第三十話「一騎当千」前編(改訂版)
第三十話「一騎当千」前編
「うぉぉっ!退け、退けぇぇーー!」
ズザザザザァァーーーー!
戦場に犇めく兵士の塊が大きく左右に割れた。
ドドドドドドドッ!!
出来上がったばかりの一本道を、葦毛の馬と白金の閃光が駆け抜けるっ!!
「な、なんだっ!?」
「うわっ!」
「い、戦乙女っ!?」
ドドドドドドドッ!!
「……」
真っ二つに裂けた敵軍の真中を”神代の予言者”が如きに、馬を駆るプラチナブロンドの美少女。
綺羅綺羅と輝きを放つ光糸を三つ編みに束ね、美しく後方へ向け靡かせる少女は、白金く閃く銀河の双瞳で、一陣の疾風となった自身の先に獲物を見据える!
「うぉっ!?なっ?なっ!!ひぃぃっーー!!」
獲物であるところの陣中が将、赤目の荒井 又重は馬上で悲鳴を上げた。
一応、右手に剣を掲げはしているが……その腰は完全に引けているのだ。
小津城前の平野で激突した久井瀬 雪白率いる臨海軍一千と荒井 又重率いる赤目軍三千。
しかし予想を遙かに超える”閃光将軍”の突破力に、荒井 又重が赤目軍の中でも宗三 壱の兵である一千がいち早く戦闘を回避し、左右に避け……いや、逃げる。
結果だけから言えば……無理矢理に陣形前方に押しやられていた宗三 壱の隊は、敵将の少女を見過ごしたのだ。
ダダダッ!ダダダッ!
馬を駆り迫る純白き閃光!
「き、貴様らぁっ!宗三の……やはり裏切って……」
荒井 又重は恨めしそうに叫ぶが、そうでは無い。
臨海の殲滅将軍、久井瀬 雪白の部隊を前にして、迎撃部隊として立ちはだかった”宗三 壱の隊”は良く戦っていたのだ。
状況に十分納得していない状態で、数日前まで敵であった赤目の将の軍の中に編成され、剰え、味方であった久井瀬 雪白の軍と殆ど無理矢理の形で正面に押し出されて戦わせられる。
そんな理不尽な状況の中でも、隊長である宗三 壱を信じて命令に忠実に従っていた。
実際、ここまでの戦いは宗三 壱の隊から組み込まれた一千の兵が殆どの戦闘を押しつけられていたのだ。
元は同じ臨海軍同士……そういう思いは雪白が率いる隊の兵士も同じ。
お互いに混乱状態で、未だ割り切れない二つの軍は無意識に精彩を欠き、ダラダラと茶番に時間を費やす事になった。
――それに業を煮やした彼女が……
――殲滅将軍、臨海の”終の天使”が……
見目麗しきプラチナブロンドの美少女は、戦場にあっては屈指の剣士!
その久井瀬 雪白が単騎にて敵将の首を狩りに出撃たのだ!!
「退け、退けぇぇー!!でないと首と胴体が生きたまま離れる事になるぞぉっ!!」
この時、一千の宗三隊を率いていたのは副官、温森だ。
彼は目を血走らせて叫び、雪白の通り道に当たる場所にいた麾下の兵達が一も二も無く逃げ出してゆく。
ダダダッ!ダダダッ!
「……」
臨海軍の兵士達は知っていた。
いや、識りすぎていたのだ。
戦場における”久井瀬 雪白”の恐ろしさを!
そして、宗三 壱の副官、温森の指示で早々に道を空けた宗三隊はともかく、判断の遅れた赤目兵達は……
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
すれ違い様の一瞬で、見えない刃ともいえる閃光に雑に薙ぎ払われて……
「ぎゃあっ!」
「がはぁぁっ!」
「ひぃぃっ!」
白金の閃光が通った直後に、爆竹が弾けるが如く連続で首が宙を舞った。
「わぁぁーー!」
ザシュ!
「たすけ……ば、ばけものぉぉっ!!」
ズバァッ!
ダダダッ!ダダダッ!
「……」
美しき白金の乙女は、その容姿からは想像も出来ない恐怖となって只々獲物に向かって無人の野を駆けて行く。
ザシュ!
「あ、荒井さま!?……がはぁっ!」
「ちぃ!この……役立たず共め!」
そして荒井 又重は、自分の部下を盾に使いながら必死に後退……いや、脇目も振らず逃げ出していた。
「あ、荒井さまぁぁーー!」
「ま、又重さーぎゃぁぁっ!!」
部下を捨て置き、一目散に逃げる大将に赤目の兵達も習って蜘蛛の子を散らす!
「ぎゃぁぁっ!!」
「ひぃぃっ!」
秩序の欠片も無い、回避でも後退でも無い、闇雲なる逃走……
両軍が実際に槍を交えて数刻も経たずに――
数に勝るはずの赤目軍は散々な醜態を晒していたのだった。
――
―
「…………」
小津城からその一部始終を無言で見下ろす人物が居た。
「個の武勇は時として倍する兵を凌駕する、忠告はしただろうに」
――”一騎当千”……只独りにて千もの兵士に匹敵する武勇!
――そんなものは比喩だ、戦場では実際にそんな夢物語はありえない
そう言う者も居るだろう。
しかし……
希ではあるが、百人に匹敵する武勇を誇る英傑は存在する。
そして戦場において、
――”百人分の武力を所持する個人”と、”百人の兵士”の武力は同列では無い
――百対百
単純な数字比べでは同戦力であるが、個と集団ではその運用も効果も全く別物だ。
たとえば、一人に同時に斬りかかれるのは精々三人から五人で、百の武力を持つ豪傑に五人程度で勝てる道理が無い。
たとえば、百人の兵を手足の如く扱い、一矢も乱れぬ運用を行うのは至難の業だが、それが個人なら造作も無い。
なんといっても身体を動かす本人なのだから。
統率力、判断力、機動力、等々……
傑出した武勇は脅威であり、なによりそんな化け物が戦場に存在するという事象は、味方に与える希望という士気上昇と、敵を蝕む恐怖心による士気低下という、甚大な影響を及ぼす事だろう。
「なればこそ、百の兵力と同等の英傑は千の兵に匹敵する……ましてや久井瀬 雪白の武勇は百どころでは無い……」
宗三 壱は呟くと、視線を混戦からその向こう側……戦場の後方に移した。
「惜しむらくは、それでも尚、寡兵である上に、この地の利を理解していないと言うことか……」
壱の視線の先、戦場の後方でチカリとなにかが光った。
――
ウォォォォッッーーーー!!
ワァァァァッッーーーー!!
直後、大軍による叫び声が辺りに響き、槍や剣を打ち鳴らす金属音がその場の大気を震わせる!
騒音の正体は勿論、軍隊だ。
小津城の裏手から密かに出陣した兵が新たに一千程。
それが、主力の荒井 又重が率いる隊三千と、久井瀬 雪白の隊一千が正面からぶつかる戦場を二手に分かれて迂回し、後方に回り込んで挟撃することに成功したのだ。
編成は――
久井瀬 雪白隊の左右後方に各五百……
突出しすぎた久井瀬 雪白が不在で混乱する軍の後方を見事に攪乱し、欲しいままに蹂躙していた。
「一騎当千……確かに脅威だが、戦場での主役はあくまで集団戦だ。決着を急ぐ余り、個の武勇に傾倒しすぎたのが徒となった」
宗三 壱は独り、そう言い捨てると、厳しい眼差しのまま部屋を出て行ったのであった。
第三十話「一騎当千」前編 END