表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
151/329

第五十八話「気怠げ(アンニュイ)な午後の病室と企む女」前編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第五十八話「気怠げ(アンニュイ)な午後の病室と企む女」前編


 「清奈(せな)さん、書類仕事がまだなんで出来たら急ぎでお願いした……」


 「……」


 「いえ、なんでもないです!」


 上半身裸になった俺の背後に回り、手際よく傷の手当てを施してくれている女性に睨まれた俺は、要求を言葉途中で呑み込んで大人しく従う。


 ――いやいや、だってな、涙目なんだぜ?これってある意味最強だよなぁ……


 どれだけ口うるさく言われても一向に留意しない俺に、医者であるお団子髪型(ヘアー)のおっとり娘は、最終兵器とでも言える武器で俺に抗議中なのだ。


 「…………」


 ――花房(はなふさ) 清奈(せな)は……


 丸く愛嬌のある瞳とおっとりした口元が特徴の、長い髪を後頭部で団子に(まと)めた可愛らしい女性だが、臨海(りんかい)軍内では、


 臨海(りんかい)軍特務諜報部隊、通称“かげろう”の隊長。


 つまり、情報収集の専門家(エキスパート)にして、我が臨海(りんかい)の縁の下の力持ち。


 そんな花房(はなふさ) 清奈(せな)のもう一つの顔は医者だった。


 それも”とびきり”凄腕の外科医である。


 「た、確かに、命の危険は無いです……けど……こ、こんな重傷で仕事なんて……」


 清奈(せな)は床に放置してある、”バラした酒樽の木片”と”それを固定するのに使った組紐”を見ながら……相も変わらず、俺に抗議の視線を向けてくる。


 「いや……あれだ……あの……ごめんなさい」


 因みに、”酒樽”と”組紐”は倉庫から自身で調達した。


 それは、肋骨(ろっこつ)と背骨を痛めた俺が自身で簡易的なギプスとして巻いて使うためだ。


 十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)八十神(やそがみ) 八月(はづき)など、天都原(あまつはら)の者達に怪我の具合がバレようものなら、こんな書類仕事をする事も止められるだろうと、俺は大丈夫なフリをしていた訳だ。


 ――と、言っても……かなり怪しまれていたのだが……


 「お、応急処置としては間違っていませんが……て、適当すぎま……す」


 「……」


 全く(もっ)て返す言葉が無い。


 そうして固定しなければ真面(まとも)に座ることさえ出来なかった俺がとった対処は、自傷癖があるか、マゾヒストかと疑われても仕方が無い愚行だろう。


 「ええと……ほっとけば治るかなぁ?とか」


 ギュッ!


 「いてっ!」


 恐る恐ると巫山戯た返答をする俺に、清奈(せな)の治療の意図して手は粗くなる!


 「と、十三子(とみこ)さんにも、は、八月(はづき)ちゃんにも、ほ、穂邑(ほむら)さんにも……お、教えて頂いたから良かったものの……お、王様はほんとうに……」


 ――ちっ、三人ともグルかよ……


 花房(はなふさ) 清奈(せな)に延々と泣き言のような小言を言われながら治療を受ける俺は、普段から多少秘密主義的な所がある自分は棚に上げて心中で愚痴を零す。


 「お。王さまっ!」


 「うっ!はい反省してますっ!」


 と、まぁ……こういう感じで、普段は”おっとり”さんだが俺がこんな無謀を行うと、彼女の機嫌は(すこぶ)る悪くなって怖いことこの上ない。


 とはいえ、花房(はなふさ) 清奈(せな)は医者であるが軍医というわけで無く、実行部隊の現役将校であるから、軍の最高責任者たる鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)が体を張ったり、その結果多少の怪我をする事全てに否定的という訳では無い。


 だから、彼女が涙目になってまで抗議するのは今回の様な場合事……


 俺が結構やりがちな、こう言った無理を継続し続ける事による病状の悪化に結びつくような行為であった。


 「……」


 「……」


 暫く黙々と治療に専念する花房(はなふさ) 清奈(せな)とそれを受ける俺。


 「……」


 「……」


 因みに穂邑(ほむら) (はがね)は……この雲行きを読み取ってか既に部屋には居ない。


 ――目端の利くヤツだ、ちっ!忌忌しい


 「……」


 「……せ、清奈(せな)さん……そういえば清奈(せな)さんは第二隊と同行してたと思うけど?」


 少しばかりして、彼女の怒りが治まって来るだろう頃合いをみて、俺は尋ねた。


 「はい、い、一原(いちはら) 一枝(かずえ)さんという方と一緒に先行して来ました……か、香賀美(かがみ)領攻略がどういう状況か事前に、か、確認するために……」


 「そうか……」


 ――なるほど、情報収集を兼ねた行路の安全確保か……慎重な陽子(はるこ)の考えそうな事だ


 俺は花房(はなふさ) 清奈(せな)の返事に独り納得し、だったら京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の本隊である第二隊もそれほど間を置かずに到着するだろうと安堵していた。


 「……」


 「……」


 一方的に受け手な患者の手持ち無沙汰な時間……


 「…………」


 ――そういえば、宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)……


 ――アイツも今回、尾宇美(おうみ)での一連の戦で負傷し、こうやって花房(はなふさ) 清奈(せな)に治療を受けたんだったなぁ……


 俺はこの間に、つい先程まで振り返っていた案件の二件目、この時点で一応の解決をしている案件のうち残る一件を状況整理の意味も兼ね、改めて心中で振り返ってみることにした。


 ――それは”近代国家世界”で花房(はなふさ) 清奈(せな)から報告のあった”宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)絡みの一件”だ


 ―


 「宮郷(みやごう)領主代理の宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)様が王様にお会いして話したいと……あの、連絡がありました」


