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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
独立編
13/329

第十話「真琴と言っては駄目なこと」 後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第十話「真琴(まこと)と言っては駄目なこと」 後編


 びゅうぅ!


 「っ!」


 少女の黒髪が少し強めの風に乱れ、頬を冷たい感触が触る。


 ――私立臨海(りんかい)高等学校の屋上


 日が高く昇る時間帯でも、屋上で待ち合わせするには少し厳しい季節になりつつある。


 「……」


 一度、腕時計の針をチラリと確認した後で、風に游いだ髪を整えつつ、私は目的のお方を待ち続ける。


 「まだ、少し……」


 仕えるべき(あるじ)をお待ちしつつ、私は今一度、懐かしい想い出に浸ることにした。


 ――そう、懐かしくて……悲しい……でも、私にとっては一番大切な想い出……


 ーー

 ー



 「最嘉(もりよし)兄様、聞きました!長嘉(ながよし)兄様を退けられたそうですね」


 数日前から私の興味を引くようになった人物の前には、年端もいかない少女がひとり。


 長い黒髪と白い肌、そしてか細い腕……

 一見して、およそ武術とは無縁そうな華奢な少女。


 「……」


 でも……私は知っている。


 彼女もまた……この華奢な少女もまた、鈴原本家の人間……彼の妹だと。


 「嘉深(よしみ)、一応おまえの言うとおり殺さずに済ませられたよ……でもまぁ、武人としてはもう終わりだろうけど」


 少年、鈴原 最嘉(もりよし)の言葉に、華奢な少女は白い首を控えめに縦に振る。


 「長嘉(ながよし)兄様の怪我は日常生活だけなら問題無いのですよね?だったら最嘉(もりよし)兄様が気に病むことはありませんわ……流石です、あの長嘉(ながよし)兄様を相手に、自らに厳しい制限を課した状況で倒すなんて……」


 そう言いながらも、華奢な少女の視線は目前の最嘉(もりよし)少年を申し訳なさそうに見つめていた。


 「あ?……あぁ、気にするなよ、殺したくなかったんだろ?嘉深(よしみ)は……」


 コクリと頷いた嘉深(よしみ)の瞳からは、何時(いつ)しか涙の滴がぽろぽろと零れていた。


 「ご、ごめんなさい……私の我が儘で……最嘉(もりよし)兄様にこんな怪我を……でも、でも……」


 「いや、気にするなって……兄弟同士で殺し合いなんて嫌なんだろ?優しいな嘉深(よしみ)は……僕は、いや、僕だけじゃ無い、長嘉(ながよし)重嘉(しげよし)もそんなこと考えたことも無かった……うん、賛成だよ、僕は協力するよ……重嘉(しげよし)はもう……無理だけど……」


 突然情緒不安定になった妹を慌てながらも優しい表情と言葉で包む最嘉(もりよし)


 「……」


 ――ほんと、お優しい事だわ……妹君には……


 で……気にするなと言った当の本人は、彼方此方(あちこち)を包帯で埋め尽くされ、右足は(びっこ)で松葉杖のお世話になっているわけね。


 「……ありがとう最嘉(もりよし)兄様……ですが重嘉(しげよし)兄様の死は長嘉(ながよし)兄様との試合の結果ですし……最嘉(もりよし)兄様には非がありませんわ……でも、でも……」


 「解ってる、もう誰一人として死なせない……長嘉(ながよし)は戦士としては再起不能だし、重嘉(しげよし)はもうこの世にいない……僕が嫡男と認められるのは時間の問題だろうし……僕が当主になったらこの風習も無くしてみせる、嘉深(よしみ)はそれが望みなんだろう?」


 彼の言葉に、華奢で心優しい少女は再び涙に濡れた瞳で頷いたのだった。


 ーー

 ー


 「随分と余裕なんですね……」


 「?」


 妹君との会話を終えた彼を、少し歩いた小道で捕まえる私。


 彼は背後からの私の言葉に驚くこと無く立ち止まった。

 

 「別に……それより盗み聞きとは趣味があまり良くないんじゃないか?えっと……」


 「真琴(まこと)です……鈴原 真琴(まこと)


 私は”盗み聞き”の部分は平然と聞き流し、その場に片膝をついてわざとらしく丁寧に挨拶した。


 「真琴(まこと)?……鈴原……あぁ分家の……」


 多少皮肉を織り交ぜたつもりだった私の行動に、最嘉(もりよし)は気にもならない様子で応じる。


 「お見知りおき頂き光栄で……」


 「で、何の用だ?僕は別に用はないけど」


 「……」


 ――あ、なんかイラッときた


 分家の……将来、ただの捨て駒になるだけの相手には興味が無いってこと?


 ――ふぅーん!妹君相手とは随分と態度が違うことでっ!


