第六十七話「動乱の幕開け」―宗教国家”七峰”―(改訂版)
第六十七話「動乱の幕開け」―宗教国家”七峰”―
天都原国王太子、藤桐 光友による謀略により、 尾宇美城を舞台に展開された京極 陽子排除の大包囲網戦が終息して二ヶ月……
島国”暁”本州西の大国”天都原”の実権は略、光友が掌握するに至った。
――が
その一方、一連の騒乱の渦中で新たに列強国に抗する新勢力が誕生する。
”暁”本州中央北部、”香賀美領”を拠点とする京極 陽子の”新政・天都原”
”暁”本州中央南部の外れ、半島の少領にある”恵千領”を拠点とする燐堂 雅彌の”正統・旺帝”
そして……
独立小国群のひとつで、今回、同列の小国群”赤目”を征服した臨海国。
”新政・天都原”と”正統・旺帝”、更にその二国間を進軍し、東の最強国”旺帝”を目指す臨海は三国同盟を締結し両大国に挑む構えを見せていた。
――こうして長らく膠着状態が続いた”暁”に新たな局面の片鱗が垣間見えた時……
列強諸国は蠢動を始め、胎動を経て躍動に転じる。
何をか言わんや――
であるが、大国諸国は、英傑は、時代は……結局のところ、
”屍山血河”を顧みず、”真の覇者たる覇者”を熱に浮かされた乙女の如きに切望する!
戦国には指をくわえて傍観している様な”雄”は一人として存在しない。
平安よりも動乱、”大戦”無くして乱れた天下は定まることなど有り得ない。
”暁”に覇を唱えようという英傑はそれ故に英傑たりえるのだと。
藤桐 光友という”歪な英雄”が放った種火は”群雄”という薪を間断なく焼べられ続け、時代をも巻き込んだ大炎となって大乱の新時代へ大きく動き出して行くのであった。
――
―
宗教国家”七峰”……宗都、”鶴賀”領にある七峰総本山”慈瑠院”の一室での事。
「東外 真理奈が既に”長州門”へと発って一週間よ……連絡は?」
腰まである艶やかな長い黒髪が美しい色白の、如何にもな大和撫子がそう問う。
「まだだよ……けど、壬橋 尚明の目を盗んで上手く長州門には辿り着けたのは確認済み、まぁね、相手はあの”覇王姫”だからねぇ、如何に真理奈ちゃんでも一筋縄では……まぁ家宝は寝て待てってことで?」
綺麗な姿勢で正座した大和撫子の隣で、同様に綺麗な正座をした男がそれに少し不真面目な口調で答えるが……
「剣っ!なにを悠長なことをっ!”尾宇美城大包囲網戦”で壬橋 久嗣が大失態を演じ、奴も奴の私兵も動けない今こそが絶好の好機なのよっ!」
途端に女の眉はピクリと反応し、白く端正な顔つきを赤く染めて怒鳴る。
――この大和撫子の名は、波紫野 嬰美という
そして、どうやらこの乙女は、その淑やかな容姿からは想像し難いが中身は全く正反対の”直情タイプ”のようであった。
「まぁねぇ……けど、真理奈ちゃんだし、なんとかしてくれるでしょ?……あ、あと、岩ちゃんも同行っているわけだし、滅多なことは無いんじゃ無いかなぁ?」
相手が見ため淑やかな乙女とはいえ、結構な迫力で怒鳴られた男は不真面目な雰囲気の表情を維持したままで、反省の微塵も無い返答する。
――そして、この人を食った”剣”と呼ばれる若い男……
波紫野 剣は中性的な美形で一見して静かなインテリっぽい容姿であるが、その実、あけすけで馴れ馴れしい態度が絶妙のトッピングを施した一筋縄では量れない人物であった。
「うぅ……待つだけって性に合わないわ」
「あはは、嬰美ちゃんらしいねぇ」
並んだ状態で綺麗な姿勢を保って正座するこの二人の左側には、ともに一振りの納刀された刀が置かれている。
共に端正な顔立ちをしていて、性別が違えども容姿が中々に似ている二人。
だがそれもそのはず……
波紫野 嬰美と波紫野 剣は双子の姉弟、二卵性双生児の双子であって、共にこの宗教国家”七峰”に仕える神官家の出自だった。
「エ、エイミちゃん、そんなに苛々しないで……きっと機会はあるから、大丈夫だよ、なんと言ってもエイミちゃんや波紫野くん、”六神道”のうち五家、六人も私の味方になってくれているんだから……」
そして軽い口論を展開する男女の剣士が正座する間の最奥部、”板の間”の向こうに一段上がった畳の雛壇で、御簾越しに見える人影が慌てて二人を仲裁する。
「勿論よ蛍、そして今回がその機会なの。次兄の壬橋 久嗣が天都原の藤桐 光友の要請を密かに受けて勝手に私兵を出陣し大打撃、そしてそれを罰した長兄の壬橋 尚明は、それを利用する形で尾宇美での長州門の裏切りを、”粛正”の大義名分として彼の国へ侵攻した……この機を逃しては、蛍、貴女を救出することは出来ないわ」
「だよねぇ……現在この”慈瑠院”の警備は手薄だ、蛍ちゃんを無事逃がして新天地で挙兵、長らく”七峰”を牛耳る悪の権化、”壬橋三人衆”から支配権を奪還しなきゃね」
先程までの口論は何処へやら、波紫野姉弟は口々に一致した意見を述べて御簾の向こうの人影……少女へと改めて向き直る。
