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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
170/329

第七十話「動乱の幕開け」―新政・天都原―(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第七十話「動乱の幕開け」―新政・天都原(あまつはら)


 天都原(あまつはら)国の領土である”耶摩代(やましろ)”は――


 同じく自領である”尾宇美(おうみ)”南に隣接し、国境の東側は最強国”旺帝(おうてい)”と接する”(あかつき)”本州のほぼ中央に位置する城塞都市であった。


 そしてこの地は旺帝(おうてい)へと侵攻する臨海(りんかい)軍の進路に最も近い天都原(あまつはら)領土でもある。



 「何故(なにゆえ)尾宇美(おうみ)の奪還に動かぬのか!?」


 「紫梗宮(しきょうのみや)の兵は未だ少数、攻めるならこの機を逃してはなりませんっ!!」


 口々に出兵を催促する部下の声に、耶摩代(やましろ)領、主城である淀夜(よどや)城の主座にて……

 男はウンザリだという表情(かお)をして、顔前でやる気なさ気に手を払う仕草をする。


 「光友(みつとも)閣下からも捨て置けと言われてるだろうが?いらん、いらん……」


 上官のその態度に、せっついていた一人の部下が立ち上がる。


 「それはあくまで本軍としては動かぬという方針っ!!我らが地からは尾宇美(おうみ)城は目と鼻の先です!直ちに奪還して光友(みつとも)閣下に”耶摩代(やましろ)”には我ら”東方守備軍”在りと、高らかにアピール出来る好機ではありませんかっ!」


 しかし、興奮気味に力説する部下の姿にも、この地の領主である男は変わらずやる気無い顔で、出兵を指示する気は毛頭無いようであった。


 「……」


 ――出世欲かよ……確かにそれは俺にも大いに在る!……が、だ……


 やる気無い領主は部下の意図に同意しながらも乗り気でない。


 その男は基本的には締まりの無いニヤけ面で緊張感も無い。

 だが戦場で時折見せる鋭い眼光は、それに反して戦士そのものでもあった。


 「藤治朗(とうじろう)様、ここが決断の時ですっ!」


 部下は鼻息も露わに再度、出陣を迫って来る。


 「ばぁか、なに焦ってやがんだ、お前?先日、尾宇美(おうみ)が落とされた時のあの紫梗宮(しきょうのみや)の手並みを忘れたか?」


 ひとつ前の大戦……


 ”尾宇美(おうみ)城大包囲網戦”が一応の終結をし、完全に油断していた藤桐(ふじきり)天都原(あまつはら)陣営の虚を完璧に突いた、紫梗宮(しきょうのみや)京極(きょうごく) 陽子(はるこ)陣営の突然の進軍。


 寡兵であるにも拘わらず、果敢に城を攻めて僅か数時間で制圧に成功すると言う離れ業をやってのけた。


 「藤桐軍(おれたち)が散々に苦労した尾宇美(おうみ)城を数時間で攻略……そんな化け物染みた策士相手に、数の有利のみで挑むなんざ、どういう危機管理能力(リスクヘッジ)だ?馬鹿らしい」


 ニヤけ顔だが眼光の鋭い男、祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)は、(はや)る部下を制して面倒臭そうに頭をかく。


 尾宇美(おうみ)城大包囲網戦の終盤で、ひょんな事から訪れた幸運。

 天都原(あまつはら)国王を奪還する大手柄を上げた藤治朗(とうじろう)は、その功績から一国一城の主に……


 つまり、この”耶摩代(やましろ)”の領主に任命されていたのだった。


 既に天都原(あまつはら)“十剣”という栄誉を所持していた祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)だが、”十剣”といえども階級は普通の将軍と差異は無い。


 あくまでも軍の将校で、“十剣”という呼称は唯の名誉にすぎないのだ。


 だが今回、本人も予期せぬ大手柄で領主という地位を新たに得た祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)は、同じ十剣でも、阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)と同じ貴族階級に名を連ねたという事になる。


