第五十二話「いつだって……」後編(改訂版)
第五十二話「いつだって……」後編
それから程なく戦端は開かれ――
香賀美領守備軍の指揮官、伊武 兵衛という将は、何の小細工も無く馬鹿正直に正面から天都原先遣部隊にぶつかった。
ワァァァァッーー!!
ワァァァァッーー!!
「敵、天都原軍を我が軍が圧していますっ!」
「優勢っ!!戦況は優勢ですっ!」
馬上にて、次々と入る興奮気味な報告を聞いていた男はゆっくりと頷く。
「うむ……」
顔面に斜めにひとつ、そして反対の角度でもう一つ。
つまり顔の中央に見事な十字傷の入った、歳の頃は五十台半ばである男はその後に独り言のように呟いた。
「矢張り、度重なる戦と遠征で十分に兵が機能していないか?」
最初にお互い率いる軍同士が正面から対峙した時、バッテン傷の将は天都原先遣部隊の陣容の弱点を一目見て看破していたのだった。
――
”香賀美領守備”旺帝軍と”京極 陽子”天都原軍……
香賀城前の平原で対峙した両軍の内訳は、伊武 兵衛率いる三千二百の旺帝守備軍と鈴木 燦太郎率いる天都原先遣部隊二千。
お互いが横長の方陣に隊を構築し、僅かばかりの距離を取って相対した。
此れは、
城を持つ守備側で有りながら諸事情から野戦選択を余儀なくされた伊武 兵衛と、兵数は多少劣る程度だが、ここに至るまでの兵士の疲労と自身が手塩にかけて鍛えた兵でない者達、即席編成軍の運用という難しさを抱えた鈴木 燦太郎……
本来の能力を発揮できない足枷を抱えた両陣営が、”正面決戦での圧倒的な勝利!”という共通の軍事目標を掲げた結果であった。
――その力を城に残る諸将と兵士達に見せつけて、今後の支持を獲得すること!
その為にはお互いの優劣をキッチリと示す必要があるのだ。
――
「我が軍優勢っ!優勢です!」
「……」
兵士の声を聞きながら、バッテン傷の経験豊富な将は直ぐ先を算段する。
――陣形は同じ横幅を持たせた方陣、しかし敵は此方に比べ兵と兵の連携に劣る……
如何な名将とて、疲弊した兵士と士気では、それは如何ともし難いはずだ。
――現に目前の天都原軍の隊列は……
「敵軍を見ろっ!疲労と準備不足、そこから来る士気の低さ!多々の理由にて連携の甘さからくる隊列の乱れは明白だっ!一気に畳みかけるっ!」
旺帝でも十本の指に入る戦歴を重ねた宿将、旺帝八竜が一竜、伊武 兵衛は、此所が勝負所と、自らが前面に押し出て指揮を執る!
おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
総指揮官の勇猛果敢な姿に、更に勢いを増した旺帝軍は激突した正面を面で押して更に天都原軍を圧倒していた。
ズドドドドォォーー!!
怒濤の如き旺帝軍の攻勢!
「くっ!持ち堪えられない……左翼部隊下がりなさい!但し秩序を維持して下がるのです!」
銀縁眼鏡をかけた美女、十三院 十三子が槍を振るいながら自隊を下がらせようと指示を出すが……
「崩れたぞっ!敵左翼部分だ!一気に雪崩れ込んで追い落とせっ!」
その隙を見逃さない旺帝軍は、後退する十三子の部隊を追って更に攻勢を増す!
ドドドドドドドッ!!
ワァァァッーー!!
ドドドドドドドッ!!
「うらぁぁっ!」
ギィィーーン!
「死ねぇぇっ!」
ガキィィィーーン!!
崩れゆく天都原軍”方陣”の左翼部分に、煉瓦に楔を打ち込んで突破口としようと一気呵成に押し寄せる旺帝騎馬隊!
最強国”旺帝”と称されし理由は多々あれど、その最たるはこの最強騎馬軍団!!
突破力と機動力で圧倒的優位性を誇る兵科である騎馬兵に置いて旺帝に並ぶ国無し!
平地での純粋なる力比べ、こう言う状況になった時に旺帝軍は無類の強さを誇るのだ。
ギャリィィーーン!
ガシィィンッ!
