第二話「違和感」後編(改訂版)
第二話「違和感」後編
「ああ、そうだった。弥代、それで今回の作戦内容だが……」
斯くして宮郷 弥代の参戦を認めた俺は改めて作戦内容を説明する。
「……」
俺の説明を大人しく聞く弥代。
一通り説明を終えた後、俺はふと気になった事を聞いてみる。
「ところで弥代、作戦参加を懇願する為にお前は態々と小津まで来たのか?」
宮郷 弥代の領地、宮郷領は臨海の本拠、九郎江からは近いがこの旧赤目領の小津にはかなり遠い。
「そうねぇ、約束通り宮郷領の騒動に手を尽くしてくれたサイカくんにはちゃんと会ってお礼を言うのが筋だし、それに誕生日のお祝いも兼ねてねぇ」
ポニーテールの女は笑みを浮かべて懐からそっと長方形の紙束を出した。
「なるほど……てか、相変わらず変なところで律儀だな、宮郷 弥代」
あの病室で交わした約束通り、俺は宮郷領主である弥代の父と二人の兄に使いを送り、色々な問題事を……
――つまり、半ば脅しのような方法で片付けた
それは、一昔前ならいざ知らず、今や臨海は暁の”七大国家会議”に名を連ねる大国である訳だから易いと言えば易い事でもあったが……
「けど誕生日って……もう二ヶ月以上前だけどなぁ」
俺はそう言いながらも目前の気怠げ女から”誕生祝い”らしいその紙束を受け取って中身を……
「…………」
――中身を?
「おい、これってお前?」
渡されてみて気づいたが、その紙束は書状であり所々に血の染みに彩られていたのだ。
「ふふ、晴れて臨海の傘下に収まった訳だしぃ、やっと大掃除できたので我が君主様にご報告をと、ねぇ」
明らかに眉を顰める俺の前で、ポニーテール美女はニコニコ微笑んで応じる。
――血染めの書状って、笑って渡すモノなのか?
いや、抑もこれが”誕生祝い”とは中々にウィットに富んだプレゼントだ。
「……」
暫し、それに目を通す俺。
――
果たしてそこに書かれていたのは数十人の名前と何らかの指令に対する報告であり、宛先は大国天都原の上層部へだった。
天都原と形だけ同盟国で実際は隷属させられていた小領の宮郷は、裏切らぬように常に間者に監視されていたのだろう。
それが血塗れで尚且つこの女の手にあると言うことは……
つまり宮郷 弥代は、この機に領土内に潜伏していた天都原の間者を一掃したという訳だ。
――血の報復
この瞬間も俺の目の前で愉しそうに微笑んでいる朱い唇だが、それは天都原……いや、正確には実質的な支配者である藤桐 光友に対する宣戦布告を嬉々として成したと同意だ。
いやもっと正確に言えば……
喧嘩を売ったのは宮郷を傘下に収めた鈴原 最嘉の臨海と見られても仕方が無いという事実。
「お前な、幾ら今まで腹に据えかねていたからって……」
「臨海ではそうしないのかしら?」
諫めると言うより呆れて出た俺の言葉を最後まで待たずに即応するポニテ美女。
――ちっ!
そうしない?……他国による間者への対応という意味か?
「”藤桐のは”排除しているが……って、そう言う話じゃないだろ!?」
咄嗟に俺はそう答えそうになり、慌てて言い直す。
やはり油断も隙も無い女だ、宮郷 弥代は。
――
実際、形は違うが臨海にも天都原の間者は多数送り込まれて来る。
当然”それなり”に対処はしているが……
「それは今は関係無いだろうが」
悪びれずに俺を見据えている女を俺は睨んでいた。
――全く、幾ら俺と藤桐 光友とは険悪な関係だからと言って余計な厄介ごとを増やしやがって……
「サイカくんも、もう十八なのねぇ。ふぅん、これで十八歳未満お断りの”いかがわしい店”にも大手を振って入れるわねぇ?」
「…………は?」
――こ、この女?都合が悪くなって急に話題を変な方向へ……
というか、それは”近代国家世界”での常識でこの”戦国世界”では関係無いだろうに。
戦国世界では”成人年齢”は特に指定は無い、俺が戦場に出たのも十一の時だしな。
――改めて考えてみれば奇妙なことだが……
”近代国家世界”と”戦国世界”の倫理観はかなり乖離しているよな。
こう言った風習や慣例もそうだが、謂わば命の価値すらも……
そういうものだと、あまり気にもしてなかったがよくよく考えると世界は切り替わっても其所に住む人々の記憶は同じ、中身は同一なわけだから其れはおかしくないか?
――いったい何時からだ?
世界が二つの異なる世界に分断されたのは、もう数百年も前の事だが……
――なら、何時からそういうふうに価値観が別たれた?
「…………」
不思議な事に、俺の記憶にも知識にも、そういう関連情報は皆無だった。
というか……
”それ”が異質だと考えたことも無かった。
――いや、考えられないようになっていた?
「…………」
この不気味な違和感、なにかに似ていないか?
