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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
下天の幻器編
185/329

第八話「奥泉行路 弐」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第八話「奥泉行路(おうせんこうろ) 弐」


 部屋の手前と奥という位置取りで視線をぶつけ合う鈴原 最嘉(オレ)と恐らくは……


 ――藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)


 「…………」


 藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)(よわい)五十を()うに越えると聞くが……


 「たけき者も遂には滅びぬ、おごれる人も久しからず」


 しっかり張り出した(あご)と角張った鼻筋、そして太く上がった眉とギョロリとした四角い(まなこ)で上座から俺を見据える男は精気が(みなぎ)り、とても年相応には見えない。


 ベベンッ!


 「たけき者も遂には滅びぬ!おごれる人も久しからず!」


 「…………」


 ベベベンッ!


 「(なお)、久しからずやっ!からずやっ!?」


 ――ちっ!


 この男、挨拶も済まさぬうちに早々に俺を(はか)るか?


 俺は相手の意図を察してあまり乗り気で無いものの一応、応じることにする。


 「なんの余興だ?東奥(とうおく)奸雄(かんゆう)、国家間の交渉を行うには少々趣味が過ぎるんじゃな……」


 ベベンッ!


 悪趣味の余興に返す俺の言葉を即座にかき消す弦音!


 「からずやっ!?」


 「…………」


 ――このハゲめ……


 俺と柄の悪い”琵琶法師(もど)き”は、その距離を満たす両脇の妖美な情婦達を挟んで睨み合う。


 ――ふぅ、だがこれじゃ埒が明かないなぁ


 禅問答の真似事のような出来の悪い演出に俺は渋々と折れて応じる事にする。


 すぅーと息を整え、そして応えた。


 「望月(もちづき)とて(いず)れは欠けるだろう。一度(ひとたび)(さく)に陥ったとしても、未だ()つる時を諦めぬ者ならば……やがて弦月(げんげつ)を経て再び望月(もちづき)へと至ることもあるだろうが、なぁ?」


 ”たけき者””おごれる人”とは俺か旺帝(おうてい)か?


 それは後世へと至った歴史のみが知る事だが……


 俺は勿論こう応える。


 ――旺帝(おうてい)という満月を砕くのは鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)だ!


 その後、敗者が再び日の目を見ることがあるかは……


 それこそ”その者”次第であると。


 「…………」


 俺を試すように見据えていた酔狂人は……


 「考え無しで不相応に獅子に挑む蛮勇の蟻だと、丸切りの”(うつ)け者”というわけでも無しか」


 独り(つぶや)き、そして――


 ベベベンッ!!


 「(ただ)春の世の夢の如し、(ひとえ)に風の前の塵に同じ……否や!興味深(おもしろ)(かな)臨海(りんかい)王よ!」


 最後に景気よく弦を鳴らし、大きな口元を緩めて白い歯をニカッと剥き出した。


 「……」


 行き成り試されて俺は面白く無い……


 ――だが


 「改めてよくぞ参られた!!と言いたいが……貴殿は何用で来訪したか?臨海(りんかい)王よ。この奥泉(おくいずみ)旺帝(おうてい)領ぞっ!!」


 割と大柄な体躯。


 金糸銀糸を編み込んだ着物の上半身を(はだ)けた禿げ男は、(ばち)此方(こちら)に向けて今度こそ真面(まとも)に俺と言葉を交わそうとする。


 「…………」


 ――これが”藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)”……


 ――最強国”旺帝(おうてい)”さえ一目置く”奥泉(おくいずみ)奸雄(かんゆう)”か


 俺は薄暗く淫靡に調(ととの)えられた酒宴の酔狂人を見据え、未だ立っていた。


 「如何(いか)に?」


 藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)は不敵に笑いながら問いかける。


 ――ほんと問答の好きな親父だ


 俺は目前の人物に呆れながらも、()れこそが此所(ここ)態々(わざわざ)と足を運んだ本題であるならば答えねばならないと……頷いた。


 「ちょっとした取引だ。商売に”敵”も”(かたき)”も”蜂の頭”もないだろう?」


 「……ふっ……かははっ!」


 そして俺の言葉に藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)は大口を開けて笑った。


 「取引?かははっ!身も蓋もない事をほざくな若造っ!……だが、儲け話ならば聞かぬでも無い、無いが……」


 そして握ったままの(ばち)をチョイチョイと上下に小刻みに動かし、俺に座れと促す。


 ――ちっ


 ――何様だ、この禿げ親父……


 俺は立っていた入口付近から遠慮無くドスドスと四角い(まなこ)の坊主が座する奥へと踏み込んで……


 「……」


 ――おぉ!おぉ!


