第四十四話「世界が変わっても多忙な男」前編(改訂版)
第四十四話「世界が変わっても多忙な男」前編
「あ、鈴原くん、今日は午後から?重役出勤だねぇ」
廊下ですれ違った女生徒が和やかに声をかけて来る。
女生徒の言葉通り、世界が”近代国家世界”に切り替わって初日の金曜日、俺は昼休み頃に学校へと登校したのだった。
「あぁ、ちょっと立て込んでてな……」
そう応えながらも眠い目を擦り、俺は教室の前へ……
「聞いたよぅ臨海って今、大変だもんねぇ。私達も鈴原くんが頑張ってくれているから安心して生活が…………っ!?」
そこまで言いかけて、女生徒の顔は凍りついていた。
――?……なんだ?
「と、とにかく頑張ってねぇ、応援してるから領主様!……あはは……」
そう言って、女生徒は”そそくさ”と去って行った。
「なんなんだ?急に……」
そして俺は若干、腑に落ちないながらも、改めて教室のドアに手を――
「うぉっ!!」
――かけたところで大きく声を上げたのだ
「…………」
教室の前で……恨めしそうに此方を覗う白金の瞳。
「……うっ……あ、と?……ゆき……しろ?」
そこには――
美しくも、意味不明に険悪な雰囲気の美少女が……
見事な”白金の瞳”で俺を睨んでいたのだ。
「…………」
――な、なんだ……?
教室前で、両手を後ろに回して、少し前屈みに俺を恨めしげに見つめ佇む純白い美少女。
「お……おぅ、雪白……おはよ……」
「真琴は良くてわたしは駄目……」
「は?」
なんとか気持ちを落ち着け、絞り出した俺の挨拶を遮って”ボソリ”と意味不明の言葉を呟く純白い美少女。
「な、何のことだ?ゆきし……」
「”戦国世界”で小津城討伐のために真琴と戸羽城に入城った……楽道斎は牢屋で、後はさいかの指示待ち……」
またしても俺の言葉を遮る形で少女の形の良い桜色の唇は言葉を発する。
「お……おぅ、ご苦労様……そ、そうだ!真琴には昨晩伝えたんだが、小津城の件は……」
「っ!!」
――へっ?
なんかまた……雪白の表情が一段と厳しくなったような?
普段からあまり表情豊かで無い彼女だが……
それでもこの、異様な雰囲気は俺で無くてもわかるだろう。
「雪白?あのな、昨晩、鈴原本邸で緊急会議があってだな、そこで今後の方針を……」
「真琴は良くてわたしは駄目、真琴は良くてわたしは駄目、真琴は良くてわたしは駄目、真琴は良くてわたしは駄目、真琴は…………」
――っ!?
「ま、待て待て!まてぇぇーーいっ!!お前は壊れたレコーダーかっ!?」
――昼休み、多くの生徒が行き交う教室前で、
目前の純白いお嬢様に目一杯ツッコむ俺!
――
「あれ?最嘉くんじゃね?」
「うわっ雪白さんと揉めてんじゃない?」
「わぁぁ!鈴原くんって意外と女泣かせなんだぁ……ショックぅぅ」
「……」
――おいおい……
瞬く間に、ザワザワと悪い意味で衆目を集める二人。
「…………」
だが、そんな外野には全く動じる事無く、俺を恨めしそうに見上げてくる白金の瞳。
――う!……なんなんだ、いったい!?
そして雪白はというと、輝く白磁のような白い頬をプクッと膨らませている。
「お前、何なんだ……俺に言いたい事とか聞きたいことがあるならハッキリと……」
「だったらなに?わたしはさいかの何?」
呆れ気味の俺が放った言葉に、すかさずそう問いかけてくる純白いお嬢様。
「な、なにって……お前は雪白だろ?久井瀬 雪白……臨海の将軍で……」
「そうだよ、さいかの部下で……」
「ああ、臨海領、布由野の領主でもある」
「うん、それで、さいかの妻で……」
「いや、それは無い」
「…………」
乗じて妻を名乗る純白い美少女に釘を刺す俺と、変わって不思議そうに俺を見上げる白金の銀河。
「こんやく……しゃ?」
「じゃなくて!その話はもう解決済み……か?」
どうあっても妻の座を譲る気のなさそうな純白い美少女の言葉を否定する俺だが……正直、自信が無くなってきていた。
――じゃなかったか?……そういや、あの時、あのまま有耶無耶に……
「…………」
――っ!!いやいや、今はそんな話をしているわけじゃ……
答えを待つ純白い美少女の物欲しそうな瞳から俺は目を逸らせる。
「と、とにかく、雪白は何が言いたいん……」
「言わないと……わからない?……さいか……じゃぁ……」
――っ!?
「きゃっ!?」
気がついたら俺は、乗り出して目前の少女の白い手首を掴んでいた。
「…………」
――だって駄目だろ!?