 そう報告された俺は……


 結局、近代国家世界での超過密予定(ハードスケジュール)をなんとか遣り繰りして、その日の午後には彼女の入院したという宮郷(みやごう)市の病院に足を運んだのだった。


 「…………」


 ――弥代(やしろ)か、あの救出劇での”礼”……って訳じゃないだろうなぁ


 俺は”面倒くさい事じゃなけりゃ良いが”と心配しながらも、気怠(けだる)げでやる気無い垂れ目女を訪ねるため、病院の廊下を独り歩いていた。


 「…………」


 この世界での常識……


 ”近代国家”側での傷は、一度”戦国世界”側に戻ると綺麗さっぱり無くなる。


 それどころか”死さえもリセットされるのだが、逆に”戦国世界”での傷や死は近代国家世界にも適用されてしまう。


 だが、花房(はなふさ) 清奈(せな)が施術した”戦国世界”での応急処置が功を奏して、後遺症の残るような大きな怪我は未然に防げたと、オレは報告を受けていた。


 で、俺は当然、そのお団子女子を称えたのだが……


 「い、いえ……わ、私は最善を尽くした……だけですので……」


 とか、当の本人は少し照れくさそうに頬を赤らめ”はにかんで”いたが、若いのに実際ホントに大した名医だ。


 「…………っ!」


 とか、そんなことを考えて居る間にも、俺は目当てである”気怠(けだる)げ女”の病室前に到着していたのだった。


 「…………」


 ――ええい、考えていても仕方が無いっ!


 そうだ、幾ら弥代(やしろ)でも、まさか恩人の俺に難癖をつけるような常識無しでは無いだろう!


 ――コンコン……


 ガチャッ!


 「弥代(やしろ)、入るぞ!」


 俺はノックの後、思いきってドアを開け病室の中に……


 「サイカくん遅いわよっ!淑女(レディ)を待たせるなんてなってないわ」


 「…………」


 ――宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)は俺の予想を超越した、キング……いや、クイーンオブマイペース女だった


 「……えと……あのだな……お前何言ってんの?」


 宮郷(みやごう)領主の娘、一応お嬢様な弥代(やしろ)は上等な個室病室のベッドに横になった状態で、理解不能の言い分を(もっ)て俺を迎えた訳だが……


 彼女はそんな、ドン引きな俺の問いかけは一切気にも留めないで、


 「宮郷(みやごう)は今大変なのよ、天都原(あまつはら)の権力体制が大きく変化して……」


 溜息を一つ()いてから、これまた勝手に話を進めたのだった。


 ――ほんと、マイペースだな……この”毎日(エブリデイ)気怠げ女”


 大国、天都原(あまつはら)の時期支配権を巡って、王位継承権第一位である王太子、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)と王位継承権第六位、京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の争いは、どうやら手段を選ばない光友(みつとも)の勝利で終わりそうだ。


 そして、陽子(はるこ)側に属した小国、宮郷(みやごう)は今は蜂の巣をつついたような混乱であるそうだ。


 このままでは”宮郷(みやごう)領”は攻め滅ぼされるか、とんでもない悪条件で支配下に置かれると。


 その焦りが領主である弥代(やしろ)の父や兄達の正常な判断能力を失わせ、国内は分裂の危機にさえあるという。


 あと……弥代(やしろ)は一言も言わないが、実際に陽子(はるこ)の元で将として戦った弥代(やしろ)に向けた風当たりは相当に強いらしい。


 と、俺は花房(はなふさ) 清奈(せな)から情報を入手済みだった。


 勝手な話だ。今まで全て国事の厄介ごとを弥代(やしろ)に押しつけて置いて、状況が悪くなると全責任をも背負わせる。


 兎に角、そう言った理由で小国領、宮郷(みやごう)弥代(かのじょ)の言うように”大変な状況”らしい。


 「お前の”宮郷(みやごう)”の窮状は解ったが……それと俺にどんな関係が?」


 臨海(こっち)だって、この殺人的に忙しい時に呼び出しておいて、一方的に話し出す。


 ベッドに横になって上半身のみ起こした女、その横に置いたパイプ椅子に腰掛けた俺は大いに不服だったから、(わざ)と素っ気なく返す。


 「終わりのつもりだったのよ……」


 そんな俺のあからさまな態度に、てっきり軽口が返ってくると思っていた俺。


 「……」


 だが女の言葉と表情は、予想外な真剣(シリアス)さだった。


 いつもは後ろで束ねて垂らした長い黒髪を編み込んで(まと)めた宮郷(みやざと) 弥代(やしろ)の横顔は儚げで、垂れ目気味な瞳は愁いを帯び、なんというか……ずっと遠くを見ているようだ。


 「おわ……り?」


 俺は驚きで一呼吸遅れて返す。


 「そうよ、やるだけのことは十分やったと自負しているから、宮郷(みやごう)でのワタシの役割は終わりを迎えると……そんなつもりで最後は戦場に立っていたのよ」


 「……」


 そこで俺は心当たりを思い出す。


 ――”ワタシが代表を続ける理由?


 ――”一番能力のある者が責任を持つ、それだけよ”


 在る時、戦場で俺がなんと言うこと無く質問した時の彼女の答えだ。


 宮郷(みやごう)領主……つまり彼女の父は健在で、腹違いの兄も二人ばかり居るという。


 だが、女だてらに武器を持ち、先頭きって戦う彼女を、

 宮郷(みやごう)の領主代理として政治の全般まで(こな)す彼女に、


 (かつ)ての俺が野次馬的な興味を抱いて、なんとなく交わした会話であった。


 第五十八話「気怠げ(アンニュイ)な午後の病室と企む女」前編 END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