第三話「白金姫の焦燥」(改訂版)
第三話「白金姫の焦燥」
旺帝領”那古葉”は東の最強国にとって領土の西側を支える最重要拠点である。
同じく旺帝領最西端に位置していた嘗ての旺帝領”香賀美領”と並ぶほど屈指の商業都市であって、”香賀美”が本州北の暁海に面する海上交易盛んな都市なれば、”那古葉”は本州南側の太平海を舞台に交易で栄える大都市だった。
そして”那古葉”は――
大要塞とも呼ぶべき巨城、那古葉城を擁する事でも察せられる様に、東の最強国である旺帝が西の大国である天都原を筆頭とする敵対国達を牽制する最重要軍事拠点でもあることは周知であった。
例えば、”蟹甲楼”なる偉築物は、曾て存在した最強海洋国家、南阿が誇りし小幅轟島の海上大要塞……
荒波の最中に天を貫くが如くそそり立つ黒き鋼鉄の壁!
堅き黒甲羅を纏う大蟹、”蟹甲楼”!
その化物と並び立つ地上の大要塞がこの地の”那古葉城”で間違い無いと謳われる!
――方や海の”黒き鋼鉄の大蟹”蟹甲楼”
――方や陸の”黄金の鯱”那古葉城”
この二物に世の誰もが共通させられる認識は……
真に”難攻不落”!!
この一言のみだ。
――
―
その那古葉領の領都である”境会”から離れること数十キロメートル西の地、”真隅田”の城にてある軍議が行われていた――
「はいはい、確かにここまでは順調ですよ?ええ、順調ですとも!けど、ここから先は旺帝も完全本気モードですし、境会には名高き旺帝八竜の甘城 寅保が居ますしねえ!あ、あと……なにより攻略対象はあの”那古葉城”ですよ!?この先はそう簡単には……」
眼鏡をかけた、少し小太りした青年が唾を飛ばして必死に主張する。
「それもそうだが……境会を攻略しないことには那古葉領の制圧は完了しないだろう?どちらにしてもだ、そろそろ動かない訳にはいかないんじゃないか?ええと……ウチワ君?」
眼鏡をかけた小太り青年に反論したのはこれまた眼鏡をかけた中々容姿の整った青年。
ただ此方の眼鏡はどうも伊達らしく、また右側の瞳が微妙に不自然な光りを放っていた。
「……」
”良く出来て”はいるが……
その青年の右目は義眼であり、間近で観察すると義眼の目尻には小さい傷もある。
「だろ?ウチワ君」
右目が義眼である青年の名は”穂邑 鋼”
もとは東の最強国”旺帝”の人間ではあるが、現在の旺帝王”燐堂 天成”にではなく……
新しく”正統・旺帝”を名乗る国家元首、”燐堂 雅彌”姫に仕える将軍だ。
「確かにそうですがねぇ、穂邑さん。僕としては時期尚早だと思うんですよ。もっとこう、万全な準備を整えて…………って!あと、僕は”ウチワ”でなく内谷!だれが夏の送風具ですか!?」
自身の名を訂正した眼鏡で小太りの青年は、大テーブル上に広げた那古葉領地図の上へと木製の駒を複数個、サッサと忙しく器用に動かして、そして戦の陣容を提示してみせる。
「……ううん、というか確かに手堅いが……これだと開戦までの用意に三ヶ月はかかるんじゃないか?」
「……」
「う!?……ま、まぁ……それだけあの城は強固で、攻略は難しいってことで……」
穂邑 鋼の指摘に内谷は一瞬ギクリとした表情を見せた後、額の脂汗を拭って明後日の方向を向く。
――難攻不落の”那古葉城”攻略……
この小太り男は暗にそれは不可能であり、ここは諦めて撤退をと言っているのだ。
「ええと、つまりですねぇ、ここは鈴原君の援軍を待って、後はそちらに任せるっていうか……」
「おいおい、それは……」
バンッ!
その場にテーブルを激しく叩く音が響く!
それは内谷の消極的な作戦に呆れた”正統・旺帝”の穂邑 鋼が反応したので無く……
「ウッチー?問題外!別の作戦!!」
作戦テーブルを叩いて立ち上がったのは――
「う……く、久井瀬さん」
おどおどとした様子でその声の主に視線を送る内谷。
「別の!」
それを受けるのは先ほどまで二人のやり取りを黙って聞いていた少女、少しばかり表情乏しいが抜群に整った容姿の美少女である。
「け、けど……やっぱ危険だし……」
少女の険のある視線を受けながらも逃げ腰で怖ず怖ずと立ち上がる小太り青年。
バンッ!
