あれは時期尚早で使い物になるかどうか疑問だし……あくまで保険の保険だ。
兎に角、なんとか打てる手は全て打った。
此方の件が全て目処がつけば、俺も臨海に向かいたいが……
金曜日には世界は近代国家世界側へと切り替わるし、どうやらそう言う意味では間に合いそうに無い。
「……」
俺の様子を伺っていた勘重郎に頷いて、先を促す。
「ふむ……では、覧津の件ですが、地域住民や特に城内の者達には、矢張りかなりの不満が溜まっており……」
勘重郎も頷き、次の懸案を説明し始めた。
――覧津城での戦い……
”純白の連なる刃”こと久鷹 雪白率いる白閃隊が覧津守備兵を戦で尽く屠った件だ。
雪白の話では、覧津城城主、下野 永保は籠城戦では無く、初っ端から打って出てきたらしい……
これは兵の数が拮抗する戦場において、守備側が取る策としては下策中の下策だ。
強固な城を要する籠城戦はそれだけで敵に対する強力なアドバンテージがあるのだから……
そもそも俺はこの一連の日乃攻略戦で、あらかじめ日限と同盟を結んでいた。
約定に従って駆けつけた熊谷 住吉率いる日限軍二千を、俺は予定に無かった臨海救援に向かうよう指示を出した。
臨海を……いや、正直なところ、真琴を失わないための苦肉の応急的処置だったが、そのしわ寄せはもちろん本作戦の本丸に影響して来る。
俺が今、日乃で扱える手持ちの兵といえるのは、借り物の南阿の兵、白閃隊。
本来なら雪白が率いる白閃隊五千を、俺は三つに分けてこの事態に対処する。
まず、既に手に入れた日乃領の領都、堂上城に二千の守備兵を残す。
次に覧津城攻略に向かう久鷹 雪白に二千の兵。
残る那知城には千で……俺が直接率いて向かった。
寡兵のため奇策を弄して挑んだ俺の那知城攻略に対して、覧津城攻略の雪白の白閃隊二千は、覧津城守備軍三千相手に白兵戦で戦ったという。
野戦で敵方、覧津軍が絶対的有利といえるまでの戦力差では無いが、こと攻城戦となると城を持つ覧津側が数段優位なのは言うまでも無い。
つまり、この程度の兵力差で野戦に打って出るなんていうのは、いくら猪突猛進の将であってもあまり考えられない。
「……」
――いや今はその不合理を追求しても仕方が無い事か……敵の事情なんてそこまで事細かに解るわけで無し……
問題は此方にとっては好都合の野戦になったのは良いが、雪白が全力でこれを叩きすぎたと言うことだ。
いや、俺が噂に高い、南阿の”純白の連なる刃”率いる白閃隊の能力を十分に計れていなかった……正直これ程恐ろしいとはな。
兎も角、混戦必死の白兵戦とはいえ、敵は壊滅状態……ほぼ皆殺しで幕を下ろす戦なんて……
俺達は破壊を目的にしているわけでも怨嗟のために戦っているのでも無い。
恒久的にこの地を治めようと考えるなら、必要以上の恨みを買うのは決して得策では無いからだ。
「僅かに残った覧津兵達と城下の住民……それらの一部に不穏な動きがあるらしいですな……」
こと、この日乃領内に限って、草加 勘重郎の情報網に間違いは無いだろう。
こういう人物の最大の武器は情報、だから普段からあらゆる場所に耳と目がある。
なにしろ、前回の那知城攻略戦で、俺はそこを逆に利用したのだから。
「解った……この件は俺が直接手を打とう、それで最後は?」
俺は取りあえずそう答えると、最後の案件を聞く。
俺の言葉に頷いた勘重郎は、幾分か表情から緊張感を緩めて次の話題に移った。
「最後に”なんと言うことの無い件”ですが……その覧津城近郊の須佐海岸に南阿の漁船とおぼしき船が流れ着いたと……」
「南阿の?」
これは今までと毛色の違う情報だ……
とはいえ、その話題が国策を論じているこの場に相応しいのかどうか……
俺の疑問顔に気づいてはいるだろうが、勘重郎は続ける。
「日乃領内ではそのこと事態は良くあることなのですがね、今回はその船から拘束した漁民五人の他にあと数名……乗船していた可能性があるのですよ」
「姿を眩ました者がいると?」
「とはいいましても数名ですし、拘束した漁民の話では海に落ちて行方不明という事らしいですが……どちらしても今、真偽を確かめている最中ですな」
なるほど、本当に一見、”なんと言うことの無い件”だ。
勘重郎の言うとおり、日乃ではよくある事なのだろう。
「……」
「……」
俺は目の前の顎髭男を視た。
そして、その相手は何とも読みづらい表情で俺を眺めている。
「解った、それは覧津城に到着した後に覧津内の問題と同時に片付けよう」
この勘重郎が何の意味も無い情報を他の二件と同様に並べるはずは無いだろう。
とすれば、なにかきな臭いものを感じたのか……
どちらにしても捨て置くには俺も気に掛かる。
「覧津に行かれるので?」
そんな事を考えていた俺を見て、勘重郎は顎髭を摩りながらニヤリと笑った。
第十八話「最嘉と三つの懸案」 前編 END




