表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
下天の幻器編
177/329

第三話「白金姫の焦燥」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第三話「白金(プラチナ)姫の焦燥」


 旺帝(おうてい)領”那古葉(なごは)”は東の最強国にとって領土の西側を支える最重要拠点である。


 同じく旺帝(おうてい)領最西端に位置していた嘗ての旺帝(おうてい)領”香賀美(かがみ)領”と並ぶほど屈指の商業都市であって、”香賀美(かがみ)”が本州北の(あかつき)海に面する海上交易盛んな都市なれば、”那古葉(なごは)”は本州南側の太平(おおだいら)海を舞台に交易で栄える大都市だった。


 そして”那古葉(なごは)”は――


 大要塞とも呼ぶべき巨城、那古葉(なごは)城を擁する事でも察せられる様に、東の最強国である旺帝(おうてい)が西の大国である天都原(あまつはら)を筆頭とする敵対国達を牽制する最重要軍事拠点でもあることは周知であった。


 例えば、”蟹甲楼(かいこうろう)”なる偉築物は、(かつ)て存在した最強海洋国家、南阿(なんあ)が誇りし小幅轟(おのごう)島の海上大要塞……


 荒波の最中に天を貫くが如くそそり立つ黒き鋼鉄の壁!


 堅き黒甲羅を(まと)大蟹(だいかい)、”蟹甲楼(かいこうろう)”!


 その化物と並び立つ地上の大要塞がこの地の”那古葉(なごは)城”で間違い無いと(うた)われる!


 ――方や海の”黒き鋼鉄の大蟹(だいかい)蟹甲楼(かいこうろう)


 ――方や陸の”黄金の(さかまた)那古葉(なごは)城”


 この二物に世の誰もが共通させられる認識は……


 真に”難攻不落”!!


 この一言のみだ。


 ――

 ―


 その那古葉(なごは)領の領都である”境会(さかえ)”から離れること数十キロメートル西の地、”真隅田(ますみだ)”の城にてある軍議が行われていた――


 「はいはい、確かにここまでは順調ですよ?ええ、順調ですとも!けど、ここから先は旺帝(おうてい)も完全本気モードですし、境会(さかえ)には名高き旺帝(おうてい)八竜の甘城(あまぎ) 寅保(ともやす)が居ますしねえ!あ、あと……なにより攻略対象はあの”那古葉(なごは)城”ですよ!?この先はそう簡単には……」


 眼鏡をかけた、少し小太りした青年が唾を飛ばして必死に主張する。


 「それもそうだが……境会(さかえ)を攻略しないことには那古葉(なごは)領の制圧は完了しないだろう?どちらにしてもだ、そろそろ動かない訳にはいかないんじゃないか?ええと……ウチワ君?」


 眼鏡をかけた小太り青年に反論したのはこれまた眼鏡をかけた中々容姿の整った青年。


 ただ此方(こちら)の眼鏡はどうも伊達らしく、また右側の瞳が微妙に不自然な光りを放っていた。


 「……」


 ”良く出来て”はいるが……


 その青年の右目は義眼であり、間近で観察すると義眼の目尻には小さい傷もある。


 「だろ?ウチワ君」


 右目が義眼である青年の名は”穂邑(ほむら) (はがね)


 もとは東の最強国”旺帝(おうてい)”の人間ではあるが、現在の旺帝(おうてい)王”燐堂(りんどう) 天成(あまなり)”にではなく……


 新しく”正統・旺帝(おうてい)”を名乗る国家元首、”燐堂(りんどう) 雅彌(みやび)”姫に仕える将軍だ。


 「確かにそうですがねぇ、穂邑(ほむら)さん。僕としては時期尚早だと思うんですよ。もっとこう、万全な準備を整えて…………って!あと、僕は”ウチワ”でなく内谷(うちや)!だれが夏の送風具ですか!?」


 自身の名を訂正した眼鏡で小太りの青年は、大テーブル上に広げた那古葉(なごは)領地図の上へと木製の駒を複数個、サッサと忙しく器用に動かして、そして戦の陣容を提示してみせる。


 「……ううん、というか確かに手堅いが……これだと開戦までの用意に三ヶ月はかかるんじゃないか?」


 「……」


 「う!?……ま、まぁ……それだけあの城は強固で、攻略は難しいってことで……」


 穂邑(ほむら) (はがね)の指摘に内谷(うちや)は一瞬ギクリとした表情を見せた後、額の脂汗を拭って明後日の方向を向く。


 ――難攻不落の”那古葉(なごは)城”攻略……


 この小太り男は暗にそれは不可能であり、ここは諦めて撤退をと言っているのだ。


 「ええと、つまりですねぇ、ここは鈴原(すずはら)君の援軍を待って、後はそちらに任せるっていうか……」


 「おいおい、それは……」


 バンッ!


