第十八話「子供(ガキ)」前編（改訂版）
第十八話「子供」前編
「伊馬狩 春親の後継者、伊馬狩 猪親だ！」
俺と穂邑 鋼の居る陣幕に現れたのは……
――なんとも生意気な少年
色白で赤い唇で線が細く、一見少女と見紛う容姿の年端もいかぬ少年であった。
「貴公の臨海としても、精鋭揃いの我が南阿の兵士達を味方につければ……」
「…………」
坐した俺の視線は――
案内され、入ってくるなりふんぞり返ってなにやら講釈をたれる子供では無くて、その後ろで膝を折って頭を垂れた風格ある武将に向けられていた。
”一領具足”という南阿を表す軍旗を携えた、四十半ばで風格ある綺麗に整えられた髭を生やした武将だ。
その軍旗は、支篤の小国であった南阿を一代で支篤全土を統一するまでの大国に築き上げ、”南阿の風雲児”とまで呼ばれた王、伊馬狩 春親の御旗。
それを携えた中年男は、その麾下の中でも特に秀でた”南阿三傑”と言われる重臣の筆頭たる男、有馬 道己だった。
「だから……っ！？き、聞いてるのか？臨海の鈴原……」
ダラダラと中身の伴わない駄話を囀り続ける子供。
勿論、俺はそんな話を聞いてやるほど暇ではない。
「有馬 道己。久しいなぁ、確か天南海峡の合戦、その戦後処理交渉以来だから……」
俺は目前の伊馬狩 猪親と名乗る小者は視界の外に追いやって、その子供に仕える中年の将に声を掛ける。
「そうですな、丁度一年といったところでしょうか」
子供の後ろに傅き控えていた将、有馬 道己は俺の挨拶に即座に応対してくる。
天都原と南阿、二国間を分断する天南海峡を舞台に繰り広げられた戦争。
――彼の海域に浮かぶ小幅轟という小島に聳え立つ難攻不落要塞”蟹甲楼”の合戦から早一年か……
俺は頷いてから話の続きを――
「き、聞いているのかっ！？鈴原 最嘉！！今、貴公と話しているのは南阿の主君、この伊馬狩 猪親であるぞっ！！」
あからさまに無視をされて熱り立つ子供に、俺は渋々と視線を移してから溜息を吐いた。
「な、なんだよ！？その顔……う」
呆れ顔を隠さずにあからさまに観察する俺の視線を受け、注目をご所望していた子供はたじろぐ。
――女性的な容姿から若い頃は”姫武者”と揶揄されていたという、南阿の王であった伊馬狩 春親
猪親の色白で赤い唇で線の細い、一見少女と見紛う容姿は確かにその遺伝子を継いでいるといえるが……
「慎重にして大胆、狡猾にして愚直。王の王たる資質を備えた伊馬狩 春親の真骨頂は異なる才能が混在し共存する不敵さであったが……その資質は微塵も面影が無いなぁ」
マジマジと観察していた俺は、思わず本音が出てしまっていた。
「な、なんだとっ！？貴様、たかが臨海王の分際でっ！！支篤の英雄が嫡子であるこの伊馬狩 猪親を侮るかっ！！」
即座に少年は色白の肌を真っ赤に染めて激昂する。
「そりゃ侮るだろ？まんま雑魚だから」
「このっ！！」
その予想通りの反応にも呆れた俺は、本音を隠すこと無くぶちまけ、それを更なる挑発と受け取った猪親とやらはもう、俺に掴みかからんという勢いで遂に足を一歩前へと踏み出すが――
「猪親様、お控えなさい！」
「うっ！？」
彼の後ろに控えていた有馬 道己の一喝で、その一歩は途端に腰砕けになった。
「し、しかし……道己、この男は！鈴原という無礼者が！私を侮辱したのだ！」
でんと傅いたままの部下に腰砕けで貼り付けになった子供は不満をぶつける。
「猪親様。我らはその鈴原様に庇護を求めて参ったのですぞ、お立場を弁えるのは寧ろ猪親様の方でしょう？」
「ぐっ！……じゃち！臨海王の分際で……南阿の後継者たるこの僕を侮るがは……」
「現在の臨海は暁七代国家の一つに数えられる大国。対して我が南阿は既にその地位を失い、しかも我ら伊馬狩の家臣団はその支篤の領土さえも失った身です」
「うぅ……やけんど！こがな輩に……」
家臣の静かな口調だが反論の余地の無い指摘に――
伊馬狩 猪親という子供は、その場で唯々悔しそうに唇を噛んで震えていた。
――興奮すると口調が親父そっくりになるなぁ
とか、その光景を他人事の如く眺め、どうでも良い感想を抱きつつも俺は……
