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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
132/329

第四十六話「狂人の交渉場(テリトリー)弐」後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第四十六話「狂人の交渉場(テリトリー) 弐」後編


 ズズズ……


 「……」


 更に左手の高度を下げる俺、


 「……」


 俺の顔を見据えたままの焔姫(ほのおひめ)


 ズズズ……


 俺は更に下げる。


 機械のように、無感情に……刃の突き刺さった(てのひら)を徐々に下げ続ける。


 「も、もうこれ以上は……」


 「うっ!ぐ……」


 長州門(ながすど)の”白き砦”ことアルトォーヌ・サレン=ロアノフは堪らず白い顔ごと”それ”から()らし、人相の悪い坊主、安芸国(あきぐに) 慧景(えけい)は禿げ頭に脂汗を浮かべ顔を歪めていた。


 「……」


 ――無理も無い


 戦場で血には馴れた強者共も、”平和な世界での”こういった趣向には耐性が無いだろう。


 これは()わば自身による拷問。


 極悪な挑発とか脅迫と言った類いの邪道で、普通の神経なら見るに堪えないのが当たり前の光景だ。


 ――だが……


 「…………」


 血に濡れた小刀を握る紅蓮の姫は……動じない。


 紅蓮(あか)双瞳(ひとみ)も、石榴の唇も、


 微塵も揺らぐ事無く真正面から”鈴原 最嘉(おれじしん)”を見ていた。


 ズズズズ……


 開いた(てのひら)に鉄の異物がめり込み、肉の内を裂いて進む……


 この時、刻まれる腕越しに、握った小刀越しに、肉を切り裂いて伝わる鈍い振動は俺と覇王姫、共通の感覚だろう。


 「……」


 「……」


 ――ブシュッ!!


 やがて僅かな抵抗と供に赤黒を(まと)った金属の切っ先は、侵入した反対側から姿を現す。


 手の甲から封を切ったシャンパンの様に、特に”めでたく”もない飛沫が一、二度噴き出し、その直後に下方へと更に(あか)を注いでゆく。


 「…………」


 思わず息をのむ程の美女の眼差し、


 魅つめる(ことごと)くを焼き尽くしそうなほど(あか)(あか)紅蓮(あか)く燃える紅玉石(ルビー)双瞳(ひとみ)


 ――ペリカ・ルシアノ=ニトゥ


 ”紅蓮(ぐれん)焔姫(ほのおひめ)”と呼称される長州門(ながすど)が覇王姫が紅蓮の双瞳(ひとみ)が奥に、炎の”紅蓮(あか)”が揺らめき、


 最早、血塗(ちまみ)れの白い手には大気に触れて変色したそれの上から更に”なみなみ”と注がれる流血の”(あか)い滝”


 「……」


 ――そう、これは”狂気”だ


 「……」


 ――覚悟という名の”狂気”


 そして”狂気(それ)”は、時にしてあらゆる交渉術に勝る事を俺は幾つかの経験から思い()らされていた。


 「鈴原(すずはら)……最嘉(さいか)……」


 紅蓮の姫が俺の名を呟いた。


 「……」


 俺は返事を返さない。


 今や”串刺し状態”で、それでも更に下方へ向けスライドする俺の(てのひら)は……その五指は……


 ――


 ビクリッ!ビクリッ!と痙攣するが


 「…………」


 俺の表情は一切の鉄面皮だった。


 ズズズ……



 ――判断を誤れば全てが終わる戦場において忌みされる行動がある


 無謀な行動、浅慮な行為、無意味な虚仮威し……


 ――愚行の極致だ。自己をして他者に誇るだけの愚者の蛮勇!


 ズズズ……


 ――だが、それが唯一存在感を発揮する希なる瞬間は……


 「……さい……か……」


 百戦錬磨、鬼神も避ける覇王姫……ペリカ・ルシアノ・ニトゥの紅蓮の双瞳(ひとみ)に初めて陰が(よぎ)った。


 「……」


 相変わらずの鉄面皮が下で、俺の口端が捻上がる心象(イメージ)


 ――そう、そういう希なる瞬間は……確かにある


 ズズズ……


 貫かれて小刻みに痙攣する五指、(てのひら)を下降させ、遂に到達した最下層で……


 ググッ!


 「…………ぁ」


 小刀の鍔部分に刺さる”封書”越しに……


 僅かな厚みの(つば)越しに……


 不細工な旋律を奏でる様に不揃いに跳ねる俺の指は、どうしようも無く(あか)(まみ)れた柄を握る”ペリカ(かのじょ)”の血まみれの指先に触れ、紅蓮(あか)い女は、まるで幼い少女のように(うぶ)く”小声(ひめい)”を上げた。


 「……」


 俺の血に犯された白い指先を、生臭い(あか)(まみ)れた異物越しに握りしめる!