 その場にテーブルを激しく叩く音が響く!


 それは内谷(うちや)の消極的な作戦に呆れた”正統・旺帝(おうてい)”の穂邑(ほむら) (はがね)が反応したので無く……


 「ウッチー?問題外!別の作戦!!」


 作戦テーブルを叩いて立ち上がったのは――


 「う……く、久井瀬(くいぜ)さん」


 おどおどとした様子でその声の主に視線を送る内谷(うちや)


 「別の!」


 それを受けるのは先ほどまで二人のやり取りを黙って聞いていた少女、少しばかり表情乏しいが抜群に整った容姿の美少女である。


 「け、けど……やっぱ危険だし……」


 少女の険のある視線を受けながらも逃げ腰で怖ず怖ずと立ち上がる小太り青年。


 バンッ!


 「うひっ!」


 美少女は、あわよくばそのまま作戦会議場を後にしようとする内谷(うちや)に対しさらにテーブルを叩いて威嚇する。


 「……」


 抜きん出た美貌を所持するも、表情乏しいのが玉に瑕な美少女も、今回ばかりはそのリアクションからご機嫌麗しくないのは確かだった。


 「く、久井瀬(くいぜ)さん」


 白磁のようなきめ細かい白い肌。


 整った輪郭に、それに応じる以上の美しい目鼻(パーツ)、白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。


 そして特筆するべきはその双瞳(ひとみ)……


 プラチナブロンドの美少女の瞳は、輝く銀河を再現したような白金(プラチナ)の瞳……


 それはまさに幾万の星の大河の双瞳(ひとみ)だった。


 「隊長命令!ウッチー!」


 その至宝の双瞳(ひとみ)で突き刺すように、部下である小太り青年を追い立てる。


 白金(プラチナ)の軽装鎧を身に(まと)った紛れもない美少女の名は久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)だ。


 「”さいか”が言ってたわ、作戦面はウッチーに任せておけば取りあえずオッケーだって」


 「う……す、鈴原(すずはら)君が?」


 その久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)が率いる臨海(りんかい)軍、那古葉(なごは)攻略部隊の副官を務めるのが、この眼鏡で小太りの青年……内谷(うちや) 高史(たかふみ)だった。


 彼は”近代国家世界”では臨海(りんかい)高校三年で、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)の同級生であり、この”戦国世界”では最近まで”元軍人”であった。


 「ウッチー!」


 「う……はい」


 つまり、既に除隊していたのをつい二ヶ月程前に鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)の強引な手法で軍復帰させられた不幸な男である。


 「俺からも頼むよ、ウッチー。那古葉(なごは)制圧は俺達、正統・旺帝(おうてい)の絶対条件だからな」


 「いやいや!穂邑 鋼(アンタ)さんに”ウッチー”呼ばれる筋合いは無いっしょ!」


 不服そうにそうツッコミながらも、ウッチーこと内谷(うちや) 高史(たかふみ)は頭を抱え再び作戦テーブルの席に腰を下ろす。


 「なんでこんなことに……だいたい僕は……うう……あれがこうなって……それで……」


 グチグチと泣き言を言いながらも作戦図と格闘を始める内谷(うちや) 高史(たかふみ)


 そしてそれを確認した臨海(りんかい)軍指揮官の久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)と正統・旺帝(おうてい)軍指揮官、穂邑(ほむら) (はがね)は打ち合わせを続けるのだった。