「やけんど！やけんど……うぅ……う」
悔しさからか、それとも此処までの苦労を思い出したのか……
あろう事か他国の王の前で涙目になる自称、南阿の後継者。
「…………ふぅ」
俺は再び溜息を吐く。
――しかし……
これではまるで俺の方が子供を虐めている様では無いか？
――と、
「まぁ良い。ええと？猪親殿と言ったか？取りあえずは無事でなによりだったな」
――俺の前で態と主君に厳しく当たり、俺の方から折れさせる……
「は！なんとも慈悲のあるお言葉。我が主君に成り代わり、この有馬 道己、鈴原様に感謝致しまする」
「…………」
――この”古狸”め……
俺は取りあえずは険のある言葉を収め、そして本題に入る事とする。
「で？有馬 道己、俺にこの伊馬狩 春親殿の遺児を保護しろと？」
どうやら長く話しても何の実もない。
それどころか今の状況で時間は貴重すぎるのだからと、頭を切り替えて単刀直入に問うた俺に、整った髭の中年男はその通りだという様に深く頭を下げた。
――”それ”も計算の内ってか
「だがなぁ……そんなことに関わったら天都原の藤桐 光友が黙ってはいないだろう？そんなリスクを冒してまで俺が春親の子を保護する義理も益も無いと思うが？」
そうはいくかと、取りあえず極一般的な牽制をする俺に――
「これはご冗談を。万民に”王覇の英雄”と称えられし王の中の王たる道を邁進される臨海の鈴原 最嘉様ともあろう方が、あの外道！”歪な英雄”如きを恐れることなど微塵もありますまい！」
――ちっ、ああ言えばこう言う……
まさか俺を褒めちぎって良い気分にさせ、取り入るって魂胆じゃないだろうに。
「そんな無理な厄介ごとを頼む為だけに那古葉くんだりまで”手ぶら”で来たのか？」
この有馬 道己という”やり手”の手法をイマイチ読み取れぬ俺は――
取りあえず交渉の初歩ともいえる行為である”代価”を露骨に催促してみた。
「こ、こん恥知らずがっ！！元はと言えば貴様がっ！臨海のペテン師、鈴原 最嘉が父上を！伊馬狩 春親と南阿を謀ったからじゃ無いかっ！！」
「…………」
予想通りというか、子供はお話にならない反応だ。
――だいたい、その恥知らず相手に頭を下げて守ってくださいと遙々と尋ねて来ている馬鹿は何処の誰だ？
子供とはいえ……
一国の主を名乗っておきながら交渉のイロハも真面に出来ないとは心底呆れたな。
「春親の子……ええと猪親だったっけ？……猪……ああなるほど、馬に鹿でバカと読むが、猪に鹿だと、もっと愚か者ということか」
雪白の事とか色々と機嫌の最悪だった俺は、この忙しい中でそんな子供の相手をさせられている事につい、同じ目線で呷ってしまう。
「馬鹿……バカだと！！いっ！猪親だっ！！この名のどこに鹿がおる！このっ！このっ！」
――しかし……
――それにしても面白いほどに乗ってくるなぁ
確かに猪親にとって俺は、ある意味”仇”に近いか？
直接敵同士だったわけでも、俺が滅ぼしたわけでもないが……
今日の結果という意味では、きっかけを作ったのはこの鈴原 最嘉と臨海と言えなくもない。
「おいおい……なに下らない事で言い争ってるんだよ？ここは戦場だぞ」
あまりにも低次元な争いに堪りかねたのか、座した俺の傍に立って控えていた偽眼鏡男、穂邑 鋼が割り込んできた。
「うるさいっ！ペテン師の部下如きが！こん南阿の嫡子に向かって指図するなっ！！」
「独眼竜、口を出すな！お前は関係無い」
そして俺は、不本意ながら思わぬところで子供とハモってしまったのだった。
――ち、面白くない
「たく……ガキなんだよ、このお子様はともかく、鈴原、お前もな」
そして”二人同時”で拒否された偽眼鏡男は、そう零してから不服そうに黙る。
――こんなクソガキと一緒にするな！
俺はいたくプライドを傷つけられ、猪親も子供と言われ更に腹を立てているだろう……
…………ん？
「ど、独眼竜？え……え？……あ……」
そう思いふと見ると、
そのクソガキ、伊馬狩 猪親の様子がおかしい。
「おい猪親、お前なにキョドってるん……」
「貴様……いいえ貴方はっ！！も、もしや……もしや！？」
第十八話「子供」前編 END