「うひっ!」
美少女は、あわよくばそのまま作戦会議場を後にしようとする内谷に対しさらにテーブルを叩いて威嚇する。
「……」
抜きん出た美貌を所持するも、表情乏しいのが玉に瑕な美少女も、今回ばかりはそのリアクションからご機嫌麗しくないのは確かだった。
「く、久井瀬さん」
白磁のようなきめ細かい白い肌。
整った輪郭に、それに応じる以上の美しい目鼻、白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
そして特筆するべきはその双瞳……
プラチナブロンドの美少女の瞳は、輝く銀河を再現したような白金の瞳……
それはまさに幾万の星の大河の双瞳だった。
「隊長命令!ウッチー!」
その至宝の双瞳で突き刺すように、部下である小太り青年を追い立てる。
白金の軽装鎧を身に纏った紛れもない美少女の名は久井瀬 雪白だ。
「”さいか”が言ってたわ、作戦面はウッチーに任せておけば取りあえずオッケーだって」
「う……す、鈴原君が?」
その久井瀬 雪白が率いる臨海軍、那古葉攻略部隊の副官を務めるのが、この眼鏡で小太りの青年……内谷 高史だった。
彼は”近代国家世界”では臨海高校三年で、鈴原 最嘉や久井瀬 雪白の同級生であり、この”戦国世界”では最近まで”元軍人”であった。
「ウッチー!」
「う……はい」
つまり、既に除隊していたのをつい二ヶ月程前に鈴原 最嘉の強引な手法で軍復帰させられた不幸な男である。
「俺からも頼むよ、ウッチー。那古葉制圧は俺達、正統・旺帝の絶対条件だからな」
「いやいや!穂邑 鋼さんに”ウッチー”呼ばれる筋合いは無いっしょ!」
不服そうにそうツッコミながらも、ウッチーこと内谷 高史は頭を抱え再び作戦テーブルの席に腰を下ろす。
「なんでこんなことに……だいたい僕は……うう……あれがこうなって……それで……」
グチグチと泣き言を言いながらも作戦図と格闘を始める内谷 高史。
そしてそれを確認した臨海軍指揮官の久井瀬 雪白と正統・旺帝軍指揮官、穂邑 鋼は打ち合わせを続けるのだった。
――
―
――この状況から遡ること二ヶ月とちょっと前のこと
大きな時系列では、天都原で勃発した”尾宇美城大包囲網戦”の後、臨海領内での赤目反乱鎮圧直後の話になる。
「ウッチーなら問題無いだろ?雪白の副官として丁度いい」
長州門と共闘して七峰領土内”坂居湊”攻略へと進発する前に、
俺は並行して進めていた軍事作戦、正統・旺帝との旺帝領”那古葉”攻略作戦の部隊編成を旧赤目領にある小津城にて進めていた。
「”内谷 高史”ですか?確かに才能は認めますが、軍人としては慎重に期過ぎ、精気の無さも顕著でありますし少々適正に欠けるかと……」
側近である宗三 壱は俺の提案にそう返す。
「ウッチーはやる気無しで超堅実だからなぁ」
「では、やはり別の人選を……」
「けど有能だ」
その言には同意しつつも俺は意思を変えない。
「……」
呟いた俺の言葉に壱が無言を返す。
「最嘉様の中ではもう決められている事なのですね」
特に不満無く納得した顔でそう言う壱。
「ていうか、なぁ?もう既に軍に復帰させた」
「っ!?」
さらに俺はアッサリとそう続ける。
これには流石の宗三 壱も少し呆れた様な顔をしたが、再び俺に問う。
「そういう事ならば……しかし、よくもあの”面倒くさがりな臆病者が”それ”を承諾したものですね」
「…………」
――おいおい、壱さんや
もうちょっとオブラートに……
というか、悲しくもその表現がピッタリなのがウッチーのチャームポイントだ。
「それはな……”美女と長時間過ごせてハラハラドキドキの高給バイト!”があるって釣り上げてだな、実は軍の仕事だと分かって後でグダグダ言う奴に、それじゃあと……強引に賭け事に持ち込んで無理矢理了承させたってわけだ」
「…………」
俺の回答に壱は無言で頭を抱える。
「どうした壱?別に俺は奴に対して嘘は言ってないし賭けも真っ当な……」
そうだ、久井瀬 雪白は正真正銘”超美少女”だし、戦場はハラハラドキドキの連続だ!