 「甘いんじゃ無いですか?最嘉(もりよし)様、能力があるのにそれを早々に出し切らず、結果的に要らぬ傷を負う……そういうのは戦場では致命的では?妹君の言いなりになるのは勝手ですが、そんな人間が私の(あるじ)になるかも知れないなんて”とっても””とーっても!”迷惑なんですけどっ!」


 今日は様子見だけだったつもりが……


 ついつい絡んでしまう私……


 ――私はなんでこんなに(いら)ついているのだろう?


 「……関係無いだろ、お前には」


 「っ!?」


 ――かんけい……ないぃっ!?


 その瞬間、私の中で何かが弾けた。


 「関係あるわっ!!私の命が掛かっているのだから!いい最嘉(もりよし)、よーく聞きなさい!!無能な(あるじ)に仕えて無駄死にするなんてまっぴら!!いいえ、有能な(あるじ)だってご免よっ!」


 「…………」


 「………………ぁっ?」


 ――し、しまった!……やってしまった……わたし……つい……


 なんて短絡的な……

 長年、私自身とは付き合ってきたけど、その鈴原 真琴(まこと)とは思えないこの行動。


 ――はぁぁ……私の人生の不条理を最嘉(このひと)にぶつけても仕方ないのに……


 「ぅぅ…………あの……最嘉(もりよし)……さま……今の私の言葉は……あの……」


 「それは……結局、どっちにしても死にたくないと?」


 テンパった頭で言い訳しようと焦る私を前に、当の最嘉(もりよし)はなんだか力の抜けた声で問いかけてきた。


 「…………」


 ――家臣の……分家の娘如きにこんな口を叩かれて何?その反応……


 ――もしかして、怒りを通り越して呆れてる?


 それは、そうね……

 初対面の従僕予定者が意味不明に急に突っかかってきたのだから……


 「……わかったよ、以後は出来るだけ気をつける」


 「…………は?」


 ――な、なんで?……そうなる……の?


 「……えっと……駄目……か?」


 予期できるはずも無い最嘉(もりよし)の反応に、狼狽えて黙る私を見て、彼は納得いっていない様子に見えたのか、自信なさげに聞いてきた。


 ――え、えーーーと……


 「……か、考えとく……わ……」


 ーー


 「あーーーーーーーー!恥ずかしい!!」


 私は屋上で叫んでいた。


 今思い出しても恥ずかしい……なに?その意味不明の返事は?


 ”考えとくわ”って何を?……てか何様?


 「ほんと、恥ずかしい……」


 「恥ずかしいってなにが?」


 「っ!?」


 屋上のフェンス際、いつの間にか私の前には……

 私の最もよく知る方が……いた。


 「え、えっと……その」


 ーー鈴原 最嘉(さいか)さま

 ーー私が生涯を捧げる唯一のお方……


 「い、いえ!……忘れて下さいっ!」


 「?」


 「…………」


 不思議そうな顔の(あるじ)を前に、私は気持ちを切り替える。


 そう……今日、最嘉(さいか)さまが私に話すのはあの件だろう……


 優しい最嘉(さいか)さまからは言いにくいかもしれない話題。


 ――なら、私から切り出すのが一番だ!


 一瞬だけ(うつむ)いた私は、火照った顔を整えて気持ちを切り替え、再び主君の凜々しい瞳を捉えていた。


 「大まかな経緯は把握しています……ご心配には及びません我が君、この鈴原 真琴(まこと)が必ず臨海(りんかい)を死守致します」


 最嘉(さいか)さま達が天都原(あまつはら)領の日乃(ひの)を完全に掌握する間、私の任務は臨海(りんかい)領の死守だ。


 こちらの世界での情報交換で、再び世界が切り替わる月曜日には天都原(あまつはら)南阿(なんあ)は動き出すだろう。


 南阿(なんあ)の方は”蟹甲楼(かいこうろう)”を押さえられ、それどころじゃ無いかも知れないし、”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)”が何とか上手く誤魔化している?らしいから取りあえず置いておいて大丈夫でしょうけど、問題は天都原(あまつはら)……


 表向きは南阿(なんあ)の残党である”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)”が率いる白閃隊(びゃくせんたい)日乃(ひの)を奪った事になってはいるけど、天都原(あまつはら)ではそれに最嘉(さいか)さまが加担したと疑っているはず……


 こちらの世界で、天都原(あまつはら)からの事情説明要求に今のところ一切応えていない臨海(われわれ)は、最早、反乱分子扱いされていてもおかしくない。


 だったら、世界が切り替わる月曜日以降、早々に討伐隊が出される可能性もある。


 そう言った考察から、私は主君が本日、この鈴原 真琴(まこと)に命じるであろう内容を先読みしたのだけど……


 最嘉(さいか)さまは私の言葉に申し訳なさそうに頷いた後、今回ここで話すべき話題に改めて後自分の言葉で触れられた。


 「天都原(あまつはら)は現在、念願の”蟹甲楼(かいこうろう)”を奪取して南阿(なんあ)侵攻へ集中している。俺達如き小勢力の動きよりそっちを優先させるのが常道だし、多分、”無垢なる深淵(ダークビューティー)”と呼ばれる京極(きょうごく) 陽子(はるこ)ならばそう判断するだろうと踏んでいたが……問題は……」


