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魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
108/329

第三十三話「麒麟児と神童」前編(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第三十三話「麒麟児と神童」前編


 ――尾宇美(おうみ)(じょう)正門前にて


 「後続の十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)隊との連結部が甘い、岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)の部隊をもう少し下げろ!割り込まれる可能性があるぞ、それから……」


 鈴木 燦太郎(りんたろう)こと俺、鈴原 最嘉(さいか)は……

 尾宇美(おうみ)(じょう)正門近くに陣を張り、先で繰り広げられる戦いの指示を馬上から出していた。


 わぁぁぁぁっー!わぁぁぁぁっー!!


 ドドドドドドドッ!!


 キィィン!ガキィィィーーン!!


 兵士達の雄叫びが木霊し!

 軍馬の(ひづめ)が踏みならす地鳴りが大地を揺らす!


 「ぎゃぁぁっ!」


 「ぐはぁぁっ!」


 そして、血生臭さと削れた鉄のぶつかり合う音……


 そうだ――


 ()()(まぎ)れもなく戦場の真っ只中だった。



 「先ずは良し……だが、既に追い払った七峰(しちほう)軍の動きにも注意を怠るな!今は撤退して距離を置いたが(いず)れ立て直して再び攻め込んでくるだろうからな」


 俺がこうやって最前線にまで出張って直接指揮を()っているのには意味がある。


 勿論その方が戦況をより把握できるからと言うのもあるが、その最大の理由は”ある男”に対処するためだった。


 ――

 ―



 「”麗しの黒き美姫軍”!城門守備二部隊の間が閉ざされてしまいましたっ!?こ、これでは予定通り分断を試みるのは不可能ですっ!!」


 処変わって()(ちら)は――


 鈴木 燦太郎(りんたろう)(かた)る鈴原 最嘉(さいか)が指揮を()尾宇美(おうみ)(じょう)正門前から離れること一、二キロメートル……


 既に撃退された七峰(しちほう)軍に変わって、尾宇美(おうみ)(じょう)を攻める藤桐(ふじきり)軍の本陣がそこまで押し出てきていた。


 「早いね……なら両翼部隊で揺さぶりをかけよう。それで尚も密集するようなら包囲して削る事にするから」


 兵士の報告を受け、馬上の優男は涼しい顔で頷いて対応策を出す。


 「はっ、では直ちに!」


 「……」


 指示で直ぐにその場を離れ、馬を駆る伝令兵の背中を無邪気な笑顔で見送る青年将校。


 整った容姿で、どことなく浮世離れした人物だ。


 ――尾宇美(おうみ)(じょう)攻略、藤桐(ふじきり)軍総司令官、中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)


 天都原(あまつはら)国重臣であり、国内最強と称えられる中冨(なかとみ)流剣術道場最高師範で、更には天都原(あまつはら)”十剣”の一振りでもある人物だ。


 「良くやってるよね”包帯男くん”……けど、”小敵の(けん)は大敵の(きん)なり”ってね」


 中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)は、遙か前方の敵陣で指揮を執る男……報告にあった敵指揮官である鈴木 燦太郎(りんたろう)という人物を想像し、そう呟いていた。


 ――

 ―



 ――またも場所は変わって、尾宇美(おうみ)(じょう)正門近くの鈴原 最嘉(さいか)の陣


 「藤桐(ふじきり)軍、正面部隊を置いたまま左右に展開し、岩倉(いわくら)隊を包囲する模様ですっ!!」


 俺は報告を聞きながら、眼を細めて先に見える軍馬達の砂煙を見ていた。


 「そう来たか……だったら、こっちは十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)隊で対応するか?」


 俺は大軍により側面を削られ、徐々に包囲されていく守備軍本隊を見ながら思案する。


 「…………」


 ――なるほど、”十なれば即ちこれを囲み……”か


 「現在、()()に集う藤桐(ふじきり)軍は七千程……いや一時撤退した七峰(しちほう)軍も計算に入れれば一万二千で対する俺達は二千、十倍とまではいかなくても六倍の兵力差か。”大軍に兵法無し”と言う、それこそ兵法の大前提だろうが……」


 俺は敵指揮官の胸中を推し量りつつも、数で劣る事が明白な自陣の中でさえ何故か口元に笑みが浮かんでいた。


 ――ここら辺で一手投じてみるか?