 そういう大出世だった。


 そして更には……


 今回、部下が言うように尾宇美(おうみ)城奪還を成せれば……


 「藤治朗(とうじろう)様、ご再考をっ!!この機会を置いては……」


 その手柄の大きさなら、貴族階級としても爵位が上がる可能性は高い。


 ――そうすれば、それこそ前述の二人との差も幾分縮むだろうが……


 と、そんな邪念が湧かない男ではない。

 つまり、欲深い祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)としては、無論、手柄は咽から手が出るほど欲しいのだ。


 ――だが、しかし……今回の紫梗宮(しきょうのみや)の手並み……あれは……


 如何(いか)に、敵が暫く動く事は無いと高をくくっていた藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)の虚を突いたとはいえ、尾宇美(おうみ)城は言わずと知れた堅城だ。


 それはあの”尾宇美城大包囲網戦(いくさ)”で身を以て思い知らされた。


 ――ならやはり……仕込んでいたのだろう……な


 黙り込む祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)の頭脳は、只今損得勘定に忙しい。


 そうは言っても野心多き男は、未だ心のどこかで手柄を諦めきれずに付け入る隙を再確認してしまうのだ。


 ――いつ?


 ――我が藤桐(ふじきり)軍が城を手に入れバタバタとした戦後処理時、その隙に尾宇美(おうみ)城に諜報員を送り込んだか?


 ――それとも……


 ――いいや、あの手並みの淀み無さなら、(むし)ろそれ以前……


 ――城を放棄した時……あの空城の計で一部を燃やした時からかもしれん……


 その方法には到底考えが及ばないが、城攻略の見事さからそう考えるのが妥当で、そんな恐ろしく周到で狡猾な策士にあえて挑むなど……


 そして、やはり何度思考しても、危険(リスク)報酬(リターン)を上回る。


 結果、なるべく楽をして出世するのが信条の祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)の思考は、出兵は問題外だという結論に至った。


 「藤治朗(とうじろう)様っ!!」


 「尾宇美(おうみ)城に入った紫梗宮(しきょうのみや)の兵数は三千程だという報告だが、その部隊長はあの一原(いちはら) 一枝(かずえ)だというではないか」


 だから藤治朗(とうじろう)は無難な言い訳を考えた。


 「一原(いちはら)?……一枝(かずえ)?」


 決断を迫っていた部下達は、一斉に誰だ?というように顔を見合わせる。


 その光景に(わざ)と大袈裟に”ふぅ”と呆れた溜息を吐いた藤治朗(とうじろう)は説明する。


 「おいおい、お前らなぁ……戦場での情報の逐次更新は必須だろ?それを堂々と怠るってぇのは、揃いも揃って自殺志願者の集まりかよ」


 藤治朗(とうじろう)の言は尤もだが、とはいえこの時点で詳細な情報を持つ者は、軍でも上位者くらいであったから、それは無理も無いのだったのだが……


 「一原(いちはら) 一枝(かずえ)っていうのはな、”尾宇美城大包囲網戦(さきのたたかい)”で”王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)”が実在の部隊だと周知されたが、その精鋭の一人だっての」


 「う!確かに、そういえば……」


 薄っすらとだが軍内に流れる噂を覚えていた部下の一人が手を打つ。


 「し、しかし、その王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)が噂通り手練れ揃いと言えど、”将”としての器はまた別の……」


 藤治朗(とうじろう)の馬鹿にした言葉に、部下は赤面しつつも、それでも未だ反論を試みる。


 「ばぁか……はぁ……マジかよ……一原(いちはら) 一枝(かずえ)はなぁ、南の島、日向(ひゆうが)に以前あった”咲母里(さきもり)国”の元家臣、次花(つぐはな) 千代理(ちより)と同一人物だっての」


 ――っ!!