「くっ!はっ!……まだ、まだですっ!」
下がる自隊の後ろから火の出るような猛攻をかけられ続けながらも、自ら殿で馬上にて槍を振るって奮戦する十三院 十三子は、それでも最低限の秩序を維持させて自隊を後退させるという仕事を全うする。
ドドドドドドドッ!!
ワァァァッーー!!
「やあぁっーー!」
ガキィィッ!
しかし、ひび割れたグラスを如何に手早く塞ごうと手を添えても、無情にもナミナミと注がれ続ける果実酒は、彼女の手を嘲笑うかのように漏れる勢いを増す!
――くっ……流石、音に聞こえし旺帝騎馬軍団、このままでは……
ドドドドドドドッ!!
「っ!?」
そして程なく――
旺帝軍の猛攻は更に激しい勢いを以て彼女諸共に、天都原軍陣形内に突入していったのだった。
ギャリィィーーン!!
「くっ!」
敵味方が入り乱れ、混乱する密集地帯で、
奮戦していた十三子の槍が宙に舞い、彼女は襲い来る有象無象に押し潰され……
――シュォォーーン!!
そうになった瞬間、その聞き慣れない異音が響いたっ!
「うがぁぁっ!」
「ぎゃふっ!!」
「がふぉっ!」
その直後に、幾つもの悲鳴が重なり合って聞こえる。
「…………」
異音と共に閃光が走り、周辺一帯の視界が一瞬で奪われた。
後に響く悲鳴の数々と、そして目映い輝きの後に徐々に復帰していく世界に銀縁眼鏡のレンズ越しに瞳を細めた十三子は……
「なっ……」
「うわっ!」
驚愕する旺帝兵士達を前にフッと口元を上げる。
「間に合いましたか」
――
其所では……
「な、なんだ……」
「こ、これは……」
突入してきた旺帝軍の誰もが目を見開き、手に手に持った刀剣を緊張して構えたまま固まっていた。
何が起こったのか?落馬して既に動かない兵士が数人と……
馬上にて健在ながらも”それ”の存在を目の当たりにし、微動だに出来ない残りの旺帝兵。
「い、いったい……なにが?」
そして蝋人形の如く固まった兵士の一人が、漸く口を開く。
プシュゥゥーー!
シュォォーー!
そこには……異形の二人の姿があった。
ギギギ……
ガガァァ……
二人の異形の人間?……いいや、違うっ!
明らかに”人影”とは違う!
それは”二体”の得体の知れない影!
キュイィーーン
シュゴォォー
軽く二メートルは越えるであろう人型の影……
そう、人型……ひと目見て人で無いと理解出来る人型の造形物。
見上げる程の高さのズングリムックリとした白銀の体躯だ。
シュゴォォー
シュゴォォー
人なら関節に当たる部分の隙間などからピコピコと何色もの光を明滅させ、おかしな音を漏れさせて……突入して来た旺帝軍を阻むように立ち塞がる二体の異形の存在がそこに在った。
「は、鋼鉄の……兵士……」
異形の頭部には、二つの円形のレンズの部品が組み込まれていて、それはまるで人の双眼に似た役割を果たすかの様に不気味に光っている。
「おぉっ!?……こ、これはまさか……機械化兵!?」
「独眼竜……穂邑 鋼の”機械化兵”なのかっ!?」
旺帝の兵士達は識っていた。
実物を見たことが無い者も、その兵器の恐怖は認識していた。
そう……旺帝中の将兵達が識る鋼の怪物……
それは――
――
「穂邑 鋼特製、機械化兵、BTーRTー06、”鋼の猫”だ」
二体在る”鋼の怪物”の影から、同兵器の肩口をコンコンとノックしつつ、一騎の騎馬兵士が姿を現す。
「穂邑……鋼……か?……まさか、天都原軍に寝返って?」
「これはな、量産機で廉価バージョンだが、それなりだぞ」
兵士の問いかけには答えず、素っ気ない眼鏡を装着した右目が義眼の青年は笑う。
「貴様ぁぁーー!」
「恥知らずがぁっ!」
暫し呆けていた旺帝兵士達の一部が激怒し、その義眼の青年に襲い掛かるが……
ブウオォーーン!
途端に、機械化兵、BTーRTー06の長い両手……と言って良いのか?兎に角、両方の肩部分から生えた二本の蛇腹状の凶器に旺帝の兵士達数人が薙ぎ払われ、
――バキィィッ!
「ぎゃっ!」
――ドカァァッ!
