第三十九話「多事多端な日(ハードワーク・デイ)」後編(改訂版)
第三十九話「多事多端な日」後編
――あり得るのか?直線の攻撃より曲線を描く剣が先に当たるなど……
一枝の握った剣の柄に汗が滲む。
「せっかくだけど、ここまでだよ、”武者斬姫”……このまま、こんな処に居たんじゃ僕が死んじゃうからね」
ババッ
睨む一枝の眼光をサラリと受け流し、星志朗はそう言うとアッサリと背を向けた。
「なっ!?貴様!逃げ果せられるとでも……」
ドドドドドドドッ!!
わぁぁぁぁっっーー!!
わぁぁぁぁっっーー!!
その瞬間、その場に駆けつけて来たのは荒々しい男の軍勢!
「兄者ぁぁっーー!!無事かぁぁっーー!!」
「うぎゃっ!」
「がはぁっ!」
敵味方の兵士諸共、障害物を弾き跳ばして、踏みつけて強引に割り込んで来る豪胆な男は……
赤い鬣の立派な馬に跨がった筋肉質の猛々しい男であったが、その顔立ちはどこか星志朗に似ていた。
「何者……だ、まさか……」
爽やかで優しげで、少し浮世離れした美青年、中冨 星志朗とは正反対の猛々しい男。
似ても似つかぬはずの容姿の二人だが、何故か似ていると……
一枝はそう感じて乱入者の素性に当たりがつく。
「じゃあね、一枝ちゃん、”本気”の君とトコトン殺り合うのも一興だけど、またの機会にするよ」
そう軽口を残して、駆けつけた荒々しい男の隊と供に去って行く優男。
去り際一度だけ振り返ったは星志朗は、自分の右側の頬をトントンと指でつついて見せるという、意味ありげな態度を残して去って行った。
――”本気”の君と……
見送る一原 一枝の右顔半分にはそれを覆う程の革製の眼帯が……
最早、仮面の範疇に入るほどの大きな眼帯が装着されている。
「…………」
一原 一枝は無言でその背を睨む様に見送ってから、
すっかり切り替えた顔で剣を天に掲げた。
「勝ち鬨だっ!敵の本隊は撤退したぞっ!!」
おおおおおぉぉぉぉっっーー!!!!
おおおおおぉぉぉぉっっーー!!!!
途端に彼女に呼応して戦場の彼方此方から大きな歓声が上がり、未だ小競り合いを継続していた兵士達も次第に戦闘を止めて剣を掲げていく。
「て、撤退!撤退だぁっ!」
そして自軍本隊が撤退した事を知った藤桐軍全体も次第に戦闘を止め、順次後退して行った。
「大物は逃がしたが、一応”あの男”の策通りに進んだ……鈴原 最嘉か」
一原 一枝は考えていた。
――”事が予定通り進んだとしても、中冨 星志朗が率いる司令部への攻撃最中に少しでもイレギュラーが発生するようなら深追いしなくて良い”
あの“鈴原 最嘉”はそう言った。
それは……”敵を侮るな、相手はあの中冨 星志朗だ”と、言う事なのだろうが……
――言い換えれば
”一原 一枝”の隊がたとえ危機に陥る可能性があろうと、千載一遇のこの機会を逃さないという……危険は指示しないという事。
”六王 六実隊”に対しても、””捨て駒”的な使い方は終始行わず、あの策の牽制役としてだけ活用した。
結果的に六王 六実隊を”活路を開く捨て駒”としてくるだろうと読んでいたかも知れない相手の裏をかく事になったのは確かであるが……
「あの巫山戯た男は……」
地面が揺れるほどの大歓声の中、馬上の一原 一枝は遙か後方……
自身が突き進んできた道を遡って見つめる。
――”鈴原 最嘉”は誰一人の部隊も捨て駒として扱っていない
「そう、”鈴原 最嘉”以外は……」
最強の”王族特別親衛隊”である一原 一枝の露出した左目が見つめる先には……