「う……えと……はい……そだね」
そしていつの間にか仲裁していたはずの少女が恐縮してそう答える立場に変わっていた。
「まぁね、どちらにしろ、この七峰で”壬橋三人衆”を敵に回すなら他国の支援は必要不可欠だよ、長州門の”覇王姫”か、天都原の”歪な英雄”あたりが妥当だけども……」
「皮肉ね、我が七峰が仇敵の長州門や天都原の助力を得ねばならないなんて……」
弟の言葉に、波紫野 嬰美は整った眉を顰めて呟く。
「そんなもんだよ戦国の世なんて……で、僕たちは交渉相手に長州門の”覇王姫”ことペリカ・ルシアノ=ニトゥを選んだわけだけども……」
長州門と天都原。どちらも敵対国家ではあるが、そもそもここ最近の七峰を取り巻く国際情勢は、この国を不当に牛耳る”壬橋三人衆”によるもの。
国権を本来の国主たる立場である”神代”の六花 蛍が回復すれば話は幾分違ってくる。
そして同じ険悪な国というならば、まだ人間的に信用のおける長州門の”覇王姫”の方が適任だ。
野望を隠すこと無く、手段も選ばない藤桐 光友のやり方は、尾宇美城大包囲網戦を見れば明らかで、そう言う事なら、多少強引で”武”を多用する長州門のペリカ・ルシアノ=ニトゥの方が解りやすく御しやすい。
”六神道”と呼ばれる、本来は七峰で歴代の”神代”を支えてきた六家の神官家はそう考えて今回、決起したのだった。
「で、蛍ちゃん、この宗都、”鶴賀”を出ての行き先なんだけど……」
そして波紫野 剣が御簾の向こうの少女にそう説明を始めた矢先だった。
――ガラッ
ドサッ!ドサッ!
「っ!?」
部屋の襖が不躾に開け放たれ、二人ほどの男が放り込まれた。
「……」
「……」
その二人の男は武装した兵士……だが既に意識は完全に無い。
「ちょっと、神代の御前よ!」
「あ、はは……相変わらずだね」
波紫野姉弟は座ったまま動じること無く、開け放たれた襖付近を見てそう言い、
「あっ!あっ!朔太郎くんっ!!お帰りっ!!」
御簾の向こうの……
いや、さっきまで御簾の向こうに鎮座していた神代の少女は勢いよく飛びだして、無作法に入室した男に駆け寄る。
「ちょ、蛍……お行儀が……」
男の乱入にも姿勢ひとつ乱さなかった波紫野 嬰美が慌てた様子で少女を窘め、その隣で波紫野 剣が苦笑いする。
「あ……あはは、ごめんねエイミちゃん、えへへ」
厳かな御簾の向こうから現れた少女の姿は……
部屋に差し込む光を集めサラサラとゆれ輝く栗色の髪が美しく、毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っていた。
ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇、大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに青年を伺う様子はなんとも男の保護的欲求がそそられる魅力がある。
最早、誰の異論も挟む余地の無い美少女であろうが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から、美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強い少女。
「ね、ね、朔太郎くん、この人達って?」
不審者を連れて不躾に現れた男に”神代”の少女は人懐っこい表情で問いながら男のすぐ傍で笑っていた。
「……侵入者だ、とりあえず無力化したが、”六神道”ら大丈夫かよ?」
――無作法な乱入者の名は……折山 朔太郎
少し前から六花 蛍の傍に控える謎の男だ。
「う……うるさいわね」
「いやぁ……”六神道”も”壬橋三人衆”に長らく抑えられていたから人手が不足してるんだよ、あはは」
波紫野 嬰美はばつが悪そうに男を睨み、波紫野 剣は”あはは”と軽薄に笑う。
「で、朔ちゃんはどうして?見ないと思ったら見回り兵の真似事をしてくれてたのかい?」
そして気を取り直してそう聞く剣にぶっきらぼうな青年、折山 朔太郎は答えた。
「東外 真理奈の使者から連絡だ、準備は整った……と」
「……」
「……」
その言葉を聞いた姉弟の顔は一瞬で引き締まり、
「あ……い、いよいよ……なんだ」
六花 蛍はそれを告げたぶっきらぼうな青年を見上げながら、緊張気味に呟いたのだった。
第六十七話「動乱の幕開け」―宗教国家”七峰”― END
*第二部も纏めの残り数話となりました。
今回は三部に向けての宗教国家”七峰”側のプロローグ的なお話でした。
そして遂に別作品「神がかり!」の主人公、折山 朔太郎くんと六神道が本格参戦致します。
自分の全作品の中でも個人戦闘力最強の男、”くだらねぇ”が口癖の無愛想男、朔太郎くんの活躍に
作者的にも期待しています。
そして今回の扉絵は「神がかり!」の蛍ちゃんイラストです。