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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
下天の幻器編
194/329

第十四話「徒花不実(あだばなふじつ)」後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十四話「徒花不実(あだばなふじつ)」後編


 ガキィィーーン!!


 二騎の将は激しく交錯し、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)が超速の斬り込みに圧倒的膂力を誇る木場(きば) 武春(たけはる)の方が押し込まれ下がる!


 「ぐぅぅっ!終の天使(ヴァイス・ヴァルキル)ぅっ!!」


 握る槍の穂先からは激しく火花が散って――


 ブォォォォーーーーンッ!!


 (まと)わり付く火花ごと豪腕の一振りに変え、放たれる木場(きば) 武春(たけはる)が”轟雷(ごうらい)”の一撃!


 「……()(かつ)な」


 ヒュオンッ!!


 繰り出される木場(きば) 武春(たけはる)の豪槍連撃を大嵐にそよぐ”ススキ”の如く(かわ)していた少女だが、新たに背後から襲い来る(かつ)ての師の刃に……


 ブシュッ!!


 常人にはとても捉えきれない居合いの一撃!


 それが、咄嗟に庇った雪白(ゆきしろ)の白い左手を切り裂いていた。


 「っ!」


 一瞬!


 そう、まさにそれは一瞬の出来事。


 その一撃で馬上の久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)は硬直した!


 ――飛び散った赤い血球の数滴が、不運にも白金(プラチナ)の視界を潰したのだ


 ギギィィンッ!!


 「くっ!!」


 動きを止め、的と成り果てた騎士姫は目前の偉丈夫が放った槍を捌ききれず、その威力に大きく後方へと身体(からだ)がブレる。


 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 バフゥゥ!


 ブォン!!


 ここぞとばかり、続けざまに風を切る豪槍の刃風(はふう)


 視界を一瞬だけ失った彼女の鼓膜を震わせる衝撃は、人が振るう鉄が巻き起こす風切り音というより()(はや)、苛烈な爆発の連続であった。


 ガッ!


 「っ!」


 咄嗟に庇うように、愛刀をその身の前に(かざ)雪白(ゆきしろ)だったが……


 ドゴォォォォッ!!


 その槍の威力は絶大!!


 ガッ!ガッ!


 防いでいる剣の上からとはいえ――


 ガッ!ガッ!


 最強の武神と称えられし木場(きば) 武春(たけはる)の一撃を真面(まとも)に受け続けた彼女は、遂に”くの字”に折れ曲る様に吹き飛んで馬上から落ちる!!


 ドシャァァーー!


 受け身も取れぬ無様な姿勢で地面に叩き着けられた少女。


 最初に肩口、跳ねて顔面……


 そして最後は(うつぶ)せにと、土煙を上げて転がり、やがて地べたに張り付いて止まる。


 「…………う……う……あ……ぅ……」


 輝くように白い肌も、


 (とろ)けるようにしなやかなプラチナブロンドも……


 赤い血と無様な土埃に(まみ)れ――


 「く……あぁ……う……」


 それでも騎士姫は僅かに動く四肢を必死に!地ベタで諦め悪く足掻いていた。


 「く、久井瀬(くいぜ)さんっ!!」


 後方の第一砦から戦場の指揮を執りつつ、その状況を静観していた臨海(りんかい)軍参謀の内谷(うちや) 高史(たかふみ)は叫んだ。


 強引に戦場突破を図ろうとする雪白(ゆきしろ)を止めて一騎打ちを切望する木場(きば) 武春(たけはる)


 あくまで臨海(りんかい)王、鈴原 最嘉(さいか)と共に存在しようとする雪白(ゆきしろ)


 そしてその彼女を元通り”一振りの刀”として完成させようと、力尽くでも連れ帰ろうとする(かつ)ての彼女の師、林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)と、


 いつの間にか戦場では、期せずして”二対一”という……


 雪白(ゆきしろ)に圧倒的不利な構図が出来上がってしまっていたのだ。


 「く……()()いよ、これは……」


 旺帝(おうてい)の将”木場(きば) 武春(たけはる)”と謎の”武芸者”は別に協力関係でもなんでも無いだろう。


 だが……


 ――別々に、それでいて同時に、久井瀬(くいぜ)さんを襲っている!?