 ――

 ―


 ――この状況から遡ること二ヶ月とちょっと前のこと


 大きな時系列では、天都原(あまつはら)で勃発した”尾宇美(おうみ)城大包囲網戦”の後、臨海(りんかい)領内での赤目(あかめ)反乱鎮圧直後の話になる。


 「ウッチーなら問題無いだろ?雪白(ゆきしろ)の副官として丁度いい」


 長州門(ながすど)と共闘して七峰(しちほう)領土内”坂居湊(さかいみなと)”攻略へと進発する前に、


 俺は並行して進めていた軍事作戦、正統・旺帝(おうてい)との旺帝(おうてい)領”那古葉(なごは)”攻略作戦の部隊編成を旧赤目(あかめ)領にある小津(おづ)城にて進めていた。


 「”内谷(うちや) 高史(たかふみ)”ですか?確かに才能は認めますが、軍人としては慎重に期過ぎ、精気の無さも顕著でありますし少々適正に欠けるかと……」


 側近である宗三(むねみつ) (いち)は俺の提案にそう返す。


 「ウッチーはやる気無しで超堅実だからなぁ」


 「では、やはり別の人選を……」


 「けど有能だ」


 その言には同意しつつも俺は意思を変えない。


 「……」


 呟いた俺の言葉に(いち)が無言を返す。


 「最嘉(さいか)様の中ではもう決められている事なのですね」


 特に不満無く納得した顔でそう言う(いち)


 「ていうか、なぁ?もう既に軍に復帰させた」


 「っ!?」


 さらに俺はアッサリとそう続ける。


 これには流石の宗三(むねみつ) (いち)も少し呆れた様な顔をしたが、再び俺に問う。


 「そういう事ならば……しかし、よくもあの”面倒くさがりな臆病者が”それ”を承諾したものですね」


 「…………」


 ――おいおい、(いち)さんや


 もうちょっとオブラートに……


 というか、悲しくもその表現がピッタリなのがウッチーのチャームポイントだ。


 「それはな……”美女と長時間過ごせてハラハラドキドキの高給バイト!”があるって釣り上げてだな、実は軍の仕事だと分かって後でグダグダ言う奴に、それじゃあと……強引に賭け事に持ち込んで無理矢理了承させたってわけだ」


 「…………」


 俺の回答に(いち)は無言で頭を抱える。


 「どうした(いち)?別に俺は奴に対して嘘は言ってないし賭けも真っ当な……」


 そうだ、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)は正真正銘”超美少女”だし、戦場はハラハラドキドキの連続だ!


 「…………賭けには何を用いて?」


 盗人猛々しく主張する俺に、(いち)は半ばあきらめ顔にて溜息交じりに聞いてくる。


 「ああ?言っただろ?真っ当な方法……”五分(ごぶ)”の条件だって」


 そう、著しく優劣の差があるものでは賭けとは言えない。


 俺の言葉に宗三(むねみつ) (いち)は直ぐにピンときたようだった。


 「ロイ・デ・シュヴァリエ……ですか」


 ――ロイ・デ・シュヴァリエ


 それは二つの陣営に別れた白と黒の多様な駒を駆使して優劣を競う盤面遊戯(ゲーム)だ。


 縦十六マス、横十六マスの戦場で、(ロワ)騎士(シュヴァリエ)槍兵(ランス)弓兵(アルク)斥候(エスピオン)歩兵(ファンタサン)市民(ナシオン) という七種類の駒を操り、基本的には(ロワ)を討ち取るのが最終目的である。


 簡単に言うと、白陣営(ブラン)黒陣営(ノワル)に別れたチェスのような駒取りゲームだが、色々なルールが加味されてより複雑且つ実戦重視で戦略的に仕上がっているせいか、この世界では一般市民から指揮官、将軍、王侯貴族まで広く普及していた。


 そして俺は、この戦略遊戯(シミュレーション)では()天都原(あまつはら)の天才、無垢なる深淵(ダーク・ビューティー)の”京極(きょうごく) 陽子(はるこ)”嬢以外には負けたことが無いのだ。


 ――とはいえ……


 (くだん)の”内谷(うちや) 高史(たかふみ)”とは比較的良い勝負をする。


 というか、我が臨海(りんかい)に於いて鈴原 最嘉(オレ)に匹敵するのは内谷 高史(ヤツ)ぐらいなのだ。


 「まぁ……最嘉(さいか)様が既にお決めになった事ならば私がとやかく言うことでは無いですが、那古葉(なごは)攻略は決して失敗の許されない戦です」


 そして切り替えた宗三(むねみつ) (いち)が向ける真剣な瞳に対して俺はニヤリと笑ったのだった。


 「だから……”久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)”と”内谷(うちや) 高史(たかふみ)”の組み合わせなんだよ」


