第六十五話「通算成績」後編(改訂版)
第六十五話「通算成績」後編
「……綺麗事?」
それを臆すること無く見据える男は、そのまま俺の言葉をなぞって返す。
「一々お前は綺麗事ばかりで、クソ真面目で正直面倒臭いんだよ!俺のやり方に文句があるならそう言って恨み事の一つくらい……」
「私……俺は謀叛人だ、それを行動で示したのだ。かくなる上は速やかに処断を……」
――ちっ!何処までも石頭な……
「ばーかっ!クソ真面目くん!カチコチ頭ぁ!」
ブォン!
俺は愛刀を振り上げては挑発し、目前の男に罵詈雑言を浴びせていた。
「ぬっ!」
これには流石に眉を顰める目前の堅物男。
「謀叛人なんだろ?俺に謀叛を起こしたんだろ?なら最後まで抵抗してみろよ、鵜丸でかかって来てみろ、そのガラクタは今のお前にお似合いだ!」
――酷い仕打ちだ……
折れた刀を投げ与え、捕虜にかかって来いと言い放つ。
場合によっては無抵抗の相手を責めるより質が悪い。
嬲り殺す気満々の下衆の所業。
これこそが謀叛人に相応しい罰だと、戦士としての真っ当な死さえ与えない裁きといえる俺の行動に、後ろの三人はどう思っているだろうか?
「…………しょう……ち」
後方の三人娘がどう感じているかはともかく、目前の宗三 壱は観念したらしい。
ガチャ!
目の前に転がる無惨な愛刀を拾い上げ、立ち上がって構えた。
「先生っ!それはあまりにも……はっ!ゆ、雪白様!?」
案の定、俺の所業に堪りかねた佐和山 咲季が声を荒げるが、それを雪白が鞘に収めたままの自身の刀を彼女の前に出して制する。
「いざっ!」
役にも立ちそうもない”折れた刀”を構える壱。
「……」
――理不尽が窮まっていても、あくまで俺の裁きに殉じるか……宗三 壱
「そらよっ!!」
俺は容赦無く一気に踏み込み、小烏丸を振り下ろす!
シュオン!
「くっ!」
そして壱はそれを折れた刀で受け止めようと、俺が欲したであろう……
見苦しくも無駄な抵抗をして、律儀にも応えてみせる!
ガキィィィーーン!!
激しい火花が飛び散り、俺の手の中にある刀の柄から伝わる……
――本日”二度目”という衝撃!!
俺の振り下ろした切っ先は対象には届かず、見当外れの石床へ衝突し、砕けて真っ二つになっていたのだ。
「……ふん」
――刀という物は……以下略
「なっ!?」
これには流石の壱も意表を突かれたようで、折れた鵜丸を手に間抜けな顔で固まっていた。
「ちっ、仕方無いなぁ……」
ガラァァン!
俺は態とらしくそう言うと、手に残った愛刀の成れの果てを投げ捨てて、そして再び宗三 壱を指差した。
「気にくわないんだよ、壱!お前はいつも正論で、俺に従順で、俺の意見なら黒い物も白いと本心から言う!挙げ句、犬死にを選択だ!たまには反論してみせろよ、イエスマン!!」
俺の酷い挑発に壱は……
「くっ……なにが」
堪りかねたかのように下を向いたかと思うと、その口がゆっくりと開く。
「はぁ?聞こえないって、クソ真面目くん」
ガラァァン!
そして男の手から折れた刀が落ち、その男はバッと勢いよく顔を上げる!
「貴方は何時如何なる時も間違わない!私はそれが誇りで、そんな主君にお仕えできることがこの上ない幸せで、その私の矜恃を貴方は……他でもない貴方が犬死にというのかっ!」
「…………」
――は、はは、釣れた!……何時ぶりだ?
俺は内心でガッツポーズをする。
「はぁ?そうか、犬に失礼だったか?クソ真面目くん」
そして心中を表面には出さず、蔑んだ態度を演じ続ける。
「なっ!貴方は……貴方という人はどういう……」
――宗三 壱が俺にこんな感情的に向かってくるのは……何時以来だ?
