第四十一話「武運対武運(パラドックス)」前編(改訂版)
第四十一話「武運対武運」前編
――尾宇美城内、北側に聳える第三塔にて
総司令部のある天守から少し距離のある場所に建てられたこの場所で、俺は”ある”招かれざる客と対峙していた。
「ふっ、ふっふっふ……はっはっ、はぁはっはっはぁーーっ!!」
自らが着込んだ鎧にさえ埋もれそうな小柄な少女が、慎ましやかな胸の前で腕を組んで、天井しか見えない程に仰け反りつつ高笑いをしていた。
「はっはっはぁーーっ!?がっ!がは、ごほっ!……はっ……うぇぇっ!!」
そして直ぐに少女は噎せて咳込み、頭の両サイドで束ねたツインテールをピョコピョコとコミカルに跳ねさせる。
「だ、大丈夫でありますかっ!?基子ちゃんっ!」
「がはっ!げほっ……って、誰が基子ちゃんかぁっ!!私の事は菊河隊長、若しくは基子様と呼ぶことって何度言えば……っ!がはっ!ごほほっ……」
腰に差したどこにでもある刀が、少女の小さい身体には長すぎて……
まるで串に突き刺された雀の様にしか見えない、滑稽なツインテール娘。
そんなツインテール娘が自身の両脇と後方を囲む四人の屈強な兵士達を怒鳴りつけ……ようとしたが、咳の途中だったために再び豪快に咳き込んでしまったのだった。
「……」
――クイクイ……
「?」
そんな如何にもどうでもよい風景に見入っていた俺の肘を何者かがつつく。
「……もういい?殺ってもいい?」
「…………」
それは俺の横に控える高級なドレスを着た少女の仕業であった。
目前のツインテール娘よりは少しばかり成長している様に見えるものの、それでも俺の胸までも無い身長の少女。
幼さの残る顔を遮った薄布の下から上目遣いに俺を覗き込み、容姿に似合わぬ物騒な台詞を吐いてきた少女の声だった。
「いや、まだだ……というか、もう暫くは黙ってろ」
俺はチラリとその少女に視線を移すとボソボソと命令する。
「………………………………わかった」
表情自体にあまり変化は無いが……
――ものすっっごく、不満そうなのが伝わってくるなぁ
俺の隣に控える少女は、良く言えば大人しい感じの見た目文化系女子。
悪く言えば……
――まぁアレだ、少しばかり暗めの少女?
顔の造り自体は年端もいかない少女らしく愛らしい感じではあるが、ジトッとした三白眼の奥にある得体の知れない危うい光と、無機質な小さい口元が偶に”にへらぁ”と意味不明の笑みを浮かべるそれが、完全に彼女を精神病質な少女に仕上げていた。
「…………」
――と言っても、現在その少女は、顔自体が薄布で見えにくくなっているんだけどな
隣の独特な少女は如何にも上流階級然としたドレス姿で、顔は色の深い薄布で遮られている。
――少女の名は四栞 四織
”王族特別親衛隊”の四枚目で年齢不詳だが、どう見ても見た目は十代前半の少女。
大人しそうで無口な少女だが、しかし確かに背筋が寒くなる様な殺気を纏った……
懐に多数の凶器を隠し持つ暗器使いである。
「がはっ……ごふっ……と、とにかくっ!速やかに…………っていうか、お前ら?なんて怪しい連中なのだ!?天都原の支配階級は皆そんな可笑しな奴らばかりなのかぁ?」
やっと咳が治まったのだろう……
ツインテール娘、もとい!菊河 基子は、クリクリしたどんぐり眼を興味深げに瞬かせて尋ねてきた。
「てか、今更かよ?」
俺は呆れてそう返すが……
ツインテール娘がそう問うて来たのは俺の横の少女、貴婦人を装うドレス姿の四栞 四織を指してではないだろう。
何故なら高貴な婦人が素顔を隠すのに薄布を用いるのはそんなに変わったことではないからだ。
「うーーーーん」
俺達を交互に見やってツインテール娘は唸る。
菊河 基子が”怪しい連中”と指したのは……
俺達……つまり、顔面包帯男の俺、鈴原 最嘉改め”尾宇美”では鈴木 燦太郎と、
俺の隣……貴婦人を装う四栞 四織の後ろに控える侍女、
何故か何処かの秘密教団の信徒が如き、顔をすっぽり覆う”黒三角頭巾”を被って控える奇特な侍女という、俺を含めた二人に対してだろう。
「いや、気にするなよ、そんな細かい事……それより俺は鈴木 燦太郎。この尾宇美城守備軍の指揮権を預かる……」
「まあいいにゃっ、それよりそこの”包帯お化け”!!速やかにそこな女、”京極 陽子”を引き渡すのだっ!この期に及んで無駄な抵抗をするようなら、ふっふっ、ハハハァァーーッ!!」
カチャ!カチャ!