 「…………さい……か……」


 血に(まみ)れ……


 更に下方にある床にさえ血溜まりが出来るほどの生臭さの中で、


 俺を見上げる紅蓮(あか)双瞳(ひとみ)は……瞬間(いま)、この時は……


 まるで熱に浮かされた乙女が微熱の瞳。


 「…………」



 苦痛に抗えるのは精神力や忍耐力では無い。


 そんな”モノ”では常軌を逸した苦痛に抗うことは到底適わない。


 「果実は危険極まりない刃の向こう側……だったか?だが、鈴原 最嘉(オレ)には収穫は造作も無い」


 「……!」


 小さく声を上げた女の紅蓮の双瞳(ひとみ)が間近で大きく見開かれ、


 そして俺は”其所(ソコ)”に達しようとしていた。



 「さ……い……か……」


 「…………」


 ――痛覚制御……


 それは人智の外にある外道の(わざ)だ。


 (てのひら)は人体の中でも最も神経の密集する部位のひとつ。


 なればこそ、そこは他の部位に比べ類を見ないほどの痛点の密集地帯である。


 日々の激しい訓練で痛みに馴れた兵士でも、戦闘で傷つけられる事が希なその部分を切り刻まれれば発狂し、昏倒する。


 ――()って……


 効率よく拷問するには、(てのひら)や指先を痛めつけるのは非常に有効な手段だろう。


 そんな基本的な事は此所(ここ)に集った誰もが承知だ。


 だからこそ俺は……


 俺はそういう箇所に”自ら”(ゆる)(ゆる)りと、痛みを与え続けた。


 ズブズブと異物が肉を切り開く感触。


 ズキリ、ズキリと(てのひら)から肘へ、”こめかみ”へ走る発狂レベルの激痛。


 度を超えた痛みは、腕の腱だけでなく背骨にさえ到達し脊髄を何往復も貫き続ける……


 その衝撃は痛みを越え、最早激しい熱となって体中を駆け巡っているようであった。


 「……」


 ――そんな中、俺は”其所(ソコ)”に沈め続けた


 (てのひら)を、左腕を……意識を……精神を……


 ――深い深い水の底……”其所(ソコ)”へ


 (いい)や、水というのには違和感があるだろう。


 それは……


 そうだ、まるで恐怖から逃れようとする意識を拒む弾力のある海。


 人が”痛覚(それ)”から逃れることを認めない”(ことわり)”のような抵抗の海。


 ――俺は”其所(ソコ)”に沈ませる、精神を、存在を……


 鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)を”拒む海”に……


 手に足に胸に肺の中に……ズシリと魂にさえ(まと)わり付く抵抗の海底(そこ)へ……沈め続ける。



 ――そう、それは真実(まさ)に”水銀の海”


 人を断固として拒む”銀の世界”


 ――

 ―




 「もう……いいわ」


 遙か遠くで……


 女の声が響いた気がした。


 「……」


 ――なんだ?


 ――まだ俺は本当の意味で達していないだろうに?


 俺は……


 深い深い”銀の世界”から、


 ”其所(ソコ)”から帰還させられた事に大いに不満だった。


 「……わかった……から……少し時間を置いてから……”再交渉”しましょう」


 大いに興ざめだった。


 紅蓮(あか)い髪の女は……


 (ことごと)くを焼き尽くしそうなほど(あか)(あか)紅蓮(あか)く燃える紅玉石(ルビー)双瞳(ひとみ)の女は……


 俺に視線を合わすこと無く言い捨てて、臨海(こちら)側の答えを聞く前に既に退出しようとする。


 「……」


 ――この”覇王姫(おんな)”には大いに失望し……!?


 すっかり血塗れになった小刀の(つか)から、(つば)越しの俺の指先から自身の白い手を遠ざけて離れた覇王姫、ペリカ・ルシアノ・ニトゥの背中を呆けた様に眺めていた俺は我に返る。


 ――俺は……いったい!?


 そう、俺は一体、何に失望を?


 「……アルト」


 去り際、立ち尽くしたままの自身の側近に声をかけるペリカ。


 ――俺は元々、交渉のためにこんな賭に出たはず……だのに、いつの間にか……


 「え、えぇ……では……一時間後に交渉の再開を……」


 未だ白い顔で……は元々だったか?


 いいや、明らかにそれとは違う蒼白さの残る顔で突っ立っていた長州門(ながすど)の覇王姫、ペリカ・ルシアノ・ニトゥの懐刀、”白き砦”のアルトォーヌ・サレン=ロアノフは、(あるじ)の声に気を持ち直し、その意を汲み取って俺達にそう確認した。


 「は、はい、解りました……あの……」


 それに花房(はなふさ) 清奈(せな)が応え、俺に目配せをする。


 「……」


 俺は……コクリと頷く。


 ――まぁ、上々だ……


 俺は己の内に(くすぶ)っている(わだかま)りを一時は忘れ、本来の目的は達したろうと自分自身を納得させる。


 ”再開”と言うことは、交渉を続けると言うことは、長州門(ながすど)臨海(りんかい)との取引に応じる用意があると言う事だろうからな。


 「そう……なら、(わたくし)は少し休ませて頂くわ」


 俺の返事を聞き届けた後、若干付かれた顔色をしつつもペリカは(わざ)と俺の居る方へ、


 未だ左手を小刀に串刺されたままの俺が立つ、惨状現場を横切る様に歩いて来る。


 遠回りして、俺達臨海(りんかい)(あらかじ)め用意した控え室へと移動して行く。


 「……」


 「……」


 そして……平然とした表情で、紅蓮(あか)い姫は作った”すまし顔”で俺とすれ違う。


 ――はは……


 なんて負けず嫌いだ、気の強い女だなぁ


 俺はそれが妙に可笑しくて……

 何故かいじらしく感じて……


 ズキリズキリと激痛に疼く左手をそのままに、

 すれ違い様の紅蓮(あか)い女に対して、


 よせば良いのにこう言ってしまった。


 「意外と可愛いとこ、あるのな……焔姫(おまえ)


 「っ!!」


 ギィィーー

 バタンッ!!


 その時の、無言で去って行く紅蓮の焔姫(ほのおひめ)の整った顔は……


 彼女の瞳に劣らぬほど赤く染まっていたのだった。


 第四十六話「狂人の交渉場(テリトリー) 弐」後編 END

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