 相手は天都原(あまつはら)でも名うての天才、中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)だ。


 ――”大軍に兵法無し”


 (そもそ)も戦というのは、より多くの兵を揃えることこそが根底だ。

 それさえ済ませれば、大抵の場合に()いて、実際に戦という形で(あいま)()えるまでも無い。


 「つれないじゃないか……」


 ――”兵法不要(そう)”と言わず、そろそろ手の内の一旦くらいは見てみたい


 「す、鈴木様?」


 俺の不敵な笑みを見て、指示待ち状態である兵士が気味悪気そうにしていた。


 ――窮地で笑う不気味な顔面包帯男ってか……そりゃ引くか


 俺は部下の心情を理解してコホンと(わざ)とらしく咳払いを一つした。


 「六王(りくおう) 六実(むつみ)の隊を前面に出せ!指示はただひとつ……”貫け!”と」


 「はっはい!!」


 兵士は俺の命令を聞いてから姿勢を正し敬礼し、直ぐに馬で駆け去った。


 「…………先ずは一手」


 俺の視線、いや思考は、そんな些末に構わず最早、前方の戦場に飛んでいた。


 ――中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)……天都原(あまつはら)にこの人在りと云われる将帥の……(かつ)て”神童”と呼ばれし結実を見せて貰おうか!


 ”鈴原 最嘉(おれ)”がこんな最前線まで出張って来た訳……


 それは、中冨(なかとみ) 星志朗(せいしろう)


 ――あの男は……現在(いま)尾宇美(おうみ)(じょう)に集う面子の中では、(きょう)(ごく) 陽子(はるこ)か俺くらいしか対処は無理だろうからな


 警戒以上の期待を胸に、”顔面包帯男”の唯一露出した双眸は変わらず遙か前方の戦場を眺めていたのだった。


 ――

 ―



 「ぬうぅっ!!」


 最前線で奮戦する老将、岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は唸る。


 その原因は彼の隊を現在(いま)は完全に包囲し、その外側を削り取っていく藤桐(ふじきり)軍。


 「ぎゃぁぁっ!!」


 「うわぁぁっ!!」


 次々と兵士達が倒れ、追い詰められた岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は敵包囲陣の切れ目を探していた。


 「ぬぅぅ、正面左横、あの辺りが一番手薄だが……これは……」


 岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は考える……

 いや考えるまでもない。


 これは罠だろう。


 敵軍を数で勝る大軍で包囲した場合、(わざ)と手薄な部分を作って、そこを脱出口として狙わせる……


 それは追い詰めた鼠から死に物狂いの反撃を受けないための算段であり、敵を殲滅する手段でもある。


 「死を賭して反撃してくる敵よりも、逃げる敵の方が遙かに対処は楽だろうて……」


 逃げることが出来る……

 敵に”生”という選択肢を与えることによって、味方の被害を最低限に抑えて殲滅する。


 兵法に明るい者なら察することが出来る常套手段である。


 岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)はそれを()るが故に、安易にこの包囲網から脱出できない。


 「ぎゃっ!」


 「ぐわぁぁっ!!」


 ――しかし、このままでは……


 わぁぁぁぁっーー!!

 わぁぁぁぁっーー!!


 「…………是非も無しか」


 座していても結果は同じと、老将が覚悟を決めた時だった。


 「突き抜けろっ!!我が槍は(てん)(うん)をも貫く一筋の光槍(こうそう)なりっ!!」


 ――


 突如、藤桐(ふじきり)軍包囲網の一角が大きく内部に膨らんで……

 そして押し合うように兵士達がバタバタともんどり打って倒れていく!


 「ぎゃぁぁっ!!」


 「おぉぉぉっ!?」


 密集した包囲陣の一部で()()(ぶき)が舞い、瞬く間に()()はパニックの中心となった!


 ヒヒィィーーン!!


 騒ぎ立てる敵兵達が将棋倒しに折り重なった突破口から、突き抜けるように躍り込んできた一騎の騎影!


 「岩倉(いわくら)様!ご無事で何よりです!この六王(りくおう) 六実(むつみ)の槍が突き崩しますので後れ無きようっ!!」


 軽微な鎧を着込んだ女騎士の声は、先ほど包囲陣の外側から響いた声と同じだ。


 岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)に馬上から声をかけつつも、その女騎士が駆る馬は(しゅ)()さえも(とど)まること無く、今度は内側から正面の包囲陣に向け突撃して行く!


 スラリとした長身に長い黒髪を簡単に後ろで束ねた女騎士……


 背筋がスッと伸びて凜とした女は、簡易的な金属製の()()臑当(すねあて)という戦場ではやや役不足ではと思われる申し訳ばかりの軽装鎧姿で僅かな手勢を率いる。


 彼女の装備同様、率いる隊の陣容も防御を極限まで抑えた、速度のみを追求して突破力に特化した彼女の戦闘術(スタイル)そのもの。


 大軍が用意した”罠”である部分を外からこじ開け、直ぐさま内部から反対方向へ突き抜けて行く遊撃隊の勇姿!


