表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
126/329

第四十三話「停雲落月」後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第四十三話「停雲落月(ていうんらくげつ)」後編


 裏切りの報いとして――


 真琴(まこと)の策を採用したならば、敵中に孤立した(いち)赤目(あかめ)の奴等に(くび)り殺されるだろう。


 常道から言えば、主君を裏切るような恥知らずには当然の結末だと言える。


 言えるが……


 「…………」


 ――なら、何故に(いち)はそんな無謀な反乱を……


 「問題は残った赤目(あかめ)残党の反乱軍ですが、そこは私と久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)の隊で対処を……」


 真琴(まこと)は黙ったままの俺に進言を続ける。


 「最嘉(さいか)さまは此方(こちら)の事はお気になさらずに、先ずは尾宇美(おうみ)戦に専念頂ければ……」


 「…………」


 俺の方の状況を(おもんぱか)っての真琴(まこと)の言葉だが、俺はそれを聞き流していた。


 俺の頭の中は、この時も未だ宗三(むねみつ) (いち)に対する未練が頭を(もた)げ……


 ――俺が皆の前で(いち)の進言を無下にしたから?


 ――宗三(むねみつ) (いち)に恥をかかせたから謀叛を起こした?


 いや断じて無い!!


 それは確言できる!


 俺と(いち)の間でその程度のことは障害にならない。


 成るはずが無い!


 それは立場が逆であっても同じだ。


 数多の戦場を共に駆け抜け、華麗なる勝利も、泥にまみれた惨めな敗走も……


 俺と(いち)はどんな苦境も困難も(くぐ)り抜けてきた兄弟同然の間柄だ。


 「…………」


 ――過去の在る時に俺の父である鈴原(すずはら) 大夫(たいふ)が言い放った言葉がある。


 「貴様は身の程を()ることを覚えよ、多少の才に恵まれたぐらいで身の丈に合わぬ高みを目指した馬鹿共が、その不釣り合いな高さ故に無惨に()ちて無様な骸を晒すのを(わし)は腐るほど見てきたのだ!」


 それは……当時、僅か十四歳で立て続けに戦手柄をたてた俺に対し、家臣の前で戒めて君主の威厳を示そうとした父が(はかりごと)の一環だったのだろうが……


 当時の浅はかな俺はこう答えた。


 「理想高く、飛べば飛ぶほどに代価として酷い重傷を負うというのなら……俺が地ベタに晒すものは何も無いでしょうね。原型を留めない程に砕け散った肉片では誰も察しはつかないでしょうから」


 ――それほどまでに、誰も為し得ないほどに高く至れる!


 誰も、父さえも自分の器を計れていない。


 鈴原(すずはら)次期当主、次代の臨海(りんかい)王、鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)(まさ)しく昊天(こうてん)へと羽ばたく鴻鵠(こうこく)であるのだと!


 そんな絶対の自信を抱いていた俺は、それを周りを気にせず口に出来るほどにのぼせ上がっていたのだ。


 そして、身の程を(わきま)えない生意気な若造の言葉は、当然の如く王である父の怒りを誘発し……


 「貴様如き、(クチバシ)の黄色い小僧が、王の前で大層な寝言を……っ!?」


 ――ザッ!


 臨海(りんかい)王である鈴原(すずはら) 大夫(たいふ)が吼え、家臣は肩をすくめて縮こまる!!


 そんな殺伐とする空気の中、歴戦の武勲を所持する諸将さえも緊張に固まる空気の中、一人の若者が歩み出た。


 「お待ちください、王よ」


 宗三(むねみつ) (いち)は臆すること無く自ら歩み出ていたのだ。


 「最嘉(さいか)様が誰よりも高く飛ばれるのなら、従者である私はそれを地上を這いずり回ってでも必ずや受け止め、(くだ)される天罰を代わりにこの身に刻みましょう。何故なら、そのためにこそ、宗三(むねみつ) (いち)という人間は存在するのですから」


 そして、鈴原(すずはら) 大夫(たいふ)と居並ぶ諸将の前で、微塵も揺るがぬ瞳でそう宣言する。


 「ぬ……ぬぅ……」


 怒りの機先を潰され、低く唸る臨海(りんかい)王、鈴原(すずはら) 大夫(たいふ)