 だがその一言で、見苦しくも未だ自らの意見に(すが)っていた者たちは黙り込んで息を呑む。


 「た、確か、そ、そういえば、何年も前に……紫梗宮(しきょうのみや)がそういう人物を(そば)に置いたという噂が……」


 「次花(つぐはな) 千代理(ちより)……”雷刃(らいじん)”……”武者斬姫(むしゃきりひめ)”……」


 そしてようやっと、その真実に思考が追いついた藤治朗(とうじろう)の部下達は、そこでやっと事の困難さに気づいていた。


 「……」


 ――たく……無能者共め


 藤治朗(とうじろう)は心中でそう毒づきながらも駄目を押す事にする。


 「それからなぁ、その次花(つぐはな) 千代理(ちより)には今回、参謀として同じ王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)の”十四枚目の男(ワイルドカード)”とかいう、あの鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)が従軍しているそうだぞ」


 「なっ!!なんとっ!」


 「あの……旺帝(おうてい)の八竜を二人も(ほふ)った、あの包帯男っ!?」


 そして藤治朗(とうじろう)の言うところの”無能者共”はその名に震撼し、顔面蒼白になる。


 「……」


 ――無能者共(こいつら)でも、どうやらその名だけは”尾宇美城大包囲網戦(あのいくさ)”で刻んだらしい


 それだけ”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)”なる誰もが初耳の人物があげた功績は扇情的(センセーショナル)な出来事だった。


 尾宇美(おうみ)城東門で迫り来る旺帝(おうてい)軍を押し返し、一騎打ちで天都原(あまつはら)国の”十剣”と並ぶと賞される”旺帝(おうてい)八竜”の一人、尾谷端(おやはた) 允茂(のぶしげ)を討ち取った。


 更には西門で数倍の敵軍、天都原(あまつはら)(こく)きっての天才、中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)の軍を退け、北塔では長州門(ながすど)の両砦が一角、菊河(きくかわ) 基子(もとこ)を聞いたことが無い奇策で見事捕虜にした。


 極めつけは旺帝(おうてい)領土”香賀美(かがみ)領”にて、またも旺帝(おうてい)八竜の伊武(いぶ) 兵衛(ひょうえ)を討ち取ったという。


 最強国旺帝(おうてい)に在って、最強の双璧と賞賛される二人の武人のうちひとり……


 あの”魔人”伊武(いぶ) 兵衛(ひょうえ)を一騎打ちで……


 とんでもない手柄の数々だ。

 一つの戦で成すには馬鹿げているほどの手柄。


 これでは全くの無名だった”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)”の名が雑兵に至るまでに響き渡るのは無理もない。


 ――ドン


 一斉に浮き足立つ部下達を前にして、祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)は行儀悪くテーブルに肘を投げ出し、頬杖を着いた。


 ――その名が畏怖され、ともすれば一人歩きしている現状では、それを相手にして真面(まとも)な戦は適うまいなぁ……


 「……たく、どうせこれでは、光友(みつとも)閣下の命令通りに暫くは様子見ってことだ」


 祇園(ぎおん) 藤治朗(とうじろう)は自身が望んだ静観策であったが……

 さも不満そうに、プイと横を向いたのだった。


 ――

 ―



 「姫様、それで鈴原(すずはら)様はどのようなご様子でしたか?」


 銀縁フレーム眼鏡をかけた、出来る秘書風美女の問いかけに、陽子(はるこ)(あか)い唇はクスリと笑みを漏らす。


 「そうね、なにが”私達もできる限りの支援は用意しましょう”だ、”今回は軍事的には役に立ちそうも無いけど”とか言って、”那古葉(なごは)”攻略に兵を出し渋った意味がコレかよ……って、間際まで見苦しい愚痴を言っていたわね……クスクス」


 問いかけた銀縁フレーム眼鏡の美女、十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)の主君は、華奢な肩を揺らせて笑い、大変に御満悦の様子であった。


 「あの稀代の智将、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)様にしても、我々の尾宇美(おうみ)攻略は予想外であったのですね」


 「どうかしら?あの”喰わせ者”の本心なんて私にも分からないわ」


 部下にそう答えながらも、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の美しい双眸は綺羅煌(キラキラ)と輝き、それが愉しくて仕方が無いと物語っているようである。


