第五十四話「撃破」 前編(改訂版)
第五十四話「撃破」 前編
シュバッ!
シュバッ!
シュバッ!
十字傷の武人、伊武 兵衛から連続して繰り出される槍の速射突き!
「くっ!」
「っ!」
「はっ!」
俺は馬上でそれを右に左に体をズラして躱す。
――尋常で無い速度だ……
穂先の銀色が”十文字”の原型で捉えることが出来ずに、銀の尾を引いて襲い来るっ!
だが、それでも俺は忙しく体を動かしながらも考えていた。
――避けきれない程の速度じゃ無い!
「よしっ!」
ダッ!
何段もの突きを躱しきった俺は馬の腹を蹴り、一気に間合いをつめて刀の距離に……
ドォンッ!
――っ!?
間合いを詰めた瞬間、十字傷の男は鐙だけで自馬を自在に操り、近づいた俺の馬にぶつけてきた。
ヒッヒィィーーンッ!!
「う、くそっ!」
忽ち俺の乗る馬は前足を振り上げて嘶き、垂直になった馬の背に俺はしがみつく。
「甘いわ小僧っ!」
シュバッ!
「くっ!」
ギィィーーン!
馬首ごと俺を串刺そうと伸びた槍先を、小烏丸の背で叩き落とした俺は――
ダダッ!
一旦、距離を取る!
「ほぅ、あの体勢で凌ぐか?鈴木 燦太郎」
「……」
俺は応えずに剣を前面に備えた。
「良き面構えだ、鬼子よ」
「……」
一対一での闘いの本質は間合いの奪い合いだ。
敵の不得手とする間合いにて凌ぎ、己の得手とする間合いで決する!
”剣”と”槍”でいうなら、俺の間合いは奴の懐近く……
長い槍が取り回しに苦労する近距離にて刃の交換を持続させる。
――それが俺の勝利に一番近いんだが……
ズチャッ!
俺の目前には顔面に十字傷の武人。
「さぁ!さぁ!更に参ろうぞ!天都原の鬼子よっ!」
その百戦錬磨の面構えには微塵の油断も無く、握る得物には一切の躊躇も無い。
――流石は旺帝八竜の”魔人”……けどな!
実際、剣を交えて感じた。
――武術の腕は俺の方が上だっ!
――”才能”も”速さ”も負ける気がしない。
「…………」
だが、
厳然たる事実は……
”痺れた”指にしっかりと力を入れ直し、眼前に構えた小烏丸の柄を握り直す俺の姿。
痺れた指先……想像以上に重い刺突、斬撃の数々。
伊武 兵衛が打突一つに秘められた代物……それは圧倒的な修羅場の数だ!
この男に齢で劣る俺には現時点で決して越えることの出来ない、”死に接した数”とでも言い換えれば良いだろうか。
「鈴木 燦太郎よ、貴様の武才は瞠目に値する。然れどもっ!」
ドシュッ!
再び旺帝の魔人、伊武 兵衛の槍が突き抜けた!
「くっ!」
――駄目だ……
シュバッ!
シュバッ!
シュバッ!
「戦場で思考するとは何たる忽略かっ!!」
十字傷の武人、伊武 兵衛から再び連続して繰り出される槍の速射突きの波状攻撃!
「くっ!」
「っ!」
「はっ!」
――駄目だ!”これ”では駄目だっ!!
「確と覚えよ!戦場で思考に値するは、”殺すか殺されるか”の確認のみっ!」
「ちぃっ!」
如何にも”武侠一路”
――全く参考にならないご意見、しっかりと”ご教授”頂き痛み入るが……
「くはっ!」
勿論、俺にはそんな余裕は無い。
シュバッ!
シュバッ!
シュバッ!
――避けきれない速度じゃ無い、だが……
――大きく躱していたんじゃ反撃できない!
中途半端な反撃では百戦錬磨のこの魔人は対処出来てしまう。
数多の戦場、幾多の死地にて生き残ってきただろう歴戦の武人には、あらゆる状況下での対応が身に染みこんでいるのだ!
シュバッ!
シュバッ!
シュバッ!
「くっ!」
「はっ」
「ふっ!」
――もっと小さく……コンパクトに……
シュバッ!
シュバッ!
シュバッ!
――紙一重で躱……
「ちっ!」
「っ!」
ズバァァッーー
顔面を撫でた穂先が?の辺りの布を引き裂いただけでは飽き足らず、
包帯下から露出した自前の肌をもザックリと切り開いた後に、血飛沫を道連れにして後方へと抜けた!
――否、薄紙一枚でも駄目だ!
ズシャァァ!
再び俺の胸元に向けて伸びる十文字槍の穂先!
――そう、無事に抉られる距離にて迎え撃つ!
その十文字刃が縦になって迫るのを俺の動体視力は確実に捉えていたのだ。
「……」
ハッキリと十の文字を象る穂先。
突き刺す尖端とは別に左右に伸びる水平の刃が地面に対し平行では無く、垂直に立った状態で迫り来る!
