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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
161/329

第六十三話「策士の智」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第六十三話「策士の智」


 ――赤目(あかめ)領内、小津(おづ)城にて


 「あれ如き輩にここまで追い詰められていたのか?ふん!平久(ひらひさ)、貴様も老いたなぁ?」


 多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)は上機嫌で、鎧を装着する作業をお付き二人の兵士に任せながら、自分は酒皿を手に笑っていた。


 「……」


 その足下に(こうべ)を垂れ、片膝を着くのは……


 眉間に特徴的な刀傷のある老将、松長(まつなが) 平久(ひらひさ)である。


 「()(ちら)に向かっている杉谷(すぎや) 善十坊(ぜんじゅうぼう)が、この城を出陣()荒井(あらい) 又重(またしげ)と合流すれば、まだまだ()(ちら)にも勝ち目は大いにあると思わんか?ああ?平久(ひらひさ)よっ!」


 今より少し前、手勢を率いて小津(おづ)城に到着した多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)は、攻め込んで来た臨海(りんかい)軍の先鋒部隊を早々に撃破し、そしてその勢いのまま、城を囲む数部隊をも蹴散らしてから再び小津(おづ)城に戻っていたのだ。


 「……して、殿は何故に再び鎧を?」


 「はぁぁ?」


 (こうべ)を垂れたまま、主君たる多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)に質問する老将に、光俊(みつとし)はあからさまに不機嫌な声を返す。


 「解らんのか?本当に(もう)(ろく)したのか平久(ひらひさ)……懲りずに城前を彷徨(うろつ)いている敵部隊を再び蹴散らす為に決まっとろうが!?」


 「……」


 主君の自分を馬鹿にした態度を受け、平久(ひらひさ)は無言でそっと顔を上げる。


 「……うっ」


 老将と思えぬ鋭い眼光……

 光俊(みつとし)が一瞬、酒も覚めたと言わんばかりに”たじろぐ”のも無理は無かった。


 ――


 老将の顔は確かに年相応の年輪を刻んではいたが、その目には間違い無く”現役”であるという光りが宿る。


 そう、”現役”の戦人(ひとごろし)であるという光りが閃く、鋭い眼光であったからだ。


 「あのようにチョロチョロと動き回るのは明らかな挑発……誘いである可能性が高いと、”老いぼれ”たるこの平久(ひらひさ)は読みますが?」


 「ぬ……うぅ……だから何だと言うのだ!アレは確か(すず)(はら) 最嘉(さいか)の左腕と呼ばれる側近、(すず)(はら) 真琴(まこと)とかいう小娘の部隊だと言うではないか、ならばその小娘をも撃破して捕らえて見せしめにしてくれよう!」


 主君が放った侮蔑、”老いぼれ”と皮肉を込めた言葉を、(わざ)と自身で使用する老将の言に、余計に引き下がれなくなった光俊(みつとし)は最初の判断を貫き通すのに固執する。


 「……」


 そして実は”それこそ”が松長(まつなが) 平久(ひらひさ)の術中。


 ”梟雄(きょゆう)”の思うままであった。


 「はははっ、地下牢には毛ほどの役にも立たなんだ裏切り者の宗三(むねみつ) (いち)を繋いでいるのだ、ならば其所(そこ)に新たに鈴原(すずはら) 真琴(まこと)とやらを放り込み、”鈴原最嘉(ヤツ)”の右腕と左腕を並べて繋いで、その後に捕らえた(すず)(はら)最嘉(さいか)の目前で順に(くび)り殺してやるというのも……」


 「……」


 「ふ、ふん……冗談だ、俺もそこまで事が上手く運ぶとは思っていない、だが我が軍の精強さは思い知ったであろう?目前の小娘の隊などに後れを取るとはお前も思うまい」


 「……」


 松長(まつなが) 平久(ひらひさ)の押し黙った視線を受け、見る見ると自信が揺らいでいく主君、多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)


 「ひ、平久(ひらひさ)……それに、側近たる(すず)(はら) 真琴(まこと)を捕らえれば交渉の材料になろう?既に手にある、“鈴原 最嘉(ヤツ)”が憎んでも憎み足りない宗三(むねみつ) (いち)の首と同時に差し出せば、それなりの条件で和睦が結べると……」


