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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
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第三十七話「武者斬姫 弐」後編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第三十七話「武者斬姫(むしゃきりひめ) 弐」後編


 「ぬ?損ねたか……なら」


 目前には馬上で剣を構えた男が一人。


 細身ながら鍛え込まれた引き締まった体つきで、長めの黒髪を雑に(まと)めた、まるで洒落っ気の無い男。


 見据えられた肌がピリピリするほどの、危険極まりない殺気(オーラ)(まと)った男。


 それは数多の戦場を経験してきた”武者斬姫(むしゃきりひめ)”だから解る、決して関わり合いになってはならない類いの、鋭い眼光の男だった。


 「…………」


 極度の疲労と全身傷だらけという瀕死の状態で彼女は折れた剣を構えて男を見据えるが……


 ――ゾクリッ!


 疲労で意識と感覚の鈍った身体(からだ)にさえハッキリと認識できるレベルの悪寒が走る。


 ――死……神?……いいえ、……お……に


 突然現れ、()(ちら)に切っ先と殺気を向ける相手に、次花(つぐはな) 千代理(ちより)はそう感想を抱いていた。


 「…………」


 「…………」


 お互いの剣越しに睨み合う二人。


 しかし各々の手にある”武器(えもの)”には決定的な違いがある。


 「…………」


 次花(つぐはな) 千代理(ちより)は状況が未だ理解出来ないでいる。


 だが……

 たったひとつだけ理解出来る事があるとすれば……


 ――それは自分の命がどうやらこれまでと言うこと


 戦場で鳴らした彼女故に男の構えを見ただけで理解出来る。


 目前の”剣鬼(けんき)”の力量は尋常では無い!


 ”武者斬姫(むしゃきりひめ)”と恐れられる彼女にして、万全の彼女でも勝敗の行方は予測できない。


 ()()()()を負傷し疲労困憊の極致である現状(いま)千代理(じぶん)、そのうえ”武器(エモノ)”はさっきの一撃で既に長さが半分以下になって用をなさない状況だ。


 ――くぅ……


 先ほどまで諦めへと向かっていた生への執着が、こんな形で他者により強制的に断ち切られる事になるとは……


 「……っ……ふ……ふふっ」


 ――皮肉?……理不尽?……いいえ、滑稽だ


 「ふふふ」


 ――可笑しくて……ただ可笑しくて……


 「……」


 ――目前の鬼は急に笑い出す私を怪訝な目で見ているけれど……


 ()れは本当に喜劇だ。


 生を諦めた私が、渇望した死を望みもしない馬の骨に強制的に与えられる。


 死を喜劇と呼ぶのが不謹慎ならば、或いは()れは”笑える悲劇”


 「ふふ……ふ……はっ!」


 生命力と精神力が出尽くした”武者斬姫(むしゃきりひめ)”の出涸らしは――


 ダダダッ!!


 人生最後の輝きを求めて人馬一体となり跳躍したっ!


 「む!?……捨て身?……是非も無しか」


 剣鬼(けんき)もそれに応じて刀を突き出……


 「だから、待てって……忠隆(ただたか)っ!!」


 「!……承知」


 ギィィィーーン!


 ガシッ!


 自暴自棄に不完全な剣を手に襲い掛かった千代理(ちより)を、剣鬼はすれ違い様に軽くいなしてから、女の細い手首を掴んで捻り上げる!


 「くっ……き、貴様……」


 馬上で(やす)(やす)と虜になった千代理(ちより)はそれに抗おうにも、もう身体(からだ)が殆ど動かない。


 「こ、この……うぅ……ぅぅ……」


 「…………」


 既に叫ぶ事さえ出来ない女を至近にて冷たい瞳で見据える男。


 そして――


 「しかし、その状態で忠隆(ただたか)の剣を受け止めるとはな……お前、何者だ?」


 馬を寄せて重なった二人に近づいて来る第三の騎影。


 「…………」


 煌びやかな全身鎧(プレートメイル)と自家の紋章であろう文様を施した華麗な白いマント姿の男は、その身なりからかなりの身分だろう。


 ――お、王族?……それ……に……あの紋章は……たし……か……


 鮮やかな紅地に(まる)く白い太陽、そこに大らかに羽を広げた堂々たる(おおとり)をイメージした図案(デザイン)