 故にこれは結果的に”二対一”


 変則ではあるが、銘々が己の欲求を満たすため、別々に同一の相手を同時に襲撃する形の”二対一”


 ――そして


 「う……あぅ……さ……いか……やだ……まだ……」


 「っ!!」


 内谷(うちや) 高史(たかふみ)は何とか立ち上がろうと足掻く久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)の右腕が不自然な方向を向いていることに気づき、絶望に絶句してしまう。


 「ぅ……」


 彼の居る場所からでもわかる、無惨に明後日の方向を向いた彼女の利き腕……


 ドシャ!


 「うぅ……」


 なんとか立ち上がろうとするが、彼女は誰の手も加えられなくとも引力で直ぐに地ベタに引き倒される。


 ブゥォォォン!


 そんな状況の雪白(ゆきしろ)に、木場(きば) 武春(たけはる)の馬が歩み寄って馬上から遠慮無く槍先を突き付けた。


 「満足ゆく状況ではない……だがこれも戦場だ”終の天使(ヴァイス・ヴァルキル)”!」


 そう言い放って、利き腕を失った姫騎士に”降伏か死”を問うた。


 ザッ!


 「そのような駄剣を手にし、あろう事か俗な女如きに男の子(おのこ)などに(うつつ)を抜かす為体(ていたらく)だからそのような無様を晒す羽目になる」


 そして”居合い刀”を手にした武芸者、林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)が、倒れたままの騎士姫の後背に立ち塞がっていた。


 「さぁ、この”川蝉(かわせみ)”こそが虚空に到達する唯一の剣ぞ!剣に生きて死す道こそ久鷹 雪白(きさま)の真の(さが)


 二人の(ゆう)……


 お互いが目前に伏せる獲物を前に、鋭い視線をぶつけ合っていた。


 「武芸者……これは戦場の習わしだ。下がっていてもらおうか」


 馬上の木場(きば) 武春(たけはる)が乱入者を睨む。


 「至高の剣を知らぬ(ひっ)()が……()せよ」


 それを射殺すほどの眼光で返す林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)


 お互いがお互いの殺気を実際の形に、目前の相手に”(やいば)”として放とうとした瞬間だった。


 ――!


 「なにっ!?」


 「ぬぅっ!?」


 ”武神”と”剣聖”……


 二人の(ゆう)はお互いに”その存在”に完全に虚を突かれ!そして驚愕しながら振り返るっ!!


 ――


 「あぁ……こりゃダメですにゃぁ?」


 ――何時(いつ)から”其所(そこ)”に居たのか?


 「第四位が真眼(しんがん)の極致、”常在の輝刃(ヴァユラ・バシッダ)”。その器を育てるのにちょうど良いと、臨海(りんかい)王に預けてみたものの……」


 ――”何処(どこ)”から現れたのか?


「…………存外上手く行かぬものでゴンス」


 ――否!


 その”顔面包帯の奇異な男”は――


 ”其所(そこ)()る”のが当然の様に存在していたのだ。


 「……」


 「……」


 さっきまでは燃えるように熱かった戦場……


 だが今は、突如現れた不気味な男を前に二人の(ゆう)はなにも出来ずに固まってしまう。


 「おおっ?これはこれはっ!”咲き誇る武神”こと最強無敗の木場(きば) 武春(たけはる)様にぃ?剣の虫、”剣聖”であらせられる林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)様ではないですかにゃ?」


 そして、今になって気づいたフリを装った巫山戯(ふざけ)た口調の顔面包帯男は――


「我が名は幾万(いくま) 目貫(めぬき)、しがない旅の歴史学者ですよぉ?」


 二人の武人へとヘラヘラとした挨拶をする。


 「……歴史学者だと?」


 木場(きば) 武春(たけはる)は即座に感じ取る。


 ――巫山戯(ふざけ)た風体、巫山戯(ふざけ)た言葉使い……


 だがその顔面を覆った包帯の隙間から(らん)(らん)と光る不気味な双眼は常人のそれでは無い。


 ――つまり戦場の”武神”は本能で知る!