「がはっ!」
騎乗した馬ごとに数騎が彼方へ飛んで行って大地に打ちつけられる!
「やぁぁーー!」
「とぉぉっ!!」
――バキンッ!
――ガキンッ!
そして別の旺帝兵達、”鋼の異形”を挟み込むように突撃した二騎の騎馬が突き出した槍は、重厚な白銀の装甲に覆われた胴体に当たった瞬間に撓んでアッサリと折れる!
ブゥオォォーーン!!
「ひっ!」
「ぎゃっ!」
そして、彼らの末路は同軍の先達と全く同じ……
異形の回転した蛇腹状の腕が再び大蛇のように畝って回転し、それに弾かれた旺帝騎馬達二人は、またも信じられないほど彼方へ飛んで行って大地に落下して砕けた。
「うっ……」
「バケ……モノ……」
二体の鋼の怪物によって起こった惨状を目の当たりにして、
残りの旺帝兵士達は躊躇し、一時的に侵攻の足を止めていた。
「…………後は任せます、予定通り私は他へ回りますので」
一度は手放した槍を再び手に、馬に乗った銀縁眼鏡の美女はいつの間にか義眼の男の近くに寄せてそう囁き……そしてそのまま離脱して行く。
「ああ、あっちには三体在るはずだ、此所同様上手く使ってくれ」
頷いた義眼の青年はそれを見送って、既に遠ざかる背に声をかける。
――
「忙しい事だな……実に勤勉だよ」
そうだけ呟いて、義眼の青年、穂邑 鋼は直ぐに目前で武器を手に様子を覗っている旺帝騎馬兵達に視線を戻した。
「えぇと、ここは通行止めだ」
シュオォーーン!
シュオォーーン!
主の言葉に二体在る鋼の怪物が不気味な双眼を光らせる。
「貴様……穂邑……」
憎々しげに自分を睨む兵士達に、穂邑 鋼は更に付け足す。
「あと、一方通行だったりしてな」
――っ!?
一瞬、意味不明の言葉に顔を見合わせた旺帝兵士達だったが……
――おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
――おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
突如湧き上がる天都原軍の鬨の声!
同時に、天都原方陣内部へと侵入していた旺帝兵士達を左右から、後ろから……
既に蹴散らしたはずの天都原軍が包囲して押し寄せて来ていた!
「なっ!?なんだとぉぉ!」
思わず絶叫する旺帝兵士達だが、それはもう……後の祭りだった。
「ぎゃっ!」
「ぐびゃっ!」
前後左右、後背……
囲まれ擂り潰される旺帝騎馬兵達には降伏する余裕さえ無かったのだ。
――
「”迷宮封殺陣”って言ってたか……恐ろしい男だよ、鈴原……いや、鈴木 燦太郎」
殲滅され行く旺帝軍騎馬兵士達を眺めながら穂邑 鋼は呟く。
ドドドドッ!!
血塗れで半ば曲がった槍を手に迫る旺帝兵士が一騎……
「貴様ぁぁっ!!ほむらぁぁっ!裏切り者がぁぁっ!!」
様子を眺めていた穂邑 鋼に一矢報いる覚悟で迫る剛勇の士!
「……」
だが、穂邑 鋼は構えることさえしないで、馬上にてその男を眺めていた。
「し、死ねぇ!…………ぎゃっ!!」
しかし兵士の決死の心意気は、”穂邑 鋼”の背後から伸びた白銀の腕に薙ぎ払われる事によってアッサリ終わった。
勇姿の骸は二つに千切れて地ベタに落ち、そして直ぐに乱戦の渦中で混乱する味方の騎馬に揉みくちゃに潰される。
「…………ひとつだけ訂正をしておくけどな、俺は何一つとして裏切ってはいない。最初に”黄金竜姫”を売ったのは、権力に魅入られ狂った天成という俗物に諂うしか出来ないお前ら恥知らず共だ」
穂邑 鋼の右目の義眼は無機質にそれを見据えていた。
――そうだ……
――俺が、穂邑 鋼が護りたいのは……いつだって、雅彌だけ!
――何人にも侵させない!支配させない!燐堂 雅彌の未来は命を賭して俺が守り抜いてみせるっ!!
そして、穂邑 鋼の生き残った方の左目は……
「…………」
普段の彼からは想像し難い”熱き炎”を内包し、並並ならぬ決意を刻んでいた。
第五十二話「いつだって……」後編 END