 自身が向ける無言の視線による圧力に()されたのか、打って変わって弱気な声でそう言い直す主君に対し、平久(ひらひさ)は再びスッと深く頭を下げる。


 「……そこまでお考えなら、老兵は何も言いますまい」


 再び年輪を刻んだ顔を地面に向け、表情が見えなくなった松長(まつなが) 平久(ひらひさ)


 それを見下ろす多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)は……


 「ふ……ふんっ!」


 すっかり着替えが終わり、調った鎧姿の多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)は、それを手伝っていた共周りの兵士を八つ当たり気味に邪険に押しのけて、無理に胸を仰け反らせて張る。


 「()れより城前を彷徨(うろつ)く目障りな臨海(りんかい)軍の小娘を捕らえるために出陣するっ!平久(ひらひさ)!貴様も付いて参れっ!」


 部下の前で一度情けない態度を垣間見せてしまった男は、形だけは無理矢理に威厳をまき散らして宣言する。


 ザッ!


 「お、お待ちを……」


 「殿……」


 その後に兵士達が慌てて続いた。


 「…………恐れながら殿、(わし)は城に残って臨海(りんかい)軍本隊の動きに警戒しておこうと考えますが、お許し願えるでしょうか?」


 「……ぬっ!?」


 気を取り直し、颯爽(さっそう)とやり直そうとした出端(でばな)を挫かれた光俊(みつとし)はその足を一旦止めた。


 ――


 そして、一瞬だけ露骨に顔を歪めはしたが……


 「ふん、勝手にせいっ!」


 結局はそう吐き捨てて兵を引き連れ出て行ったのだった。


 「…………」


 果たして、其所(そこ)に残ったのは地ベタに膝をついて頭を下げたままの老将が独り。


 「…………」


 ――”光俊(わかぞう)”にしては上策じゃ……


 「くくっ……ははっ」


 ――勝てぬ戦ならば、譲歩を引き出すための”駒”を手に入れる


 誰も居なくなった部屋で……


 頭を垂れたままの老将の肩が小刻みに震えていた。


 「じゃが……その”鈴原 真琴(こむすめ)”を”多羅尾 光俊(ぬし)”が捕らえられればじゃが……なぁ?」


 多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)は気づいていなかったのだ。


 床に視線を落とし、顔を伏せた老将の口元が”その時”からずっと歪んでいたことに。


 「く……ははっ……」


 そして老将は――


 「我が策は成れり……かははっ!はぁーはっはっはぁぁーー!!」


 ゆっくりと年輪を刻んだ顔を上げて、今度は(はばか)らずに(わら)う。


 「くくっ、ははっ!はははぁぁーー!!」


 そうやって壊れたように笑い続ける”梟雄(きょゆう)”の眉間に残る特徴的な刀傷は、


 さも愉しそうに揺れていたのだった。


 ――

 ―


 ――そして、小津(おづ)城を包囲する(すず)(はら) 最嘉(さいか)の拠点……


 「多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)、率いる敵本隊は敗走する鈴原(すずはら) 真琴(まこと)様の隊を追い、かなり城から離れました……全て予定通りです」


 俺の(そば)に立つ、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女がそう報告する。


 「御し易いな、多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)。この程度の虚構にも気づかないとは、噂通りの無能だな」


 報告に率直な感想を述べる俺に、”王族特別親衛隊(プリンセス・ガード)”の八枚目、八十神(やそがみ) 八月(はづき)……現在は本名の方を名乗っている佐和山(さわやま) 咲季(さき)が頷く。


 「ここに来ても戦場で松長(まつなが) 平久(ひらひさ)の姿が一切見当たらないのが気には掛かりますが……予定通り久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)様に指示を出されますか?」


