第十二話「最嘉と戦場の計算」 後編(改訂版)
第十二話「最嘉と戦場の計算」 後編
「よ、嘉深?」
間一髪……直撃を免れた彼は、斬られた頬から血を流しながら目を丸くする。
「なんにも……ほんとに……なんにもわかってない……だから、わたしが……」
――なんなの!
――いったい、なんなのよ?……彼女っ!
「もうやめろ嘉深!僕はお前とは闘いたくない!殺したくないんだ……」
目前の少女に、妹の嘉深に……必死に訴える最嘉。
でも彼女は……
「……兄様……才能に恵まれていて、優しくて、頼りがいがあるのに全然ダメダメな……私の大好きな……大嫌いな……救いがたい愚か者……最嘉兄様……」
「よ……しみ……?」
フラフラとした足取りで頼りなげな少女は、それでも血塗られた刃を胸の前に構える。
「……ふ……ふふ……さあ、肉片となるまで……ころしあいましょう!」
――そして
苦しげに……
悲しげに……
なにより儚げに……
「ふ……ふふふ……」
歪んだ表情で微笑っていた。
ーー
ー
コトッ
臨海領、九郎江城の執務室でペンを置いた私は、ふと書き上げたばかりの手紙を確認する。
「……」
――あの時の嘉深様の気持ち……今なら少し解るかもしれない
そんな事を考えながら私、鈴原 真琴は手紙を封筒に収めた。
――この世界の物は、向こうの世界には持って行けないけど……
近代国家世界と戦国世界、繋がっているのは人とその人物の経験……そして記憶だけ。
でも、この臨海軍陣営には向こうの臨海高校の人間もいる、つまりこの手紙の内容を託すことは出来る。
――この戦でもし私が……
「そのときはそれを伝えて貰おう」
――人づてだけど……それでも……最嘉さまに
コンコンッ
「真琴様、城外に天都原軍が展開しております……そろそろ」
執務室のドアをノックする音の後、現在の九郎江城周辺の戦況報告が入る。
既に第二陣までは突破されたらしい……
思ったより速いな……流石、天都原正規軍。
「今、行くわ」
現在の私は、臨海領主、鈴原 最嘉様の代理。
つまり九郎江城の城代にして我が臨海領を護る最高責任者。
――臨海は必ずこの鈴原 真琴が守り抜いてみせる!
改めて誓った私は、決意と共に立ち上がり、執務室を後にしたのだった。
ーー
ー
「報告!本国により奪還されし円月城から撤退した南阿軍は散り散りで山中に逃げ込んだと!」
「勘重郎様!占拠されておりました椿砦、友軍により奪還された模様です!」
――日乃領土内
那知城主、草加 勘重郎の元に相次いで早馬の報告が寄せられていた。
「ふむ、これはどう見るべきか……」
那知城、評議の間で上座に腰掛けた壮年の男が不揃いに生えた顎髭を撫でる。
「どう見るも何も、斑鳩の”紫廉宮”から援軍が到着したのですよ!そしてその友軍が南阿の残党共を蹴散らしているのです!」
那知城、将軍のひとりが興奮気味に息巻く。
「ふむ……確かに状況的にはそうとれるな……」
「”そうとれる”では無く、それしか無いでしょう!我が城前の敵軍はまだそれに気づいてない様子、今すぐ打って出て、直ぐに到着するであろう本軍と挟み撃ちにしましょう!」
意気込む二人目の部下にも、城主、草加 勘重郎は思案顔のまま顎髭を摩っていた。
「勘重郎様!」
「城主!」
そして、最早二人だけで無い。
そこに揃った家臣の全てが興奮気味に城主である勘重郎に詰め寄っていた。
「ふむ……確かに我が所領の彼方此方で我が天都原の旗を掲げた軍を確認したという報告は受けている。そして今日になって領内の各地にある我が拠点が解放されているのも事実だ……しかし……」
「報告!我が城前に展開していた南阿軍の残党が撤退準備を始めています!」
ーーざわっ!
その報告に一斉に家臣達の目の色が変わった!
「殿!」
「勘重郎様!」
「……うむ……確かにこんな好機は逃す手は無い……ふむ!我が那知城の将兵諸君!これより全軍をもって敵、南阿の残党を掃討する!」
暫く思案していた顎髭男は、流石にこれ以上消極的な判断はマイナスでしか無いと判断したのだろう、勢いよく立ち上がり宣言する。
おぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!