 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の本拠地、香賀美(かがみ)領の居城にて、見目麗しき女性達は”喰わせ者”なる男を語り合う。


 「では、もしかして”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)の影”の件も?鈴原(すずはら)様はその件に対しても姫様に愚痴を言われていたのですよね?」


 「そうね、そちらは完全に虚偽(ブラフ)ね。あの男……後々こういうケースに私がその名を利用し易くする為に、(あらかじ)め包帯で顔を隠していたのよ。その上て(とぼ)けるなんて本当に周到で可愛げが無いわ」


 鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)に対する不満を継続している陽子(はるこ)の顔は、言葉と裏腹に未だ十分に愉しそうである。


 ――彼女らの言う”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)の影”なる意味


 (そもそ)も、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)があの”尾宇美城大包囲網戦(いくさ)”で顔面を包帯で覆い隠し、”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)”という偽名を用いて別人を装ったのは……


 天都原(あまつはら)国相手に色々やらかした過去があり、評判が(すこぶ)る悪い自分を、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の部下達が防衛戦の臨時司令官として受け入れ易くするためである。


 という事であったが、実のところそれは話半分だと陽子(はるこ)は読んでいた。


 それは果たして彼女の読み通りで……


 今回の尾宇美(おうみ)攻略後の敵の動き、つまり、藤桐(ふじきり)軍の反撃の遅さに大きく貢献していたのだった。


 ――”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)


 敵がその”名”を過度に警戒するあまり反撃を躊躇し思考に偏り無駄に過ごす、逆に此方(こちら)はその間に迎撃準備という”黄金の時”を稼げる。


 ”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)”という名を大いに活用した策。


 名に怯えた敵が実際には無い脅威に無為な時間を費やして勝機を逃す。


 それは(くだん)の”喰わせ者”による、その後の利用までをも考えた策の一環であったのだ。


 「個人の名を以て行う”(じゅ)(じょう)(かい)()”……もちろん、何時(いつ)までも使える策じゃないけれど」


 ”(じゅ)(じょう)(かい)()”……兵法三十六計のひとつで、小兵力を大兵力に見せ敵を欺く奇策だ。


 そして、今回の”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)の影”は文字通り影武者だった。


 あの大戦時に敵前では終始顔を包帯で覆っていた”鈴木(すずき) 燦太郎(りんたろう)”だからこそ、体格がよく似た人物なら影武者も容易である。


 鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)が残したそう言った”置き土産”を、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)は絶妙なタイミングで利用したのだった。


 ――そして流石は”無垢なる深淵(ダーク・ビューティー)”と、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)を実際に唸らせた手並みとは……


 鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)尾宇美(おうみ)城を捨てた時に用いた”空城の計”発動時に、自らの部下である”王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)”の二人を派遣し、その時に既に次手を仕込んでいたところだろう。


 ”空城”に二の足を踏まぬほどの愚者の存在の可能性……

 それは彼の想定内で、そういう人物を(あらかじ)め仕込んだ火計にて撃退する。


 しかしその火計は見た目の派手さとは逆に燃やすのは門の一部のみ。


 急造で仕上げるには人材も資材も時間も足りなかったのであるからそれは仕方が無かったのだが、見事にそれを直撃(ピンポイント)で受けた七峰(しちほう)軍は崩壊した。


 その派手さ故に、その時も、その後の藤桐(ふじきり)軍による城制圧時にも、その他の箇所への注意は散漫になり、潜ませていた京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の手勢が行った隠し通路の隠蔽は見事なほどに上手くいった。


 鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)が組み立てた”空城の計”に沿い、城に火を放ったのは、王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)の破壊娘、四栞(ししお) 四織(しおり)だ。


 その後に混乱に乗じる形で七峰(しちほう)軍に(まぎ)れて城に入ったのも同じく王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)二宮(にのみや) 二重(ふたえ)の部隊で、城に元々備わっていた、陽子(はるこ)達の脱出時にも利用した隠し通路をこの時、瓦礫や木々で隠蔽した。