 この得体の知れない男は尋常で無い存在だと言う事を……


 「()せよ片端者(カタワモノ)。その”剣”は我が求道せし虚空を体現せし逸材だ」


 なら、林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)はどうか?


 剣狂いの男が謎の顔面包帯男を見据える一切の感情の(たぐ)いが薄弱な両の(まなこ)は、牽制の為に鋭く光っている……


 感情乏しい武芸者な男も、この得体の知れな過ぎる相手には完全に緊張を隠せていない。


 「…………」


 「…………」


 「……ぐふふ」


 地に伏せった白金(プラチナ)の騎士姫を囲んで、奇妙な構図で対峙する三人。


 そして――


 ガッ!


 二人の武人に牽制される中、顔面包帯男は足元に伏したままの騎士姫、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)のプラチナブロンドを乱暴に掴んで持ち上げ、


 「うっ!」


 苦痛に歪む白き美貌をその不気味な両眼で覗き込んでいた。


 「(まこと)に残念ながら……この”出来損無(できそこな)い”は回収させて貰いますですよ、はい。出来損無(できそこな)いとはいえ、高々”人間風情”のあなた方には過ぎた逸品でガスからにゃぁ」


 ――っ!?


 二人の(ゆう)はその行動に不覚にも何も出来ずに立ち尽くす。


 ――華奢な少女とは言え、それを片手で軽々と引きずり上げる膂力……


 顔面包帯男の極めて標準的な体格からは想像も出来ない怪力だった。


 「……どういう手合いだ?歴史学者っ!」


 遅ればせながら状況に対応し、木場(きば) 武春(たけはる)がイチミリの油断も無く槍を構えて吠える。


 「手合いも何も?……はい、旅の歴史学者でガスよ。どこの国の者でも無い、農民でも商人でも兵士でもない、(まった)(もっ)て時勢に関与しない自由人(アイム・フリーダム)傍観者(バイスタンダー)…………」


 キンッ!


 そして――


 顔面包帯男の()()()た返答の完結を待つまでも無く、林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)の居合いが火を吹いた!


 ――!?


 結果、ここに来て林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)の両目は!?


 「なんだ……と……」


 寡黙なる男の両の(まなこ)は、驚愕の感情を大いに発露させて立ち尽くしていたのだ。


 「おおぅ?なんとも変わった刀ですにゃぁ?おろろ?これはどっかで……はて?あれれぇぇ??」


 それもそのはず……


 数瞬前まで林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)の手に在った居合刀”川蝉(かわせみ)”は、いつの間にか彼が斬り伏せようとした相手の手に在ったのだ!


 「貴様、どうやっ……」


 林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)……いや、木場(きば) 武春(たけはる)さえもが言葉を失う状況で、


 「クク……人間如きが”虚空”だと?アカーシャの魔導域は神の領域である」


 顔面包帯の奇人、幾万(いくま) 目貫(めぬき)なる虚無の双眼と口調は打って変わって尊大に豹変し、その周りの温度が氷点下まで下がったかのように怖気に支配されていた。