 それは、僅か百騎程の軍勢が大河をも分断する一筋の光と成り得た瞬間であり、為し得たのは”王族特別親衛隊(なかま)”内で”紫電槍ライトニング・スピナー”と呼ばれし一撃離脱ヒット・アンド・アウェイの体現者”六王(りくおう) 六実(むつみ)”と彼女の部隊……それのみが可能にする戦場に突き抜ける一筋の槍の軌跡であった。


 おおおおおぉぉぉぉっ!!


 わぁぁぁっっーーー!!


 この機に一気に息を吹き返した岩倉(いわくら)隊は、六王(りくおう)隊の後に続いて包囲陣から脱出する事に成功して十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)隊と合流する。


 「ぬぅっ!?」


 ズザザァァッ!!


 そして手綱を引き絞って愛馬を(とど)めた歴戦の勇士が(まなこ)は、その場に活路を見いだしていた。


 「十三子(とみこ)殿っ、勝機は今()()に有り!返して砕かんっ!」


 「っ!?承知致しました!……仰せのままに」


 岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は役目を果たし離脱していく六王(りくおう) 六実(むつみ)隊を尻目に、剣を掲げて号令し、非凡な戦術眼を所持する十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)も即座にそれに気づいて呼応する。


 「ぎゃっ!」


 「戻ってきた!敵部隊が反転をぉぉっ!!」


 敵将を包囲陣の中に閉じ込めた事で功を焦り、我先にと密集していた藤桐(ふじきり)軍はまさかの脱出劇を許す羽目になり、更に今度は外側から逆包囲されて大混乱していた。


 「囲めっ!薄くて構わんっ!漏らさず囲めぃっ!!」


 そして老練な将は、見劣りする兵数をものともしない用兵で敵軍を内へ内へと押しやって行く。


 ガキィ!ガシャッ!


 「おいっ!押すなよっ!剣先が当たって……」


 「うわっ!やめっ……コケるって……」


 ギリリッ!ドシャ!!


 その兵数には不足すぎる空間で……

 隊の統率どころか個々の剣さえ(まと)()に振れぬ状態で……


 「廻りなさい!止まることなく馬を駆り、渦を描いて中央へ押しやるのです!」


 すかさず、キラリと銀縁フレームの眼鏡を光らせて十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)が指示を出し、自隊の騎馬で外側を廻りながら長槍で敵兵をつついて混乱の中央(なか)へと押しやる。


 「ぎゃっ!」


 「く、串刺しになるっ!入れ!おいっもっと中へ寄れよぉぉ!!」


 ごった返す藤桐(ふじきり)軍を更に押しやり、締め上げる岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)隊と十三院(じゅそういん) 十三子(とみこ)隊は起死回生の一手を見事に行ったのだ。


 ――


 「…………」


 ――岩倉(いわくら) 遠海(とうみ)は流石に歴戦の勇士だな……


 俺は心中で、俺の意図をいち早く汲み取って行動する老将を称えた。


 ――藤桐(ふじきり)軍は大軍だ


 だからこそ包囲戦を選択したのだろうが……


 封じ込めた敵将、その首目当てに自然と武功を競い縮まる包囲陣。


 頃合いに、敵が戦術上わざと手薄にしていた部分を外部からこじ開けて救出する、そして予期せぬ状況に焦った藤桐(ふじきり)軍を即座に今度は反包囲。


 結果……


 大軍はその風体に不釣り合いな狭所に密集させられて(たちま)ち戦い様が無くなる。


 「滑稽だな、これだけ広い戦場であれほどの軍隊が利用できる場所(エリア)があの狭い一角のみ、大軍故に超満員の密室はさぞ辛いだろうなぁ」


 底意地の悪い笑みを浮かべる俺……”顔面包帯男”の呟きに、近くに居た尾宇美(おうみ)(じょう)兵士が苦笑いを返していた。


 ――まぁな、勿論これは”紫電槍ライトニング・スピナー”と呼ばれるほどである六王(りくおう) 六実(むつみ)の異才があっての作戦だが……


 ともあれ、大軍がより小隊に逆包囲されるという珍事はこうして起こったのだ。


 ――(いず)れ持ち直すだろうが、それまでどれだけの兵士を犠牲にするのか?


 「さぁ、これが俺の先制の一手だ!(かつ)て”神童”と呼ばれた天才君はどう対処して見せるか、見物(みもの)だな」


 第三十三話「麒麟児と神童」前編 END

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