 「藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)……ですね」


 呟いた私の言葉に最嘉(さいか)さまも頷く。


 「奴が天都原(あまつはら)王都”斑鳩(いかるが)”の責任者である京極(きょうごく) 陽子(はるこ)の再三に渡る指示を無視して強引に入城したという知らせは聞いているな?」


 今度は私がコクリと頷いた。


 「あれは尊大な男だ!慎重で思慮深く、常に何十手も先を読む京極(きょうごく) 陽子(はるこ)とは違い、思いつきで行動を起こし、その場その場の空気と気分でとんでもない決断をやってのける……ある意味、最も厄介な男だ」


 「……攻めてくると言うことでしょうか?」


 「解らない、南阿(なんあ)に大攻勢をかけようとするこの時期に、北の備えを怠るのはあまり良いとは言い難いし、俺が陽子(はるこ)なら手を尽くして押さえようとするが……そもそも奴は他人の指図を一番嫌うプライドの塊のような男だから……」


 そう藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)の人物を分析しながら、最嘉(さいか)さまは難しい表情を見せる。


 「ご心配なさらないで下さい、我が君……どうなろうと必ず臨海(りんかい)を死守してみせます」


 「……悪いな、いつも真琴(まこと)には厄介な仕事を廻して、辛くて嫌な思いをさせる、出来るだけこっちを早急に片付けて援軍を向けられるようにするから……」


 こういう時、本当に……申し訳なさそうな顔をするの……最嘉(さいか)さまは……


 勿論、心中もその通りなのだけど、でも、決して目的(それ)を断念したりはしない。


 厳しい方なのか、優しい方なのか……

 

 ――ふふっ……そんな事は決まってる


 いい加減に見えるけど実は凄く信念のひとで、でも凄く他者への責任感もあって……それで……それで……すごく優しい方……


 「……ふふ、大丈夫です、援軍は必要ありません。最嘉(さいか)さまは目の前の那知(なち)城攻略に集中なさって下さい」


 本当に申し訳なさそうな主君に、不敬では在るのだけど、私はつい、頬を緩めていた。


 「いや、しかし……っ!?」


 それでも私を気遣って下さろうとする最嘉(さいか)さまの背後に、スッと移動した私は……


 初めてお会いしたときとは見違えた、広い男性の背中に自分のおでこをあてた。


 「……思ってません……辛いとも、嫌なんてことも……今の今まで一度も……私の幸せは最嘉(さいか)さまのお役に立つこと……」


 ――それは、鈴原 真琴(まこと)の心からの言葉


 「真琴(まこと)……けど……いや、やはり援軍は……」


 「最嘉(さいか)さま、これ以上はおこりますよ」


 「……いや、しかし、ならせめて(いち)だけでも……」


 それでも最嘉(さいか)さまは引き下がらない。

 ご自分の方も大変だというのに……


 「だったら……」


 「だったら?」


 それが嬉しくて……

 思わず私の口をついて出ようとする言葉。


 途端に最嘉(さいか)さまは、少し安堵の表情を浮かべた。


 「いえ……出過ぎたことでした」


 ――危ない、危ない……最嘉(さいか)さまのお優しさについ甘えてしまうところ……


 「いいから言えよ」


 「…………」


 ――だめ……でも……


 「……最嘉(さいか)さまに……お渡ししたいものがあるのです……」


 「おれに?」


 ――言ってしまった……私……


 「そ、その……この戦が終わったら、その時はぜひ受け取って下さい」


 「……」


 「?」


 勇気を振りしぼった私の言葉に、なんだか変な表情を返す最嘉(さいか)さま。


 「真琴(まこと)……お前解って言ってるのか?……”この戦いが終わったら”って……それ、まるで”死亡フラグ”……」


 「……あっ!?」


 本当だ!!


 どんな猛者でも(げん)を担ぐ戦の前に……


 私って……


 私って……


 「…………ふっ……ふふ……」


 結構な状況の話なのに……何故だか私は可笑しくなり、口元が綻んでしまう。


 「笑ってる場合かよ、”言ったら駄目なこと”だろ?」


 最嘉(さいか)さまも、いつの間にかあきれ顔で笑っていた。


 「そうですね、”言っては駄目なこと”でした……ふふっ」


 そうして最嘉(さいか)さまと私は……


 もう過ごすのには適さない時期になりつつある屋上の寒空の下、なんだか可笑しくて、暫く笑い合ったのだった。


 第十話「真琴(まこと)と言っては駄目なこと」 後編 END

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