第四十四話「世界が変わっても多忙な男」後編(改訂版)
第四十四話「世界が変わっても多忙な男」後編
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「…………で、清奈さん、”アレ”はどうなった?」
数分後……すっかり落ち着いた清奈は頷きつつも、ここで話しても良いのでしょうか?と自信の無い瞳で訴えてくる。
――いや、完全に杞憂だ、清奈さん……周りには既に生徒の姿は無い
――とっくに昼休憩終わったからなぁ……
俺はなんともいえぬ精神的疲労を感じながらも、頷いて、そのまま彼女に報告を促す。
「は、はい!……し、七峰に潜入任務中の陽之亮くんから、れ、連絡が入ってます……準備は万端……な、長州門の”覇王姫”は王様との面会をりょ、了承しましたと」
「……そうか」
その報告に俺は内心ニヤリとほくそ笑む。
「よし、第一段階はクリアだな、やはり”交換条件”が効いたか」
俺は”尾宇美”での戦いに挑む前に、こう考えていた。
――四大国が上辺だけとはいえ協力する大軍勢に臨海程度でどう対応すれば良いのか?
しかし、これには選択できる策は一つしか無い。
軍の規模、兵力差から真面な戦では話しにもならないだろうから、利害関係のみで一時的に共同戦線を組む大国達の仮初めの連合になんとか付け入り、上手く協力関係を崩す!
――これしか無い!
しかし、それは並大抵では無いだろう。
相手がどの大国相手だろうと、現状の臨海には相手に示せる代価が無いからだ。
――ならどうする?
答えは単純明快、無ければ作れば良いのだ。
「お、王様……長州門の”覇王姫”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥさんは……ご、極秘交渉自体には応じるには応じたようですが……陽之亮くんからの報告では、そ、その……」
――成る程、怒り心頭か?……無理も無い
俺はオドオドとした花房 清奈を見ながら、承知したと頷く。
「捕らえた菊河 基子とその隊の身柄と交換条件の交渉だ……そりゃ面白く無いだろうなぁ」
”戦国世界”で捕らえた”菊河隊”……
なまじ”近代国家世界”では手元に本人が居るだけに、俺がどういった手段であの”規格外の強運”を虜にしたか承知しているだろう。
そして……
”戦国世界”での処刑は”近代国家世界”でも死になる。
「……」
俺は、敵大連合の一国と”極秘交渉”という唯一の活路を見いだすために、手段を選ばなかった。
「お、王様……やはり、あ、危ないです……よ……あ、相手はあの……」
個人戦闘では戦国最強と称されるひとり……
だが、臨海にはこの手しか無い!
「まぁな、けど、”虎穴に入らずんば虎児を得ず”だ!」
心配で、死にそうな顔で訴える”お団子女子”にそう格好はつけたものの……
勿論、俺もそこまで”命知らず”では無い。
ちゃんと対策はして行くつもりだ。
――そこで……
俺は臨海の今後の方針を相談する俺と花房 清奈から少し離れ、所在なさげに佇む純白い美少女に視線をやった。
「雪白、この時期の”葉宜”は河豚が絶品らしいぞ」
俺はそう言うと、未だ頬を染めたままで俺達二人のやり取りを見ている雪白に話題を振る。
「?……ふぐ?」
雪白は河豚を食べたことが無いのだろうか?どうもピンと来ないようだ。
因みに”葉宜”という地は、西の大国、長州門の領都で河豚が名産でもある。
「応よ!河豚だ!特別豪華なフルコースをおごってやるが……行くか?」
そして再度の俺の問いかけに……
「…………」
雪白はジッと数秒ほど俺を見つめた後、その至高の瞳を逸らすように、やや下方を向いてから”コクリ”と小さく頷いた。
「?」
――これが久井瀬 雪白?
予測もしない彼女の反応に俺は暫し観察するが……
「…………」
だが、やはり……返事を返した後も少女はなにやら”モジモジ”としていた。
「え……と、雪白?」
――おかしい……この食いしん坊将軍が?
「あ、あの……王様?」
「ああ、清奈さん、長州門行きのチケットは雪白の分も頼む……あと」
おっと、今までに無い雪白の反応に気を取られてしまっていたが、まぁ些細なことだ。
河豚を食べたことが無いらしいから、イマイチ反応に困っているんだろう……多分。
そう結論づけて俺は花房 清奈に手配を依頼する。
「い、いいえ、そ、その件なのですが……長州門の”覇王姫”さんは……あの……此方に出向くので”首を洗って待っていること”と……あの……陽之亮くん経由で言伝を……」
――!?