「俺は鈴原 最嘉様だよっ!最も優れているって意味で最嘉だ!主の名も忘れたか?」
俺は思わず口元が緩むのを必死で抑えつつ、ガキの口喧嘩を続行する。
「く……だ、大体……私はお諫めしたはずだ、あの時、今回の尾宇美遠征について……」
「そうだっけ?忘れたなぁ」
「都合の悪いことはそうやって……最嘉様の悪いクセだっ!」
「過去に拘り過ぎ未来に融通が利かなくなる、壱の悪癖だよっ!」
いつの間にか俺と壱は、お互いに鍔がかかる距離まで近づき、胸ぐらを掴み合わん勢いになっていた。
「あ、あの……えっと?これって」
「……」
佐和山 咲季が呆気にとられながら思わず隣の雪白に問うが、雪白は無表情に首を横に振るだけ。
「……くっ……最嘉……様……」
宗三 壱は悔しげに唸りながらも、状況に気づいたらしく半歩後ろに距離を取った。
「もういいでしょう……そろそろ」
そして観念した目でそう訴えるが、俺は……
「不満があるんだろうが?なら、やるか?」
俺はその先を、決して言葉にさせない。
「…………やる?」
意味が解らないといった顔をする壱。
「……」
俺は頷いて、握った拳を自慢げに掲げ、それから相手の鼻先に合わせた。
――いっせぇえのぉぉっ!!
ガゴォォ!
「ぐはっ!」
そして殴り飛ばすっ!
――っ!?
これには流石に三人娘も全員、口をポカンと開けて固まっていた。
「ぐっ……うぅ、最嘉……様?」
片膝を着いて鼻血を拭う壱。
「なんだ?壱、弱いなぁ……確か”通算成績”では、お前の方が”ほんのちょっと”ばかし上だったはずだよなぁ?」
俺はニヤリと笑って、拳を試合前のボクサーの様にシュッシュッと何度か空に放つ。
「…………あくまで、あくまで貴方は……」
俯き気味にボソボソと呟く鼻血男に、俺は不真面目な態度で耳に手を宛てて挑発をする。
「はぁ?だから聞こえないってクソまじ……」
ガコォォ!
「ぐはっ!」
だが言葉を全部終える前に、不意に鼻面に突き刺さった壱の右ストレートで俺は無様に後ろへとひっくり返っていたのだった。
「せ、先生っ!?」
「さいかっ!」
これには流石に咲季だけでなく、雪白も慌てて腰の刀に手を添えて前に出ようと……
「いいからっ!!」
――っ!!
それをいち早く制したのは真琴の一言!
「っ!」
咄嗟に白金の瞳で真琴を見る雪白を、真琴は同じく視線で制する。
――手を出すなと!
――出る幕では無いと!
「…………」
雪白はそのまま、腰の剣の柄に手を置いたまま……真琴を睨んでいた。
――
「て……痛て、」
俺はそんな状況下で、先に俺が殴り倒した壱同様に鼻血を拭いながらゆっくり立ち上がった。
「なんだ……主君に手を上げるのか?クソ真面目が取り柄の宗三 壱」
そして、そんな理不尽を言ってのける。
「…………間違いだ」
呟く様な声で応えながら男は顔を上げた。
「はぁ?」
俺はぶっ飛ばされる前と同じ巫山戯た態度で応対する。
「だから最嘉様との喧嘩なんて遙か昔……とはいえ、戦績は」
宗三 壱はそう言いながら両拳を胸の前に構え……
「戦績は?」
聞きながら俺も、鼻血を拭っていた拳を胸の前に構える。
「”ちょっとばかし”でなく、私の圧勝だったはず!!」
そして再会してから漸く……
宗三 壱は、鈴原 最嘉と真正面から視線をぶつけ合ったのだった。
第六十五話「通算成績」後編 END