第五十二話「いつだって……」前編(改訂版)
第五十二話「いつだって……」前編
尾宇美城を逃れてきた俺達、京極 陽子の天都原軍先遣隊は……
旺帝領土”香賀美領”の香賀城前平原にて香賀美領守備軍の”一部”と正面衝突した。
「愈々だな、敵は三千ちょいってところか?」
俺の横に馬をつけた偽眼鏡くんは、そう言って正面に陣取る一団を見渡す。
――
城前に整然と構える香賀美軍は横長の方陣で此方と距離を取っていた。
「まぁな、……で、敵将は伊武 兵衛とかいう燐堂 天成の子飼いで間違い無いか?」
俺も前方を見据えたまま応えた。
「間違い無い。天成が側近の一人で、息子の天房の教育係で、この香賀美領の留守を守っている猛将だ」
――伊武 兵衛……”とかいう”なんて口調で濁したが、当然俺も知る名だ
現、旺帝”八竜”の一竜にして、曾ての”二十四将”が一人……
で、最強国旺帝でも武の双璧、最強の一角を担う歴戦の強者だ。
「そうか、香賀美領で敵に回った陣容は、ほぼ俺達の予想通りという事だな」
俺の確認に、旺帝の将、穂邑 鋼は無言で頷いた。
最初に、敵は香賀美領守備軍の”一部”と表現したが……
つまりそれはこういう事だ。
この偽眼鏡、旺帝の将である穂邑 鋼を使って事前に仕込んだ内部分裂工作。
抑もが、今、俺の横に居る穂邑 鋼が主君である燐堂 雅彌の為に前々から極秘裏に動いていた旺帝国内の分裂工作の内容を聞き、俺が改めてアレンジして今回利用したいと……
尾宇美城での穂邑との面談時に提案したのが始まりだった。
今回の”香賀美領攻略作戦”はその時から既に俺と穂邑 鋼との間で進められていた。
だからこそ、先んじて穂邑 鋼を香賀美領にこうして送ってあったのだ。
――
―
「もともと香賀美領は雅彌に好意的であった戌井 彦左という忠臣の所領だった。それを天成の奴が王位に就いてから色々と難癖をつけて取り上げ、息子の天房に与えた訳で……」
穂邑の話では香賀美領の家臣、領民にとって天成の統治は耐えがたいモノだったらしい。
今までに倍する重税に、軍事施設建築の強制労働などなど……数えればきりが無い。
そして直接この地を治める天成の息子、天房の為人は典型的な”頼りない暗君”。
二十三歳で城主という地位を苦労なく手に入れた天房という男は、武芸よりも書物に慣れ親しみ、正義と道理の志は机上では学んではいるというが……
政・武ともに実戦は無いに等しく、それ故か如何せん決断力と指導力、なにより自信の欠如した人物であるそうだ。
また、強引な手法で旺帝を手に入れた野心多き父と違い、そんな自主性に欠ける天房は、父親の傀儡に等しく、自身が持つ価値観よりも父の命令を履行するだけの存在らしい。
「なにより天成の妾の子であって、正妻の燐堂 房子様……つまり燐堂家と血縁皆無な天房は、本来王となる資格は無いと家臣の誰もが納得していなかったしな」
穂邑はそう説明すると、続いて香賀美領奪取の作戦成功率について答えた。
「無いことも無いが……俺の提案する、”恵千へ身を寄せる”方法のが現実的じゃないか?」
そう問う男に俺は答えたのだ。
「”恵千”は旺帝でも僻地の小領だ。そこでは陽子の再起は難しい」
俺の遠慮の無い言葉に苦笑いする独眼竜。
そして奴は、わかったとばかりに手を上げた。
「僻地って……”俺と雅彌”の住む地をよくもまぁ……とはいえ、なら手は尽くしてみようか」
――
―
斯くして、鈴原 最嘉と穂邑 鋼の作戦は、あの”尾宇美城大包囲網戦”の最中に極秘裏に、水面下で進み……
現在、俺たちは香賀美守備軍の”一部”とこうして対決するわけだが、
「やはり、そのお前の主人である黄金竜姫に好意的であったという戌井 彦左なる男の家臣達は今回俺達を手助けはしないと?」
伝令兵に指示を出し、この戦の総指揮を任せた八十神 八月の元へ走らせ、戦の準備を着々と進めながら俺は、隣の男に軽く愚痴る。
「彼らにも立場があるんだよ、あからさまに天都原に加勢するのは流石になぁ……」
「それゆえに表面上は”我関せず”か?……まぁ、戦後に協力さえ取り付けたなら良いけどな」
天成、天房の統治は我慢できない。
しかし天都原を引き入れ、もし、天都原……陽子の軍が負けることがあろうならば……
そういう計算の元、言い逃れが出来る立場を選択したのが本心だろう。
「彦左さんが現場にいれば、また違っただろうがな」
穂邑 鋼の言葉に、俺はもう良いと手を振って奴にも指示を出す。
――元城主の戌井 彦左とやらは天成に難癖つけられずっと昔に牢屋の中。これ以上は言っていても仕方が無い……
「わかった、じゃ俺は手筈通り動くが……」
去り際、穂邑が見せた少しだけ何か言いたそうな視線に俺は……
「この顔面包帯か?俺は対外的には“鈴木 燦太郎”って事になってるからな、あと後々都合も良い……」
そう言って答えるが、どうも奴が聞きたかったのはそっちでは無かったようだ。
「あのな……まぁ、余計なお世話かもしれんが、これは絶対に失敗できない局面だ、圧倒的勝利を迅速に見せつけてっていうな……だから”鈴原 最嘉”が総指揮を執った方が……」
独眼竜の懸念に俺は、”ああ、そう言う事か”と納得する。
確かにこの戦いは絶対に勝利しなければならない。
作戦の都合上、圧倒的に、しかも敵の追撃が不明な現在は迅速に。
「ほんと余計なお世話だな、総指揮は八十神 八月だ。問題ない!お前は下らない事を考える暇があったら自分の任務を熟せ」
俺はそう言って邪険に、旺帝の独眼竜を追い払ったのだった。
「……」
確かに”穂邑 鋼”の言うことも理解らんでもないが……
最前線で直接指揮を執れる人間は、現状では俺と十三子の二人だけだから仕方無い。
自分の身を守れ、ある程度以上の個人的武勇と混戦での的確な戦術眼を併せ持つ戦場の将は結構貴重なんだよ!
……というか、”人材不足”でも無い。
八十神 八月という少女は、後方で全体を把握して適所を計れる人材だ。
あの少女は、この先で幾つもの経験と優れた人物による的確な指導を受け、そしてそれに培われるはずの”自信”さえ伴えば十分に化ける逸材だと……俺は見ている。
「…………」
――多分……な?
第五十二話「いつだって……」前編 END