彼女の見詰めるその先には……
――
―
「まぁなぁ……撤退したと言っても一時的なモノだ、殲滅したわけでも降伏したわけでもないからなぁ」
俺はすっかりへばった馬から降り、よく頑張ってくれた相棒の首をポンポンと叩きながら答える。
「そうですかな?これは局地的で在るにせよ、確かに勝利と言える代物では……」
”無垢なる深淵”、京極 陽子が側近である岩倉 遠海の言葉に俺は首を横に振る。
「”中冨 星志朗”にとっては、あくまでも様子見だったろう。正体不明の“鈴木 燦太郎“がどれ程のモノか試してみたってな……まぁ、暫くしたら立て直して再戦を挑んでくるだろうから、取りあえずは”痛み分け”ってとこか?」
「いやいや、それでも流石ですな……鈴原……鈴木殿は」
「私も感服致しました、流石は姫様の見込まれた御方、鈴原……失礼、鈴木様」
老将と銀縁フレームの美女がそう言って微笑みかけてくる。
「…………」
――この二人にはバレバレってか……
「まぁ、その話はもういい……てか、助けに来てくれて命拾いした」
勘の鋭い二人を前に、身元が判別れている以上、最早ただの変な”顔面包帯男野郎”の俺は居心地悪く頬をかいて視線を逸らす。
「危険な賭けでしたな」
「ご無事で何よりです」
そんな俺の心中を察してか、老将は”ハハハッ”と屈託無く笑い、眼鏡の美女は恭しく頭を下げた。
――取りあえず第一、第二段階は無事終了した。後は第三段階と最終段階……
俺はそっと暮れかけた空を見上げる。
昼間はボンヤリと頼りなげに存在する月が、現在はハッキリと輪郭を誇示し、それよりも不確かな星々さえ難なく見て取れるようになりつつある時間帯。
「出来れば明日以降に持ち越してくれれば俺的には大助かりなんだが……」
「鈴木殿?」
「?」
天を仰いで思わず呟いた言葉に、二人が不思議な顔をする。
今日一日……
俺は想定外の一騎打ちと逃走劇、水泳大会に、この囮作戦と……
早朝からかなりハードに働き詰めだ。
――明日は金曜日だから……
出来うることなら、第三段階以降は世界が”近代国家世界”に切り替わって再び”戦国世界”に戻るまでの間、休養が欲しいところだが……
ダダダッダダダッ……
未だ天を仰いで祈っていた俺の耳に、彼方から走り寄る馬の蹄の音が聞こえてくる。
「鈴木 燦太郎!来ました!城北側に敵部隊、長州門の菊河 基子の軍がっ!両砦の一角、菊河 基子隊が攻め入って来ましたっ!!」
馬を駆るのは”王族特別親衛隊”が一枚、八十神 八月。
くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな少女だ。
ヒュルルルーー
ヒュルルーー
此方に馬を駆り、馬上から鏑矢を空に放ちながら近づいてくる無情なる少女。
「なに黄昏ているんですか!?時間、あまり在りませんよ!鈴木 燦太郎っ!!」
「…………」
――いや、”鏑矢”はもういいって……
天を仰いだままの俺の目尻には光るモノがあっただろう。
「いやはや、なんというか……」
「……ご、ご愁傷様です」
傍に立つ二人の人物が向ける同情の視線に晒され……
「くそっ!菊河 基子めっ!あの異端児めっ!巫山戯た進軍速度で訪ねて来やがって!居留守つかったろうかっ!!くそ!……絶対にギッタンギッタンのメッタメタにしてやるからなぁぁっ!絶対にだぁぁーー!!」
包帯男による悲痛な声が……
動もすれば、八つ当たり気味と言える類いの叫び声が……
夕暮れの戦場跡に響いていた。
第三十九話「多事多端な日」後編 END