 そして――


 尾宇美(おうみ)城制圧後も、燃えた城門付近を突貫工事で修復する事に精一杯の藤桐(ふじきり)軍が、その隠し通路に気づく前に、通路を活用し、内外から一気に決戦を仕掛けて制圧したのだ。


 ――紫梗宮(しきょうのみや) 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)


 ”喰わせ者”鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)の奇策を自らの計算に組み込み、次手へと昇華する”神策”。


 天都原(あまつはら)国最高の策士、”無垢なる深淵(ダーク・ビューティー)”の神髄がそこにあった。



 「だから鈴原(すずはら)様の姫様に対する献身に応える意味でも、今回はこの香賀美(かがみ)の軍港の使用許可を臨海(りんかい)軍に与えたばかりか、駐留艦の半分もの数を鈴原(すずはら)様にお借ししたのですか?」


 十三子(とみこ)の確認に暗黒の美姫はゾクリとする程の美貌で薄く微笑(わら)う。


 「尾宇美(おうみ)領を手中に収めた以上は、香賀美(かがみ)領は暫くは完全に防御に徹するわ、過度な海戦力は当分要らない」


 そして陽子(はるこ)は既に先程手続きを済ませ、香賀美(かがみ)軍港を出たばかりの”喰わせ者”と臨海(りんかい)軍の行方(ゆくさき)に思考を巡らせるような遠い瞳をする。


 「長州門(ながすど)が我々の撤退を助ける為の条件……それを履行するために長州門(ながすど)七峰(しちほう)領の坂居湊(さかいみなと)を攻略する手助けをする、鈴原(すずはら)様の姫様に対する献身は誠に一途の一言ですね」


 十三子(とみこ)は純粋に鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)が自身の主に対する献身に感心するが、


 「ええ、最嘉(さいか)は私の所有物だもの、当然よ」


 陽子(はるこ)にとってそれは既に語るべき程の事でさえ無い。


 「確かに坂居湊(さかいみなと)に攻め入るには海路から、それも東方からなら我が香賀美(かがみ)領からが最も適しています、そして西方からなら長州門(ながすど)(くれ)が適任。挟撃には最適かと」


 更に臨海(りんかい)軍の展開する策を予測して、銀縁フレームの眼鏡を光らせた十三子(とみこ)の言に暗黒姫は静かに頷く。


 「そうね、最嘉(さいか)は私の為に”坂居湊(さかいみなと)”攻略へと……仕方無く、渋々、あの”花火女”に協力してあげるわけだけれど……」


 ”私の為”と”仕方無く”更には”渋々”を強調する所は、陽子(はるこ)の心情を解りやすく表しているといえるが……


 十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)はそういう、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)以外の対象には絶対に見せない(あるじ)乙女(おとめ)な態度に多少不遜なのかもしれないと思いつつも可愛いらしいと感じていたのだった。


 「……けれど十三子(とみこ)、あの”喰わせ者”は、当初は”切るしか無かった交渉材料(カード)”も”想い人(わたし)への献身”も……既に、新たなる展開への”一片(ピース)”として組み込んでいるのかも知れないわ」


 「……えっ」


 そして、口調を変えた陽子(はるこ)の言葉に、十三子(とみこ)は驚く。


 「ふふふ……”王覇の英雄”……鈴原 最嘉(かれ)が最近、巷で噂される新たな呼び名らしいわ」


 京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の紅い唇の端は意地悪く口角を上げ、その至宝の黒真珠は不敵に輝く。


 「……ひめ……さま?」


 ガラリと雰囲気が変質する”暗黒の美姫”


 それは恋慕に浮かれる少女の熱い瞳では無く、また愛する者を包む穏やかな瞳でもない。


 「……」


 十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)は静かに息を呑む。


 そう……それは……


 ”無垢なる深淵(ダーク・ビューティー)”という不世出の天才が、並び立つに値する”好敵手”を再確認する喜びの、冷たい深淵の瞳であったからであった。


 第七十話「動乱の幕開け」―新政・天都原(あまつはら)― END


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