ズシュゥゥッーー!
――垂直に立つ十文字槍なら横幅が無い……
唸り来る穂先が胸に触れ、その力の奔流を察知した俺は体軸に沿って自然に身を捩る。
――
「ぬっ!?」
鋭い眼を見開く魔人。
奴には槍先が俺の体中をすり抜けたように見えただろう。
「面妖なっ!」
――だが実際は……掠っただけ!
軸によって回転する”滑車”を相手にするなら、
寸分違わぬ精度で中心を射貫かねば攻撃は空しく受け流されるだけ。
鋭い十字槍の穂先を胸に突き刺された瞬間に軸で受け流した俺は、そのまま敵の槍を後方へと送り、距離を詰めて――
ダダダッ!!
まんまと相手の眼前に、”刀の距離”に侵入する事に成功していた!
「ぬうぅぅっ!!」
唸る伊武 兵衛。
俺はここぞとばかりに小烏丸を突き刺す!
ガシィィ!
「なっ……んだと!?」
しかし伊武 兵衛は俺の渾身の一撃を、更に自ら体を捻込んで回避していた!
「くっ……はぁ!神威の術よ!……矢張りやりおるわ、鬼子」
ギリリ……
「くっ!この……魔人」
”槍”から”刀”の距離へ……それを更に無手の距離へと、
俺の苦労を一瞬で台無しにする魔人、伊武 兵衛!
ヤツは組み打ちの距離まで踏み込む事により、俺がヤツの槍をそうしたように、突き出した刀をやり過ごしたばかりか、そのまま剣を握った俺の右腕を自らの左の脇で挟んで極めたのだ。
ギリリッ……
「くっ……は……このっ……」
――なんて戦馴れした男だ……ど……んな状況でも……対処してくる
ギリリリ……
「…………」
そして俺は見た。
お互いが馬をぶつけ合う距離の馬上で、刀を握った肘部分を魔人の左脇に挟まれ締め上げられたまま、至近距離から見上げた十字傷男の顔面は……
「終わりだ、鈴木 燦太郎」
不敵にも笑っていたのだ。
「……」
刀を持った俺の右腕は動かせない。
――なら、左は……
「噴っ!!」
ビシッ!
「なっ!?」
ギユルルルゥゥーー!!
伊武 兵衛が槍の握り部分をまるで指を鳴らすかの動作で弾き、掌の中で回転させる!
俺の左脇に在る敵の槍の柄……それがドリルの様に激しく回転して暴れる。
――奴は何をした?
手中の槍の柄を指で弾いて回転させた?
――何のために?
ギユルルルゥゥーー!!
伊武 兵衛が握る槍の柄は躱した俺の左脇の下を通って……その先には……
そう、一度はやり過ごす事に成功し、今は俺の後方にある”十文字槍の穂先”
ギラギラと、切り刻む道具特有の鈍い輝きを纏ってそれは俺の背後で暴れる!
――ゾクリッ!
背後から感じる冷たい刃の感覚に俺の背は震えた。
「ぬうぅぅぅっ!!」
器用にも、暴れる槍をそのままに後方へ動く男の右肘!
それは掘削機のドリルのように回転する槍先を一気に引き戻す為だ!
「くそっ!」
――冗談じゃ無いっ!
背後から舞い戻ってくるのは回転した十文字槍の横刃……
ギユルルルゥゥーー!!
それはプロペラ機の羽音に酷似する不快音を引き連れて背後から迫る!
「くっ!ぐっ……」
しかし俺はどうすることも出来ない。
お互いが胸を合わせて抱き合う様な格好のまま、刀を握った俺の右手は奴の左脇でガッシリと極められ空しく男の背で泳ぐだけ。
ギユルルルゥゥーー!!
回転して戻ってくる旋風翼は骨肉砕く十文字槍。
十の文字を形取った刃は、先程躱した時と違い、激しく暴れて背後から死を告げる!
――ちっ……行きは良い良い帰りは怖い……ってかよっ!
最初からこれが目的か!?
それとも、この”旋風斬”さえも、この男の臨機応変さなのか!?
――
どちらにしても四の五の考えている暇は無いっ!!
「っ!」
ギユルルルゥゥーー!!
ガキッ!
ギ……ギギッ……ギギィィーー!
――痛うっ!
俺は自身の左脇下を通って戻ってくる槍の柄を、なんとか自由の利く左腕で挟み込み、留め置こうとと試みるが……
ギユルルルゥゥーー!!
その勢いは凄まじく、また右腕を封じられ体勢的に不十分な俺では……
ズシュゥゥッ!
「ぐはぁっ!」
それも空しく、俺の背には回転する十文字の横刃が深々と肉を抉り、視界を歪めるほどの衝撃と共にめり込んでいたのだった。
第五十四話「撃破」 前編 END