受けて那知城、評議の間には、これまでの鬱憤を晴らす様な、大歓声と雄叫びが沸き上がっていた。
ーー
ー
ところ変わって……その那知城の直ぐ近く。
「最嘉様!出て来ました、那知城の軍……恐らくはほぼ全軍かと」
眼下に那知城を見下ろす小高い丘に立った俺は、隣で斥候から戦況報告を受けていた宗三 壱の言葉に口の端をあげる。
「掛かったか、那知城のカタツムリ……殻から出たらただのナメクジだろうに」
堅い殻に籠もってこその籠城戦。
平地に打って出ては、その利点もなにもあったものじゃ無い。
戦の基本、籠城戦を決め込む相手に対する有効打はいくつかあるが、最も簡単なのは城からおびき出すことだろう。
とはいっても、守りに徹する相手をおびき出すのは結構難しい。
そこで俺は、先ずは奴らの策に乗ったうえで、その後に餌をちらつかせた。
昨日、攻撃を開始した俺達は、那知城を直接襲わず、その周りの小城や砦を次々と落としていった。
通常、那知城のような重要拠点に存在する強固で一定以上の規模を誇る城には必ずそれをサポートする支城が多数存在する。
支城とは文字通り、本城を支える城。
物資の搬入経路や情報収集の拠点、その他にも色々……
ただ、城とは言ってもほんの小城程度か小さい砦、常駐の兵も高が知れている。
――つまり、比較的攻略しやすい拠点と言うことになる
時間が立つほど有利になる那知城の草加 勘重郎は、こちらが正面から那知城と対峙せず、周りの支城から絡め取るという小細工を行う可能性を計算に入れ、仮にそれらの支城が奪われたとしても、本城だけで十分な時間を稼げるだけの物資を貯蔵していただろう。
そうだ、俺は相手の予測範囲内の策を用いることにより、ある意味相手を安心させた。
戦で最も不安なことの一つは、相手が何を企んでいるか見当がつかない事だ。
と、言うことは裏を返せば、自身が予測した範囲内である敵の小細工は安堵に繋がり、それは油断になる。
――そして……
「たとえ最初から織り込み済みだろうと、目の前で自軍の拠点を次々奪われていくのは結構な忍耐だろうな」
「成るほど、今回は敵の油断と自軍の策によるストレス、そこにつけ込んだ訳ですね」
俺の思惑を理解した宗三 壱は隣で大きく頷く。
「そうだ、この作戦の肝は一度奪った敵方の拠点を奪い返されることにある」
そう、もうお察しの通り、天都原の援軍情報は偽情報だ。
天都原軍に偽装したこちらの兵を彼方此方で見せ、その後に一芝居打って、俺達はせっかく手に入れた拠点を奪い返されたように演じる。
せっかく奪ったものを、すぐに返還する……
それは一見無駄に見える行動だが、これが実に巧妙に敵の心理状況を左右する。
作戦のためとは言え、忸怩たる思いで奪われた拠点を取り戻せた!
そして目の前で慌てて撤退する敵軍!
その背後には、目には見えないが、迫り来る味方の大軍団……
つまり、これが……
――”奴らの策に乗ったうえで、その後に餌をちらつかせた”
の具体的内容だ。
「計算高い男なればこそ、その欲を擽ってやると……流石です」
壱が感心した顔で俺を見て感想を述べる。
天都原の援軍、友軍、大軍勢、もちろんそんなものは来ない。
少なくとも現時点では……
「目に見えないものは無いんだよ!戦場ではな」
俺はそう言うと、那知城が見下ろせる小高い丘に待機させていた伏兵に指示を出す。
「これより、眼下の那知城に空き巣狙いに入る!各自抜かりなきよう!」
――(おおっ……!)
作戦の特性上、小さめの鬨の声を上げてコソコソと準備を整える我が兵士達。
そして俺のあまりに身も蓋もない言い様に……
「で、では……行って参ります」
微妙な表情ながら俺の隣から進み出た宗三 壱は、その後に伏兵部隊を指揮して突入していったのだった。
第十二話「最嘉と戦場の計算」 後編 END