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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
独立編
17/329

第十三話「最嘉と計算高い男」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十三話「最嘉(さいか)と計算高い男」


 ――コトリ


 きめ細やかな白い指がすっと伸び、クリスタルの澄んだ盤面上に精巧な黒騎士の彫刻が施された駒が置かれた。


 「!」


 途端に対面に座った老人の眉間に皺が寄る。


 天都原(あまつはら)の王都、”斑鳩(いかるが)領”にある王宮”紫廉宮(しれんきゅう)

 執務の間で、老人の前に応接用のテーブルを挟んで座るひとりの少女。


 腰まで届く降ろされた緑の黒髪はゆるやかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な(あで)やかな(あか)い唇、闇黒(あんこく)色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを(まと)った美少女 紫梗宮(しきょうのみや)京極(きょうごく) 陽子(はるこ)である。


 「宮は本当に”ロイ・デ・シュヴァリエ”がお強いですな……未だ負け知らずなのも頷けます」


 ”うーむ”と唸りながらそう言う老人は盤面上の駒達を難しい顔で凝視していた。


 ――”ロイ・デ・シュヴァリエ”


 それは、二つの陣営に別れた、白と黒の多様な駒を駆使して優劣を競う盤面遊戯(ゲーム)だ。


 縦十六マス、横十六マスの戦場で、”(ロワ)騎士(シュヴァリエ)槍兵(ランス)弓兵(アルク)斥候(エスピオン)歩兵(ファンタサン)市民(ナシオン) ”という七種類の駒を操り、基本的には(ロワ)を討ち取るのが最終目的である。


 簡単に言うと、白陣営(ブラン)黒陣営(ノワル)に別れたチェスのような駒取りゲームだが、色々なルールが加味されてより複雑且つ実戦重視で戦略的に仕上がっているせいか、この世界では一般市民から指揮官、将軍、王侯貴族まで広く普及していた。


 「そういえば……(くだん)の鈴原 最嘉(さいか)……彼も中々の策士でしたが、いやはや、ロイ・デ・シュヴァリエの腕前はどうでしょうな?」


 思考中の老人は特に他意は無く話題を振ったのだろうが、対面の少女の腰まである緩やかにウェーブのかかった豊かな黒髪がピクリと僅かに揺れる。


 「……岩倉(いわくら)は鈴原 最嘉(さいか)の武勇を知っているの?」


 彼女はポツリと問いかける。


 「ほほ、私は現役時代、戦歴だけは長かったですからな、経験した戦場も数だけは現”十剣”にも劣りません、天都原(あまつはら)周辺の”(つぶ)”は粗方記憶致しておりますよ」


 ――コトリ


 そう答えて、思案の末に白い弓兵(アルク・ブラン)の駒をひとマス後ろに下げる老人。


 因みに……既にかなり昔に戦場を引退した老人、岩倉(いわくら)が口にした”十剣”とは、大国、天都原(あまつはら)にあって最高の騎士と称えられ、近隣諸国はおろか”(あかつき)”全土に名を轟かす十人の将軍の事である。


 「……”(つぶ)”……岩倉(いわくら)最嘉(さいか)は”(つぶ)”だと?」


 「そうですね……我が天都原(あまつはら)から見れば、辺境の小国同士の愚にもつかない戦ばかりとこちらではあまり知られていませんが、若干十歳やそこらで初陣、それから幾つもの戦で手柄を立て続け、臨海(りんかい)の”()(りん)()”と呼ばれていた事もあった様ですし、中々の人材、希なる”(つぶ)”であったかと……」


 「……会ったことは?」


 「残念ながら、ありませんな……彼が活躍したのはほんの五年ほどですし、それから丸二年……最近は臨海(りんかい)領主として以外は名をとんと聞きません」


 「…………」


 「宮は、彼と親しくしたことが?」


 「…………なぜ?」


 「いえ、何となくです、先ほど彼のことを”最嘉(さいか)”と親しげに呼ばれましたし……」


 流石は年の功……老人は、なかなか目ざといと陽子(はるこ)は思った。


 「子供の頃、少し……ね」


 「ほう」


 「現在(いま)は連絡を……」


 陽子(はるこ)はそこまで口にしかけて言葉を切る。


 彼女にしては不用意に、愚にもつかないプライベートをつい他人に話してしまいそうになっていた……


 ――岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)……本当に人生経験、年の功というのは侮れない……


 「?」


 岩倉(いわくら)は不自然に会話を止めた(あるじ)に少しだけ違和感を感じたが、それはほんの軽微なもの。


 ――現在(いま)は連絡を……”取らなくなった”


 すぐに彼自身で彼女の言葉をそう補完して納得してしまった。


 子供の時ならいざ知らず、大国、天都原(あまつはら)の王位継承候補である紫梗宮(しきょうのみや)京極(きょうごく) 陽子(はるこ)と弱小の周辺小国群の一領主、鈴原 最嘉(さいか)ではそう考えて当然だろう。


 「……」


 しかし、その実、黙り込んだ陽子(はるこ)の顔はあからさまに不満顔になっている。

 先ほど彼女は子供の頃と言ったが、それはほんの二年前のこと、そして……


 ――現在(いま)は連絡を……”してくれない”