「…………賭けには何を用いて?」
盗人猛々しく主張する俺に、壱は半ばあきらめ顔にて溜息交じりに聞いてくる。
「ああ?言っただろ?真っ当な方法……”五分”の条件だって」
そう、著しく優劣の差があるものでは賭けとは言えない。
俺の言葉に宗三 壱は直ぐにピンときたようだった。
「ロイ・デ・シュヴァリエ……ですか」
――ロイ・デ・シュヴァリエ
それは二つの陣営に別れた白と黒の多様な駒を駆使して優劣を競う盤面遊戯だ。
縦十六マス、横十六マスの戦場で、王、騎士、槍兵、弓兵、斥候、歩兵、市民 という七種類の駒を操り、基本的には王を討ち取るのが最終目的である。
簡単に言うと、白陣営と黒陣営に別れたチェスのような駒取りゲームだが、色々なルールが加味されてより複雑且つ実戦重視で戦略的に仕上がっているせいか、この世界では一般市民から指揮官、将軍、王侯貴族まで広く普及していた。
そして俺は、この戦略遊戯では彼の天都原の天才、無垢なる深淵の”京極 陽子”嬢以外には負けたことが無いのだ。
――とはいえ……
件の”内谷 高史”とは比較的良い勝負をする。
というか、我が臨海に於いて鈴原 最嘉に匹敵するのは内谷 高史ぐらいなのだ。
「まぁ……最嘉様が既にお決めになった事ならば私がとやかく言うことでは無いですが、那古葉攻略は決して失敗の許されない戦です」
そして切り替えた宗三 壱が向ける真剣な瞳に対して俺はニヤリと笑ったのだった。
「だから……”久井瀬 雪白”と”内谷 高史”の組み合わせなんだよ」
――
再び時は進み、場所は那古葉領都”境会”から数十キロメートル西の地にある臨海勢力下の真隅田城に戻る――
「わ、わかりましたって……うう……一応、那古葉城に対峙するまでは御膳立て出来るかなぁとは思うんだけど……けど、やっぱりあの城はなぁ……」
暫し作戦図と睨めっこし、軍部隊を象った駒をあーでもないこーでもないと不気味な独り言と共に動かしていた内谷 高史は、やがて視線を上げてから……
共同軍事作戦遂行中の同盟国である”独眼竜”と、自陣営の上官である”白金の騎士姫”に訴える。
「……」
「……」
そしてそれを受け――
二人の将軍は無言ながら同時に小さく頷いた。
流石は鈴原 最嘉に見込まれた逸材、内谷 高史。
無理難題を押しつけられ、イヤイヤに対応策を模索していた割には迅速で優秀な対応だ。
「そうだな、とりあえずはそれで上出来とするか」
”独眼竜”穂邑 鋼は立ち上がり、
「……」
”白金の騎士姫”久井瀬 雪白も同様に席を立つ。
「だったら直ぐに取りかかるから、穂邑もウッチーも準備をして」
そして雪白は素っ気なく言うと、足早にその場を退出して行く。
「…………」
「なんだか忙しないな?臨海の”終の天使”殿は」
穂邑 鋼の感想に内谷 高史は、あからさまに”はぁっ”と溜息を吐いてから作戦テーブルに”ぐでっ”と突っ伏した。
「色々とあるんスよ、多分……てか、ほんっと!鈴原君は超超可愛い娘達にモテモテでぇーー羨ましいなぁぁーー!!」
――
―
一方、真隅田城の会議室を出た白金の騎士姫は……
「…………」
独り硬い表情、愛らしい桜色の唇を引き締めて歩いていた。
「まだ……まだ、那古葉城を落とさないと、さいかには……」
腰に装備した精巧な飾り細工の施された、白漆の鞘が艶っぽく輝く見目麗しき純白の佳人……
本人も意識してないだろう彼女は、愛刀”白鷺”の柄をグッと握っていた。
――旺帝領、那古葉攻略に入ってから真隅田、瀬陶、安成と
瞬く間に各地を制圧した臨海と正統・旺帝連合軍の快進撃は続く。
「……」
だがそれでも、臨海軍司令官、久井瀬 雪白はそれでも足りないと先を急いでいた。
「……」
今まで見せたことの無い彼女の焦り……
今まで皆無だった手柄への執着……
臨海の”終の天使”と畏怖される白金の騎士姫が澄んだ”星の大河の双瞳”には、
「……ぜったいに……わたしが落とすから……」
最早、那古葉領都”境会”に聳え立つ巨城攻略しか入っていなかった。
「わたしが一番役に立つの……さいかの……」
幾度も幾度も当然の如く戦場に立ち、
当然の如く死線を乗り越えてきた少女の存在は、
此度だけは――
「ぜったいに……」
過去に無い”危うさ”であった。
第三話「白金姫の焦燥」 END