この流れってあの時の告白の続き……
――”わたしね……さいかのそういうところ…………すごく……好き”
あの台詞をもう一度、雪白の口から言わせることに生りかねない!
それは駄目だ!
俺にはその答えを……応じる術が未だ無い!!
俺は九郎江城での雪白とのやり取りを思い出していた。
突然の告白……
そして、不意を突かれて反応できなかったあの時の俺に彼女は……
――”ことばにしない方が……よかった?”
とか、滅茶苦茶可愛らしい仕草で見上げて来たんだよっ!!
――反則だ……”あの表情”は反則過ぎる……
そんな過日の一幕を思い出した俺は、条件反射で難を逃れたの――
――おぉっ!?
「…………」
「…………」
雪白の白く華奢な手首をガッシリと掴み、結構な至近距離で見つめ合う二人という特異な状況!
――な、何してんだ!俺っ!?……もっと不味いだろ、この体勢はっ!!
「…………」
「…………」
――いや、離れりゃ良いんだけど……
俺は意思とは真逆に体を離す事が出来ない。
「…………」
「…………」
至近距離で俺を真摯に見上げる白金の双瞳。
――輝く白い銀河……幾万の星の輝き……
そんな宝石を潤ませて、俺を上目遣いに見つめる美少女。
「……………………いいよ、”さいか””なら……」
白金の姫は恥ずかしげに桜色の唇を動かすと、透き通るほどの白い頬を僅かに朱に染めて……
その上で輝く宝石を、そっと長いまつげに遮らせて俺の”口付け”を待つ。
「…………」
――くっ!これは……あれだ……そう……据え膳?
こうなれば、もう理性には期待できない。
俺の身体は自然と……
そのまま彼女の手首を掴んだ方の肘がゆっくりと折りたたまれ、彼女を引き寄せる。
「……」
煌めく白金の髪が空気を抱いて”ふわり”と甘い香りを絡めながら、とびきりの美少女が俺の胸に……
「あ、あの……よ、よろしいでしょうか?……お、王様……」
――っ!?
「うぉぉぉぉっっ!!」
「きゃっ!」
俺は突然響いたその声で、雄叫びを上げて大きく後ろに飛び退き、雪白は小さく悲鳴を上げて、俺の握っていた手首辺りを握りながら恥ずかしげに半歩下がる。
「う……おぉ……て!?……せ、清奈さんっ!?」
いつの間にかそこに居たのは……花房 清奈だった。
「…………」
――が、学生でも無い清奈さんがなんで学校にっ!?
と、一瞬パニックになる俺だが、よく考えなくてもその理由は……たった一つだ。
「あ、あの……王様?」
花房 清奈は、丸く愛嬌のある瞳とおっとりした口元が特徴の、長い髪を後頭部で団子に纏めた可愛らしい女性だ。
「あ、あぁ……早いな、清奈さん、放課後でも良かったんだが……」
その理由を完全に思いだした俺はコホンと態とらしく咳払いし平静を装っていた。
俺は昨夜の緊急会議で花房 清奈に……今日、学校に来るように言ってあったのだ。
「す、すみません……た、対策は……早いほうが良いかと……お、思いまして……」
俺の言葉を自身に対する不平だと勘違いした彼女は、そう言って小さくなる。
――ほんとに真面目で可愛らしいな、とても二十五歳、いや六とは思えな……
「……あの……お、王様?」
「うっ!ひゃいっ!!」
「?」
一般的な女性なら逆鱗に触れる様な年齢の話題、タブーそうな事を考えていた俺は、思わず素っ頓狂な反応を返してしまう。
「いや……コホンッ……えっと……取りあえず聞こうか?」
そして、誤魔化すようにお団子女子にそう促す。
俺は諸々の対策のため、臨海軍特務諜報部隊、通称“蜻蛉”隊長、花房 清奈を学校に呼び出していたのだ。
――で、何故学校にかというと
それは此所に居る”久井瀬 雪白”が関係する。
彼女に手っ取り早く会うために、俺は今日学校に来たと言っても良い。
勿論、鈴原本邸に雪白を呼び出しても良かったのだが……
昨夜は昨夜で大忙しだったし、改めて今日呼び出すよりも、いっそ学校に来るのが一番手っ取り早いと思ったからだ。
「は、はい……あの……け、けど……”逢い引き”は……もう、よ、よろしいのでしょうか?お邪魔なら……そ、その……」
「ちっがぁぁーーうっ!!」
「はぅっ!」
俺はまたも素っ頓狂な声を上げ、隣の雪白は耳まで真っ赤に染めていた。
「はっ!す、すみません!!王様、私……わ、私……あ、あの……」
「い、いや違う!違う!」
俺の怒りを買ったと勘違いしてオロオロする花房 清奈、
その後も俺は大丈夫だと何度もフォローしては彼女をあやし、落ち着けるのに悪戦苦闘したのだった。
第四十四話「世界が変わっても多忙な男」前編 END