 彼女の言葉の続きが実はそう言った類いの言葉だったとは、如何(いか)に人生経験豊かな老人といえ、予測もつかなかったのだった。


 コトリ


 陽子(はるこ)は盤面に黒い槍兵(ランス・ノアル)の駒を置く。


 「……鈴原 最嘉(さいか)は……負けっぷりが良いのよ」


 「は?……はぁ」


 岩倉(いわくら)は自身の次の手を考えつつ生返事を返す。


 彼はそこでまた、脳内補完していた。


 負けっぷりが良い……つまり、どちらにしても子供の時の話であろうが、やはり勝負には陽子(はるこ)が勝っていたのだと。


 カタッ


 劣勢の盤面に起死回生の手を求め、考え込む老人を余所に彼女は席を立った。


 「宮?まだ勝負は着いていませんが?」


 「もう終わっているわ」


 「?」


 「六十四手先、(ドゥ)(ユイット)黒騎士(シュヴァリエ・ノアル)による|王は詰み《エシェック エ マット 》、白王(ロア・ブラン)は終わりよ……」


 部屋を去って行く黒い装いの美少女。


 「……」


 岩倉(いわくら)老人はその後暫く盤面を眺めていたが……


 彼には現状からの勝負の行方は終ぞ理解できなかった。



 ーー

 ー


 「鈴原?それは……もしや貴殿は臨海(りんかい)の……?」


 那知(なち)城の広間で(あご)に髭を蓄えた壮年の男がマジマジと俺の顔を凝視してくる。


 「ああ、臨海(りんかい)領主の鈴原 最嘉(さいか)だ」


 「おおっ!あの日乃(ひの)防衛戦で見事な負けっぷりだった鈴原か!」


 答えた俺に、目を見開いて両手を広げ、見る間に近寄って来るおっさん。


 すかさず隣に控えていた宗三(むねみつ) (いち)が腰に装備した剣の柄に手をかけるが、俺はそれを視線で制した。


 ガシッ!


 ゴツゴツと骨張った手で俺の両手を取るのは、那知(なち)城主、草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)という男だった。


 ――近い!近い!ちかいって!


 妙に距離感の近い馴れ馴れしいおっさんに、俺は内心顔を(しか)めていた。


 那知(なち)城攻防戦は、宗三(むねみつ) (いち)が率いた伏兵部隊が城内に突入して直ぐに、城主の草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)が降伏することでアッサリと決着がついた。


 「おお、怖いな若者よ、俺は何もそこもとの(あるじ)を侮辱したわけでは無いぞ。言っただろう見事だと、負け戦はさっさと切り上げるに限る。そういう意味では、あの戦の負けっぷりは見事なことこのうえない!」


 (あご)(ひげ)のおっさんに両手を握られた俺の横で殺気を放つ(いち)に、その(あご)(ひげ)のおっさん、もとい、草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)は悪気無く言い切る。


 「……負けるより勝つ方が良いと思うが」


 俺は呆れながら答え、握られた両手を迷惑そうに引き抜いてやった。


 大体、敗戦の将にしては、何というか、あっけらかんとと言うか、まぁ良く言うと堂々としている。


 普通は一族郎党、命を獲られる可能性もあるのだからもっと神妙だろうに……


 「そりゃそうだ、しかし百戦して百勝など……考えただけで(むし)ろ寒気がする、戦いとは何時(なんどき)も犠牲がつきものだぞ臨海(りんかい)領主よ。無理して勝ち続けるよりも潔く降伏することもまた肝要」


 前に言ったように俺達、今は南阿(なんあ)の残兵ということになっている”白閃隊(びゃくせんたい)”の置かれた状況から、()()に扱われることは無いとの計算の上だからだろうが……


 多分、元々こういう性格もあるのだろう。


 俺は目の前の、”より力のある者に従う戦国戦人のお手本のような人物”、”計算高い男”と噂される(あご)(ひげ)男を品定めしていた。


 「犠牲……それは金や物資、兵……貴公の一見、節操なしに見えるどっちつかずの判断も、実は城主として、この地域を預かる者として、なにより守るべき領民の犠牲を最小限に抑える為として……選択していると言うことか?」


 「…………ふむ」


 俺の問いかけに、馴れ馴れしいおっさんは(あご)(ひげ)(さす)った。


 「そう言えば俺を助命してくれるのか?鈴原 最嘉(さいか)よ」


 そして、髭の上にある品のあまり感じられない口の端を上げた。


 ――そうくるか


 俺を試す(てい)を見せて……だが試しているのはこっちだ!草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)


 俺は右手を腰の剣……ではなく、ポケットに入れて一枚の計画書を出す。


 「那知(なち)城主、草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)……至急、お前にやって貰いたい事がある」


 そう言って差し出した用紙を男はニヤリと笑って受け取った。


 男の名は、草加(くさか) 勘重郎(かんじゅうろう)


 (かつ)て、日乃(ひの)領主、亀成(かめなり) 弾正(だんじょう)のもとで那知(なち)城を任され、

 現時点(いま)から、鈴原 最嘉(さいか)のもとで那知(なち)城を任される……


 計算高いと噂の男だった。


 第十三話「最嘉(さいか)と計算高い男」 END

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