 ――(くだ)る天罰を代わりにこの身に刻む


 それは、俺が受けるべき罰をその身に受けるという意思表示。

 主が至らないのは側近である自分の罪だと訴える。


 次期当主とは言え、諸将の眼前で()(つくば)るように……

 年下の従兄弟(いとこ)である俺に対して卑屈なほどに(かしずい)いてみせる宗三(むねみつ) (いち)


 主君の為ならば何時如何(いついか)なる時にあっても、命どころか誇りさえも(なげう)つ事が出来ると……言葉通り、地ベタを這いずって泥を噛んで、”鈴原 最嘉(オレ)”を守る家臣。


 その姿勢に――


 他の重臣、宿将達も言葉を出せず、厳格で非情な王たる鈴原(すずはら) 大夫(たいふ)までもが俺を裁くことを諦めざるを得なかったのだった。


 ――

 ―



 「…………」


 「最嘉(さいか)……さま?」


 その時、俺の手は……


 俺自身意識しない状態で、自然と真琴(まこと)の言葉を遮るように(かざ)されていた。


 ――そうか……


 俺は自身が無意識でした、その行動に納得する。


 ――これは俺の意思なのだ!


 「最嘉(さいか)さま……あの」


 ――それが(ただ)の感傷であっても、


 ――あり得無い希望的観測を未だ望んでいる結果であっても、


 ――俺は……


 (かざ)した手で真琴(まこと)の進言を中断させた俺は、縮こまったままの(いち)の副官にスッと視線を移す。


 「ひっ!ははっ!」


 突然の指名に体を硬直させた温森(ぬくもり)は、そのまま頭を地面に貼り付ける。


 ――そうだ……


 この時、(ただ)の一つも定まっていなかった俺の心は決まった!


 反乱に対する対処は?


 仮に無事、事が収まったとしても、謀叛人への処罰は?


 ――どうすべきか?


 それが未だ曖昧でも、


 少なくとも、現在(いま)、俺の取る行動は決まったのだ!!


 「…………ふっ」


 俺は本当に納得する。


 ――そうだな、今更だった……


 俺は動揺のあまりか、一番大切な始まりを失念していたのだ。


 ――俺の原点は”それ”だったよな…………嘉深(よしみ)


 「…………」


 真琴(まこと)が向ける心配そうな瞳を余所に、俺は温森(ぬくもり)を見据えて言葉を発する。


 「温森(ぬくもり)……真琴(まこと)の予測通り、(いち)赤目(あかめ)軍内で孤立しそうになったら、お前は部下を出来るだけ説得して(いち)の元に残るように動いてくれ」


 「っ!?」


 青い顔で平伏していた中年は、思いも寄らぬ言葉に顔を上げ俺を凝視する。


 「……あ、あの……それは……?」


 「最嘉(さいか)さまっ!それはっ!!」


 意味が解らないという中年男と、サッと顔色を変えてなにか意見しそうになる少女を、俺は再び手を上げて(とど)めていた。


 「(いち)の処分がどうであれ、敵に裁かせてやる訳にはいかないだろう?」


 「そ、それは……ですが、それだと……」


 真琴(まこと)には不安があるようだ。


 ――久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)が先走ったという小津(おづ)城攻めの再現……同士討ちの可能性か


 「とりあえず俺が行くまで小津(おづ)城は攻めるな、包囲して時間を稼いでくれれば良い。赤目(あかめ)反乱軍の首謀者は俺が尾宇美(おうみ)で死ぬと(たか)(くく)っているんだろうが……」