 ――左右に並木の如き花を咲かせる女達の殺気立つこと、立つこと、ははは……


 非常の事態に備える華やかなる道中花達の瞳は遊女としては実に勇ましい。


 「……」


 俺はそんな刺々しい視線の中を平然と歩き、


 「……」


 またそれを見届ける禿げ親父も実に不貞不貞(ふてぶて)しいほどに余裕だ。


 ドスン!


 両脇に二人のしどけない衣装を纏った妖艶な美女達を(はべ)らせて座る”東奥(とうおく)奸雄(かんゆう)


 そのの直前にて俺は雑に腰を下ろす。


 「旺帝本国(うえ)から咎められないか心配か?藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)?それともまさか国家への忠義心だとでも言うかよ奸雄(かんゆう)?」


 「若造が言いよるわっ!」


 四角い(まなこ)の禿げた男は琵琶(びわ)を手にしたまま俺を見据える。


 「だがそんなモノは黙っておけば良いことだ。旺帝(おうてい)だって奥泉(おくいずみ)を信用しているとは言い難い扱いをしているではないか?」


 そして俺はそんな状況はお構いなしに続けた。


 ”若造”、”奸雄(かんゆう)”と初対面の元首同士がある意味”ざっくばらん”に応酬する奇特な状況。


 いいや!実の所は”ざっくばらん”では無く、本質は真逆で……


 腹の探り合いの真っ只中。


 口の悪さはお互いにそう言う手法に一致したからだろう。


 「それは理由にならんぞ、臨海(りんかい)王。貴様の国は現に旺帝(おうてい)に戦を仕掛けているのだ!それを旺帝(おうてい)領土である我が奥泉(おくいずみ)にその”王”本人が交渉などという前代未聞の命知らず、到底正気の沙汰とは……」


 「本当にそうか?藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)!」


 「…………」


 俺のあくまでも強気な言葉に奥泉(おくいずみ)の支配者は黙る。


 ――そうだ、(そもそ)も俺は勝算の無い行動はしない


 それは戦であっても外交であっても同様だ。


 当然ながら俺は事前に奥泉(おくいずみ)との取引材料になる様な情報を掴んでいるのだ。


 そして俺を即座に捕らえて旺帝(おうてい)本国に引き渡したり、又は(あや)めたりしないのは……


 奥泉(おくいずみ)の現在置かれた苦しい状況が物語っている。


 ――つまり


 奥泉(おくいずみ)藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)は窮しているのだ!!


 「若造……きさま……この藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)の足元を見るか?」


 「それはお互い様だ、奸雄(かんゆう)。だからこその交渉だろう」


 ――だがその前に……


 「良かろう、臨海(りんかい)から命の危険を顧みず遠路遙々と足を運んだのだ。話ぐらいは聞いてやる度量はこの日出衡(ひでひら)も持ち合わせておる、が……先ずその前に」


 「ああ、その前に……必要なモノがあるな」


 俺は藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)の威圧的でありながらも、どこか愉しそうな顔を真っ直ぐに見て応える。


 「かははっ!臨海(りんかい)王よ!貴様は若輩者にしては話が解るなっ!」


 藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)は豪快に笑い飛ばすと周りの女達に目配せした。


 ――ササッ


 「さぁ、臨海(りんかい)王様、先ずは一献」


 「お噂高き”王覇(おうは)の英雄”様を持て成させて頂けるなんて、光栄ですわ」


 直ぐに控えていた女達が俺の周りに群がり、そして酒や料理を勧めて来る。


 「先ずはゆるりと愉しめ臨海(りんかい)王。そうだな……十日ほどは供に酒池肉林に溺れようぞ。しかる後に(わし)が貴様を信用に値すると判断したならば改めて話を聞こうでは無いか」


 禿げ頭の男は脇に控える美女に注がせた酒をグビリと(あお)った。


 ――やはり一筋縄じゃいかないか?


 最初から解りきったことだったが。


 「……」


 俺は同じく注がれた酒を一気に(あお)り、そしてこう応える。


 「悪いがそんなに時間が無くてな。奥泉(おくいずみ)には優柔不断をさせてやる余裕は無い!直ぐに決断を下して貰う」


 「っ!?」


 「り、臨海(りんかい)王様……それは!」


 ――ザワッ!