――そう……
――それは……
俺は不意に香賀城内の大広間で”暗黒の美姫”と交わした会話を思い出す。
――
”俺、会ってるんだよっ!!それも最近!くそっ、なんで今の今まで……”
”ちょ、ちょっと最嘉?……会ってるって?……あの怪人に?”
あの時の会話でも俺は思った。
”何故だ!何故今までそれに結びつかなかった!”
と――
性別も年齢も似ても似つかないが、
――”不自然に顔を覆い隠した怪しい人物”
共通点はそれだけ……
たった”それだけ”なのに俺は、なんの根拠も無くそう確信出来たのだ。
なのに……
記憶と思考が全く繋がらなかった。
不自然なほどに……
――
そう……
これはあの時の違和感と同種だ。
「……」
――”幾万 目貫”
幾百、幾千、幾万、幾星霜を経ても、どんな場所でもあらゆる事を見抜く、何者でも無い傍観者。
そして眼を抜く……其れは”魔眼を奪うモノ”若しくは”奪還するモノ”を指す。
遙か昔、存在したという恐怖。
十二の邪眼を持つ災厄の魔獣”バシルガウ”を復活させる……いや、そのものである!
「……」
ならばこの世界は……
不自然に引き裂かれたこの世界とは……
――いいや!
抑も本当に引き裂かれたのか?
一つのモノが二つに?
技術レベルに始まり、基本的価値観さえこれほどの齟齬が存在する世界が?
死さえ意味を成さない”近代国家世界”と
その世界の技術と知識、経験を以てしてもそれを成立し得ない”戦国世界”が?
其所に住まう人々がその事に疑問さえ抱かずに存在しうるこの二つの世界が……
「…………」
いや、つまりこれ――
この二つの世界という設定そのものが抑も何者かに用意されたものではないのか?
――だとしたら、なんの為に?
五人の”魔眼の姫”達は、俺達はなんのためにこの別たれた世界に存在を……
そういう考えに至るのは、流石に俺の想像力が豊か過ぎるのだろうか?
「…………」
――
「そうそう!”十八歳未満お断り”と言えばぁ?何年か前の天都原と旺帝の戦で駆り出された時にぃ、サイカくんとスミヨシはなぜか示し合わせた様に作戦開始予定日の何日も前に現地に到着してたけどぉ……アレってその場所が”岐羽嶌”だったのと関係があるのかしらぁ?」
「ぐはっ!」
思考の海へと意識を向けていた俺は、その女の”あっけらかん”とした言葉に強引に引き戻される。
――こ、この”毎日気怠げ女”……な、何が言いたい!
「い、いや……あれは……」
そして……
それに俺がこうも狼狽えるのには理由があったのだ。
――
旺帝領土の”岐羽嶌領”は天都原領土”尾宇美領”と隣接する地であり、過去に何度も二国による小競り合いが頻発する地だった。
俺達”小国群”はその都度駆り出され、大国にこき使われたものだが……
今、問題となるのはそういう事で無く、その地の特性が問題であった。
――”岐羽嶌領”
其所は全国でも有数の”ムフフ”な歓楽街を擁する都市、”香鳴津恵”の在る場所なのだ!
戦争が多発する地故に真っ当な産業よりもそういった産業が栄えている。
主に兵士……男相手のそういう産業が……
――
「え?そんな……」
「いえ、御館様も年頃の男子ですから」
「う、うわぁ……少しショックですわ」
ヒソヒソと……
俺の耳に聞きたくない会話が入ってくる。
「くっ……弥代、そんな昔の話を持ち出すとは……」
俺はなんとか反論を試みようとするが、
「そうねぇ、昔だわぁ……けど、認めるのね?」
――うっ!
気怠げな垂れ目の奥の、鋭い猛禽の眼光に突き刺される!
「お、俺は……」
別にやましい事など微塵も無い!?
無い……
ことは無いが……
だが、こんな時ほど君主たる者は堂々と!!
俺は君主として決意を固め、堂々と反撃する!
「あ、あれは住吉が、そう!熊谷 住吉がどうしてもと!だ、だから俺は付き合いで……ごにょごにょ」
「…………」
決意を固めた堂々たる君主は何処までも見苦しかった。
――ヒソヒソ……
花園警護隊は更に俺を白い目で見、亀成 多絵は顔を真っ赤に俯いていた。
「さ、最嘉様……流石にその言い逃れは少しばかり見苦し……」
そして安易な欠席裁判に逃げようとする姑息な俺の方便に、同じ男である宗三 壱にさえ呆れられる。
――うぅ
「………………か、解散」
「は?最嘉様?」
ガックリと肩を落とした俺の絞り出した言葉に、側近の宗三 壱が我が耳を疑う顔をする。
「だ・か・らぁ!解散!出発は明後日!怠るなよ!」
俺は少々逆ギレ気味にそう言い放つと有無を言わせぬ早さで立ち上がり、逃げるようにその場を後にしたのだった。
――くぅぅ……情けない
――おぼえてろよ!弥代ぉぉっ!!
――
そうして――
”負け犬”が去った場所に残った毎日気怠げ女は……
「ええ明後日……ね、怠りなく……”もう一つの用事”も済ませておくわね、君主様」
どこか意味深に微笑っていたのだった。
第二話「違和感」後編 END