第五十六話「顎髭男の善悪」前編(改訂版)
第五十六話「顎髭男の善悪」前編
戦国世界最終日、俺達はこうして旺帝領土であった”香賀美領”を手にれる事に成功したのだった。
――
「こっちの用事は済んだ。彦左さんも無事だったし、これで香賀美領も略手に入ったと言えるな」
そう言いながら若い男……俺や陽子とそう変わらない年格好の男が俺を訪ねて来た。
”香賀美領”は旺帝全土の中でも最西端に位置する領土の一つである。
北に”暁海”を望み、海路を通じて西の大国”長州門”、その更に西南にある南の島”日向”を統一した”句拿国”……
果ては北の島”北来”を統べる”可夢偉連合部族国”にまで交易を行う一大商業都市だ。
その”香賀美領の領都にある主城、香賀城に無事入城して数時間後には俺は、天都原の姫君、京極 陽子の部下である鈴木 燦太郎を騙る鈴原 最嘉は……
「…………」
諸々の手続きに大忙しであったのだ。
「おい?聞いてるのか、俺は男にジッと見つめられる趣味は無いんだが……」
城内の大広間を急造の執務室に仕立て、俺は大量の書類の山と頻繁に出入りする各関係部署責任者の説明と対応に追われていたのだが、そこへ訪れたのは右目の光りが僅かに鈍い男……
旺帝の”独眼竜”と呼ばれ、”黄金竜姫”と名高い旺帝前女王、燐堂 雅彌に仕える男、穂邑 鋼という男だった。
「そんなのは俺にだって無い、俺だって愛でるなら可愛い女子……例えば」
来訪者を暫し観察していた俺は、遅まきながら気味の悪い疑惑をキッパリ否定し、
「おぅ、例えば……」
そしてそれを受けた穂邑もほぼ同時に口を開く。
「京極 陽子とか」
「燐堂 雅彌だな!」
――っ!
「ぬ、ぬぅぅ」
「ちっ!」
俺達はお互いの理想をぶつけ合い、そして暫く無言で睨み合った。
「……おまえ、眼鏡の度数、変えたらどうだ?独眼竜!」
「ばーか、これは伊達だ、視力が悪いのはお前だろ?臨海の詐欺師!」
「……」
「……」
――ぬぅぅ!なんて失礼な男だ、この偽眼鏡くんめ……
とは思ったが、どちらが真実かは直ぐに結果は出る事でもある。
この後、京極 陽子が到着次第に……
本人達の意思はともかく、二人の従姉妹同士、旺帝の”黄金竜姫”と天都原の”無垢なる深淵”は、この香賀美領で相見える予定なのだから。
「失礼します!鈴木殿、ご指示通り国境の防備は警戒レベルを最大限に上げて対応しております、領内の巡回も強化して……」
「ご苦労様、隣接領や住民達に紛れているだろう他国の間者達にも分かりやすい位に物々しくやってくれ、暫くはそれ自体が牽制になる」
「はっ!」
「す、鈴木殿!統治権の委任にあたり、早急に目を通して頂きたい書類が……」
「お、おう……」
そして独眼竜にそんな下らない対抗意識を燃やしている俺には、休む間もなく香賀美領士官達の報告が次々と入り、俺は書類を精査しながら指示を出し、そして膨大な書類に目を通す事の繰り返しだ。
「たく、戦争は終わった後の方が本当の戦争だよなぁ……」
香賀城前の合戦終わり直後というのにも拘わらず、急造の執務室にて多忙を極める俺は、誰相手というわけで無く愚痴を零す。
「まぁな……けど、それでも十三院……えと、近衛 紗綾香さん?彼女のお陰で入城もスムーズだったし、この事後処理だってかなり楽になった方だぞ」
そんな俺に、偽眼鏡くん……穂邑 鋼が律儀に応える。
「……」
――確かに……
京極 陽子の王族特別親衛隊が一枚、十三院 十三子は、本名”近衛 紗綾香”といって天都原王家、藤桐家の遠縁にあたる家柄で曾てはこの地の大使を努める家系だった。
戦争で”旺帝八竜”が一竜である”魔人”、伊武 兵衛本人と部隊を壊滅させて実力を示し第一条件をクリアした天都原軍にとって、未だ到着しない京極 陽子の約束手形、近衛 紗綾香の存在が第二の条件である”証”の鍵になっていた。
そうして俺達は、香賀美領の城兵達に問題なく迎え入れられた訳で……
「しかし、お前……本当に大丈夫なのか?」