 俺の返答で途端にその場の空気は凍りつき、女達は一気に色を無くした。


 「……」


 そして正面の藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)が四角い(まなこ)がぬらりと光った。


 ――俺を暫し(とど)めて……


 旺帝(おうてい)本国の動きを確かめる。


 その上で改めて我が臨海(りんかい)と密かに結ぶのが上策か、それともこのまま俺を本国に売り渡すのが上策か……


 俺が奸雄(かんゆう)の頭の中を看破し、更にその判断を待つ気が無いと断言したからだ。


 「ならば死だっ!!余裕が無い?即ちその時間とは貴様ら臨海軍(よそもの)が我が旺帝(おうてい)領土を蹂躙する時間だろう!」


 藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)は手にしていた琵琶(びわ)を捨て、両手でパンパンと手を叩く。


 ガラッ!


 「虎十郎(こじゅうろう)、お(そば)に……」


 途端に、俺が先程入って来た入口から独りの男が乱入する!


 「……」


 ――おいおい、男子禁制じゃなかったのか?


 俺は坐したまま、(ほぼ)視線だけで後方の男を推測した。


 ――クセのある黒髪を後頭部の旋毛(つむじ)の位置で結わえた総髪


 ――身長は百八十は在るだろうか?


 ガッシリとした肩幅に背中に太刀を背負った男は、切れ長で吊り目。


 鼻筋は通り口元は真一文字に締まって……


 中々精悍な面魂(つらだましい)だ。


 「虎十郎(こじゅうろう)。この者を捕縛しろ、抵抗するようならば斬って構わん!」


 「……承知」


 主人の命令に頷いた男は、背負った刀の柄に手を沿わせて俺の背後から歩み寄る。


 「……」


 ――顎下(がくか)から首、胸元にかけて古傷があるな……


 衣服に半ば隠れてはいるが、見えている部分から察するに刀傷(それ)は腰まで袈裟斬りに抜けているだろう。


 ――まず、古戦場の傷だろうが……


 治り具合から随分前のものみたいだが、見た感じその深さから死線を彷徨うほどのものだったろう。


 「客人、主命なれば無作法を許されよ」


 ――可成りの男だ


 ――可成り……手強い!


 俺を捕らえるため、場合によっては斬り捨てるために、


 直ぐ背後に立った男は刀を……


 「あの、日出衡(ひでひら)様。臨海(りんかい)王様のお連れの方々の準備が整われた様で……」


 ――!?


 ちょうどその瞬間!


 開け放たれたままの同じく入口付近に(かしづ)いた女中の声が響く。


 ――おおっ、ナイスタイミング!


 俺は密かに握った拳を解き、正面の藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)を見る。


 「…………ふ、かはは……命拾いしたな、臨海(りんかい)王。一先ずは酒宴の続きだ」


 途端に禿げ親父から殺気は薄れ、そして手を上げて俺の背後に立った物騒な男に促す。


 「……はっ」


 ――チャキ!


 抜きかけた背中の刀を戻す男。


 「本当に運が良いな。虎十郎(こじゅうろう)戦場(いくさば)きっての手練れ五人であっても同時に相手を出来る程の強者(つわもの)で在る故なぁ?」


 「……」


 成る程……藤堂(ふじどう) 日出衡(ひでひら)の言い様は嘘ではないだろう。


 納刀と共に波が引く様に消えた威圧感。


 確かに希に見る強者(つわもの)だろう。


 そのまま日出衡(ひでひら)の後ろに控えて立つ男を見やって俺は苦笑いする。


 「それで……取りあえず俺の話を聞く気にはなったのか?」


 俺の問いかけに”奥泉(おくいずみ)奸雄(かんゆう)”は答えた。


 「()れはどうか……しかし」


 「しかし?」


 「取りあえずは”花”だっ!!貴様が持参せし臨海(りんかい)産の花が如何(いか)ほどかっ!?我が奥泉(おくいずみ)が誇るこの花々にどれ程健闘できようかっ!?吟味してやろうではないかっ!!」


 国家の行方より先ずは未だ見ぬ異国の花に興味津々って……


 ――どんだけ女好きなんだよっ!この禿げ親父!


 四角い(まなこ)の禿げた親父は実に愉しみだという口調で笑っていたのだった。


 第八話「奥泉行路(おうせんこうろ) 弐」END

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