 ――


 再び時は進み、場所は那古葉(なごは)領都”境会(さかえ)”から数十キロメートル西の地にある臨海勢力下の真隅田(ますみだ)城に戻る――


 「わ、わかりましたって……うう……一応、那古葉(なごは)城に対峙するまでは御膳立て出来るかなぁとは思うんだけど……けど、やっぱりあの城はなぁ……」


 暫し作戦図と睨めっこし、軍部隊を象った駒をあーでもないこーでもないと不気味な独り言と共に動かしていた内谷(うちや) 高史(たかふみ)は、やがて視線を上げてから……


 共同軍事作戦遂行中の同盟国である”独眼竜”と、自陣営の上官である”白金(プラチナ)の騎士姫”に訴える。


 「……」


 「……」


 そしてそれを受け――


 二人の将軍は無言ながら同時に小さく頷いた。


 流石は(すず)(はら) 最嘉(さいか)に見込まれた逸材、内谷(うちや) 高史(たかふみ)


 無理難題を押しつけられ、イヤイヤに対応策を模索していた割には迅速で優秀な対応だ。


 「そうだな、とりあえずはそれで上出来とするか」


 ”独眼竜”穂邑(ほむら) (はがね)は立ち上がり、


 「……」


 ”白金(プラチナ)の騎士姫”久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)も同様に席を立つ。


 「だったら直ぐに取りかかるから、穂邑(ほむら)もウッチーも準備をして」


 そして雪白(ゆきしろ)は素っ気なく言うと、足早にその場を退出して行く。


 「…………」


 「なんだか忙しないな?臨海(そっち)の”終の天使(ヴァイス・ヴァルキル)”殿は」


 穂邑(ほむら) (はがね)の感想に内谷(うちや) 高史(たかふみ)は、あからさまに”はぁっ”と溜息を吐いてから作戦テーブルに”ぐでっ”と突っ伏した。


 「色々とあるんスよ、多分……てか、ほんっと!鈴原(すずはら)君は超超可愛い()達にモテモテでぇーー羨ましいなぁぁーー!!」


 ――

 ―


 一方、真隅田(ますみだ)城の会議室を出た白金(プラチナ)の騎士姫は……


 「…………」


 独り硬い表情、愛らしい桜色の唇を引き締めて歩いていた。


 「まだ……まだ、那古葉(なごは)城を落とさないと、さいかには……」


 腰に装備した精巧な飾り細工の施された、白漆の鞘が艶っぽく輝く見目麗しき純白の佳人……


 本人も意識してないだろう彼女は、愛刀”白鷺(しらさぎ)”の柄をグッと握っていた。


 ――旺帝(おうてい)領、那古葉(なごは)攻略に入ってから真隅田(ますみだ)瀬陶(せとう)安成(あんじょう)


 瞬く間に各地を制圧した臨海(りんかい)と正統・旺帝(おうてい)連合軍の快進撃は続く。


 「……」


 だがそれでも、臨海(りんかい)軍司令官、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)はそれでも足りないと先を急いでいた。


 「……」


 今まで見せたことの無い彼女の焦り……


 今まで皆無だった手柄への執着……


 臨海(りんかい)の”終の天使(ヴァイス・ヴァルキル)”と畏怖される白金(プラチナ)の騎士姫が澄んだ”星の大河の双瞳(ひとみ)”には、


 「……ぜったいに……わたしが落とすから……」


 最早、那古葉(なごは)領都”境会(さかえ)”に(そび)え立つ巨城攻略しか入っていなかった。


 「わたしが一番役に立つの……さいかの……」


 幾度も幾度も当然の如く戦場(そこ)に立ち、


 当然の如く死線(それ)を乗り越えてきた少女の存在(シルエット)は、


 此度だけは――


 「ぜったいに……」


 過去(いままで)に無い”危うさ”であった。


 第三話「白金(プラチナ)姫の焦燥」 END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