その言葉に俺は少しばかり面食らう。
「”臨海”に?」
「は、はい、”臨海”に……です」
「”首を洗って”?」
「は、はい、”首を洗って”……です」
確認する俺にオウム返しする花房 清奈。
――どういうことだ?態々、敵地に乗り込んで来るとは……
俺が交渉場所を相手の本拠地、長州門に設定しようとしたのは、不躾な条件を突きつけた事による多少の配慮のつもりだったのだが……
「…………」
流石は戦国最強と噂もある”覇王姫”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥと言うことか?
それとも、それだけ怒り心頭ってことだろうか?
「わかった、で……到着予定は?」
俺は今考えても仕方の無いことだと、それを受け入れて確認する。
「は、はい、あ、明後日の午後になると……も、勿論、極秘裏に来訪するとの事です」
――明後日……日曜の午後、”戦国世界”側に切り替わる前日か……ギリギリだな
俺は期限的余裕を考慮しつつ、その先に思考を走らせる。
「その件は解った、会見場所のセッティング等は俺から真琴に指示しておく……で、次だ、日乃で起こったという反乱の詳細が纏まったか?」
そして、昨夜の会議で議題に上がったもう一つ……
報告のあった赤目とは別の地の反乱……その件について尋ねた。
――これも多分、あの妖怪ジジィ……鵜貝 孫六の置き土産だろうが……
――ちっ!散々引っかき回しやがって、忌忌しいジジィだよ!
「その件は……あ、あの、今日にも担当者が直接、王様に……ご、ご説明したいと……」
――担当者?……だれだ?
怪訝な顔になる俺を見て、直ぐに花房 清奈は補足する。
「あの……く、草加 勘重郎殿……です……きょ、今日中の、え、謁見を求めてきています」
「…………」
――日乃の那知城主、草加 勘重郎
その名に俺は思う。
――あの”計算高い顎髭男”か……今日中と言うことは彼奴、世界が切り替わり次第に飛んできたな……
俺の居る”九郎江”と勘重郎に任せた那知は直通の高速鉄道でも二時間はかかる。
――これは……俺が想定していた以上に、色々な輩が動き出しているようだな
「その件も解った……他にあるか?」
「は、はい……後は緊急では無いですが、宮郷領主代理の宮郷 弥代様が王様にお会いして話したいと……あの、連絡がありました」
――弥代?……あの救出劇での礼……って訳じゃないだろうなぁ
俺はなんとなく、”面倒くさい事じゃなけりゃ良いが……”と心配しながらも、気怠げでやる気無い垂れ目女を思い浮かべていた。
因みに”近代国家世界”側での宮郷 弥代は地元で即入院……したと報告を受けている。
”戦国世界”での応急処置が功を奏して、後遺症の残るような大きな怪我は無いようだ。
俺は緊急会議で受けた報告内容を思い出し、目の前の”お団子女子”に笑いかける。
「い、いえ……わ、私は最善を尽くした……だけですので……」
俺の趣旨を察した花房 清奈は、少し照れくさそうに頬を赤らめて”はにかん”でいた。
「大体解った……以上か?」
そして俺の確認に清奈はコクコクと頷く。
――大凡、こんな感じか……目を通す資料も多種多様、膨大だ、はぁ……
俺は帰ってから目の当たりにするであろう、かつて無いほどに聳える書類の山を想像してゲンナリとしていた。
クイクイ
――抑も、”近代国家世界”の時間は三日しか無いからなぁ……
クイクイ……
――本来なら学校なんて来ている暇は……っ!?
と、そこで俺は後ろから学生服の裾を引っ張る少女に気がついた。
「………………なんだ……雪白?」
そして、多分、碌な事じゃ無いだろうが……一応聞いてみる。
「旅行は?……ふぐは?」
「…………」
俺は”はぁ”と溜息を吐いた。
「無しだ、行く必要が無くなった……だが、お前は会見の場には俺と同席してもら……」
「っ!?……い、行かないのっ!?」
――なんだ?
さっきまで乗り気じゃない様な態度だったくせに……
「あぁ、行かない」
不可解な少女に俺は即答する。
「だ、だって”新婚旅行”……だよっ!」
「ち、ちっがぁぁーーーーうっ!!」
最後もやはりこの話題で締めかと……
俺はいつか、そう近いうちに……この話題と向き合う必要があると……
「はぁ……」
項垂れたのだった。
第四十四話「世界が変わっても多忙な男」後編 END