 「……」


 ――松長(まつなが) 平久(ひらひさ)赤目(あかめ)の”梟雄(きょゆう)”か……


 「先生?」


 少しだけ考えこんだ俺の顔を咲季(さき)が覗き込む。


 「ん?ああ、そうだな……虎を調(あざむ)き山から離れさせる、これは城を活用した防備を固める敵に対してよく使われる策の一つだが……」


 「”調虎離山(ちょうこりざん)”……兵法三十六計の第十五計ですね」


 俺の言葉に対する素早い咲季(さき)の返答に俺は頷く。


 「ここまで易く敵を引っかけるには多少の工夫が要る、つまりは状況だ」


 「状況……」


 その少女は俺の言葉を一言一句も聞き逃さないといった殊勝な顔つきであった。


 ――戦場では騙す者と騙される者の二通りしかいない


 「そう、状況だ。自軍が圧倒的優勢な時、仲間内で手柄を競った時、その逆に窮地に陥り起死回生を切望している時……」


 俺は胸中にそんな思いを秘めながら説明しつつ、(そば)に控えて俺の言葉に聞き入っている少女の瞳を見た。


 「ええと……今回は後者、敗色濃厚な敵に希望を見せて、それを餌に誘き寄せた訳ですね」


 満足のいく答えを少女から得た俺は更に頷く。


 ――そう……そして俺は、”策士(おれたち)”は何時(いつ)だって騙す側だ


 「兵法自体はこの戦国の世では誰でもが学んでいるありきたりの知識(もの)だろう。だが、それを活かすのは使い方……相手の希望する”(えさ)”を如何(いか)にして、どの時期(タイミング)にチラつかせるか、それが大体の謀略の基本だ」


 俺は聡明な光りを宿す策士の卵に手解きしていた。


 「はい、それを作り出すのが”状況”なんですねっ!」


 佐和山(さわやま) 咲季(さき)の瞳は輝いている……


 それは尊敬の輝きに満ちた瞳だ。


 そして、”彼女の瞳(それ)”は未だ本当の意味で”(けが)れ”を知らない。


 とどのつまり、一人前の策士とは、謀将とは……

 どう言い繕っても”そういう”側の人間なのだと。



 ――八月(はづき)には才能がある……でも、私はそういうのは余り得意じゃ無いから最嘉(あなた)にお願いするわ


 我が愛しの”暗黒姫様”は、そう言って事も無げに、俺が尾宇美(おうみ)を出る時に自身の部下を押しつけた。


 確かに……


 (きょう)(ごく) 陽子(はるこ)の様に生まれついての”大天才”様には凡人の教育など出来ないだろう。


 とはいえ……


 よくも自分の部下をこうもアッサリと貸し与え、(あまつさ)え……


 ――で、それなりに成ったら帰してもらえるかしら?その手の人材はまだまだ必要なのよ


 とまで言いやがった。


 なんの遠慮も無く、()も当然の如く……


 「…………俺は陽子(おまえ)の軍の二軍監督か養成官かよ」


 「先生?」


 「ああ……そうだな、こうしている暇は無いな」


 色々思いだしていた俺は、ついつい、愚痴が口に出てしまっていたようだ。


 つまりだ、八十神(やそがみ) 八月(はづき)を改め、現在(いま)佐和山(さわやま) 咲季(さき)が俺を”先生”と呼び、こうして臨海(りんかい)領土内の反乱鎮圧について来ているのには、そう言った経緯があったからだった。


 「では、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)様に伝令を出しますか?」


 俺の手解きを受けながら、佐和山(さわやま) 咲季(さき)はテキパキと仕事を(こな)す。


 嬉々とした様子の彼女を見ていると……(かつ)ての俺を見ているようだ。


 とは言っても俺に師らしい師は居なかったが、それでも学んだ策や考案した戦術が実戦で効果を得た時、当時の鈴原 最嘉(オレ)はただ快感と達成感でこれ以上無く充実していたものだった。


 得る者が居れば、当然、(うしな)う者もあるというのに……


 「進路上の(ざん)(ごう)に伏せさせている久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)の部隊に伝令、先行する鈴原(すずはら) 真琴(まこと)が反転攻勢に出るのを合図に、突出する暗愚な司令官の隊を後背から強襲せよっ!真琴(まこと)の隊とで挟撃し、殲滅!一兵も逃すな!と」


 「はい、先生!」


 ――はは、今更綺麗事を……


 ――策士の”智”とは元来そういう類いの”智”なのだ


 本当の穢れを知らない無垢なる叡智に効率よい人殺しを手解きし、

 結局俺は、色々と複雑な思いを抱きながらもそう指示していたのだった。


 第六十三話「策士の智」END

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