第六十一話「紡がれる”想い出(かこ)”とその先の”試練(いま)”」後編(改訂版)
第六十一話「紡がれる”想い出”とその先の”試練”」後編
「そうだな、全く異論は無い、無いが……それは、俺の目指すものが”世界の統一”だったらの話だろう?」
「……」
陽子の助言……というか、最早説得にも、俺は頑なに抵抗していた。
「俺の目指すものはな、ちょっと違う……そうだな、世界の統一はそのための通り道、必要だからそうするんであって、”地ならし”みたいなものだ」
「……」
陽子は無言のまま、俺に近づき……じっと俺の顔を、瞳を見上げてくる。
「最嘉……貴方の望むものは……」
そして俺の良く識る暗黒の少女は、躊躇いがちにそう問いかけてくる。
「……」
――既視感だ
――京極 陽子……彼女と初めて出会った日
十五歳の論功行賞の場で、同盟国の領主やそれに類する賓客を招く場所で目に留まった賓客中の賓客。
同盟国といっても我が臨海にとっての盟主国たる大国”天都原”
彼の国の王弟、京極 隆章公の息女。
大勢の人間達の中に在っても、俺にとって全く埋もれることの無かった少女は、闇黒色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを纏いこちらを見ていたのだ。
――”運命”
その時、俺の脳裏にはそんな在り来たりな、でも最もシックリとくる言葉が浮かんだ。
”最嘉、貴方の望むものはなに?”
その運命が、類い希なる美少女の姿で現れた運命が、曾ての俺に向けて微笑みを浮かべて問いかけた言葉。
――京極 陽子との邂逅……
俺の望むもの。
当時、彼女の質問を受け自身の心の中を探っても……
俺が渇望して止まないもの。
その時の俺は答えられなかった。
その時点では誰にも話していなかった事。
いや、俺自身漠然として形になっていなかったもの。
「……」
そんな懐かしい記憶を辿る俺は、現在も目の前に立つ、類い希なる美少女の姿をした運命に対峙していた。
あの時は、暗黒のお姫様は無邪気にクルリと廻って微笑った。
そして現在は深刻に、不安そうに俺に尋ねる。
――変な所で律儀で可愛らしいお姫様……
馬鹿だな、陽は何も引け目に感じることは無い。
俺は俺の目指すもののために選択し続けてきただけだ。
”陽子を助けた”のも、”壱に命を以て断罪しない”のも……俺の目指すものだ。
「…………」
俺は微塵も視線を逸らすこと無く、今や至近距離で見上げてくる暗黒の双瞳をしっかりと見詰め返していた。
「……」
「……」
――
「ほんとう……最嘉、貴方はすごく遠い目をするのね。あの時と同じ、遠くて、何処までも挑む者の瞳」
そして、あの時と同じ台詞を口にした暗黒の美姫が俺を見上げる瞳は……
いつの間にかあの時と同じ、どこか”うっとり”とした瞳に変わっていた。
「ねぇ、昔も言ったけど、それはきっと困難なものよ……誰もが越えようとするのを考え至らないような高すぎる壁……」
「……」
――この少女は……
――多分、俺自身より俺の事を識っている
「でも、最嘉の瞳の光は決してそれを不可能なものと捉えていない。それを現実的な障害と認識しているわ」
だから本当は答えを欲しているのでは無いのかも知れない。
京極 陽子が鈴原 最嘉に求めるのは、
鈴原 最嘉が京極 陽子に求めて止まないのは、
――きっと……
「俺はな、陽……俺の望んでいるものは、本願は……」
――それでも
曾ての俺はその質問に答えられなかった。
だから現在それを答えよう。
――俺は……俺が心から願い目指すのは……
「陽子?」
いつの間にか俺の唇に宛てられた白い人差し指……
俺がそれを言葉に形作ろうとしたとき、彼女はそれを阻んでいた。
「…………」
「やめておくわ……やっぱり私がそれを聞いても対処出来そうにないもの」
そう言って彼女は紅い唇を無邪気に綻ばせる。
「……」
あの時と同じ台詞、同じ微笑み。
「最嘉は我が儘ね」
あの時より、ずっとずっと大人に、綺麗になった陽子の悪戯っぽい笑顔。
「おいおい、”京極 陽子”が俺にそれを言うのか?」
さっきまで二人を包んでいた張り詰めた雰囲気は成りを潜め、俺達二人はすっかり昔に戻ったように笑い合って、そして冗談のように各々が背負う試練を茶化す。
「だってそうでしょ?最嘉はもっと凄いものを……きっと私なんかよりずっと困難で手に入れ難いものを欲してるだろうから」
――そうか、そうだな……
確かに俺の真に望むものは……
世界の統一よりも大きいのかも知れない。
「ふふ、すごく素敵よ……最嘉」
紅い唇が悪戯っぽく綻び、俺の前で突如クルリと廻る少女。
ドレスの裾がフワリと空気を抱き、僅かに持ち上がったかと思うと静かにもとにもどる。
「ふふっ」
愉しそうに無邪気にはしゃぐその姿は、そう、あの時と同じ……
使命を背負う大国の姫でも、冷酷無比の策謀家でも無い。
彼女を年相応の愛らしい少女として輝かせていた。
「私ね……最嘉のこと、やっぱり好きだわ」
「おい……そこまで?」
あくまでもあの時の告白を、多少アレンジしてはいるが……再現してみせる少女に、そう言いながらも俺はドギマギとしていた。
「だから、あなたは私の所有物にするわ」
「……」
あの時の言葉、あの時の表情……
「京極 陽子の所有物……光栄でしょう?」
「光栄……じゃない」
懐かしい二人の想い出に誘う少女に、俺もいつしか応じていた。
「くすっ、光栄なのよ、あれから三年近く経つのに最嘉はまだ解ってないのね……困った男だわ」
「……」
「……」
――そして、至近距離から俺の顔を見上げる怖いほど美しい奈落の双瞳。
俺の心は完全にその深淵の底へと……
「いいわ、最嘉がそこまで言うならあなたを信じる、少女の私が焦がれた瞳が本物だって証明して見せなさい」
――っ!
墜ちかけようとした刹那、京極 陽子はふと現在に戻り、恋い焦がれる少女とは正反対の大上段から俺にそう伝える。
「…………は……ははっ」
――本当に……陽子だ
――京極 陽子、この少女は本当に……京極 陽子様だ!
当たり前のことを当たり前のように心で呟いて、俺は笑う。
「ふふ、変な顔ね……そうね、最嘉を信じる根拠はね、陳腐な表現をすれば……”運命”かしら?」
そして、少女はまたも”想い出”を”現在”に紡ぐ。
「はは……俺にはやっぱり理解できないな」
俺はそれがこそばゆくて……
じんわりと温かくて……
あの時と同じ、つい天邪鬼な返答をしていた。
「良いのよ、私が理解できていれば……ね、最嘉」
そして、やはり彼女は昔と同じ傍若無人な解答を返して微笑むのだ。
「最初から最嘉の意見は聞いていないってことなのよ」
とても、とても愉しそうに微笑んだのだった。
第六十一話「紡がれる”想い出”とその先の”試練”」後編 END