第四十三話「停雲落月」前編(改訂版)
第四十三話「停雲落月」前編
――午前二時六分、、臨海市にある鈴原本邸にて
「…………」
日付が更新されて間もない深夜に、二人の人物が俺に面会を求めて来訪し部屋に案内されるや否やその二人は両手の平を床に着いて深く深く頭を下げた。
「この度の一件、私の力不足で未然に事を防ぎきれず、申し開きのしようもありません」
膝を折って額を床に着けたまま、黒髪ショートカットの少女は謝罪する。
「も、申し訳ありません!私もてっきり最嘉様から宗三 壱様に……」
「っ!」
「あっ!?いいえっ!”宗三 壱”にそういう策が授けられていると……その……私達はてっきり……その……う……」
黒髪ショートカット少女の後ろで同様に土下座した中年男は、謝罪の言葉途中でその少女……鈴原 真琴に”ひと睨み”されて慌てて対象人物への敬称を外して言い直すが……
「う……あの……」
恐縮しきりで打ち震える中年男は、どうもその後が上手く続かない。
「…………」
無言でリビングのソファーに腰掛ける俺の前で土下座する二人の人物。
ひとりは臨海高校の制服姿をした清楚可憐な美少女。
可愛らしいながら大人っぽさも感じさせる黒髪のショートカットで、校則のお手本通りきっちりと正した制服姿は、その少女の性格を表していた。
言わずと知れた俺の従妹で側近の鈴原 真琴だ。
彼女は”近代国家世界”側では、臨海市を本拠地として全国規模でグループ企業を展開する財閥、”SUZUHARAコンツェルン”の重役でもある。
「あの……その……さ、最嘉様?」
そして、彼女の後ろで終始恐縮しきりの男、
真琴と同様に土下座して許しを請う中年は……
――温森 泰之、四十二歳
真琴と同じ俺の側近である宗三 壱が率いる隊の副官で、
”近代国家世界”では”SUZUHARAコンツェルン”系列会社の地方支部長を務める人物だ。
「…………子細は解った」
俺はソファーに座した状態のまま、眼前の二人を眺めてそう応える。
”戦国世界”から世界が切り替わって直ぐ、就寝中であった俺を強引に目覚めさせた携帯電話の相手、鈴原 真琴から告げられたのは……
――宗三 壱の謀叛
「…………」
子細を報告したいと、早々に訪れた二人の部下の下げた頭を眺めて座る俺の心は少なからず……いや、大いに波立っていた。
「最嘉さまの裁定を前に一言だけ私見を言上する事、お許し下さい。……宗三 壱麾下の兵達が反乱に従っていたのは、実は最嘉さまの策のひとつでは無いかと考える者も多かったようで責任の所在は兵士達よりも寧ろその確認を怠った上官であるこの温森と、そして赤目の後事を託して頂けたにも拘わらず不甲斐ない結果を報告せねばならない、この鈴原 真琴にのみ……」
「承知している、それ以上は……言うな」
部下達の状況を弁明し、責任の所在は自分たちにあると訴える腹心の少女の言葉を、俺は途中で雑に遮っていた。
「は、はい、出過ぎた真似を……申し訳ありません」
即座に謝罪の言葉を発し、再び深く頭を下げる真琴。
俺は……苛っていたのだろう。
「…………」
――だめだ……俺が……
――最高責任者たる鈴原 最嘉がこんな時に必要以上に冷静さを失ってどうする?
俺は二人を見下ろしながら、何度も何度も心中で深呼吸を繰り返し、心を落ち着けようとしていた。
――壱が……宗三 壱が……っ……
僅かに震える両手の指先を顔の前で組んで誤魔化し、ソファーに深く座した自身の両膝にその肘を乗せて固定して表面上は動揺を押さえ込む。
「……」
――何故?……どうしてだ?
――いや、それよりも現在は対策を!そう!対策を用意しなければ……
「……」
――けど……何故だ……壱
堂々巡る不可解さと動揺と焦燥に……
俺の心は中々いつもの冷静さを取り戻せない。
「っ!?」
そんな時、感情を昂らせた震える俺の手に……
「……」
いつの間にか華奢な白い掌が”そっと”包み込むように重なっていた。
「ま……こと?」
視線の先には心配そうに俺を見上げる大きめの黒い瞳。
床に膝を着いたまま躙り寄った鈴原 真琴の黒い瞳が、揺れながらも気丈に俺を見上げていたのだ。
「…………」
――そうだ……な、俺は……臨海の王だ!