 「尾宇美(おうみ)はどうなさるおつもりですかっ!!幾ら最嘉(さいか)さまでも、とてもそんな余裕は無いのではないですかっ!?」


 それは流石に下策だと……


 最早、火種とは言えぬ炎を放置同然にする甘さは身を滅ぼすと……


 俺の信頼する腹心は食い下がってくる。


 「そうだな……なにしろ”(あかつき)”本州四大国家が揃い踏みだ、局地的勝利を数度勝ち取ったところで戦況は揺らぐはずも無いな」


 「ならばっ!」


 真琴(まこと)は珍しく俺に反論を続ける。


 赤目(あかめ)領内の”処理”を効率的に進めるべきだ、任せて欲しいと懇願する。


 ――だが、それはつまり……宗三(むねみつ) (いち)を効率良く、敵の手で処分させるという事


 膝を折ったままで、再び俺に(にじ)り寄って必死に(すが)る少女の真剣な瞳。


 勿論、真琴(まこと)だって(いち)を案じていない訳じゃ無い。


 俺と同様に真琴(まこと)(いち)とは兄妹同然に育って来た。

 幾つもの困難と死線を共に(くぐ)り抜けて来た従妹(いとこ)で戦友だ。


 なにしろ、宗三(むねみつ) (いち)との付き合いの長さで言えば鈴原 真琴(まこと)は俺よりも長いのだから……


 「最嘉(さいか)さまっ!!」


 ――真琴(まこと)にこんな嫌な事を言わせ無ければならないのは……


 「……」


 ――全て俺の未熟が招いた結果だ!


 俺の我が儘のせいで……


 俺がもっと上手く事を進めていれば……


 (いち)をこんな窮地に追い込むことも無ければ、真琴(まこと)にこんな嫌な役を負わせる事も無かった。


 「真琴(まこと)……尾宇美(おうみ)の方はなんとかする」


 俺は自分の不甲斐なさを嫌と言うほど認識し、そしてそれがあっても……

 いや、それだからこそ、決断したのだ!


 「し、しかしっ!」


 「大丈夫だ……”戦国世界(あっち)”で歯が立たない相手なら”近代国家世界(こっち)”でなんとかすれば良い」


 「最嘉(さいか)……さま」


 無理矢理に余裕の笑みを作った不格好な男を見上げ、

 そんな馬鹿な男を、自身の大切なもの全てを置いても心配する少女は……


 ――泣いているんだ……ずっと……なのに俺には、俺の為には……


 「忙しくなるぞ、明日……いや、もう今日か?とにかくする事が山ほどある」


 だから俺は、歪で見るに堪えない笑顔でも継続して続けた。


 「最嘉(さいか)さま……謀叛は例外なく死罪です……宗三(むねみつ) (いち)は……」


 先ほどまでとは全く違う……

 小さい声で……震える声で……少女は呟く。


 真琴(かのじょ)外装(メッキ)を剥ぐのは俺の本意では無い。


 それが俺の為に(まと)った装甲なら尚のことだ。


 「解っている。神ならざる人の身が国を治めるには法は曲げるべきでは無い……()して軍隊は規律無くしては成り立たない」


 けれど、俺の決意は変わらない。


 ――裁くのは……俺だ


 ――他の誰でも無い……(いち)に対する責任を負うのは鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)でなくてはならない!!


 「…………」


 少女は黙りこんで……そして悲しみを孕んだ瞳で小さく頷く。


 「真琴(まこと)温森(ぬくもり)……お前達にはより困難な指令を出すことになるが、今まで通り俺を支え、我が臨海(りんかい)に尽くして欲しい」


 「も、勿論です!最嘉(さいか)様、臨海(りんかい)国の為にこの非才の身を捧げます!」


 俺の言葉に、(ひざまず)いたままでいた中年は”ハハァー!”と更に頭を低くして応えた。


 ――真琴(まこと)は……


 「…………」


 深く深く(こうべ)を垂れたまま、無言で頷いていた。


 ――そうだ……真琴(まこと)には返事を聞くまでも無い事だ


 鈴原(すずはら)の呪いで家族の全てを失った……

 殺し尽くした俺にとって……


 ”鈴原(すずはら)最後の呪いの残り(カス)”……鈴原(すずはら) 最嘉(さいか)に家族と言える者はこの鈴原(すずはら) 真琴(まこと)と……


 「…………」


 俺はギュッと拳を握る。


 ――宗三(むねみつ) (いち)だけなのだから……


 第四十三話「停雲落月(ていうんらくげつ)」後編 END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