そんな事を考えながらも黙々と作業を続ける俺に穂邑が再び声をかける。
「なにが?」
俺はそれを気にも留めないといった感じで作業を続けた。
――穂邑 鋼の言いたい事は解っている
あの一騎打ちで……
”魔人”、伊武 兵衛との死闘で背中に重傷を負った俺は、そこに応急処置だけ施した状態でこの実務を熟していたのだ。
「…………いや、なんでもない」
それ以上応える気のない俺の心情を悟った偽眼鏡くんは、そっと書類の山を手に取り、頼んでもいないのに俺の作業を手伝い始めていた。
――
「……」
――俺の体は俺が一番解っている
――しかし、今は時間が惜しい……
陽子達が到着するまでに事務的な事は大方終わらせないと、その後の作業が滞ってしまう。
無理は”する時”には”しない”と駄目なのだ。
「……」
「……」
やがて、それまで引っ切り無しで出入りしていた関係部署の者達も途切れがちになり、一息ついた時に俺は、お茶請け代わりに切り出した。
「……にしても、お前のあの異形の鋼鉄戦士……機械化兵っていったか?あれってどんな仕掛けで?」
準備不足が否めない今回の戦では背に腹は代えられず、その辺は有耶無耶のまま、穂邑の力を借りた俺だが、その疑問は残ったままだった。
――抑も”戦国世界”では”近代国家世界”で確立されている既存の技術はどうやっても成立しないはず
その上であの技術だ。
あの”人型機械兵器”?のような技術は”戦国世界”では到底あり得ないと……
俺は良い機会だとばかりに興味をぶつけてみる。
「機械化兵は機械化兵だ、それ以上でもそれ以下でも無い」
今度は穂邑が素っ気ない返事を返してくる。
――軍事機密というやつだろうか……確かに他人にペラペラと話すことではないな
「……」
そういう事ならと、俺が諦めかけた時だった。
「はぁ……つまりな……”確立されている既存の技術”じゃなけりゃ、この戦国世界でも存在できるってだけだ」
納得しない顔だった俺に、穂邑は渋々とそう答え始める。
「”既存の技術”じゃない……つまり穂邑 鋼の”独自開発した技術体系”って事か?」
「そうだ。まぁ新しい”技術”を”創造”するのは科学者として当然で、そんなに驚くほどのことでも無いだろ?」
「……」
――いやいや……驚天動地だ
この男はサラリと言うが、戦国世界と近代国家世界の”理”はそんなに曖昧なモノじゃ無い!
存在する技術から派生する技術さえも、元々あった戦国世界の技術水準を超えるモノは実現しないのだから、新たな技術を確立するためには基礎から完全に創造する必要がある。
つまりこの穂邑 鋼なる男が成した創造とは……
――既に”ひとつの文明”を創造したも同然!!
「…………」
俺は久しぶりに……本当に久しぶりに心の底から驚いていた。
「なんだ?俺の顔をじっと見て、さっきも言ったが俺にその趣味は無いぞ」
この男はそこまでして……そんな偉業を成し遂げてまで……
「おい、鈴原?」
黙り込む俺を怪訝そうに見る偽眼鏡……いや、穂邑 鋼という男。
――それは、”たった独りの女”を救うために……か
「は……はははっ、俺はもしかしたらその趣味があるかも知れないなぁ!あはは……」
俺はそんな馬鹿な男を目の前にして、なんだか可笑しくなっていた。
「おい!本気かよっ!?てか、他人の顔を見て笑うってどういう了見……いてっ!いてっ!」
「はは、あははっ!」
――こんな所に俺と同じような馬鹿がいた!
なにやら楽しくなった俺は、文句を垂れる偽眼鏡くんの背をバシバシと叩き、俺は心の底から笑っていた。
「へ、変な奴だなぁ……てかお前の方はどうなんだよ?臨海、大変なんだろ?」
俺に意味不明に背を叩かれ笑われた男は、それが居心地悪いのか……
話題を変えようと、そんな事を聞いてくる。
「ん?そうだな……」
確かに、こっちは”香賀美領攻略”も一段落したし、後は陽子待ちだ。
俺は穂邑 鋼の言葉をきっかけに、もう一度状況の整理の意味も兼ねて思い返してみる事にしたのだった。
第五十六話「顎髭男の善悪」前編 END