 ――そして見る間に……


 「う……うぅ……」


 幾万(いくま) 目貫(めぬき)の左手にぶら下げられていた美少女、その白金(プラチナ)双瞳(ひとみ)から元来の煌めきは消失してゆき――


 「……第四位真眼(しんがん)、転写」


 星の大河とも羨望されし雪白(ゆきしろ)双瞳(ひとみ)と同種のモノと思えないほど禍々しい白金(プラチナ)を宿した眼光の顔面包帯男が立っていたのだ。


 「おお……これはこれは……不出来な”魔眼”」


 なにやら独りブツブツと呟く男。


 グルグルと乱雑に巻かれた汚い布きれの間から露出した双眼は、汚染された白金(プラチナ)色に染まって爛々と光っている。


 「貴様……いったい……」


 改めて問う木場(きば) 武春(たけはる)の顔は、明らかに悪夢を覗き込んだかの歪んだ表情だ。


 「……っ」


 そして、同様の林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)は言葉も無い。


 「うむむ、コリは?やっぱりどっかで見た剣じゃけん?ん?んんーー?てか、まぁ良いかにゃぁ?そうそう、今はとりあえず……」


 だが顔面包帯男はそんな状況などお構いなし、


 手に入れた居合刀“川蝉(かわせみ)”をジロジロと吟味しながら、既に元の巫山戯(ふざけ)た口調に戻っていた。


 ヒュオンッ!


 そして意趣返しとばかりに!


 今度は包帯男が左膳(さぜん)に向けて刃を振るう!?


 「っ!!」 


 ――またもや……


 顔面包帯男の素人で愚鈍な動きを全く捉えることが出来ない”剣聖”。


 身じろぎも出来なかった林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)の左腕はゆっくりと……


 ――ドサリ!


 綺麗な断面を残した彼の左腕から先が地面に落ちたのだった。


 「ぐ、ぐぉぉぉっ!!」


 叫びながらヨロヨロと!


 切断されて喪失した左腕の肘より上の部分を右手で押さえ下がる居合い使いの男。


 「そんなに騒ぐほどのことじゃないのですデス?左腕(そり)は元々義手(ハリボテ)ですって、ねぇ?」


 エヘラエヘラと緊張感の欠片も無く笑って斬り落ちた左膳(さぜん)の左腕を指さす、節榑(ふしくれ)立った包帯男の人差し指。


 「…………ぐ……ぐぬぬっ!!」


 確かに顔面包帯男の言葉通り、落ちたのは無機物の腕(もど)きで、


 その証拠に、林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)の左腕の切断面からは血の一滴も滴っていなかった。


 ――”隻腕の剣客”


 剣聖、林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)とは元来そういう剣士であったのだ。


 「貴様……いまの(わざ)は”虚空”を!……既に我が求道に至っているというのかっ!!」


 左膳(さぜん)もまた、切断された自身の腕という事実より、


 弟子の変わり果てた双瞳(ひとみ)より、


 その”(わざ)”に固執する。


 「”虚空”ねぇぇぇ?”アカーシャ”の事ですかにゃ」


 その執着を嘲笑うかの如き奇人の口調は、心底に愉しそうである。


 「いやいや、そんなこと知らにゃぁがも。(おおよ)そ人間さま風情の”剣技(おあそび)”で”虚空(アカーシャ)の領域”を語るとは恐れ多い!身の程知らずの塵虫(ごみむし)!おおっと!失礼、失言、失楽園……というかぁ、コレは今し方!強制的に!其所(そこ)な美少女から一時返還?お取り立て?お返し頂いた、第四位真眼(しんがん)が神域、”常在の輝刃(ヴァユラ・バシッダ)”の完成に程遠いミソッカスでヤンスがぁ?」


 巫山戯(ふざけ)た口調で、奪った居合刀をブラブラさせながら応じる奇人、顔面包帯男、幾万(いくま) 目貫(めぬき)


 「第四位真眼(しんがん)……それはなんだ!?我が求道とは別の……」


 「ヴァジュ……バシ?……なんだそれは!?」


 納得できぬ林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)の言葉を遮り、今度は木場(きば) 武春(たけはる)が質問する。


 「いやいや。()()だヒヨッコで未完成……収穫には程遠い熟成度合いの娘っ子なんでゴンスがのぉぉ?バッテン、しょんないので回収しますのですデス、あでぃゅぅぅ!」


 だがもうこれ以上答える気が無くなったのだろう、幾万(いくま) 目貫(めぬき)は……


 右手に”川蝉(かわせみ)”、左手に髪を掴んで引き上げた雪白(ゆきしろ)をぶら下げたままで仰々しくお辞儀した。


 「ちぃっ!させると思うかっ!」


 ()(はや)この異常者と会話は不可能と理解した”武神”は馬上で槍を構える。


 「させぬ……させぬぞ、我が求道の剣を!」


 ――そして


 いつの間にか、残った右手に雪白(ゆきしろ)が落とした刀、”白鷺(しらさぎ)”を握った林崎(はやしざき) 左膳(さぜん)も剣気を溢れさせる!