 ――あれ……は……たしか……天都原(あまつはら)王家の”白陽鳳凰(はくようほうおう)”……


 次花(つぐはな) 千代理(ちより)は、瀕死の状態ながらそういう記憶を引き出していた。


 「光友(みつとも)閣下、(いか)()しますか?」


 千代理(ちより)の手首を捻り上げた剣鬼が白いマント姿の青年王族に問う。


 ――閣下?……光友(みつとも)閣下……


 天都原(あまつはら)軍の者で”光友(みつとも)”閣下……なら該当者は一人しかいない。


 「…………」


 その時、千代理(ちより)は悟った。


 自分は七峰(しちほう)から逃げるのに必死になり、闇雲に馬を走らせているうちに……

 遂には七峰(しちほう)東南の国境を越え、(はる)(ばる)天都原(あまつはら)国境付近にまで辿り着いてしまったのだと。


 「随分な有様だが?……答えろ女、貴様は何処(どこ)から……」


 尊大な態度で問い詰めて来るのは、本州の大国”天都原(あまつはら)”の王太子、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)だ。


 そして()()天都原(あまつはら)国北の国境……噂に高い天都原(あまつはら)の北方守備軍が守る地……”北伐軍”の守護領域であると。


 藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)率いる北伐軍はその名の通り天都原(あまつはら)国北部に展開する駐留軍だ。


 天都原(あまつはら)北部に国境を接する宗教国家”七峰(しちほう)”。


 その”七峰(しちほう)”の自国侵攻を防ぐために配置された部隊であり、天都原(あまつはら)国内最強の部隊と評される軍隊だ。


 「閣下の問いに答えよ、女……」


 ギリッ!


 「うっ……」


 瀕死で朦朧とする意識の中、思考する千代理(ちより)の手首を掴む鬼の男が、捻る力にさらに圧力を加えた。


 「答えよ女」


 ――だったら……だったら、この物騒な男の正体も予測がつく……


 千代理(ちより)は苦しみに細める瞳を至近の男の顔に向けた。


 天都原(あまつはら)国王太子、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)が腹心の部下で”天都原(あまつはら)十剣”が一振り、阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)……


 ――戦場の羅刹……鬼阿薙(あなぎ)……


 「答えよ女っ!」


 ギリリィィ!


 「わ……たしは……次花(つぐはな)……くっ……次花(つぐはな) 千代理(ちより)……」


 泥と血に汚れた端正な顔を痛みに歪ませて、千代理(ちより)は答える。


 「次花(つぐはな)?……聞いたような気もするが、しかしその姿、こんな山奥でその風体は野盗にでも襲われたということか?」


 「…………」


 光友(みつとも)の問いかけに千代理(ちより)はもう答えない……

 いや、彼女にはもう受け答えが出来るほど体力も気力も残っていなかった。


 「ふん、まぁ良いだろう。ここは天都原(あまつはら)北部の特に名も無い森だが」


 「…………ぅ……ぁ……」


 この時既に千代理(ちより)の瞳は既に三分の二以上も閉じていた。


 「死ぬのか?千代理(ちより)とやら、この名も無いような僻地で?」


 「……ぅ……」


 千代理(ちより)にはもう答えられない……

 視界には既に光は殆ど届かなくなっていた。


 「…………勿体ないな」


 「閣下?」


 そんな女の状態を眺めながら尊大な王太子は呟いた。


 「あの状況でお前の剣を受けた、使えるかも知れん」


 「………」


 戦場の羅刹、阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)は主の言葉に特に反論はしない。


 「まぁいい、俺の陣へ連れて行け。途中で死んだならその辺へうち捨てれば良いだけだ」


 「…………」


 尊大な男の命令で、遠巻きに見ていた部下らしい兵士の一団が、ピリついた雰囲気で一斉に動き、素早い動作で女を担いで馬から下ろしてから自隊の運搬用の馬に移し替えていく。


 「……しかし閣下」


 慌ただしく動く兵士達を眺めながら阿薙(あなぎ) 忠隆(ただたか)はボソリと言葉を発した。


 「我が藤桐(ふじきり)家はな、代々面白そうな事には手間を惜しまんのだ」


 王太子、藤桐(ふじきり) 光友(みつとも)はそんな腹心に、”言いたい事は分かっているからなにも言うな”と言わんばかりの先回りした対応で答える。


 「初めて聞きましたが?」


 「…………」


 「光友(みつとも)閣下、用意が出来ました!」


 大真面目に返す腹心に、少しだけ困った顔の王太子は渡りに船とばかりに兵士の声に即座に反応する。


 「よし!では行くぞ、帰還する!!」


 「はっ!」 


 「…………」


 兵士達が一斉に応える中、”戦場の羅刹”と呼ばれる男だけは、心持ち得心せぬ顔で主の背に続く。


 ――みつ……とも……藤桐(ふじきり)……光友(みつとも)……


 薄れ行く意識の中で、荷物のように雑に運ばれる自身を自覚しながら……


 千代理(ちより)はただその名を呟いていた。


 第三十七話「武者斬姫(むしゃきりひめ) 弐」後編 END

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