ひっこんだ咳が治まっても、ツインテール娘の鎧が擦れる音が続くのは……
此奴が今も、いやずっと、つま先立ちでいるからだろう。
「ぬ……はっ……」
カチャ!カチャ!
「…………」
無理に伸ばした身長と引き換えに、ピンと張り詰めた背筋からお尻と脹ら脛の筋肉が緊張で張り詰めて全身がプルプルと小刻みに震えているのだ。
「そこまでしても十センチも変わらんだろうに……」
「だよねぇ?」
「そうそう」
「まったく!」
「うんうん」
俺の返答とも思えぬ言葉に、ツインテール娘の後ろに控える四人の屈強な兵士達が大きく首を縦に振って同意していた。
「うっ!うるしゃぁぁーーいっ!!この”包帯お化け”!!渡すのか、渡さないのかぁーー!!」
激しくツインテールを振り乱して怒鳴る菊河 基子。
「…………」
――なんていうか……チョロいな
占拠した敵居城の一角、そこに目的の人物が居て……
その者達は何れも顔を隠した不審人物揃い。
本来ならもっと警戒して然るべきだろうが……
最も上等な服装の人物が京極 陽子であると、なんの違和感も無くあっさり欺かれてくれる。
「此所におられる御方が、王位継承権六位にして天都原国軍総司令部参謀長であられる紫梗宮 京極 陽子姫殿下だと確信しているのか?」
「ふっはっはっはっーー」
俺の問いかけにツインテール娘は無い胸を張って高笑いし、傍に控える四人の屈強な戦士達はコクコクと頷く。
――信じられない程の強運の持ち主、菊河 基子
西の強国”長州門の両砦が一角”で、小柄で可愛らしい風貌とは裏腹に軍を率いては天性の直感と呆れるほどの強運を備え、凶悪なまでの軍の強さを誇る。通称”戦の子”……菊河 基子。
――その規格外の強運故に敵の誘導や擬態に引っかかる事などあるはずが無いと?
故に”第三塔”に居る俺達は本命であり、目前の貴婦人は京極 陽子その人に間違いが無いと……数多の経験からそう確信しているのだろう。
「……」
――果たして、それは確かに真実であった!
正直、恐れ入った。
事前の情報通り、いや、各国が噂する以上の……
長州門の菊河 基子はある意味反則級の手駒といえた。
その証拠が現在のこの状況だ。
尾宇美城、北側から攻め込んで来た彼女の隊は、俺が用意した迎撃部隊の配置を尽く避けて手薄な処を突いては突き進み……
難なくこの塔まで取り付いたかと思うと、その後も城守備兵と不利な状況で対峙すること無く、囮や誘導に引っかかることも無く、最終目標である”京極 陽子”が居るこの北塔に用意した”偽の司令部”まで辿り着いていた。
それも、策を看破されたとか情報が漏れたとかでは無くて、ただの運……
「こ、こっちにゃーー!!たぶん……」
思いつき……
「も、基子さまぁーーそっちはご指示されたのと反対側ですよぉぉーー!!」
偶然……
「ふぁ?ふっ……わぁぁ……」
あたふたした挙げ句、適当に駆け込んだ先が正解……
「…………ちっ」
俺は此所に至る経緯を思い出しながら、つい、密かに舌打ちをしてしまう。
――くっ、”策士殺しの愚者”……承知していたとは言え、なんか色々と屈辱だ!
苦労して策を練るのとか、裏をかくのが馬鹿らしくなる程の強運。
そして、菊河 基子対策のために俺が”偽の司令部”を設置したこの北塔に今居るのは……
――包帯男と貴婦人と黒頭巾の侍女
”偽の司令部”とはいっても”京極 陽子”本人が居るのだから、ある意味当たりだ。
塔を制した敵兵力は、塔外からこの部屋の入り口までに三百程。
そして、この部屋内には菊河 基子本人を含めて二十三人。
つまり、現在この尾宇美軍の総帥たる京極 陽子が仮に居を構えた尾宇美城北側、第三塔は完全に菊河 基子隊に占拠されていたのだ。
「さぁっ!速やかに京極 陽子を引き渡すのだっ!ハハハァァーーッ!!」
目の前で勝ち誇り、無理矢理仰け反ってまで高笑いするツインテール娘に俺は……
「わかった」
そう応え、そっと手を差し出して隣に佇む薄布の貴婦人を促したのだった。
第四十一話「武運対武運」前編 END