 「にゃ?」


 最強の武人と比類無い剣客、その二人と対峙して(なお)


 全く緊張感の欠片(かけら)も無い包帯男の双眼は……


 ――まるで力の無い(まなこ)


 既に心が一片も窺うことの出来ない、伽藍堂(がらんどう)な虚無の双眼(まなこ)に戻っていたのだった。


 「……」


 「……」


 「にゃぁ?」


 対峙する三人の間――


 約一名を除いた、その間に充満する異質な緊張感が見る間に膨張し破裂寸前となったその時だった……


 「く、くいぜさぁぁーーんっ!!」


 ドドドドドドドッ!!


 意外にもその緊張の膜を突き破ったのは臨海(りんかい)軍歩兵部隊の将にして軍全体の参謀だった。


 「いま行きますからぁっ!!なんとか踏ん張ってぇぇぇっ!!」


 ――事ここに至っては


 なんとか雪白(ゆきしろ)だけでも救出を試みようと、決死の突撃を敢行した内谷(うちや) 高史(たかふみ)の部隊だった。


 「こんな時に、厄介だな……」


 普段から大いに好む戦場を前に木場(きば) 武春(たけはる)はらしくない不機嫌な表情(かお)で吐き捨て、迫り来る臨海(りんかい)軍に向けて槍を構える。


 「武春(たけはる)っ!!何をしておる!!敵は総崩れぞぉっ!!」


 ドドドドドドドッ!!

 ドドドドドドドッ!!


 だがその直後!


 反対側の第三砦を打って出た旺帝(おうてい)部隊もまた、この局地戦の勝利を決定着けるために接近していた!!


 「叔父上……くっ」


 叔父である山県(やまがた) 源景(もとかげ)の増援は本来なら木場(きば) 武春(たけはる)にとって、この広小路(ひろこうじ)砦防衛戦の完璧な勝利を意味するはずだった。


 だが……この状況下で混戦は望ましくない!


 混戦の最中に、もしかすると臨海(りんかい)軍などよりも危険な人物を逃すかもしれないからである。


 「逃がさぬ!歴史学者ぁぁっ!!」


 生来の勘を(もっ)て、木場(きば) 武春(たけはる)は槍を手に顔面包帯男の捕縛を最優先に馬を駆っ……


 「なにっ!?」


 ――だがそれも遅い!


 ――其所(そこ)には()(はや)”なにも”存在しない!


 「く……くぉぉぉぉぉっ!!」


 同様に考えていただろう、片腕になった剣客が地響きのような絶叫と共に刀を地面に突き刺して膝から崩れる姿があった。


 「…………」


 忽然と現れた時と全く逆……


 ――何時(いつ)、”其所(そこ)”から消えたのか?


 ――”何処(どこ)”へ消えたのか?


 ――否


 顔面包帯の奇異な男は”其所(そこ)に存在しない事”が当然の如くに消失したのだ。


 ――


 そろそろ終結へと向かう、焼けるような熱気の戦場只中……


 不気味な怪人と共に臨海(りんかい)の”終の天使(ヴァイス・ヴァルキル)”は消えた。


 「……………………幾万(いくま) 目貫(めぬき)


 為す術無く虚空を睨んだ”武神”木場(きば) 武春(たけはる)は、この場で起こった奇異な事実を噛みしめるよう、ただ力を込めて槍を握っていた。


 ――

 ―



 ――魔眼に選ばれし白金(プラチナ)の姫、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)


 独りの少女がその数奇な生涯で初めて抱いた想いと願いは……


 こうして、決して実るに至らない徒花(あだばな)となって旺帝(おうてい)領土は広小路(ひろこうじ)の地で遂に力尽きたのだった。


 第十四話「徒花不実(あだばなふじつ)」後編 END

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