俺はそっと、その手を握り返してから優しく外し、立ち上がる。
「現地のより詳細な話が聞きたい、速やかに関係者を集めろ……それから」
表情を作り直しそう命令する俺に、黒髪ショートカットの少女は一瞬だけ慈母を内包した優しい瞳を見せた後、それをそのまま力の籠もったものに変えて、再び傅いて応えた。
「既に各所への連絡は済んでおります。あと数十分の内には鈴原本邸に集まるかと……それから宗三家一門の身柄は我が鈴原分家の私兵にて抑えておりますが、混乱甚だしい様子で、現時点で今回の件はやはり宗三 壱の単独犯行の可能性が高いかと思われます」
俺のやり方を十分理解した真琴の素早い行動。
「本人は?」
俺は頷いて次を促す。
真琴はその問いかけに無言で首を横に振った。
――やはりな……”近代国家世界”に切り替わった直後に姿を眩ませたか
冷静で周到な宗三 壱ならばそうだろう。
――真琴の事だから既に捜索隊は出しているだろうが、簡単に居場所を突き止める事は出来ないだろう……な
俺は先程までと比べて、かなり心を落ち着けた状態で更なる対策を思考していた。
「…………」
そして、ふと、黒髪ショートカット少女の後ろで青い顔のまま床に正座し、縮こまっている男が目に留まる。
――温森……壱の副官
今回の失態でどれ程の処分が下されるのか?
気が気では無いという中年男の顔を眺めながら俺は考える。
――信賞必罰は組織の是とする所だ……が……
「最嘉さま……よろしいでしょうか?」
少しばかり長い沈黙を続けていた俺に、真琴が何事か提案しようと声をかけてくる。
「なんだ?」
未だ大まかな方針さえ決めかねる俺は、他者の考えを参考にするのも一つの選択肢だと判断して彼女に献策を許可した。
「世界が”近代国家世界”に切り替わったからには情報は易く流れます、ならば壱に従っていた臨海兵達も真の主たる最嘉さまに逆らう者は殆ど無くなると予測できます」
真琴の指摘に俺は大きく頷く。
――そうだろう、目前の温森のように……
今回の赤目反乱に宗三隊が参加した事自体、実は俺が用意した策だと信じ、壱に従っていた者達は多いだろう。
普段から奇策を多用する俺だからこその部下の勘違いだが……
――敵対国から詐欺師なんて揶揄される”鈴原 最嘉”の……ある意味自業自得か
宗三 壱に与えた臨海兵二千のうち殆どは臨海本国の兵士達だ。
そして、その中で宗三家直属の家臣達も百程あるにはあるが……
先に真琴が報告した内容なら、宗三家がこの反乱に加担している可能性は極めて少ない。
「”近代国家世界”の間に情報共有を徹底させ、”小津城”に籠もる宗三隊を切り崩せば、来週に”戦国世界”に切り替わった早々に宗三 壱の手勢からは逃亡、或いは離脱する兵が続出するでしょう」
――真琴の意見は正しい
未だ臨海軍や鈴原 最嘉に心服していない者達……
つまり占領したばかりの領地の者達ならいざ知らず、俺が戦死でもしない限りは直属の臨海軍から宗三 壱陣営に加わる者は殆ど無いだろう。
「戦わずして勝つ……今回の赤目反乱はその構造から”近代国家世界”で抜かりなく情報工作を施せば、”戦国世界”では放置するだけで事は済む……か」
俺の呟きに腹心の少女は頷いた。
「兵が次々と離脱すれば、赤目反乱軍にとって壱の利用価値はなくなります。そうすれば自ずとこの件は片付くと思います」
「…………」
真琴の進言に少女の後ろで平伏した温森は青い顔で震えている。
――”片付く”……
つまり、用無し状態で敵中に孤立の壱は、赤目の奴等に縊り殺されるって事だ。
真琴の言は至極効率的な方法と言えるが、宗三 壱の副官を長く務め、壱に信頼を置く温森からすれば、それは恐ろしい言葉であったろう。
「…………」
そして俺は……
黙ったまま、大正解であるはずの腹心の部下が策に答えを躊躇していたのだった。
第四十三話「停雲落月」前編 END